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第7話 外ればかりの引き

 いったん、解散となった後、俺は速攻であてがわれた部屋に戻った。

 そして、俺付きの侍女セリアに頼み、魔物関連の文献をいくつか持ってきて貰うと、少し休むからと一人で部屋に閉じこもった。

 再び、召喚を行う為に。

 あんなしょぼいモンスターだけと言う結果に、どうしても納得がいかなかったのだ。

 こんなことがバレたら、エレオノーラさん当たりに叱られそうな話である。

 まかり間違って、制御不能な、あるいは、部屋に収まりきらない大きさのモンスターを、適切な支援も無しに召喚してしまったらどうするんだと言う指摘もあるだろう。

 だが、結果から言うとそれは杞憂以前の問題だった。

 龍族、鬼族でダメだったので、それ以外を試そうと、まずは、獣族の召喚を試みた。

 すると、魔法陣から現れたのは、巨大な牙を持つ剣牙狼サーベルウルフの一種だった。

 いや、多分、そうだと思う。

 セリアが持ってきた文献の中で、目の前にいるハムスターほどの大きさの「これ」に、もっとも近いのが剣牙狼を描いた図だったのだ。


 余談になるが、それらの文献や資料は、この世界の冒険者ギルドが発行しているものだ。

 召喚師が制御に失敗して、逃亡した挙げ句に野生化した異界の存在――魔物については、詳しい図面入りの資料が、さほど高くない値段で売られているそうだ。

 セリアによれば、これは魔物に遭遇した時の対処法を衆知する為だと言う話だった。

 何の力も無い一般人は逃げるしかないが、これらの文献には、どのように逃げれば良いかと言うサバイバルなノウハウも色々と記されている。

 そして、無事に人里まで逃げおおせた場合に、その詳細な情報を伝えてもらう為にも、魔物に関する情報は衆知されているようだ。

 実際に魔物への対処は、国家であれば軍の兵士や騎士、民間であれば冒険者と呼ばれる専門家があたるわけだが、予め情報があれば、かなりのリスクが減らせる次第である。


 まぁ、それはともかく、俺は召喚した剣牙狼もどきを見ながら、しみじみと呟いた。


「小さいとは言え、一応はモンスターと言うことか。可愛げなんか皆無だな」


 単にミニサイズなだけで、こいつも子供と言うわけではなさそうだった。

 召喚主である俺には従順のようだが、にょっきりと生えた牙と言い、黒い眼球に金色な瞳の眼と言い、じつに凶暴そうな面構えである。

 とりあえず、「ザガード」と言う名をつけて還す事にする。

 この名前も、捨てるに捨てられない黒歴史から引っ張り出したものだ。

 黒歴史なんてものは、そうとバレなきゃOKなのだ。


 次に、少し傾向を変えて水棲系のモンスターを召喚してみた。

 現れたのは角鮫と言うやつらしかったが、これもメダカ並のサイズである。

 水が無いのでピチピチと苦しそうに跳ねているのを見かねて、「グロム」と名付けて還してやる。


 だんだん、疲れてきたので適当に召喚すると半透明な塊が現れた。

 これは、資料を見なくてもわかる。


「スライム……だよなぁ、これ」


 水滴のような形に眼や口がついている某ゲームで有名なデザインとは異なり、核のようなものがあるゼリーと言えばわかるだろうか。

 出現した位置から少しも動く気配も無く、ぷるぷると震えているだけのそいつに「ガノン」と名付け、とっとと還す。


 その次に出てきたのは、雑草だった。

 正確には、根に当たるところがうねうねと蠢く触手になった、盆栽よりもミニサイズな樹木と言う印象である。

 多分、樹怪とか言われる類いの、植物系モンスターだろう。

 この頃になると、詳細に資料を調べる気にもならず、これが何と言うモンスターなのかはよく分からないまま、適当に「ドレイグ」と名づけることにした。

