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獣の頂点

 森の夜は平地よりも早く訪れる。そして人にとっては深くて(くら)い闇の領域となり、足を踏み入れた者を惑わす迷宮となる。このような場所で自在に活動できるのは夜行性の生物か、訓練されたモノだけだろう。

 追跡者を足止めするために来た道を反転し、薄暗くなり始めた森を駆けるグレッグはそのどちらでもない。

 もし追跡者との邂逅が闇の中だったり戦闘が長引きでもするなら、花を手折(たお)るよりも呆気なく命を散らす結果となる。

 グレッグたちにとって敵は魔物や追跡者だけではなく、時間すらも喉元に刃を突きつける存在となっていた。

「かといって、あっちのテリトリーで勝てるほど楽な相手でもないけどな…………」

 ぼやきながらも足は止めず、またそれはこちらの接近に気付いているだろう追跡者も同じだった。

 一度通った場所なので魔物の出現はなく、テッドと少女という保護対象がいないので速度を抑える必要もない。ギャラリーがいれば、そのあまりの速さに驚愕の声を上げることだろう。木々の間をすり抜け根や岩を飛び越し、斜面を駆けあがる。まるで自分の庭のようにスムーズに移動していく。

 ―――だが、所詮はそれだけのこと。いくら速く動けたとしても、力量差が縮まったわけではないのだ。

 グレッグは久しぶりに体を包む緊張に不安と、一種の昂揚感を覚えた。

 仕事の性質上命の危険とは常に隣り合わせなのだが、ここ最近は不測の事態も含め、こんなにも“死”を感じさせることはなかった。

 好き好んで危険に飛び込むような人種ではない、と自分では思っているグレッグだが、物足りなさを感じていたのも事実なのだ。

 緊張と不安を誤魔化そうとする心理状態なのかもしれないが、そんなことは関係ない。これで多少は気持ちよく戦りあえる(・・・・・・・・・・)

 そんなことを考えているうちに両者の距離はすぐに詰まり、勢いそのまま相まみえる。

邂逅の瞬間、グレッグは反射的に盾を構える。

 そして、追跡者は姿を現すと同時に、丸太のような前脚をグレッグに向かって振り下ろした!

「クッッ……!!!」

ギギィィイイン!!

 グレッグはその襲撃にギリギリで反応してみせた。前脚がグレッグを捉える、その刹那。僅かにバックステップして直撃を避ける。躱しきれなかった爪は盾で受けたが、その衝撃で後方に弾かれた。

 それはグレッグが想定していたものより、実際の衝撃の方が大きかったからだ。

 グレッグは先のガズルカ戦でやってみせたように盾で受けた衝撃を利用して追跡者の懐に潜り込もうとしたのだが、想定以上の衝撃に体勢を崩されてしまい、潜り込むどころか弾かれてしまったのだ。

 だが、すぐさま体勢を立て直し、改めて追跡者と対峙する。そこでグレッグはようやく、追跡者の正体を目の当たりにしたのだった。

「グランビースト、だと? いや、だが何故ここに…………」

 偉大なる獣(グランビースト)。その名の通り、巨大な体躯に威風堂々とした様。見た目に恥じぬ戦闘能力に加え、周辺に棲む魔物を配下に置き、それらを種類問わずに使役して敵対者を排除する。魔物の王とも言える存在だ。

 危険度認定でAランク以上とされている魔物で、もしグランビーストのテリトリーに足を踏み入れ敵対者と認識されれば、英雄クラスの人間でもないと生還することは叶わない、と言われている。

「グルルゥ…………?」

 が、それはあくまで通常のグランビーストの話だ。

 踏み潰しているはずの獲物に紙一重で逃げられ、不思議そうに前脚を眺めているソレは、グレッグの知識にあるグランビーストとはいくつもの差異が見受けられた。

 まずは生息域だ。現在確認されているグランビーストの生息域は、幻魔の森のあるこの地よりも遥か西。荒涼たる岩石渓谷周辺なのだ。世の中“絶対”ということはあり得ないが、地域も環境も違いすぎる場所で同じ魔物がいるとは思わなかったのだ。

 さらに姿形もグレッグが見聞きしたものとは違っていた。通常のグランビーストは巨大なトラのような姿なのだが、目の前のソレには背に一対の翼が生えており、頭部には二本の曲がった角、尾に至っては五本もあった。

