10 千年の歳月
「あー、くっそ、複製体は十一体いたってことか」
「そういうことです」
ロードを治癒し目覚めさせた後、シン達はロードの館へ戻って来ていた。
話題は自然と先程行われた戦闘に関するものとなっていた。
「情けねえな……。あれだけのレベルの差がありながら、まともに攻撃を喰らっちまうなんて」
頭を掻き、嘆息する。
確かにロードは強かった。八彩竜が皆ガウンレベルだとして、束になっても敵わないだろうほどに。
だがそれはあくまで今までの相手と比較しての話であって、シンにとってはやはり誤差以下でしかなかった。
「それはあなたが私の策に付き合ってくれたことが前提にあります。あなたがすぐに終わらせる気であったならば、一瞬で片がついたはずでしょう? 最後の反応は形容し難いものでした」
「戦術で勝負出来なきゃ意味がないからなぁ……」
なるべく能力値に頼らないで戦闘を行うとなれば、戦術に重きを置くことになってくる。
とはいっても、この世界に来たばかりの自分が、いきなりゲームの特性を汲んだ上質で緻密な戦術を組み立てられるとは思っていない。今回は相手の戦術を真正面から凌ぎ切ることを目標としていた。
「戦術でも勝負出来ていますよ。現に一度私の虚を突いたではありませんか」
「完全に罠だったじゃねーか。それに仮にあれが上手くいったものだとしても、猿真似を戦術とは呼べないだろ」
どう考えても世辞としか受け取れない誉め言葉を前に、ジト目でぶっきらぼうに答える。
「何が悪いのです? 上級者の模倣や技術の盗用などは常套手段でしょう。実際先程の私の戦術は、以前話に聞いたとある人物の戦い方を参考にしたものですから」
「……そうかもしれないけど、俺が納得出来ねーんだよ」
事実がそうであっても、どうにも心にもやもやしたものが残ってしまう。
「戦術か……。だが我との戦いではそんなもの意識した様子はなかっただろう」
ガウンが話に割って入る。戦術を主とした先の戦いと自分との戦いぶりの違いが腑に落ちないのか、訝しげな顔をシンに向けている。
「いやだってそっちが火力で押してきたし……」
「ガウンには策を練るという意識が一切見られませんからねえ」
「そうですね。一度他界すれば少しは脳筋も治るのではないでしょうか」
三者が続けざまに突っ込みを入れる。何かコヴァがちょっと辛辣すぎる気もするが。この人……いや竜、そんな毒舌なの?
「あはは、コヴァひどーい」
「染みついた無意識の癖や習慣を改善させるには、多少きつめの言い方をした方が効果的というものです。フェアも実践してみてはいかがです?」
「へー、そうなの。今度やってみるね」
実践て、それ俺に対してってことだよな。
ていうかこの二人、互いに名前呼びになってるし。いつの間に仲良くなったんだろうか。
「勘弁してくれ」
コヴァの毒舌は一部で需要がありそうな気もしなくはないが、俺にそんな趣味はない。
話があらぬ方向へ行ってしまう前に切り替えて、さっさと本題に入ってしまおう。
「それで、だ。俺は要求の対価を支払ったぞ」
「ええ、承知しております。私の所有する情報をお渡し致しましょう。とはいえ、私は千年間この場所で暮らしてきたもので、外の世情には疎いですがね」
控えめな口ぶりのロードだが、その言葉の中に気にかかったものがある。
「千年……?」
その千年というのは、設定として与えられた記憶なのか、それとも実際に彼がこの世界で過ごした年月なのか。
どちらもあり得るが、問題は後者だった場合だ。その場合、元いた世界との時間軸が一致しなくなる。
いや、違う世界に来ているのだから、そもそも物理法則が同一であるという保証などないのか。失念していた。
しかしそうとなると、仮に元の世界に帰る方法が判ったとしても、元の時代に帰れるのかという問題が生じてくる。
「ええ。私がこの世界を認識したのが、千年の昔です」
「フェア、そういう設定なのか?」
確認のためフェアに話を振る。それがゲームとしての設定ならば、フェアは把握しているはずだ。
