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新規概念の導入時における留意点

 荒野に閃く剣撃が対象を捉える。

 横薙ぎから斬り上げ、斬り下ろしを浴びせ、よろめいた相手に連続攻撃の締めとして一直線に剣を突き入れる。


「ぐうぅっ!」


 顔を歪め呻き声を上げるも一瞬のこと。直後には何もなかったかのように涼しい顔で、相手は反撃に転じてきた。

 大きなダメージを負ったにも拘らず相手の攻撃は衰えるどころかその勢いを増し、連撃の猛威は底なしの体力を彷彿とさせてくる。

 しかしそうでないことはわかっている。こちらの攻撃は相手の体力を確実に削っている。


「ふんっ! はぁっ!」


 掛け声と共に繰り出される剣の連撃を剣を合わせていなし、逸らし、受け止め、打ち払いながら耐え忍び、窺っていたその期が訪れる。

 相手が肩を捻り、剣撃の溜めを作る。隙の生じにくい連続攻撃の合間の一瞬の予備動作。


(ここだ!)


 直後に放たれた斬り上げを後方へ跳んで回避する。

 前回はここで防御を続けて失敗した。この斬り上げは防御を崩す一撃だ。合わせた剣を頭の上に跳ね上げられ、無防備になったところを。


 ――ズドン!


 と、打ち据えられた大地に土煙が巻き起こるほどの強烈な唐竹割りをまともに食らって、敗北を喫した。

 しかし今回持ち込んだのは真逆の展開。大振りを誘い無防備になったのは相手の方だ。隙を晒した頭部にすかさず渾身の一撃を――


「ライトニングボルト!」

「ぐああああっ!」


 見舞う前に迸る電撃に身体を打たれ失速。振るった剣の威力は霧散し、膝をついたその頭上から。


 ――ゴズッ!


 致命となる一撃を与えられ、頽れる身体と共に場面は濁り暗転した。



  ◇◆◇



「んがー、この野郎魔法使うのかよ!」


 真っ黒の背景に血文字で「YOU DEAD」と綴られたモニターへ、板山晋一は悔し紛れの喚き声を浴びせかける。


「あれあれー? さっきのは油断してただけで、今度は楽勝なんじゃなかったのかなー?」


 苛立ちを加速させるにやけ面で煽ってくるのはこのゲームの製作者。趣味である自作のゲームを晋一にプレイさせてその反応を楽しんでいる部屋の主、岡谷縁だ。

 家具と小物と壁紙が白で統一された縁の部屋。本棚には往年の名作から近年の隠れた良作まで取り揃えた漫画とラノベがずらっと並び、ベッドの枕元にちょこんと置かれているのは人気ゲームのマスコットのぬいぐるみだ。壁にはイケメンと美少女がポーズを決めたアニメのポスターが張られ、吊り棚を少数ながら凝った配置のフィギュアが彩る。テレビ台の収納には最新から二世代ほど前までのゲームハードが鎮座し、そして稼働中のパソコンは学生の身分には過ぎた高スペックの優れものである。


「うるせー! 今のは初見殺しじゃねえか」

「そうでもなくない? 晋が鈍いだけでしょ」

「あんなんが魔法撃ってくるなんて思わねえだろうが!」


 このゲーム内では戦士と魔法使いは容姿から簡単に見分けがつき、今まで戦士が魔法を使ってくることはなかった。その法則がわかってきたところで思い込みを逆手に取られたわけだが、晋一は頑なに自分のプレイミスは認めずにリトライを選択して三度目の挑戦へと向かった。


「流石に三回目ならクリア出来るよねー?」

「これ以上初見殺しがなけりゃな」

「うわぁ、保険かけてきた。つまんなーい、みみっちーい。晋、もしかしてびびってるぅー?」

「うっせ黙ってろ!」


 慎重になる晋一が不満のようで縁が執拗に煽ってくる。一言吐き捨ててからゲームパッドを握る手に力を込め、晋一は今度こそはと気合を入れた。

 ここまでは彼女の思惑通りに弄ばれてしまっている。組み込んだトラップにプレイヤーがものの見事に引っかかる様は製作者冥利に尽きることであろう。晋一としては悔しいだけで面白くないので、次こそは仕込まれた罠を手玉に取って縁の鼻を明かしてやりたい。


「ねえ晋、魔法ってさ、何だと思う?」


 突拍子もない問いかけをしばしば投げかけてくるのが岡谷縁という人物の特性、その一つと言っていいだろう。

 想定外の言動に不意を突かれ戸惑うこちらの反応を楽しんでいるだけの時もあれば、脈絡もなく降って湧いた疑問を純粋に口にしただけという時もある。普段やたらと計算高いくせにどこか天然で抜けているところもあって、判断つけられないところがタチが悪い。


「戦士は使えないもの」

「見識古っ! ……じゃなくて!」


 ジト目でゲームの仕様を当て擦ってくる晋一に律儀に付き合ってツッコミを返す縁。皮肉を飛ばして多少気を晴らした晋一は、今度は真面目に取り合ってやるかとモニターの中で派手に暴れる男を操りながら考えを巡らす。


「んー、そうだな……都合のいい空想の産物ってとこか」

「夢の無い答えね」

「文句ばっか……だったらお前の夢のある考えを聞かせてもらおうか」


 晋一からしたらそれが本心なので納得してもらうしかないのだが、彼女の気には召さないようだ。夢を見るのは結構だが、現実との線引きはきっちりしておかないと実生活に支障をきたしかねない。

