出発点
「召されし者…………なんか、言いにくいッスね」
グレッグの説明のあと、テッドはそう呟いた。
「………いや、俺に言われてもな? 確かに初め聞いたときには俺も、伝え広まったにしちゃあ微妙だ、とは思ったけどよ、世の中そう上手くハマる呼び名なんて付かねえよ」
「えー………」
納得いかなそうなテッドをよそに、グレッグはちらりとキーを見る。
『………“召されし”ってことは誰かがこの世界に呼んだってこと? なら、私も…………?』
キーは“召されし”という部分に引っかかったらしく、一人でぶつぶつと考えていた。グレッグには相変わらず何を言っているか分からないが、そこはテッドが拾うことに成功した。
「遠くから人間を呼ぶとか、そんなギフト聞いたこともないッスけど、あるんスかね?」
『え……あ、あの、ギフトってなんですか?』
独り言を拾われるとは思ってなかったのか、キーは逸らしていた意識を戻すと知らない単語について訊いていた。
「あー、えっと、なんて言うか、生まれたときからある力、みたいな?」
『……………???』
「……はぁ。もうちょっと分かりやすい説明は出来ないのか」
テッドの曖昧な説明に首を傾げるキーを見て、溜息をつくグレッグ。
とはいえアクティブギフトを持たない人間にとってギフトはなんとなくあるものなので、説明しろと言われても抽象的になるのは仕方がない話だ。グレッグ自身もギフトに関して詳しく知っているわけではないので他人のことは言えないのだが。
「まあ、ざっくりした説明ならテッドの言葉で合ってるよ。ただ、キーが訊きたいのはそういうことじゃなくて、そんなことが出来る力とは何なのかってことだろ」
グレッグの解釈に、あぁ! と納得したテッドはキーにもそのままグレッグの言葉を伝える。その言葉通りだとキーは頷いた。
「と、偉そうに言ったが詳しいことは分かってないんだ。人によってさまざまだが、特殊な能力だったり現象を起こせる力をギフトと呼んでるだけでね。結論を言うと、そんな大がかりなことが出来るギフトは聞いたことがない。そもそもギフトで出来ることは個人レベルで便利な現象程度のもんがほとんどだ。中には突飛なやつもあるが、そういうやつは記録が残ってるはずだ」
『そうですか………。ちなみに、お二人は何が出来るんですか?』
キーとしては世間話程度のつもりで訊いたことだったが、二人は微妙な顔になったのを見て、訊いては不味い話題だったと気付いた。
『あの、すいません……』
「あ……謝らなくてもいいッスよ。こっちの話ッスから」
もっとも、微妙な顔になったのは別々の理由によるものだったが。
「オレはアクティブギフト――そういう特別なやつは使えないんスよ」
「あぁー、俺は一応使えるんだが、こういうものはむやみやたらに言ったり訊いたりするもんじゃないんだ。暗黙の了解ってやつだな。―――それとテッド。そこまであからさまな嘘はどうかと思うが?」
「えっ!?」
グレッグに指摘されたテッドは、通訳の途中で心外そうに声を出した。
『えぇ、まあ、こんなに分かりやすいのに………』
「そんな、キーまで!? いや、嘘なんてついてないッスよ!」
キーにまで嘘吐き呼ばわりされたテッドは抗議の声を上げる。テッド自身は心当たりがないため半泣き状態だった。
「いや、お前。キーと普通に話せてるじゃねえか。それがギフトの力じゃなくてなんだって言うんだ?」
「……………………あー」
テッドは予想外というような間の抜けた声を出した。指摘されてようやく、自身にギフトが存在することを知ったようだ。
「まあアクティブというよりパッシブの方だろうが。………ホントに分かってなかったのか?」
「そう、ッスね、ハイ」
「教会で聖別は受けなかったのか?」
