第十六話 アリスの気持ち
なぜ私は怒っているのだろう?
家を飛び出してきた後、アリスが一番に思ったことだ。
夜空とは特に何もなかった。
ただ家に同居され、お金を払わされ、邪魔だと思ったこともあった。
ただあるとすれば、夜空は他の人と違って私を怖がらなかった。
本当の私を見てくれた。
だが実際それだけだ。
それだけのはずなのに。
なぜ私は怒るのであろう。
あいつがどこへ行ったっていいじゃないか。
確かに孤独には戻るけれども、大して私にダメージはないはずなのだ。
それでも私が怒る理由。
多分それは私は夜空といる時間が好きだったのだ。
例え夜空が働かなくても、化け物であったとしても、夜空との時間は私にとって、とても楽しいひと時だったのだ。
この三日間の依頼中だって、早く帰りたくてたまらなかった。
そしてそんな楽しいひと時を作り出してくれた、夜空のことを好いているのだ。
前のような特別視ではなく、更に強いもの。
私は夜空を愛しているのだ。
だからさっきも夜空があの奴隷に膝枕されているなを見た時、一瞬頭が真っ白になったのだ。
てかなんなのよ夜空は!
そんなことのために奴隷を買ったの⁉︎
そして夜空を好いているからこそ、夜空がたった一言で、更に女連れで旅に出ることが許せなかったのだ。
あの奴隷も、夜空のことを好いているようだった。
このままでは夜空を寝取られてしまう。
ここで私がすべきこと。
それは夜空に付いて行くことだ。
どんなに邪魔にみられてもいい。
だがどんなことをしてでも彼に付いて行く。
なにせ私が初めて好きになった男なのだから。
いつか私に振り向かせる。
実のところ私は生粋の負けず嫌いなのだ。
あの奴隷にも負ける気はない。
そして絶対に諦めはしない。
覚悟はもう決めた。
家に帰ろう。
そしてお願いしよう。
旅に連れて行って欲しいことを。
理由を聞かれた時はこの思いを伝えよう。
ただ私は素直になれないからなあ。
頑張らないとなあ。
そんなことを考えている時に、アリスの目の前に一人の男が現れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「あーアリス?」
「うわぁ!夜空⁉︎」
目の前に現れただけでここまで驚かれる。
いや驚くのは当然か。
いきなり前に人が出てくるんだ。
それはもはや、俺だったらちびるレベルだな。
だがなんと声をかけていいかが分からない。
まずアリスが怒った理由も分からないのだから。
うーんどうしようか、叡智に頼るか?
そんなことを考えていると、アリスの方から声をかけてきた。
「ねえ夜空」
「…なんだ?」
するとアリスは深く深呼吸し、胸に手を当てながら、
「私も旅に連れて行って欲しいの」
「ふぇ?」
俺は驚きのあまり変な声を出してしまった。
なぜ急に、とも思ったがなによりアリスはこの国の人間だ。
そして剣聖でもある。
この国の、いわば日本で言う人間国宝みたいなものであろう。
この国でやるべきことも多いだろう。
それを全て投げ出して、付いて行きたいと言ってきたのだ。
何かの冗談かと思い、アリスの顔を見るも、その眼差しは本気であった。
まるで覚悟を決めたような顔だ。
ただここで一つの疑問が浮かび上がる。
それはどうしてそこまでして俺に付いて行きたいのか、ということである。
「なあなんで連れて行って欲しいんだ?」
「……それは」
アリスの顔は急にトマトのように真っ赤になる。
だがアリスは自分の顔を叩くと、さっきよりも深く深く深呼吸をして、こう言ったのだ。
「夜空のことが好きだから」
「ふぇ?」
また変な声を出してしまった。
だがさっきアリスが言った言葉は、俺がこの人生で聞いたこともないようなものだったからだ。
アリスが俺のことを好き?
どうしてそうなった?
俺がアリスにやったことと言えば、家に居候し穀潰ししていたぐらいである。
「お、俺のどこが好きになったんだ?大して何もやっていないと思うんだが…」
するとアリスは更に顔を赤くさせながら、
「夜空といる時間が好きなの!」
と言ってきた。
ヤバい。心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じる。
これは完全な告白だ。
俺はこれに答えを出すべきなのだ。
なのに緊張で声が出そうにない。
いつも自分でも偉そうにしていると思っているのに、なぜこういう時だけ、こうなるんだ!
これが童貞ぼっちの固有スキルか⁉︎
するとアリスは追い討ちをかけるように、上目遣いでこう言ってきた。
「ねえ夜空、私を連れて行って?」
もう駄目だ。
と思った時、別の方向から綺麗な声が聞こえてきた。
「私のご主人様を取ろうとするとは!」
そして俺とアリスの間にまるで稲妻のように入って来た。
マーラである。
アリスはマーラのことを強く睨むと、
「私の邪魔をしないでよ!」
「いえ、さっきから話を聞いていましたが、旅には私一人で充分です」
「そんな…ねえ夜空連れて行ってはくれないの?」
断るのは無理だ。
ここまで俺に好意を向けて来てくれているのだ。
俺はなんとか声を絞り出す。
「…連れて行くに決まってんだろ」
「本当?やったあ!」
ぴょんぴょんとアリスが嬉しそうに跳ね喜ぶ。
「ご主人様がそうおっしゃるなら…」
マーラもなんとか納得して食い下がったようだ。
だがマーラは一言付け足す。
「やはりご主人様はハーレムを作ってしまいますか…」
「おい待てマーラ。ハーレムってどういうことだ?」
「そのまんまの意味です、ご主人様。まあご主人様の一番は私です。せいぜい頑張ってくださいねアリスさん」
「言っておくけど私は負けるつもりはないわ!私が夜空の一番なんだから!」
待てこの状況。
俺は二人から好かれている?
アリスのことは意外だったが、まさかマーラまでもだったとは。
だが俺はハーレムを作る気はない。
そんなラノベの主人公みたいな真似は出来ない。
ただえさえ童貞ぼっちなのに。
そのことをアリスとマーラに伝えるが、全く聞いてくれない。どうやら俺のハーレムは確実化したようである。
一言言わせてもらおう。
異世界転移した日に世界最強になったら、童貞ぼっちでもハーレムが出来たんだが。
これで二章は終わりになります。
次は獣国の予定です。
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