 ベースとしてはグランビーストなのだろうが、明らかに別種の魔物だ。

「……突然変異の強個体ってところか。厄ネタどころの話じゃないぞ、これ……………」

 普通の動植物と同じように魔物にも系統・種類というものはある。それらの基本となる魔物は、系統・種類ごとに初めに発見されたものか、もしくは一番平凡なものとされている。

 しかしごく稀に、たった一度の発生報告だけということがある。それらは同種の個体よりも数段強力であることが多く、討伐されるまでに多大なる被害をもたらしている。

 それ故に、誰が呼んだか突然変異種。低ランクの魔物ですら強個体となるそれは、出遭えば割に合わないと忌避される存在だ。

 突然変異種の危険度認定は、通常種の二段上とされることが多い。

 グランビーストは通常種の時点でAランクなので、それの二段上など人間がどうこう出来る範疇を軽く逸脱している。

 例えるなら、小さな子どもが巨大竜巻相手に素手で喧嘩を挑むようなものだ。近づいただけで荒挽き肉の出来上がりである。

「ガアァァァ………」

「………来るか?」

 しかし、現時点でグレッグに撤退という選択肢はない。

 足止めという役割に加え、戦力分析という本業もある。それになにより―――

「グガアアアアァァァ!!」

「……ッッ!!」

 手応えのある活きのいい獲物を、この追跡者(ハンター)がみすみす見逃すはずもない!

ズゥゥン………!

「………? ――――なっ!?」

 グランビーストが咆哮を上げたとき、グレッグは盾を構えて迎撃態勢を取った。だが予想していた突進はなく、疑問を浮かべた瞬間。突如身体にとてつもない重圧が圧し掛かった。

 重圧の所為で地面に押し付けられる格好になるのを意地と根性で耐えるが、グランビーストがこちらに向かって跳び上がったのを見て、すぐさま前転の要領で前に向かって身体を投げ出した。

 前に転がり逃れたすぐ後。さっきまで自分が立っていた場所にグランビーストが踏み潰しを行っていた。その衝撃波で土や石と共に三メートルほど吹き飛ばされた。

 口に入った土を吐き出しながら起き上がりグランビーストと、さっきまで自分が居た場所を見る。

 すると、自分の居た位置を中心に半径二メートルほどの円形状に地面が陥没しており、さらにグランビーストの踏み潰しの所為で軽いクレーターと化していた。

「………しかも、“ギフト持ち”だと? 冗談キツイぜ……………」

 グランビーストの攻撃をギリギリで躱したグレッグは、冷や汗を掻きながら呟いた。


 ギフト―――それは、この世界に生きる大半の生物は大なり小なり持っている特殊能力のようなものである。ギフトという名の由来は教会に伝わる伝説に『神より授けられし神秘の御業』という文言があり、それに(あやか)った形で教会が“神からの贈り物”と喧伝したからだ。この“大半の生物”には魔物も含まれている。その為、反教会勢力など一部の人間は教会の言葉を否定している。神からの贈り物なら、悪魔の尖兵たる魔物が持っているはずがないだろう、と。

 それについての明言を教会は避けているが、既に広まっている呼び名であり、特に不都合もないため一般にはギフトの呼称で通っている。

また、ギフトは後天的に修得することは出来ず、何かの拍子に新たなギフトが発現することもないとされている。現在までに確認されたことがないからだ。このことも、神からの天分であるとする教会の主張の一要因となっている。

 ギフトには大きく分けて二種類あり、パッシブギフトとアクティブギフトである。

 パッシブギフトはいわゆる身体強化、筋力アップや脚力アップなどが多く、たまに変り種があるがほぼ万人が持つものだ。テッドが大剣を軽く振り回せたり、グレッグのずば抜けた身体能力はこのパッシブギフトのおかげである。

アクティブギフトは物体を触れずに動かす・対象を発火させるなど種類は様々だが、自分の意志で発動が可能なものだ。発動には制約があるものが多く、自由自在無制限に使えるわけではないらしい。発動方法は“なんとなく分かる”らしく、個人ごとに能力も違うため他人には理解できない感覚なのだという。アクティブギフトを持っているものは少なく、それらを差して“ギフト持ち”と呼んでいる。

 アクティブギフトはともかく、パッシブギフトの存在が判明しているのは、教会が保有している判別石という道具を使用すれば調べることが出来るからだ。ただ、あくまでも系統と強弱くらいしか判別出来ないため、詳細なデータなどを知ることは出来ない。


 グレッグは警戒のレベルをさらに引き上げ、グランビーストの次の行動に備える。

(唐突に押し潰されたからな。風を操った感じでもないし、どういうギフトなんだ?)