「そんな金無いッスよ。冒険者になってからもジリ貧ッスし、そんな暇もないッス」
「………あー、だなぁ。そういや俺も駆け出しの頃はヒィヒィ言いながら生活してたっけ」
『あの、グレッグさんはなんて言ってるの?』
二人で話をしていると、キーが会話の内容を訊ねてきた。簡単な内容なら表情やテッドの言葉からある程度察することは出来るが、込み入ったものや特定の事柄が混ざると、想像するのが難しくなるのだ。
「あ、えっと、オレがギフトを持ってるってホントに知らなかったのかって聞かれたんスよ。それに、そうッスって答えたら、聖別はしてないのかって聞かれて、する金も暇もないって言ったんッス。そしたら、俺も駆け出しの頃はそうだったって」
『やっぱり冒険者ってそういうものなんだ。あと、セイベツってなに?』
「あー、聖別は、えっと教会ってとこがやってくれるやつで、どんなギフトを持ってるか調べてくれるんスよ」
『セイベツって、聖別なのね。その、聖別をしてもらうのって、そんなに高いの?』
「金持ちしか出来ないってほどじゃないッスけど、オレみたいな貧民街出のヤツには手が出ないってくらいッスね。そんなことに使う金があるなら今日の飯を買うッス。だから貧民街には自分のギフトを知らないヤツばっかりッス」
『そうなんだ…………』
キーは目の前の少年が貧民街出身と聞いて、少なからずショックを受けていた。
キーは裕福というほどではないが金銭で困ったことはない家で育った。それは無駄な出費や過剰な浪費が少ないというのも要因の一つだが、平均水準より少し上くらいの生活を送れていた。そのため、貧困と言われてもいまいちピンとこない。
日本以外では貧民街のある国もあるし、日本でもホームレスのたまり場と化している場所も存在する。だが、キーはそれらに触れたことはなく、知識としてそういう場所があると知っているだけであった。
それが、目の前で話をしている自分と同年代の男の子は“オレみたいな貧民街出の”と言ったのだ。現代日本では、いくら貧困に喘いでいたとしても十代半ばで命のやり取りを仕事とするなど考えられないし、考えてはいけない。
未だ現実感はないが、その日の食事すら満足に摂れないという人々がいるのだと、初めて理解した気がしたのだった。
「――あっ! いや、別に金がなかったのはホントッスけど、そんなにイヤな暮らしってわけじゃ無かったッスよ」
そんなキーの反応にテッドは慌てたように、あの頃の暮らしは苦ではなかったと伝えた。実際、金銭で困ることは日常だったが一緒に暮らしていた仲間たちのおかげで楽しく過ごせた日々だった。一般区域に比べれば治安が悪いのは確かだが荒事の類は余所者が原因の場合がほとんどであり、同じ貧民街の住人同士はむしろ仲間意識や結束力は強く、テッドたちにも気さくに接してくれていた。
『………ありがとう。勝手に沈んでしまってごめんなさい』
「謝らなくてもいいッスよ。キーは何にも悪いことしてないじゃないッスか!」
「んー、確かに悪いことはしてないが、人によっちゃ気分を悪くするかもな。つか、テッドはよく捻くれずに育ったなぁ」
「どういう意味ッスか、それ」
「なに、単純に褒め言葉だ」
テッドはグレッグに軽くからかわれたことに気がつくと少し拗ねてしまった。
「ああ、また話が逸れたな。その“召されし者”は大仰なギフトを持ってたらしくてな、それも含めて当時は大人気だったらしい」
「じゃあ、もしかしたらキーにもすごいギフトがあるんスかね?」
テッドが期待を込めてグレッグに訊ねると、グレッグは信じられないものを見たような顔になった。
「何言ってるんだ。もしもなにも、俺たちが今生きてるのはキーのギフトのおかげだろ」
「『…………え!?』」
グレッグの言葉に二人は目を丸くした。
