家に上げて
涼香と名乗ったその幽霊少女は、いわゆる記憶喪失という精神病を患っているという。気付いたら幽霊になっていて、あてもなく彷徨うこと数年にして俺に出会ったとの事。
「今更思ったんだけどさ、幽霊の私を見てよく驚かないね、薫君」
「ま、昔から変なことには慣れてるからな」
――そう。本当に、変なことだけには慣れっこなのだ。いわば常識を逸することに対しての免疫は強く、また適応力も人並み以上だと自負している。これには俺の親父が関係しているのだが、詳しくは話せば長くなるので割愛。どうしようもなく暇なとき、涼香が話し相手になってほしいと言ったときにでも語るとする。
「私に似た人がいるってこと?」
「幽霊っていう、非常識的存在の括りで言えば似てるな。俺の知り合いに4~5人、超能力者がいるんだよ」
「へぇー、やっぱり不思議なことってあるんだね」
流石、幽霊だけあって俺の話を真に受けている様子。まあ冗談でもなければ、彼女が幽霊である手前、真に受けてもらわないと困るのだが。
「っていうことは薫君も超能力者だったり?」
「断じてそんなことはない、俺は極普通の一般人だ」
「でも私が見えてるってことは、霊感くらいあってもおかしくないような……」
「ないったらない、どういうわけか俺を中心に変なことが巻き起こってるだけだ。百歩譲って霊感があるとしても、超能力者ほど頭のイッた存在じゃあねぇ」
そうさ、俺は一般人だ。自在に時空を越える奴、戦いに長けた力を扱う奴、もはや大抵の事は何でもやってのける奴と、パッと思いつくだけでも3人の超能力者が知り合いに居るが俺は一般人なんだ。隣に幽霊が居るなんて関係ない。
「そ、そうなんだ……あはは」
この野郎、苦笑しやがって。
「でもさ、それって凄く楽しいことじゃない?」
「――まあ確かに、非常識な事件に巻き込まれてりゃ楽しいわな。ぶっちゃけ日常なんてクソに思える。でも考えてみろ、事件が解決したらクソな日常に元通りだ」
「あー……反動ね」
「それだ」
一種の薬物であると、俺は思うんだ。
さて、行き場の無い幽霊少女こと涼香は、俺の家に上がりこむ結果に落ち着いた。一般人には姿が見えなければ声も聞こえず、食事も排泄も何も必要ないとのことで、俺が黙ってさえ居れば身内に涼香の存在が知れ渡ることもあるまい。ということで俺の部屋に入れてやったのだが。
「――他の女の気配がする」
そう言って訝しむのは俺の妹こと桜で、俺と涼香で沈黙の時間を過ごしていたら唐突に前触れも無く入ってきた無礼者である。
「お兄ちゃん、彼女できたんだ?」
「いねぇよ」
「じゃあ何で女の気配がするの」
「知らねぇよ」
「……私の気のせいかな」
妹の言う、他の女の気配とやら。まさか涼香かと思ってそちらを何気なく見やると、彼女は舌を出して"テヘッ"のポーズを取っていた。
「この子、薫君と同じだよ。霊感っぽいのがあるみたい」
とはいえ、語りかける涼香の声は、どうやら桜には届いていないらしい。感じるのは気配だけか。
「いいこと、お兄ちゃんみたいな愚図が、女の子を部屋に入れちゃダメなんだからねっ」
「そうだぞ薫」
「って、兄貴も来たのかよ」
桜の後ろには、高校3年生の兄貴こと俊太郎が仁王立ちになっていた。ぶっちゃけ俺は、兄貴が嫌いだ。
「出てけ」
「ダメだ、薫の彼女とやらを確認するまで出て行かないぞ」
「いねぇっつってんだろ、はやく出てけ」
「桜には出てけと言わないのに、それは不公平じゃないのか?」
「下に優しくするのは当たり前だろ。長男は黙って親にでも可愛がられてろ」
「はいはい、じゃあ嫌われ者は退散しますよ」
そうして兄貴は、やっと踵を返して出て行った。二度と来るなと叫んでやりたい。事ある毎に一々突っかかってくるのが嫌いなんだよな、それも桜と違って嫌味や拘束が多分に含まれている。
「……お兄ちゃんさ」
ベッドに座っているところを、目の前までやってくる桜。
「タロニイにだけ当たりが強いよね」
桜の言うタロニイというのは、もちろん俊太郎――我が家の似非長男のことだ。
「存在自体が妬ましくて嫌いだからな」
「ちなみに、なんで? 嫌いな理由は聞いたことあるけど、妬ましいって?」
「親が下を見ないってのがある。お前は一番下でも女の子だからという理由で可愛がられてるけど、うちの親の性格分かるだろ? 妹を持つ弟なんて眼中にねぇんだよ」
「……そう、なんだ」
俺の返答を察してか、現実を思い出してか。桜はそれ以上、何も言わなかった。
「――お前は暇なのか」
少し暗くなってしまったので、ここで桜をからかってみる。
「ふぇ? なんで?」
「ずっと俺の部屋にいるだろ」
「動くのメンドクサイ」
「牛になるぞ」
「モーッ」
「なるなっ」
俺は牛の真似をする桜の、ウサ耳がついたパーカーのフードを引っ掴んで立たせる。そのまま飼い猫の"ミヤビ"を抱えさせ、部屋から追い払おうとした――が。
「ニャー」
「にゃーっ」
あろうことかミヤビを抱えた桜は、そのまま床に寝転がってミヤビと戯れ始めた。これでは涼香と話が出来ない。何で今日に限って来客が多いのかね。
先ほどから黙って成り行きを見守っている彼女と言えば麦藁帽子を脱いでおり、よく見えるようになった顔立ちは何処か桜と似ている気がした。
「……」
俺の視線に気付けば、微笑んで様々なリアクションを取る。そのたびに腕輪の鈴がシャンシャンと鳴るが、相変わらず桜には聞こえていないようだ。やはり涼香を認識できるのは、今のところ俺しか居ないらしい。
――飼い猫ミヤビの視線が、涼香に向いている事実に気付くまでは。