 未知のギフトを相手にするとき、まずしなければならないことはギフトの効果の特定だ。

 その為に必要なのは戦闘能力ではなく、過去の経験や発想力などのセンスだ。少ない情報からギフトの効果を連想し、それに対処する方法を考える能力がもっとも求められる。

 単純なものだった場合はそれほどリソースを割くことはないのだが、たとえ自分の実力が相手を圧倒していたとしても油断は出来ない。

過去には自爆や道連れといった効果のギフトによって命を落とした者もいるからだ。グレッグ自身も何度かこれらのギフトに巻き込まれて酷い目に遭ったことがある。

(俺だけでなく周りも潰れてたし、範囲に対して圧力を掛けるギフトとみた! それなら――)

 グレッグは瞬きする間に思考を纏め、それに沿った行動を起こす。長考させてくれる相手ではないし、のんびり構えていられる状況でもない。

行動は迅速に。兵は巧遅なれども拙速であるべし、というやつである。

「フッッ!!」

 グレッグの考えはこうだ。範囲に対して圧力を掛けてくるならば効果が発生する前にその範囲から抜け出せばいい、もしくは自分を捉えさせなければいい、と。

 グランビーストが振り向く前にグレッグは地を蹴り、姿を見失うほどのスピードと軌道でグランビーストに迫る!

「フンッ!」

 まずは後ろ脚を貰う、と駆け抜けざまに剣を振る。

立ち止まりはしない。それでは何のために走り出したのか分からない。

腰を据えて攻撃すれば威力も上がるが、反撃の確立も上がる。グランビーストが我が身を顧みずに圧力を掛けてくるかもしれないのだ。その場合の結末は言うまでもない。

斬り飛ばせれば儲けもの。傷を付けられればいいという気持ちで剣を振ったのだが、結果は惨敗だった。

ギイイインッ!

「クソッ」

 刃がグランビーストの後ろ脚に触れた瞬間、金属が擦れる甲高い音が響き渡る。

 グレッグのスピードを乗せた一撃は近衛兵の着る高品質鎧でも容易く切り裂くものだったが、肉に到達するどころか体毛に弾かれてしまった!

 まるで城門を斬り付けたような反動を受けたグレッグは体勢を少し崩したが、強引に駆け抜けて距離を取った。

(今ので無理なら、今の装備じゃまともに戦えんぞ………!)

 驚愕と共にちらりと剣を見れば刃毀(はこぼ)れと(ひび)が入っており、とても戦闘に耐える状態ではなかった。この剣は高品質という訳ではないが安物でもなく、知り合いの鍛冶師に打ってもらった頼れる相棒だった。

 それが、ただの一度の衝突でこのあり様。これでは伝説級の武器か、全く別の攻撃方法でもない限り有効打を入れることは出来ないだろう。

 そもそもの話、グランビーストの突然変異種を相手に単独で|戦闘≪・・≫を

しようとしている時点で、グレッグも常識外れの強さなのだが。

(だが、このままでは足止めすら出来ん。どうするか………)

 途方に暮れるグレッグをよそに、グランビーストがゆっくりと動き出す。

「グルルルゥ…………」

 斬撃は届かなかったが衝撃は与えたはず――そう思ったグレッグの儚い望みも見事に砕かれる。グレッグの攻撃など気にも留めていないグランビーストの姿に戦意をごっそり削られ、動かし続けている足の動きも鈍る。

 そんなグレッグの気配を感じたのか、グランビーストはグレッグへの興味を無くしたように背を向け、テッドたちを追う姿勢になった。グランビーストが翼を広げ、この場から飛び立とうとする。これほどの巨体があの程度の翼で飛ぶことが出来るなど常識では考えられないが、魔物に常識は通用しないのが常識だ。

「クッ、そうはさせるかッ!」

 だが、戦意の衰えたグレッグとて自分の役割を忘れたわけではない。

 追跡者の気を引き、テッドたちが安全圏に到達するまでの時間稼ぎをすること。前者は達成出来なかったが、時間稼ぎまでしくじるわけにはいかない。

 逃げ腰になる身体に鞭打ち、グレッグは再び突撃を仕掛ける。

 武器は使い物にならず、身体能力でも遠く及ばない。しかし、行動の邪魔をする方法はまだある!