 ただ、丸い実のようなものをつけているのが気になったのでつついてみると、いきなり弾けて種のようなものをばらまいた。


「ホウセンカみたいな奴だなぁ」


 あらためて植物系モンスターの記述にざっと目を通してみると、毒を持っている種類が多いとのことだった。

 幹とか葉っぱに生えている棘にうっかり触る前に、とっとと還す事にした。


「ふう」


 いい加減にうんざりしてきて、大きな溜息をつく。

 揃いも揃って、どう使役したら良いのかわからない召喚獣……いや、植物もいたが、ともかく、禄でも無いモンスターばかりである。

 俺って本当に召喚師なんだろうか。

 なとと考えながら、目の前に置いた布に描かれた魔法陣を見ると、微妙な違和感に気がついた。


「あれ、なんか変わってないか?」


 魔法陣の中にある六芒星が、最初見たときと違うような気がしたのだ。

 その六芒星の六つの角と中央の六角形にそれぞれ、合計七つの象形文字のようなものがある。

 後で知ったところによると、これは古代神聖文字なのだそうだが、その中央以外の文字がくすんだ灰色になっているのだ。

 最初に見た記憶がおぼろげだが、確か、これらは中央のものと同様に銀色だった筈だ。


「ええと……」


 今まで召喚して、名前をつけたモンスターをカウントしてみる。

 飛龍もどき、大鬼もどき、剣牙狼もどき、角鮫もどき、スライム、雑草……。


「ええええ!?」


 俺は、気づきたくも無い事実に気がついてしまった。

 たぶん、この紋様の数は、俺が召喚し、使役できるモンスターの数の上限なのだ。

 つまり、俺は七つのうち、六つまでを禄でも無いモンスターに割り当ててしまった事になる。

 あるいは、名前をつけずに還してしまえば、割り当てずに済んだのかもしれないが、後の祭りである。

 絶望した俺は頭を抱えて突っ伏し、しばらく動く事もできなかった。

 扉をノックする音や、セリアの呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、何と返事をしたかも覚えていない。


 どのくらい、そうしていただろうか。

 まだひとつ枠が残っていると自分に言い聞かせて、何とか立ち直ることができた。

 とにかく、当たりを引くまで名前をつけなければ良いのだ。

 あるいは、この段階でエレオノーラさんに相談すれば良かったのかもしれないが、この時の俺は、負けを取り戻そうとするギャンブラーのように、若干の冷静さを欠いていたかもしれない。

 気を引き締めて、魔物の文献に目を通す。

 高校受験の時でも、これほど勉強に集中した事は無い。


 この際、自分の身の丈に合ったモンスターを選ぶべきだろう。

 ドラゴンとか巨人族などと言う大物狙いの選択肢は外す事にする。だいたい、龍族とは相性が悪いから飛龍もどきみたいなやつしか呼べないに違いない。

 その意味では、鬼族、獣族、水棲系、植物系もNGなので読み飛ばす。

 スライムの類いは言うまでも無い。

 そうなると、鉱物系とか、精霊系とか、その辺りだろうか。

 そんな事を考えながら文献をめくる手が、あるモンスターのところで止まる。

 リビングアーマーとか、彷徨う鎧とか言われる、精霊が取り付いて動くとされる武具甲冑の類いについての記述があった。

 日本でも長い年月を経た道具などに神や精霊、霊魂の類いが宿ったものが怪談などに出てくるが、そうした付喪神の一種だろう。

 ゲームとかだと、ダークナイトなどとして登場するアレである。確か、アレは取り付くのも精霊ではなく死霊の類いだったが、この世界では総じて精霊呼ばわりしているようだ。悪霊とか死霊的なものは邪精霊という分類になるみたいだ。

