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それは突然に

20XX年 東京都


「ねえキーちゃん、今度の連休どこ行く?」

「あー、ごめん。連休は家族でキャンプに行くから一緒に遊べないのよ」

「そっかー、残念」

 週末からの大型連休に世間が沸いているころ。都内某所にあるこの中学校でもそれは変わりなく、教員・生徒の別なく各々が休日の過ごし方について思いを馳せていた。

「じゃあ代わりに放課後、原宿の方に行こうよ! 美味しいクレープ屋が出来たんだって!」

「んー、クレープかぁ……。まあいいよ」

「なにその微妙な反応。ハァ、これだから半端な和贔屓は……」

「だから別にそんなことないって言ってるじゃない。ただ、好みがクレープよりも和菓子の方がいいってだけで」

「充分和贔屓ですぅー」

 昼休憩、既に弁当やパンがそれぞれのお腹に収まったあとの自由時間。教室内にいる生徒数はまばらだが、それなりの喧騒に包まれていた。

 ブレザーや今どきのデザインの制服に切り替えていく学校が増える中、この学校は昔ながらの学ラン・セーラー服を貫いている。男子生徒の机やイスには、邪魔になるからと脱ぎ捨てられた学ランが散乱している。

 そんな中、二人の女子生徒が仲良さそうにお喋りをしていた。

「名前だってソレらしいのに、なんでそっち方面が好きなのかねー」

「………そんなこと言うなら、もう若菜とは口利かない」

「じょ、じょーだん、じょーだんだって。許してよキーちゃん」

 一人はキーちゃんと呼ばれている綺麗な黒髪を肩口まで伸ばした、今でもかなりのものだが将来が楽しみな美少女。もう一人は若菜と呼ばれた、キーとは違う可愛らしさの目立つ少し茶色掛かった髪をツインテールにした少女だ。

 若菜の放った何気ない呟きに、キーは機嫌を損ねたようにソッポを向いた。

 言葉だけ捉えてみれば険悪な感じだが実際はそうでもなく、気心の知れた同士のじゃれあいといった具合だ。

「……しょうがないなぁ。じゃあ罰として、クレープは若菜のおごりね」

「うぇっ!? ちょっ、ちょっと待って! 今月お小遣いが厳しくて……、せめて6:4で」

「論外。9:1」

「じゃ、じゃあ7:3!」

「……はぁ、仕方ない。それで手を打つわ」

「ありがとうキー様ぁぁ!」

 ハハー、ひれ伏したポーズを取る若菜。そんな若菜を見て、我ながら甘いなぁと苦笑いを零すキー。

 教室に残っていた男子生徒数人がキーの表情に見惚れて固まる、といった現象も発生していた。

 そんなことをしているうちに昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り、それぞれが自由時間を名残惜しげにしながら授業の準備に取り掛かった。

 ちなみに、クレープ代は結局それぞれが自分の分を払うという形になった。


埼玉県 ○×川キャンプ場

連休初日。天候にも恵まれ、キーは計画していた通り家族でキャンプに来ていた。

キーの父親は危機管理の意識がしっかりしており、テントは川辺が良いという母親の意見を却下し、土手に近い木陰にテントを張る準備をしていた。

いくら向こう一週間晴れが続くという天気予報だったとしても、急に天気が崩れることもある。数年前には別のキャンプ場で、職員の警告を無視して中州にテントを張り、急な雨で増水した川に二十人近くが飲み込まれるという事故もあったのだから、警戒してしすぎることはない。

