表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
1 現実、虚構、水槽の脳
10/95

9 大空洞の主 2

 ロードは歓喜に震えていた。

 千年。この世界を認識してからずっと、今までの永遠とも思えるほどの長く退屈な時間。それが終わりを迎えたのだから。

 今、この場で対峙するシンという男によって。

 今までにも洞窟を訪れる者はいた。だがその大半は上層のモンスターによって命を落とす弱者ばかりだった。

 運良く難を逃れ、洞窟から抜け出すことの出来た一握りの冒険者達も、再びこの地を訪れる者はほぼ皆無といえた。

 最近の楽しみといえば、ピッコロという名の男がリーダーを務める冒険者のチームが、いつやって来るかということだ。

 数年前に初めてこの大空洞を訪れた彼らは、経験を重ねる毎に少しずつではあるが、洞窟の上層から中層へと足を延ばしてきていた。

 特にリーダーの男はその小柄な体格に相反して戦闘能力は高く判断力も適切で、チームが危機に陥りそうになる所を何度も救ってきた。体力を消耗し、強力なモンスターに一団となって襲われた時も、自らが殿を務め、仲間達を無事逃がしてみせた。

 彼らならもしかしたら、いつの日かこの最下層まで辿り着けるようになるかもしれない。そんな夢を見せてくれるようなチームだ。

 この日のロードはその冒険者達の奮闘ぶりを肴に、二人の友と数週に一度訪れる時間を過ごしていた。


 そんな中だ。僥倖に巡り合ったのは。


 その男は、自らの力を理解していないように見えた。

 というよりも、自らの力を理解するためにここを訪れたようだった。

 衝撃的だった。

 男は単騎で、短時間で中層にまで下りて来た。過去前例のないことだ。

 中層にて確認作業を進める中、男はこちらの魔法に気づき監視は遮断された。

 監視に気づくことは取り立てて珍しいことでもなく、むしろ気づかない者の方が少数である。この大空洞まで辿り着けるレベルにある者達にとって、監視への対策は基本というわけだ。彼はそんな基本すら疎かにするような者なのだろうか。

 違う。ロードには確信があった。彼は基本を疎かにしているわけではない。知らないのだ。


 このシンという名の男は、この世界へやって来てまだ間もないのだ。


 監視に気づく者は多くとも、遮断されたのは初めてのことだった。無論今までの冒険者達が遮断を試みなかったわけではない。

 彼らの魔導力では、ロードの魔法を遮断することが出来なかったのだ。

 他者へ干渉する物理、情報属性や精神属性の魔法は、通常攻撃側よりも防御側の方が有利となる。

 それでも彼らはロードの魔法に抗えない。それは両者の魔導力に大きな差があることを意味していた。

 だがこの男は容易く魔法を打ち消してみせた。自身の魔力を大幅に抑制しているのにも拘らず。驚くべき魔導力だ。

 彼に対する監視魔法は阻まれたが、任意の座標からの視点を映し出す魔法により監視自体は継続していた。

 空間の遠隔視による監視というものに考えが及んでいないようだ。このことからも経験の浅さが見て取れた。


 シンがいよいよ下層へと踏み込んで来たところで、友ガウンが彼の実力を測ると申し出た。

 戦えば敗北は必至である。それはガウンも理解しているはず。死にに行くようなものだ。

 だがガウンにとって、戦いに赴くこと自体に意味があるということも理解していた。体裁だ。

 侵入者に対して、何の妨げもなく自らの主人が対面するということに、ガウンは耐えられないのだろう。彼がこれほどまでに忠誠を尽くすのには理由がある。

 千年前、七暁神との洋上の戦いで瀕死の重傷を負ったところを保護されたという恩義に、今もまだ報いようとしているのだ。

 実際に彼の命を救ったのはコヴァなのだが、ガウンの報恩の念は彼女の意向もあり、その主人であるロードに向けられた。

 そんな覚悟と忠誠心を前に、ロードはガウンを止めることが出来なかった。

 千年の時を共にした朋友を失うことはとても寂しくはあるが、ロードにとってこのシンという男の出現は、それを補って余りあるものだった。


 嬉しい誤算があった。シンはガウンを殺めることまではしなかったのだ。強者の余裕というのもあるが、それ以上に彼の人柄によるところが大きい。

 そして何より、八彩竜の一、青竜をあれほどまでに容易く、赤子の手を捻るかの如く叩き伏せたその力量だ。

 強い。

 確実に、自分よりも。

 そのような者がこの世に存在することなど、とうに諦めていたというのに。

 いや、実際に存在しなかったのかもしれない。今の今まで、この男がこの世界にやって来るまでは。

 それは、奇跡とすら思えた。

 ロードは陶酔したかのように思いに耽る。自分はこの時のために長い生を送ってきたのだ。

 自分以上の強者と拳を交えるこの瞬間のために!


〈非実体複製〉〈透明化〉〈認識阻害〉〈空中浮遊〉〈実体複製〉


 実体のないコピーを自らの体に重ねて創り、自身は透明化した後認識阻害をかけ気配を殺し、宙に浮き地面を蹴ることなくその場を離れる。最後に非実体のコピーの上に実体のコピーを上書きする。

 一連の流れで複製体とその場を入れ替わる。

 シンは感覚を強化させている。認識阻害をかけたとはいえ、跳躍すれば音で感づかれる可能性が非常に高い。熱源知覚及び嗅覚強化は成されていないはず。移動による空気の流れの変化まで捉えるような体性感覚ならば、それはもう諦めるしかない。