 とはいえ、縁がそんな荒唐無稽な夢想主義者でないことは晋一もよく知っている。彼女は晋一の返しに待ってましたとばかりにキラリと瞳を光らせると、ピッと人差し指を立てて。


「魔法っていうのは、フィクションの世界を彩る現実には存在し得ない新たな概念よ」

「それ、言い方変えただけで俺の答えと同じだよな?」

「違うわね。全っ然違うわ、根っこから」


 期待外れの返答に晋一は片眉を上げて指摘するが、縁は力強く首を振って否定する。


「晋の言うそれだと、ほとんど何でもアリになっちゃうじゃん」

「ほとんど何でもアリだろ、魔法なんて」

「駄目ね晋、わかってないわ」


 晋一の意見をばっさりと斬り捨て、縁はしたり顔で持論を述べ始める。


「いい? たとえ作り物の世界でも秩序や法則っていうのは大事なの。私達の生きてるこの世界と同じようにね」


 魔法とは何かというテーマの話だったはずが、そこからベクトルもスケールも変わった気がして晋一は眉間に皺を寄せる。何の話だ。


「晋の言うように魔法がルール無用何でもアリの概念だとしたら、そんなものが存在する世界なんて成り立たないわ」

「そりゃお前がそんな無秩序な世界想像出来ないってだけじゃないのか?」

「そうよ。想像も出来ない世界なんて存在し得ないでしょ」


 縁は独自の信条と強いこだわりを持っている。時折こうして熱く語ってくるが、彼女としてはそれらを晋一に知ってもらいたいだけで、自分の価値観を押し付けているつもりはないのだという。

 それが嘘だとまでは言わないが、本心であるとも晋一は思っていない。意識無意識は別として、あわよくば共感してほしいという心理は少なからず働いているだろう。

 そんな晋一の思いは余所に縁は気分良く続ける。


「フィクションなりシミュレーションなり、新しい世界を創造するに当たってその土台に物理学の理論体系は欠かせないわ。その上で魔法っていう物理法則に囚われない概念を導入するんなら、それがどんな原理に基いて働くものか定義付けることって凄く重要だと私は思うの」

「破綻の無いよう設定するってことか? そんなん無理だろ」


 ここでは魔法という言葉を使っているが、縁の主張はスキルや異能など現実には存在しないファンタジーの特殊能力全般に置き換えられる。

 また現実の物理法則というものは、自然現象に辻褄の合う理論を当てはめただけの一種のパズルのようなものだ。今ある物理学の理論ですら重箱の隅をつつけば矛盾が見え隠れするような代物なのに、それを元に創り出す世界が破綻の無いものになどどうして出来ようか。


「破綻が無いようにじゃなくて、目立たないようによ。一見何の問題もないように見せかけること。魔法っていう概念をその世界に溶け込ませて、自然な外面を作り出して疑問や違和感を抱かれないようにするの」

「意味あんのか? それ」

「大アリよ」


 細部にまでこだわりを見せているのかと思いきや、上辺さえ取り繕えていればそれでいいと縁は言う。そんな張りぼての世界で晋一や他人はともかく、当の縁が満足なんぞ出来るのか。


「問題が表出さえしなければその原理原則には説得力が生まれるもの。説得力のあるバックボーンの存在はその世界に深みをもたらしてくれる。物語の舞台にとって有意義な深みをね」


 雑魚敵を一掃して二度敗れたボスに辿り着き「出やがったな」と舌舐めずりをして意気込む晋一。こうなると縁の話は半ば上の空になってくるが、自分の話に夢中の彼女は晋一の様子に気づいていない模様。


「つまりね、私が言いたいのは、何でもアリだったり背景があやふやな概念を取り入れて創り出した世界なんて、薄っぺらいものにしかならないってこと。それが晋と私の言う魔法の違いよ。どう、わかった?」


 随分と極端な考え方である。設定の凝った物語は確かに味わい深い作品が多いが、設定が薄くともそれ以外の演出、構成、心理、情景、戦闘等々、様々な描写で作劇に深みを生み出す世界はごまんと存在する。

 逆に設定が凝りすぎているとくどさを感じ食傷気味になってしまうものだ。その塩梅は個人差が出るが、縁はむしろ胸焼けするほど濃厚なものを好む。

 要は彼女の主観の話である。そう行きつくところが目に見えた晋一は、最早反論するのも面倒なだけなので相槌だけ適当に打っておく。


「ん? あー、おう」

「……ちゃんと聞いてた?」

「あー聞いてた聞いてた」

「…………」


 いい加減な返しで「くぬっ! このっ!」とゲームのボス相手に奮闘する晋一。一方自信の名論卓説をぞんざいに扱われた縁は。


「……えい」


 ゲームパッドを持つ手に力が入って無意識に出っ張った晋一の肘を、くいっと押した。


「あーー!」


 必然、操作を誤って悲鳴を上げた晋一が「何てことしやがる」と非難するも、縁は「もーばかー、ちゃんと聞いてよー」と駄々っ子モード。

 囂々と騒ぎ立てる二人の横でゲームの主人公の男はその命を儚くも華々しく散らし、晋一の三度目の挑戦は虚しく水泡に帰して終わった。

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