異世界鉄道株式会社 外伝 妖精たちの年越祭三
年越し。
それは新しい一年を迎えると同時にこれまで過ごしてきた一年に別れを告げる大切な時である。
そんな年越しに向け、妖精たちは今年も準備を進めていた。
妖精たちの大半は雪像づくりがメインなのだが、一部……年越祭の本来のメインイベントである年越しの儀に参加する妖精たちはまた別の忙しさを見せている。
「ほら、そっち。ちゃんとやぐらを組んで。そっちは木を少し切ってちょうだい」
今年の年越しの儀の準備を任されたマノンはおおきな声を張り上げて妖精たちに指示を飛ばす。
「……はぁよくここまでやる気になれるわね」
そんなマノンの様子を見て、横で準備の状況を見学していたノノンがそんな声を漏らす。
「やる気も何も選ばれたんだからやるしかないじゃない」
「だいたいの妖精はいかにもやりたくないですオーラを出しながらやるのよ。あなたにみたいなパターンはまれよ」
「そう。それはほめ言葉として受け止めておくわ」
マノンとしては、見た目こそまじめにやっているが、内心はそうではない。
どちらかといえば、毎年やっているような雪像づくりがしたいし、ほかの妖精たちに指示を出すような真似はしたくない。だが、カノンから直々に命じられたので断ったり、嫌だという態度を見せるわけにはいかないというのがマノンの立場だ。そもそも、目の前に雪像づくりという名の遊びがあるのに好き好んで大変な仕事をしたいという人物などあまりいないだろう。
「まぁあなたにやってもらえれば間に合いそうね。毎年あなたに頼むようにカノン様に進言しようかしら」
「それは勘弁してほしいわね。というか、こういった役目は本来あなたたち大妖精の役割でしょう? なんで私なの?」
「……カノン様がそうしたいとお思いになられたから。これじゃ不十分かしら?」
ノノンの回答にマノンは深くため息をつく。
「……あまりにも十分する理由ね」
妖精たちの決まり事のほとんどはカノンの独断で決められたものだ。一応、妖精議会という存在があるのだが、完全に形だけのものとなっているのが現実である。強いて言うのなら、カノンが決めた政策を皆に披露する場になっているというのが適当なのかもしれない。
「それにしても、どうしてカノン様は形がい化をしているような儀式を続けるのかしらね」
「……私に聞かれても困るのですけれど」
「まぁそうでしょうね。私の独り言として、聞き流してちょうだい」
なぜ、このタイミングでノノンがカノンに対する不満を漏らしたのかよくわからないが、それ自体はよくあることなのでマノンはノノンの言う通り適当に聞き流す。
「全く、あの方は妖精第一主義だからまだいいかけれど、そうじゃなかったらどうなっていたことか……まぁ私たちも将来的には変革をもとめられるのかも知れないけれどね。そうなったときにあの方が周りの種族と手が組めるのかしら?」
聞き流せと言いながら問いかけを投げてきたノノンの態度に内心ため息をつきながらマノンは思考を巡らせる。
この森の現状について問題があると思っているのはマノンも同様だ。森の外の状況を理解していない以上、そう大層なことは言えないのだが、大妖精であるノノンの問いかけを無視するわけにも行かない。
「まぁカノン様として必要になればほかの種族と手を組むのではないですか?」
「……そうだったらいいのだけどね。まぁそれ以前にほかの種族と手を組まないといけないような事態に直面しないのが一番だけど。話に付き合わせて悪かったわね。私はこの辺で」
言いたいことだけ言ってノノンはそのまま去っていく。
その背中を見て、マノンは深くため息をつく。
「……あの人はあの人で何を考えているのかさっぱりね……」
そんなノノンの口から出た言葉は誰にも届かずに雪景色に消えていく……ことはなかった。
「……あれはあれでちゃんと自分の考えをもって行動をしているはずです。それを知ってもなお、ノノンの態度に不満があったのならそれとなく伝えておきますが?」
その声が背後から聞こえた途端、マノンは背筋に冷たいものが走るのを感じた。そして、現実を直視するためにマノンはゆっくりと振り返る。
「……えっと、このような場所にどのようなようでしょうか? シノン様」
「準備の様子を見に来たのです。まぁそちらはついででして、ビェノンがあなたを呼んでいたので迎えに来た次第です」
ビェノンという名前を聞いてマノンは少なからず驚いた。
ビェノンといえば、動かない大妖精の二つ名を持ち、妖精議会やこういった年越の儀といった大きなイベントごとでも滅多に姿を見せることのない人物だからだ。そんなビェノンがマノンにどういった用事があるというのだろうか?
「ビェノン様が? どうしてですか?」
「こっちが聞きたいぐらいです。とにかく、ビェノンの寝床へ案内しますのでついてきてください」
「えっあぁはい」
タイミング的に年越の儀のことだろうか? 自らの中で勝手にそう結論付けてからマノンはシノンの背中を追って飛び立つ。
*
そこまで来て、マノンは目を覚ます。
「ずいぶんと前の夢を見たわね」
どうやら、人を待っている間についつい寝てしまったらしい。
あの後、ビェノンに呼び出され、告げられたとある計画はマノンにとって衝撃的なものだった。
「マノン。マノンってば。起きたと思ったら何をボーとしてるのよ」
そのことについて、思案を巡らせようとしたが背後から声がかけられたことによってそれは中断させられる。
「あぁすみません」
どうやら、待っていた人はとっくに来ており、マノンが起きるのを待ってくれていたようだ。
マノンは謝りながら振り返り、待っていた人物……ノノンに視線を向ける。
「まったく。いくら私が来るのが遅れたからって寝てるっていうのはちょっといただけないわね」
「すみません……その……これは……」
遅れれてきたとはいえ、マノンが寝ていたことに対して少なからず立腹している様子のノノンに対して、マノンは必死に言い訳をしようとするが、良いものが全く思い浮かばない。
「まぁいいわ。今はそんなことを追及しているような余裕はないわけだし」
しかし、マノンがあたふたとしている間にノノンは勝手に引き下がった。
「……それで、報告を聞いてもいいかしら?」
「えっあーはい。とりあえず、年越しの儀の準備ですが……」
マノンがノノンに呼び出された理由。それは今年の年越しの儀の準備を任されたからだ。ビェノンからあるお願いをされてから大体百年。マノンは再びこの役割を任されていた。
「……なるほどね。じゃあここからもつつがなくお願いね」
「はい。了解しました」
「それじゃあ……次の話だけど」
妖精たちが広場で準備をしている中、その広場の一番端の影で二人の話は続く。
その内容は雑談だったり、年越しの儀の準備以外の報告だったりと多彩に富んだものだ。
それらの報告を一通り聞き終えたノノンは満足げにうなづく。
「なるほど。まぁ寝ていたのはいただけなかったけれど、いろいろと報告が聞けたから満足ね。それじゃこっからも頑張って」
「ありがとうございます」
飛び去っていくノノンの背後に一礼してからマノンは自分の持ち場に戻っていく。
「さて、しっかりと準備しますか」
決意も新たにマノンは明日へと迫った年越祭の準備へと戻る。
これがマノンにとって最後の年越祭になるということはこの時点では本人でさえ知るすべはなかった。