第8話 宮中晩餐会
主人公以外の視点です。
宮中晩餐会の、私に割り当てられた控えの間で。
コウイチが気分が優れぬゆえ欠席するとの話を聞いた時、私は少し考え込んでしまった。
無意識に眉を寄せたのを不機嫌ととったのか、それを伝えに来たセリアが恐縮したように頭を下げる。
「申し訳ありません、エレオノーラ様」
「いえ、あなたが謝る事ではないわ」
初めて召喚魔法を行ったのであれば、体調を崩す事もあるだろう。しかも、召喚獣を異界から呼び寄せたのだ。
世界の理の外に働きかける召喚魔法は、それなりの才能があっても、最初はうまくいかないものだ。
だが、あの若者は、私が示した一例を見ただけで、あっさりとそれを体得してしまった。
召喚したモノは論外ではあったが、異界に干渉すると言う、召喚魔法における最大の障壁を難なく乗り越えた事実は、これは並大抵の話では無い。さすがは〈勇者〉達と共に顕れただけの事はある。
今回の宮中晩餐会は、各方面に散っている召喚魔法関連の面々が一同に揃う機会でもあり、知己を得られれば、お互いに得られるものも多い筈だ。
「無理はしないに越した事はありませんが……そうですね、後でもう一度、私が呼びに行きましょう」
「いえ、それには及びますまい」
と、横から口を挟んだのは財務卿オットーだった。
「もとより予定になかった方です。これ以上、費用をかける必要を認めません」
オットーは無能ではないし、必要とあれば大きな予算でも通す度量のある男だ。
だが、一度決めた予定について、相応の理由も無く変えられるのを何より嫌う傾向が顕著である。
今も、私が実例を示す為に飛龍を召喚した事について、こうして控えの間まで文句を言いに来ていたのだ。
きちんと計画した餌代やら飼育の段取りを、断りも無く乱されたのが気にくわなかったらしい。
飛龍騎士団には、予算も人手も潤沢にあるので、一匹くらいは増えてもよかろうと思ったのだが、財務を預かる立場としては、どうもそう言うものではないようだ。
「そのような大雑把な事だから、数年前まで、この国は財政難だったのです」
そう言うオットーの眼鏡が、灯りを反射して光った。
確かに、この国の財政が立ち直ったのは、この数字に強い秀才が大きく寄与したのは事実だ。
この官吏の機嫌を損ねれば、私以外にも不利益を被る人々が出るので、大人しく頭を下げる。
オットーはそれで満足したのか、矛先を納めたようだった。
だが、釘を刺すのを忘れない男でもあった。
「まぁ、〈七大の勇者〉については、確かに、その必要性を認め予算を組みましたが、員数外の八人目に廻す予算はありません」
「ですが……」
「無理をして、その八人目の晩餐会への参加までを段取りしたのです。それを急に欠席ですと。これ以上、振り回されるのはごめん被ります」
そう言って、オットーは控えの間を出て行った。
収支が合わないとか、必要性に疑問を感じれば、あの国王への直談判すら辞さない男である。
存在自体が予定外の八人目であるコウイチは、相当に嫌われたようだ。
私は溜息をついて、コウイチを晩餐会に参加させる事を諦めた。
◇◆◇
〈七大の勇者〉を主賓とする晩餐会は、立食式の夜会と言う体裁で開催された。
国王自らが、異世界から降臨した七人の若者を紹介すると、大広間に集った貴族や有力な騎士達は拍手でこれを迎えた。
〈勇者〉達は、さすがにあの装備と言うわけには行かないので、各々の色に染めた近衛騎士の礼装を着用し、あるいはドレスで着飾っていた。
貴族の令嬢達の熱い視線を集めていたのは、容姿端麗な〈氷雪の勇者〉であるヒロシだった。
彼は手慣れた雰囲気で、群がる娘達の相手を如才なく務めているようだった。