 背を向けたのをこれ幸いと一直線に突撃し、ぶつかる直前に横へと飛び、木の幹を蹴って三角飛びの要領でグランビーストの背に飛び乗る。

 そして翼の生え際に近寄り、その片方を掴み、抱きしめる形で動きを抑えた。両方出来れば一番よかったが、取りこぼしたり振り落とされるリスクが高まるので片方だけに絞ったのだ。

「グルゥゥアアア!」

「どうだッ! これで飛べまい!」

 いくら常識外れの存在でも、片方の翼だけで飛ぶことは出来ないらしい。思わぬ形で飛ぶことを邪魔されたグランビーストは、グレッグを振り落とそうと身体を振り回し、暴れまわる。

 グレッグも振り落とされまいと翼にしがみつき続ける。転がって押し潰そうとグランビーストが動くときは翼を離して飛び退き、グランビーストが起き上がると同時に飛びついて再び翼を拘束する。

 それがしばらく続き、グランビーストが暴れた影響で周りの木々は薙ぎ倒され、地面は抉れてしまっている。

「くっ、この、いい加減おとなしく、なりやがれ!」

「グガアアアア!」

 こちらの台詞だ! とばかりにグランビーストが吼える。

 だが、このやり取りにもうんざりしたのか、グランビーストはその場で暴れるのを止め、テッドたちのいる方向へグレッグをぶら下げたまま走り出した。

 時折木に身体をぶつけてグレッグを振り落とそうとするが、グレッグは紙一重で躱し続ける所為で無残に倒された木が量産されるだけであった。

(くそ、飛んで追われるよりはいくらかマシだが、このままじゃ追いつかれちまう……。とはいっても打てる手もない………)

 焦る一方、現状を打破できないグレッグは、テッドたちが出来るだけ先まで進んでくれていることを祈ることしか出来なかった。


 しかしその祈りも空しく、ついにその時は訪れる。

「グラアアアアア!」

「くうぅぅっ………!」

 歓喜の声を上げ、速度を上げるグランビースト。グレッグはそれにつられて前を見ると、傷だらけになりながらも走り続けるテッドとぐったりした様子の少女の姿。そしてそれを追いかけるグレイウルフの群れ。

 グレイウルフはグランビーストの咆哮を聞くと蜘蛛の子を散らすように逃げていったが、状況はむしろ悪化している。

 グレッグは最後の抵抗に翼を引き千切るつもりで引っ張る。もちろん、強靭なグランビーストの肉体はそんなグレッグの行為を寄せ付けることはなく、速度を落とすこともないまま進んでいく。

(このままだと、撥ね飛ばされて二人とも終わりだ……! こうなったら) 

 グレッグは意を決して声を張り上げる。最悪の未来を回避するために。

「テッドーーッ! 横に跳べーーー!」

「…………ッ! くあああ!」

 さっきの咆哮で絶望の表情をしていたテッドは、グレッグの叫び声を聞くと気持ちを持ち直した様子でグレッグの指示通りに、背中の少女を傷付けないように横へと身体を躍らせた。

 そしてグレッグは、叫びながらグランビーストの背を這い進み、顔の前に身体を投げると、罅の入った剣を逆手にしてグランビーストの眼に突き立てた。

「グガアアアアアアア!」

「……………グッ、アアアアア!」

 流石のグランビーストとて眼までは頑丈ではないようで、剣が突き刺さると悶えるように頭を振り、その拍子にグレッグは振り落とされ、グランビーストはその勢いのまま脚をもつれさせて転がった。