「うーん、ちょっとわからない。わたしの知識にあるのは、ドビル大空洞の最下層には、八彩竜イエロードラゴンを従える主がいるってことくらいだよ」
「……ん? ドラゴンは片方だけか? 青の方は?」
「ブルードラゴンは、大陸間の海洋を巡っているって記憶してるけど」
「そうでしょう。ガウンは元々ここにいたわけではありませんからね」
青竜と対面した時のリアクションが大きかった理由はそれもあるわけか。
現在の状況とフェアの知識との間に剥離があるという事実は、NPCの意志というものは、元来の設定に縛られるものではないということの証左に他ならない。
そしてそれは、ロードの言う千年の歳月が、設定として与えられたものではなく、実際に彼らが過ごしてきた時間だということも意味していた。
「んー、千年か……それ以前の記憶ってどうなってるんだ?」
「それ以前ですか……記憶というものは存在しませんが、この世界を認識したよりも以前から、私という存在の在り方というものは定められていたように感じられますね。おぼろげにですが」
成程……それがゲームの登場人物、ロードというNPCの設定の名残なのかもしれない。
帰館後にコヴァが淹れ直した紅茶を口元へ運び、ロードは言葉を続ける。
「あなた方の言うNPCという存在が皆そうだったとは言い切れませんがね。寿命やらで大半はこの世を去っているでしょうし」
話を聞いていたシンの挙動がピタリと止まる。
今、この男が口にした言葉の中に想定外の単語が含まれていた。
「あんたは……自分がNPCだってことを理解しているのか……?」
驚愕の表情でロードに問いかける。
「ええ、理解しています。私達がNPCという存在であることと、その対極にプレイヤーという存在があることも」
「……NPCって言葉の意味するところもか」
「ええ。……正直、理解した時は複雑な心境でしたが、思い悩んだところで意味はありません。私は今ここにこうして存在している。それだけのことです」
ロードの答えに二人の従者も頷く。達観しているな。伊達に長く生きてないってことか。
「……そうか」
ソファの背に体重を預け直し、思索に耽る。
(我思う、故に我在りか)
この世界におけるNPCという存在は、元いた世界の人間と変わりないものなのか。
勿論その可能性もある。だが一方で、これらの対応が全てプログラムに基づいたAIとしての機械的な反応である可能性も当然ある。
彼らがそのどちらなのかを見分けることなど不可能である。しかしそれは元いた世界でも同様だ。
自分以外の全ての人間が、本当に意識を持っているのかどうかを確認する術はない。
元いた世界も実は周りの人間は全てAIで、水槽の中で電極を繋がれた脳が見ている仮想世界だったりはしないか。
誰もが一度は想像する。
一笑に付す者が多数だろう。
だが、そうではないと証明することは出来ない。
彼らも同じだ。AIなのか、人間なのか、自分には判別出来ない。ならば彼らとどう接するか――
――決まっている。
(俺は、外見派だからな)
そう結論づけたところで意識を戻し、今の話の流れの中にあったもう一つの大事な点について触れていく。
「ロード、あんたの知るプレイヤーについて、教えてくれるか」
「ふむ、プレイヤー、ですか」
絵里さんには他のプレイヤーと接触しないよう釘を刺されたが、フェアの説明を受け情報を補った今はもうそんな状況にはない。
他のプレイヤーとも情報を交換し、現在置かれている境遇についてもっと詳しく理解する必要がある。
「私の知る限りプレイヤーという存在は、千年前から現在に至るまで度々この世界に顕現しているようです。あなたもその一人なのでしょう」
「度々って、頻度は? 周期性とかあるのか?」
「申し訳ありません。先程述べた通り私は外の世情に疎く、そういった情報はあまり持ち合わせておりません」
頭を下げ詫びるロード。
知らないのなら仕方ない。その件はまた別の機会に調べるとしよう。