そんな彼に不愉快そうな視線を向けていた〈火炎の勇者〉ことユミだったが、眉目秀麗な貴族の息子や騎士に囲まれると、まんざらでも無い様子でチヤホヤされるのを楽しんでいる様子である。
〈冥闇の勇者〉や〈大地の勇者〉も、それぞれに華やかな娘達に囲まれている。
〈大地の勇者〉であるコウタは、あまり慣れていないようで無骨な顔を真っ赤にしているが、それが新鮮に映ったのか、結構な人気者になっていた。
〈冥闇の勇者〉のタケフミは、お調子ものと言った雰囲気で、これも人気の的だった。
だが、私から見ると、タケフミは時折に危険な狂気めいたものを見せる時がある。
あるいは、闇と影の支配者と言う属性が、そのようなものを感じさせるのかもしれない。
どちらにせよ、彼にはあまり深入りしない方が賢明だと思うのだが、私の立場で令嬢達に忠告するわけにもいかず、これは静観するしか無い。
このように、〈勇者〉達を中心として人々の集団が形成されていたが、一際大きな集団は〈光輝の勇者〉達を中心とするものだった。
レイカ、ミホ、スズネは姉妹で纏まっているのだが、三人ともいずれ劣らぬ美貌の持ち主だ。
加えて、レイカの隣で親しげに語らっているのは王女クララ殿下その人である。
クララ殿下の母親たる王妃は産後の肥立ちが悪く夭逝しているが、聞けばレイカ達も実の母親を幼い頃に亡くしているそうで、似たような境遇をきっかけに親しくなったようである。
四人の少女達は、私の目から見ても実に華やかで、年齢や男女にかかわらず、その知己を得ようと人々が必死になるのもうなずける話だった。
「ふむ。見事なものだな」
そう語りかけてくる者がいた。
振り向くと、それは近衛騎士団長ルトガーや神官長を従えた国王陛下その人であった。
反射的に、慌ててひざまずこうとしたが、国王は軽く手を振ってそれを制した。
「よい、今夜は無礼講である」
「は……」
「しかし、〈勇者〉とは、ここまで人々を惹きつけるものか」
「伝承によれば、仰せの通りかと」
「特に〈光輝の勇者〉だ。あの娘、勇者と言う事を差し引いても、人の上に立つ資質に恵まれているようだな」
「御意にございます」
「ふむ、謁見の場でも申したが、男であればクララを娶せたいところだな」
「陛下自らが娶ると言う選択肢もございますが? 美しい娘でもありますし、陛下とて、まだまだお若うございましょうに」
追従するように口をはさんだのは神官長である。
国王は少し考え込むようだったが、結局は首を横に振った。
「妻とするには、いささか気が強すぎるのではないかな。余としては、尻に敷かれるなどはごめん被る」
近衛騎士団長と神官長が笑い声を立てたのは、追従だけではあるまい。
こうした茶目っ気のある側面も、君主に欠かせぬ資質だろう。
私も思わず笑みをこぼしそうになり、慌てて口元を扇子で覆った。
その隙を狙ったかのように、国王がさりげなく聞いてきた。
「ときに……財務卿から聞いたが、八人目は欠席だそうだな」
「は、はい」
「財務卿の言い分は置くとして。おぬしの目から見て、どうか。使えそうか?」
国王は、表情こそ穏やかな笑みを浮かべたままだが、その視線は射貫くように鋭い。
「簡単な説明と実例を一目見ただけで、召喚に成功しました。才は充分かと思います」
「ほう。つまりは、〈使徒〉に対するに相応しいと言うことだな」
「御意にございます。ですが、召喚師としては、今少しの修行が必要かと……」
「余が求めるは、新たな召喚師では無い。〈使徒〉に対する事のできる者だけだ」
「……はい」
国王の言われる通りだ。
そもそも〈勇者〉達を召喚したのは、〈禍神の使徒〉の襲来に備える為である。