『あ、あの、私、そういう特別な力は持ってませんし、仮に持ってたとしても使い方なんて知りませんよ』
「そ、そうッスよ。驚かさないでくださいッス」
二人の反応にグレッグは、はぁ、と溜息をついてテッドを見た。
「キーはともかくお前にはあの時言ったし、それ以前に気付くだろ。―――あの時、俺とお前に状況を打破する力も逃げ切る手段もなかった。ならどうして今こうやって話が出来てるんだ?」
「それは、光に飲まれたあと森の外に居たからで…………あ、そうか! そういうことッスね!」
「何が、“あ、そうか!”だ。こんな当然のことによ」
その場で否定されていたにもかかわらず、テッドは自分たちを包み込んだあの光はグレッグの仕業だと思い込んでいた。しかしそれを改めて否定され、改めて考え直すと消去法的にアレを起こせた人物は一人しかいなくなる。
『で、でも自覚もないし、急にそんなこと言われても………』
「まあ、あれは緊急時の暴走だったんだろう。じきに分かってくるようになるし、慣れもするさ。それにあんなことが起こせるギフトなんて、冒険者の間じゃ引く手数多だぞ?」
「そうッスよねー」
森の外を目指して移動していたとはいえ、あの時三人が居た場所は深部と呼んで差し支えない場所だった。そんな場所から一瞬で三人を森の外まで移動させたのだ。
これを自由に扱えるようになれば物資の運搬や目的地までの移動、さらには緊急時の安全な離脱と便利なことこの上ない。
『そんなこと言われても………。私は冒険者になる気はないですし、なれるとも思えません』
「………そうか。どのみち調べるにしても近くに教会はないし、細かいことは気が向いたらでいいだろう」
「……あれ、でもあっちの拠点には組合協力の教会があったッスよね?」
グレッグの言葉に異議を唱えるテッド。確かに、この村とは違う場所にある幻魔の森探索の拠点には、冒険者組合が教会と共同経営している教会があるのだ。
だがグレッグが利用可能な教会としてその場所を数えなかったのには理由があった。
「ああ、あそこはダメだ。判別石はあるんだが、俺の知り合いがいないから融通が利かんし、情報も駄々漏れだ」
この世界でも情報の価値は理解されており管理もそれなりに厳しいのだが、如何せん現代の地球に比べると笊と言っていい。
よほど信頼の置ける相手でもない限り、重要な情報を明かすことは出来ないのだ。
キーの事は軽々しく話して回るものではない、とグレッグは判断している。
過去の偉人と同様の特徴があり、未知数ではあるが有用なギフトも有している。これだけでも十分なのに、キーの容姿が美しいことも注意点に入っていた。
有用な上に美貌の持ち主とくれば、厄介事が大勢でこんにちは! 状態である。
「そんなわけで、この問題はひとまず棚上げだ。それよりも先に訊いておきたいことがある」
グレッグはそこで言葉を切ると、一呼吸置いてキーを見つめた。
「キー、君はこれからどうしたい?」
『あ………………』
それは、キーのこれからの身の振り方であった。
グレッグたちは正確には把握していないが、キーが異世界人だということは理解している。そのため、この世界に親族はもちろん頼れる人物はおろか顔見知り程度の知り合いすらいないのだ。自然とキーが頼れるのはグレッグとテッドだけということになるのだが、それとて半日程度の付き合いでしかない。
二人ともお人好し、と言えるほどではないが、頼られても放置というほど鬼でもない。だが、それにも程度というものがある。
元の世界に帰る手段も、そもそも帰れるのかさえ分からない、天涯孤独で言葉の通じない(テッドを除く)異世界の少女。当然、今すぐ自立した生活が出来るはずもなく、しばらくは二人の世話になるしかないだろう。しかし、その先は?