 まぁ、それはともかくとして。


「うん、スライムなんかより断然格好良いし、これにしてみるか」


 仮に外れを引いても、名前をつけずにさっさと還せばカウントには入らないだろう。

 俺はあぐらを組むと、深く息を吸い、腹の下、臍下丹田に落とし込むように溜めた。

 魔力が沸いてくるのを感じると、ゆっくりと息を吐きながら、その魔力を尾てい骨から背筋を通して頭頂部へと導き、眉間へと集中させる。

 そして、眉間からレーザービームのように、目の前に置いた布に描かれた魔法陣に向かって魔力を放った。

 何回も繰り返したプロセスである。

 俺が放った魔力に呼応するかのように、魔法陣が光を放つ。

 その中から顕れたのは、身長二メートルほどの、面当てを下ろしたフルプレートアーマーだった。


「キターーーーー」


 俺は思わずガッツポーズを取った。

 これまでのミニサイズとは全く異なる、見るからに頼もしそうなやつだ。

 フォルムとしては、角やら棘やらのない、シンプルなデザインと言える。

 剣とかの武器も持っていない。

 ただ、黒光りする頑丈そうな装甲の、その所々に走る紋様に、赤や紫の微かな光がまるで脈動するように明滅する様子は、ただ者では無いと言った印象である。

 即座に名前をつけようとして、すんでの所で思いとどまる。


「まだだ。まだだぞ、俺」


 俺は自分に言い聞かせるように呟いた。

 最後の枠を埋めるであろう存在の選択は、慎重の上にも慎重に吟味する必要がある。

 こいつがどんな能力を持っているのか、見極めねばならない。


「そうだな。とりあえずは動かしてみるか」


 突っ立ったままで身じろぎひとつしないそいつに「動け」と命じてみる。


「……………」


 しばらく待っても、ピクリとも動かない。


「ええと、どうすりゃいいんだろ?」


 文献の記載を丹念に読む。

 その記載によれば……。

 あまり俊敏では無いので走って逃げられるとか。

 剣などの物理攻撃ではダメージを与えられないとか。

 魔法にしても聖属性以外は効果が薄いとか。

 要するに、遭遇した時の対処法はいろいろと列挙してあるが、当然のことながら操作方法の記述は無い。

 エレオノーラさんを呼んで聞いてみようかと思ったが、そうすると一人で召喚したのがバレてしまう。

 考えても埒が明かないので、恐る恐る近づいて、鎧の隙間からのぞき込んでみた。

 ふむ、やはり中身は空っぽのようだ。

 しかし、何かしらの気配はあるようだし、支えも無く直立しているところからも、ただの鎧と言うことはない筈だ。

 ひょっとしたら、鎧の形をした魔法的存在なのかもしれない。

 と、言う事は魔力を入れてやれば、動くのだろうか。

 などと考えていると、飛龍もどきとの間で視覚共有したことを思い出した。

 ついでに、エレオノーラさんの、紐のような黒い下着がくいこんでいる光景も思い出したが、そっちの方はとりあえず念頭から追い出す事にする。

 あの時の要領を思い出し、心の中で目の前の鎧に呼びかけると、反応があった。


『我が主よ』

「お?」


 それは明確な意思だった。


『永い時を経て、再び召喚の栄誉を賜りしこと、心より感謝申し上げる』

「え? はい??」

『我が名はグランボルグ。主を守護せし忠臣なり』

「あ、どうも、ご丁寧に。ええと、俺は久門光一」

『名を交わしての盟約、確かに承った』

「え? あ、ちょ、ちょっと待って」

『主が危急の時、召喚に応じ守護いたすこと、盟約に従い、ここに誓うものである』

「だから、待てって言ってるだろ。人の話を聞けよ、おい」

『では、時至るまで、我は控えるとしよう』


 そいつは、一方的にそう告げると、さっさと魔法陣の中に消えてしまった。

 俺はしばらく呆然としてしまった。

 結果からいうと、俺が召喚したのは、身動きひとつしない『彷徨う鎧』って事になる。

 召喚した時点の期待が大きかっただけに、またしても外れだった事は余計に堪えた。


「何だよそりゃ」


 脱力のあまり眩暈を感じてしまった。


「グランボルグとか言ってたな。自分で名乗るやつもいる……って、えええ!?」


 あいつが言っていた盟約と言う言葉を思い出し、俺は慌てて魔法陣をのぞき込んだ。

 最後の文字が、しっかりと灰色になっていた。

 それは、外ればかりの召喚獣だけで最後の枠まで使い切ったと言う、厳しい現実を示していた。

 俺はふらふらとベッドに倒れ込み、翌朝になるまで気絶していたようだった。


 朝食を呼びに来た俺付きの侍女セリアから、昨夜は勇者達を歓迎する為の晩餐会だった事を知らされたのは、とどめだったと言うべきだろうか。

 俺は外れを引きまくった挙げ句に、御馳走を食べ損ねたと言う事になる。

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