「とは言え、余も非情にはなれぬ。財務卿の顔も立てねばならぬが、使える人材であれば〈勇者〉並みに遇するもやぶさかではない」
「と、おっしゃいますと?」
「小鬼の被害について、いくつか訴えが来ておる。中でも数が多すぎて冒険者どもでは手が出せぬ集団に向けて、近々に〈勇者〉を含めた討伐の軍を出す予定だ」
この晩餐会に、軍務卿でもあるジークベルト将軍の姿が無いのは、その準備のせいだろう。
「その討伐で実績が出せれば、八人目を〈勇者〉達と同列に置く事としよう」
「お言葉、しかと承ってございます」
私が胸に手を当てて下知に対する礼を取ると、国王はひとつうなずき、神官長達を引き連れて、宰相と大貴族達の歓談の場へと立ち去った。
胸に手を当てたついでに、よく考えてみると、私が八人目たるコウイチの世話を焼く義理は無い事に気がつく。
同じ召喚師かもしれないが、私は彼の姉でも何でも無いのだから。
「とは言え、どうも捨て置けないのよね」
あるいは、召喚師にあるまじきことだが、多少なりとも情が移ったのかもしれない。
召喚師にとって、この世界に召喚した存在は、言わば自分の子供のようなものだ。
できの悪い子ほど可愛いとも言う。
他の〈勇者〉達に比べて、今ひとつぱっとしないコウイチと言う八人目の若者の顔を思う浮かべて、私はゲンナリしつつも、できる限りの事はしてやろうと思ったのだった。
「やあ、エレオノーラ」
「どうも」
そんな時に、声をかけてきたのは私と同じ召喚師の二人、マチアスとバルテルだった。
マチアスは一角獣騎士団、バルテルは飛龍騎士団の専任だ。
二人とも王都の外にある砦に常駐している為、日頃は顔を合わせる機会が無い。
「いや、もっと早くに声をかけようと思ったんだけど、陛下がいらっしゃったから」
「エレオノーラ、いつ見ても綺麗だよ。あ、新しい飛龍ありがとね。それと、このたびの〈勇者〉召喚の成功、おめでとう」
マチアスは引っ込み思案で、バルテルは話に脈絡が皆無の困った性格だ。
だが、ドロテア様配下の魔術師とは違う、純然たる私の仲間には違いない。
「話に聞いたけど、〈勇者〉達、凄いんだって?」
「ええ。七人とも凄まじい魔力の持ち主よ」
「召喚主のエレオノーラが面倒見るの?」
「召喚主は止してちょうだい、バルテル。あの子達は私達とちょっと外見が違うけど、同じ人間よ。今のところはルトガー団長の管轄かしら。七大の魔法の使い手でもあるから魔術師長ドロテア様か、もしくは、武人としてジークベルト将軍の預かりになるか、いずれかだと思うわ」
仲間達との気の置けない会話は、先ほどの国王との一幕とは比べものにならぬくらいに楽しいものだった。
マチアスが不意に声を潜めて、これを言うまでは。
「小耳に挟んだけど。八人目がいるとか」
「ええ」
謁見の場で大勢の人間が見ているのだ。
特に秘密にする必要を感じなかった。
とは言え、〈七大の勇者〉召喚の功に、余分なおまけがついたように語られる事は覚悟せねばならないだろう。
魔物を世に放った未熟な輩のおかげで、召喚術師は肩身が狭いのだ。
その点、マチアスやバルテルは、召喚術師としては信頼のおける相手である。
もっとも、バルテルの方は、性格と物言いをもう少し何とかして欲しいと思わないでも無いのだが。
「八人目? 七大と数が合わないね」
「〈勇者〉じゃないわ。私達と同じ召喚師よ」
「ぷくく。召喚師のくせに召喚されちゃったの、そいつ」
「バルテルの言う『そいつ』は、初手で召喚を成功させたわよ」
さすがに、マチアスはもとより、バルテルも眼を丸くしていた。
「それは……凄いね」
「本当? エレオノーラ」
「本当よ。まぁ、召喚したのはひどいものだったけど」
あの小さな龍族らしい個体と鬼族のように見える個体を思い出しながら、私は言った。