「おーい樹里亜(じゅりあ)、テント張るの手伝ってくれー」

「お父さんっ! 今度名前で呼んだら蹴るからね!」

「……別にいいじゃないか。なあ恵美(めぐみ)?」

「あなた。キーも年頃なんだから、気を遣ってあげなさいよ」

「味方は無しか……」

 キー、本名は風間樹里亜。今でこそ珍しくも無くなったが、いわゆるキラキラネームの走りのような名前である。

 キーが小学三年生のとき。授業の一環で自分の名前の由来について両親に話を訊いたのだが、この名前を付けた理由が『好きな海外女優の名前だから』だった。

 それまでも少なからず自分の名前に違和感を覚えていたキーは、その話を訊いて違和感の正体に気付いた。

―――日本人の名前じゃないからだったんだ………

 その日を境にキーは自分の名前を呼ばれることを嫌がるようになり、名前の頭一文字をもじった『キー』という愛称で呼ばれるようになった。

 もっとも、公式の場や書類関係では本名で呼ばれるので、その度に顔をしかめている。

「で、何をすればいいの?」

「ん? あぁ、ならこの骨のところを持っていてくれ」

「分かった」

 キーが父親と一緒にテントを張っている間、母親はバーベキューの用意をしていた。

 作業が終わるころにはちょうど昼時となり、家族三人水入らずでバーベキューを楽しんだ。

「ちょっとあっちの方に行ってくるねー」

「おー、気を付けてなー。川辺ならいいが、深いところには行くなよー」

「小さい子どもじゃないんだから分かってるって。じゃ、行ってきまーす!」

 バーベキューの後片付けをしたあと、キーは一人で川辺の散歩に出発した。

 ○×川の上流の方にあるこのキャンプ場だが、川が隣接している区域は工事によって浅く流れが緩やかになっており、川の中央に中州を設けてそこを柵で覆うことによって深く流れが急な外側に行けないようになっている。

 人の手が入っているとはいえ上流なので、川の水は澄んでいて水温も低い。

 他のキャンプ場利用者も周りにはいて、浅い川で水遊びをしたり川辺で駆け回ったりとなかなかに賑やかだ。

「もうちょっと端っこの方まで行ってみようかなぁ」

 キーはその喧騒を避けるようにキャンプ場の端までぶらぶらと歩いていた。さすがにここまで来ると人の数は少なくなった。

「んんーー、落ち着くなぁ……」

 ちょうどいい大きさの岩に腰を下ろし、サンダルを履いたまま足を川に浸ける。

 Tシャツにホットパンツ、上にパーカーを羽織っただけの格好なので、岩のひんやりとした感触と川のビックリする冷たさがダイレクトに伝わってくる。

 川の反対側は森が広がっていて、緑の香りが風によって運ばれてくる。

 川のせせらぎと鳥のさえずり。離れているとはいえ人々の賑わいが聞こえてくるので、一人でいても寂しさを感じることはなく、むしろリラックス出来る癒し空間。

 パシャパシャと足で水を蹴ってみたり、木漏れ日に当たって温もりを補充したり――

 一時間ほど、そんな微睡(まどろみ)のような時間を過ごし、そろそろ戻ろうとキーは岩から降りた。降りるといっても、ほとんど立ち上がるといった方が正しい。

―――だが、キーはそこから次の一歩を踏み出すことはなかった。

正確には、岩から降りた瞬間足元の感覚が無くなったのだ。

「――えっ、きゃぁぁ―――――」

 岩から降りる時、川に向かって降りるのではなく川岸に向かって降りていれば、運命は変わっていただろう。

 しかし、キーを責めることは出来ない。

普通、足首程度の深さだと分かっている川底が、消失していること(・・・・・・・・)などありはしないないのだから。

この瞬間、地球上から『風間樹里亜』という存在は消失した………。


「――――では、次のニュースです。本日午後二時ごろ、埼玉県○○市○×川キャンプ場を利用していた風間家の長女、樹里亜ちゃんの行方が分からなくなりました。樹里亜ちゃんは昼食を摂った後、周囲を散歩してくると言ったきり帰ってきておらず、携帯や財布もテントに置いたままだったとのことです。警察がキャンプ場の他の利用客に聞き込みを行ったところ、樹里亜ちゃんらしき人物がキャンプ場の端の方に歩いていくのを目撃したとのことですが、それ以降の足取りは不明のままです。キャンプ場周辺の天気はここ数日晴れで雨は降っておらず、川の水位の上昇も現在のところ確認されておりません。警察は樹里亜ちゃん捜索の人員を増やすとともに、事件・事故の両面から捜査をしていくとのことで、樹里亜ちゃんの安否が気遣われます。それでは、次はお天気情報です――――」


##########


――ここ、は、なに?