『あの…………今は、よく分かりません。なんでこんなことになってるのか、とか、どうするべきなのか、とか……』
「まあ、急に訊かれても何も思いつかないか。これに関しては早めに考えを纏めてほしい。キーが何をしたいのか分からなければ、今後の計画が立て辛くなるからな」
『あ、でも一つだけ。難しいし、無理かもしれないですけど。―――家に、家族のところに帰りたい、です』
「―――そうか、そうだよな」
どうするつもりかと訊いたところで、混乱している状態ではまともな結論は出ないだろうし、焦らせるだけだ。だからグレッグはキーの願望を訊いたのだ、どうしたいのかと。
「それじゃあ、帰る方法を探すか!」
『え………』
「キー、よかったッスね! グレッグさんが探してくれるならあっという間に見つかるッスよ!」
「なに他人事みたいに言ってるんだ。お前もやるんだよ」
「え!? オレもッスか!? あ、いや、嫌ってわけじゃないッスけど、オレそんなに役に立たないッスよ?」
テッドが自分のギフトの重要性を理解していない発言をしたので、呆れたように額に手を当てた。
「お前のギフトがなけりゃ、俺はキーと話が出来ないだろうが」
「………そういえば、そうッスね」
テッド未だ実感が沸かない風に自分の手を見つめた。………手にギフトがあるわけではないので、特に意味はないのだが。
「それ自体はキーがクーリア語を覚えれば解決だが、そんなすぐに覚えられんだろうしな」
「はは。キーがクーリア語を覚えたらオレ、ホントに役立たずッスね」
『えっと、私が言葉を覚えても役立たずってわけじゃないと思う……』
テッドが自嘲気味に薄ら笑いをしたとき、キーがそれを否定した。
『あんな怪獣、私じゃどうしようもないもの。もし、帰るヒントがあの森みたいなところにしかないなら、テッドの力も必要でしょ?』
「さすがにあんなの相手はムリッスよ………」
「ほーう。キーの方がテッドよりも物事が見えてるな」
「………どうせオレはバカッスよ」
「不貞るなよ。どのみち、俺だけじゃ探しきれんのは事実だ。なにせ、あるかどうかも分からない方法を探すんだからな。人手は多いに越したことはない」
「なら、知り合いのベテランの人に声を掛ければいいじゃないッスか」
「テッド、もうちょっと考えてから喋れよ? さっきも言ったが、キーの事をあまりペラペラと話して回るのはマズイ。あと、事情を誤魔化して協力を頼むのにも限度があるからな、必然的に人数は増やせないんだわ」
グレッグの説明にテッドはなるほど、とよく分かってない顔で頷いた。
「キー。自分ではなれないと言ってたが、適性はあると思う。それに帰る方法を探すのだって、冒険者になった方が探しやすくもなるだろう」
『あ、えっと、あの………』
「これも、ゆっくり考えればいいさ。さて、そろそろ出発するか」
そういうと、グレッグは座っていた椅子から立ち上がる。
「出発って、何処に行くんスか?」
「まずは俺の家があるパームスに向かう。そこにある教会なら大勢に知られずにキーのギフトを調べられるからな」
『お知り合いがいるんですか?』
「ああ、信頼出来るやつが責任者なんだ」
そう言うグレッグは、少し嬉しそうだった。
「じゃあキーはグレッグさんの家で過ごすんスね」
「しばらくはな。――ああ、俺には嫁さんがいるから安心していいぞ?」
グレッグの家で暮らすと聞いてキーは少し身を捩った。それに苦笑しながら、二人で生活するのではないと教えた。
『なら、テッドも一緒ですか?』
「ん? まあ、そうだな、仕方ない。手狭になるが、そこは我慢しろよ」
「あー、もう決まってるんスね………」
テッドは諦めたようにうなだれた。
『あの、嫌なら断ってもいいと思うけど……?』
「嫌じゃないけど、なんかオレの意志と関係なく決まっていくってのが……」
「そうだな、勝手に決めてスマン。じゃあ、難しくはなるがテッド抜きで話をしていこうか」
『そうですね、しょうがないです』
そこでテッドは激しく頭を掻きむしって、開き直ったように二人を見た。目が座っていた。
「あ゛ーー! もう! わかってますよ! ちょっと愚痴っただけじゃないッスか! なんなんスか、もう!」
「いや、うん、落ち着け。言い過ぎた」
『ごめんなさい』
「フー、フー。分かればいいんスよ、分かれば」
テッドは少し溜飲が下がったようで、自分の荷物を纏め始めた。
それを見ながら、やりすぎたかなぁと頭を掻きながら片付けを始めるグレッグ。
キーは私物も道具もないのでそれをなんとなく眺めていた。
『はぁ、これから大丈夫かな………』
そんなことを呟きながら。
プロローグがようやく終わりました。
不定期と言いながら隔週更新になってますね………。