〈実体複製〉〈透明化〉〈認識阻害〉〈感覚共有〉


 複製体の傍に十体の複製体を創り、最初の複製体を隠密化し、感覚を共有させる。

 複製体の操作法は、自動、指揮、魔法による感覚共有の三種がある。このうち感覚共有は二つの理由から戦闘向きではないとされる。

 理由の一つは複製体では魔法を扱えない点にある。魔法に頼らない戦士ならば問題ないが、実体複製と感覚共有は高難度の魔法だ。これらを使いこなせるほどの魔導士が魔法を縛られたまま戦闘を行うなど、翼をもがれた鳥に等しい。

 そしてもう一つは本体との並列思考が必須となることだ。戦闘の場において二つの身体を同時に扱えば、情報量の多さが大きな負担となり、下手をすれば一人の時よりも戦闘能力が低下してしまう恐れがある。

 複製体の感覚共有は本来、本体の代わりに複製体で危険な作業をこなしたい場面などで使用するものだ。

 それらの制約を考慮して、ロードは可視複製体に自動五、指揮四、感覚共有一で操作を行うよう割り振る。準備が整った。

 強者の余裕か、それとも別の何かか、シンはロードの準備が整うまで何も行動を起こさずにいた。


(行け)


 思念による合図と共に自動設定の複製体が一斉にシンに襲いかかる。だが単純に間合いを詰めるだけの動きの複製体達は、シンの衝撃波の魔法によりあっさりと迎撃された。

 自動設定の複製体が一掃される間に、指揮設定の複製体はシンを取り囲むように移動させておく。


〈高重力〉〈時間減速〉〈睡魔〉


 シンの動きを抑え込むための魔法を放ち、今度は一体ずつ順に複製体を動かし、連続攻撃を狙う。

 魔法は一瞬で無効化されたが、その一瞬のうちに複製体は攻撃の間合いに入り、拳を繰り出す。シンの頭部を狙った右拳は空を切り、カウンターで胸部を打たれ後方へ吹き飛んだ。


〈氷撃〉〈炎撃〉


 残り三体の指揮複製体を援護すべく魔法を撃つ。その際不可視の本体ではなく、感覚共有複製体が放ったように装って。

 氷と炎、そして複製体の攻撃がシンを捉える寸前で、相手の姿が消えた。


(来ましたね!)


 瞬間移動だ。シンのその行動をガウンとの戦いで見ていたロードは、移動先を予測する。感覚共有複製体の死角だ。

 すかさず感覚共有複製体で裏拳を死角に放つ。そして本体が氷撃の魔法で追い打ちをかけ、更には指揮複製体も突っ込ませる。

 予測は的中し、移動先に現れたシンは虚を突かれる形となったが、裏拳はガードされ、氷撃も体勢を崩しながら躱された。

 攻撃は防がれたが、シンはバランスを崩している。畳みかけるなら今だ。


〈高重力〉〈衝撃波〉


 感覚共有複製体で再び攻撃に移り、指揮複製体もそれに加わる。強力な重力でその場に足を止められたシンは防御に徹し、複製体達の猛攻を捌いていく。そして衝撃波が複製体もろともシンを吹き飛ばした。


〈電撃〉〈炎撃〉〈衝撃波〉


 更にロードは休む間もなく連続魔法で攻め立てる。倒れ伏したシンに、容赦なく激烈な威力の魔法が立て続けに直撃する。


「シン!」


 シンの連れの妖精が、泣き出しそうな表情で叫声を上げる。


(……妙ですね)


 流石に手応えがなさすぎる。こんなものではないはずだ。そうロードが疑問符を浮かべた刹那。

 衝撃と共に突然、視界が切り替わった。

 洞窟の地面、壁面、天井と次々に目に映るものが入れ替わっていく。続いて右の肩口から鈍い痛みが広がってきた。

 攻撃を受けた。そう気づいたロードは地面を転がる身体を止め、飛ばされてきた方向を見やる。

 そこには追撃するべくロードへと迫るシンの姿があった。では先程連続魔法を浴びせたものは一体何だったのか。ロードは察する。


(複製体か!)


 恐らく瞬間移動の際に入れ替わっていたのだろう。こちらの戦術を真似たというわけか。

 透明化、認識阻害は解除され、体勢もまだ整えられていない。シンはもう目の前に迫っている。攻撃を回避する手立てはない。

 だがここでロードが見せた表情は、獲物を仕留める者のそれだった。絶体絶命の者が見せるはずのない表情を目にしたシンの顔に、疑問と驚きを混ぜたものが小さく浮かぶ。

 次の瞬間、攻撃を仕掛けていたはずのシンの進行方向が変わった。いや、変えられた。

 一体何が起こったのかとシンは驚愕に目を見開き、振り返りさっきまでいた空間をねめつける。

 そこにいたのは隠密化したロードの最後の複製体。本体を囮にした攻撃が綺麗に決まり、追撃に入る。

 本体も既に体勢を直しており、隙の出来たシンの側頭部へ拳を打ち込む。


「ぐはっ」


 苦悶の声を上げたのはロードの方だ。

 確実に命中すると思われた攻撃は驚異的な反応により既の所で受け流され、シンは崩された体勢のまま無理矢理に左拳をロードの鳩尾にめり込ませていた。

 激痛が身体を走り、並列思考の集中が途切れる。

 一瞬、複製体の動きが鈍る。

 再集中までの刹那。その隙をシンが逃すはずがない

 衝撃波の魔法が複製体を飲み込み、シンは残る本体へ最後の一撃を振るう。


(素晴らしい)


 ロードは歓喜に震える。

 千年。今までずっと味わうことのなかった満足感が心を満たしていた。

 強者との戦闘がこれほどまでに気分を高揚させるものだったとは。

 待ち望んでいたものを与えてくれた目の前の男に笑いかけ、感謝の念を送ったところで、ロードの意識は弾け飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