そう思った矢先、ロードの言葉が続いた。
「ですが、コヴァならばその辺りの知識を備えているやもしれません」
ロードが隣で慎ましやかに紅茶を口にする金髪の侍女に目配せをする。
「ん? ちょっと待ってくれ、何でコヴァがあんたの知らない情報を持っているんだ? 千年ここで暮らしているのは同じだろ?」
「仰る通りですが、彼女には時折表の町などへ赴いて、物資や食料の調達をして来てもらっております。その分、私よりも外の世情には明るいでしょう」
「ああ、ここから外に出たことないわけじゃないのか」
当然といえば当然のことに納得し、新たな情報に期待を寄せる。
「私もそう詳しいわけではありませんが……」
カップをソーサ―に置き、前置きを入れた上でコヴァが話し始める。
「プレイヤーの出現には、時間、数共に法則性などないものと思われます。少なくとも、私が表へ出向いた際に噂される話を聞いた限りでは」
「完全にランダムってことか」
「断言は出来かねますが」
しっかりとシンの目を見据え、静かで落ち着きのある、それでいてよく通る声でコヴァが返答する。
「訊きたいんだが、あんたはプレイヤーがプレイヤーであると、どうやって判断しているんだ? 基準を知りたい」
「プレイヤーは、目立ちますから」
「目立つ……?」
言葉の意味を理解しようと思案を巡らそうとするが、それよりも先にコヴァの補足説明が入る。
「突然現れたそれ以前に何の実績もない者が、普通の人間では考えられないような偉業を成し遂げたというケースがままあります」
「……ああ、そりゃ目立つな」
「ですが、全てのプレイヤーが目立つ行いをしているとも考えられません。あくまで普通の人間とプレイヤーとの区別が可能となる、一つの事例であるということをご理解下さい」
「まあそれは当然のことだな」
つけ加えるならば、それがプレイヤーであるということの絶対の保証にはならないといったところか。
その目立つ行いをした者がプレイヤーである可能性が非常に高いのは言うまでもないことだが、この世界の人間である可能性もゼロというわけではない。
「……てことは、あんたは今この世界に存在するプレイヤーを、全て把握しているってわけじゃないんだな」
「はい。私の知るプレイヤーでまだ存命であると思われる者は、数えるほどしか存在しません」
「…………!」
――背筋に冷たいものが走る。
この世界における千年という時間の経過は、プレイヤーにも例外なく働くことであろう。
だとしたら、千年前に現れたプレイヤーは、普通ならとっくに寿命が尽きていることになる。
(……気がついて……なかった)
もしもあいつがこの世界に現れたのがずっと昔で、元の世界に帰る方法を見つけられなかったとしたら……。
最悪の可能性が脳裏を掠める。
(……縁……!)
大きく動揺し僅かに手は震え、不安と焦燥に鼓動が早まり、額から汗が頬を伝い滴となってしたたり落ちる。
「……どうしたのシン? 顔色が悪いよ」
さっきまでとは様子が一変したシンを、フェアが心配そうに見つめる。
「……ああ、何でもない」
「本当に?」
「大丈夫だ」
フェアの目を見て答えることが出来ない。とても誤魔化せていない。
最悪の事態なんて考えるだけ無駄だ。もしそうであったとして、今から何が出来るというのか。
何とか思考を切り替えようと、コヴァに話の続きを求める。
「コヴァ、その今も存在するプレイヤーのことを教えてもらえるか」
「畏まりました」
事情を察しているのか、それとも関心がないだけか。コヴァは心中狼狽するシンについて、特に反応を見せることはなかった。
「私の知るプレイヤーとは千年前に出現し、現在では神話の登場人物として知られる存在――」
話の冒頭に出てきた単語に身を乗り出す。
千年前。
その時代のプレイヤーが今もまだ存在しているということなのか?
期待と疑問の入り混じった心境でコヴァの話に耳を傾ける。
「――七暁神と呼ばれる者達です」