「―――ぐぅ、……テッド! 生きてるかッ!」

「……………な、なんとかッス」

「そうか………、今のうちに逃げるぞ!」

「ハ、ハイッス!」

 グレッグはテッドに駆け寄ると、引き起こして走り出そうとした。

 だがそれよりも早く、三人の目の前に異様の巨躯が降り立った。

 片目に剣が突き刺さったままのグランビーストが、逃げ道を塞ぐように立ちふさがる。

「グゥゥゥゥアアアアアアアアア!」

 グランビーストは怒りに震える咆哮を上げ、三人を睨みつける。

「…………………ぅぅあ、あぁ…………」

「テッド! 呑まれるな! 走れぇぇーー!」

 その圧倒的恐怖にテッドが萎縮するのを、グレッグは蹴飛ばすように叱咤して呼び戻す。

 そしてテッドたちとグランビーストの間に入ってテッドたちの盾代わりになり、その間に二人を逃がそうとする。

 テッドも最後の一線のところで踏みとどまっていたが、一度刻まれた恐怖は簡単には払拭できず、足が固まってしまっていた。

「……この、う、動け、うごいてくれよぉぉ………!」

 テッドを情けないと笑うなかれ。人間、どうしようもないほどの恐怖を刻まれれば恥も外聞も捨て去ってしまうのだ。喚き散らしていないだけ上等だろう。

 だが、それはテッドが多少なりとも死線というものを経験しているからだ。その経験がなければ、すぐさまパニック状態となっていたはずだ。

 そして、ここには一人、その死線を経験したことがない者がいる。

『―――な………なん、ハァ、ハ……ひぅ…………』

「……なっ、見ちゃダメッス! 目を閉じて、深呼吸して!」

 少女が生まれ育った場所は何十年も戦争をしておらず、一般人が闘争によって命の危険に見舞われる可能性が極端に低い世界。

 少女もその例に漏れず、力に訴える争いなど小さい頃に同級生と喧嘩をしたくらいである。

 それがいきなり異世界に飛ばされ、わけも分からないまま森を逃げ続け、自分の何倍もの大きさのある怪物の怒りの咆哮を間近で浴びせられたのだ。よほどの豪胆さか、何かがズレている人間でもない限り平静を保つのは不可能だろう。

 少女はグランビーストの威圧に飲み込まれ、あまりの恐怖に視線を外すことも出来ず、呼吸さえも自由に出来なくなってしまった。

 そんな少女の様子にテッドは焦りを覚え、自分の恐怖を一瞬忘れて少女に語りかけた。

 少女はテッドの声が聞こえたのかゆっくりと瞼を閉じ、呼吸を整えようとする。

 そんなやりとりの間、グランビーストがおとなしく待っているはずもなく、何度もテッドと少女に襲いかかろうとする。しかしそれをグレッグが残った盾で必死に防ぎ続ける。

 少女はその間に呼吸を取り戻す。だが恐怖が消え去ったわけではない。

「ぐ、がはっ……!」

「グレッグさん!」

 グレッグの防御もついに破られ、吹き飛ばされたグレッグはテッドの足元に転がってくる。すぐさま起き上がるが満身創痍には変わらず、盾も砕かれ後もない。

 グレッグとテッドは死の覚悟を決めた。打つ手無しではどうしようもない。

 抵抗の意思が感じられなくなると、グランビーストはゆっくりと三人に近づいてくる。

 そして目の前まで来ると右前脚を振り上げる。まとめて押しつぶすつもりなのだろう。

 それが振り下ろされる、その瞬間。

『……い、いやああああ!』

「これは………」

「な、なんスかコレ―――」

 少女を中心に光があふれ、三人を包み込む。

 グランビーストはその光を鬱陶しそうに目を眇めるが、構うものかと豪脚を振り下ろす。

バゴオオオンン!!

 辺りに土煙が舞い、視界が遮られる。

「グルオオオオオン!」

 グランビーストは獲物を仕留めた歓喜の咆哮を上げた。その衝撃で土煙は晴れ、獲物の肉を喰らおうと地面に目を向けた。

 しかし、そこにあるのは自分が踏みつけた地面とくっきりと残った足跡だけ。

 潰されたはずの三人の痕跡は何一つ無かった。


*********

  今回の魔物

*********


<グランビースト突然変異種―幻魔の森―>

危険度認定:SS

詳細不明。調査員グレッグが偶発的に遭遇した強個体。攻撃性能のあるギフトを使用したという報告があり、不意に遭遇してしまった場合は速やかに撤退することが推奨される。


<グレイウルフ>

危険度認定:E

世界各地に生息しているウルフの一種。魔物というより動物に近いものだが被害の範囲が広く、深刻化することがままあるため魔物として処理される。ほとんどの場合、三から七頭の群れで行動する。一頭が獲物の注意をひきつけている間に他の仲間が獲物を包囲し、頃合を見計らって一斉に襲いかかる戦法を得意としている。何らかの理由で群れからはぐれてしまったウルフは強個体となりやすく、危険度も上がる。ウルフ種の魔物が単独行動している場合は罠かハグレの可能性があるので注意が必要だ。

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