「あれは使役獣ね。私も初めて見たわ」
それを聞いたマチアスが不信と疑念がない交ぜになったような表情になった。
「使役獣だって?」
マチアスがこんな顔をするのは滅多に無い。
「え、ええ。隷属の印も無しに言う事を聞かせていたようだけど。それがどうかした?」
訝しく思って尋ねると、マチアスは何かを諦めたように大きな息をついた。
「エレオノーラ。君は魔力も大きいし、多彩な召喚術をこなすし、おまけに綺麗だ。実に素晴らしい女性だと思うよ」
「いきなり何よ、マチアス。バルテルの性格が感染したの?」
まるで熱心に口説いているかのような、唐突なマチアスの言葉に、私は面食らってしまった。
引っ込み思案なところはあるが、マチアスは良い男性だと思う。
しかし、彼には既に妻子があるし、そもそも同門の彼らは私にとって兄妹みたいなものだ。
「いや、一角獣しか召喚できないぼくや、飛龍専門のバルテルと違って、四つの種族を召喚できるってのは、優れた召喚師の資質さ。充分に誇っていいよ」
その言葉には素直な賞賛がこめられていた。
私が召喚できるのは、飛龍、一角獣、天馬、大蝙蝠だ。
通常は、一種類、多くて二種類なので、ある意味、突出しているのには違いないが、私としては、少し器用なだけだと思っている。
今回の〈勇者召喚〉に抜擢されたのは、そうした器用さを買われたところがある。
結果として成功したわけだが、それは星の配置や月の魔力、何より先人の残したいくつかの魔道具に寄るところが大きく、私はそれらの制御を支援しただけなのだ。
勇者召喚については術式に不明な部分が多く、実際に執り行った私も一部の呪文は棒読みしただけと言うのは、あからさまにできない秘密である。
「だけど、ぼくらの歴史や常識について、もう少し学んだ方がいい」
マチアスは、召喚術師としては一角獣専門と言う、言わば平凡なレベルに止まるが、その知識の広さ、深さは私の及ぶところでは無い。
〈勇者召喚〉にあたっての儀式の手順や、先人の遺物に関しては、彼に大いに助けられたものだ。
「いいかい、使役獣って滅多に召喚できないんだよ」
「珍しいって事は知っているわよ」
「ああもう」
嘆かわしいというように、マチアスが額を押さえた。
それを見て、私は思わずむくれた表情になったのだろう。
バルテルが「エレオノーラ、子供みたい」などと言っている。
「いいかい。珍しいなんてもんじゃないんだ」
マチアスは、それこそ子供に言い聞かせるような口調になった。
「ある種族専門に特化した召喚師が、長年召喚を続ける中で、相性の良い個体と巡り会う事で成立する、極めて希有な事例を使役獣と称しているんだ」
「え? だって……」
あのコウイチと言う若者は、龍族らしい個体と鬼族のような個体を立て続けに召喚した上に、各々を隷属の印無しに言う事を聞かせていたようだった。
つまり、異なる使役獣を同時召喚したわけだ。
あの小さな個体が懐く様子が妙に自然だったので、私は不思議にも思わなかったのだが、じつは極めて異常な光景だった事になる。
「エレオノーラ。信じられない話だけど、もし、それが本当なら……〈勇者〉と共に降臨した八人目は召喚師と言う枠からは、かなり外れた人物と言う事になるね」
そのマチアスの言葉に、私は愕然となった。
言われてみれば、〈見者の水晶〉に顕した色や、封印の間に装備があった事実は、私が召喚したコウイチと言う若者が通常の召喚師とは異なる資質の持ち主である証だったと思えてくる。
では、私は〈七大の勇者〉に巻き込んで、いったい何を召喚したのだろうか。
一瞬、戦慄にも似た悪寒を感じたような気もした。
あるいは、それは単なる錯覚だったかもしれない。