 気がつくとキーは“何か”の中にいた。

――?? ッッ! なん、動けない!?

 さらに身じろぎひとつ出来ず、目を開けることすら出来ない。

 “何か”の中は水のような、ドロッとしたもので満たされているようで、それが全身を包む感覚は不快そのものだった。不思議と呼吸は出来ているので窒息の恐れはないのが幸いだが、気休め程度の話だろう。

 突然このような状況になり、キーはパニック状態になっていた。

――誰か、誰か助けてッッ!! ここから出して!!

――なんなのよコレェ……! なんで動けないのよー!

――なんでもするから、ここから出して! ここはイヤなの! 気持ち悪いの!

 心の中で叫ぶが口も動かせないため、声にはならず自分の中に響くだけ。その響きがさらにパニックを増幅させて、恐慌状態が加速していく。

――誰か、だれか! たすけてよぉぉ…………!

 どれほどそんな状態が続いただろう。時間の感覚が曖昧で、何時間も経っているようで、一分ほどしか経ってないのかもしれない。

 どれだけの時間が経過しているかなど、キーには関係がなかった。

 ただ早く。早くこの“何か”から出て身体の自由を取り戻したかった。

――………だれか、……だれでもいいから。………だれかいないの?

 いつしか心の中で声を上げることさえ億劫になり、声はだんだんと小さく、少なくなっていった。

――………このまま、ここで死んじゃうのかな? そんなの、いやだなぁ…………。………?

 そんなことを考えていた時、ふと周りの液体が微妙に振動していることに気付く。耳は機能していないようで音は聞こえないのだが、その代り皮膚の感覚は敏感になっているようだ。

――何、揺れてる? ……違う、何かが当たってる?

 すると、それがきっかけになったのか“何か”自体にも変化が起きる。全体が蠢いているようだ。

今までにはなかった、しかし確かな変化。だが、それがはたして歓迎すべきことなのかどうかを判断することが不可能なキーは、ふたたびパニックに陥っていた。

――なに、今度はなんなのよ! これ以上なにがあるっていうのよ! ……ぐっ、な、に、これ………。

 気が動転して心の中で喚き散らしているとふいに、周りの液体から急激な圧力を掛けられてキーの意識が闇に沈んでいく。

 キーが完全に気絶するのとほぼ同時、キーを幽閉していた“何か”が弾け、キーの身体は外界へと投げ出された。


**********

  今回の魔物

**********


夜蝶(やちょう)翅殻(しかく)

危険度認定:認定不能

本来“魔物”の定義とは『人知の及ばぬ危険生物』であり、この世界の教会が広める教えでは『悪魔が創りだした世界侵攻の尖兵』である。個体ごとに容姿・能力・生態など共通点は少ないが、『他種族への異常なまでの攻撃性』という点は共通している。しかし最近では生物だけに留まらず、理解不能な現象や無機物可動体なども魔物に含まれることがある。その場合、被害の規模や発生数などを基準に従来と同じように認定を行うのだが、稀にその方法では計れないモノが出現する。それは『被害の有無が確認できない』、『発生事例が一度のみ』といったイレギュラーだからだ。特例を用いれば無理矢理にでも認定は出来るが、必要性が薄いことや経費の問題によって暗黙の了解的に『判定不能』とされる。

今回の場合も他に事例が無く、被害と言ってもキーが異世界に来てしまったこと以外は特に無いため、グレッグの報告書により一応名前だけは付けられたが、判定不能とされて記録の海に沈められた。

ちなみに、似たようなモノは他にもいくつか存在していた。そのどれもが、それぞれ別の生物の一部で覆われた外見だったが、機能はほぼ同じだ。残念ながら観測されたのが後にも先にもこの一例だけだったのでそれを知る者はいなかった。

※10/2

脱字を修正しました。

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