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第34話 閲覧の条件

「師匠!」


 さすがにマルタが非難めいた声を上げる。

 そんな彼女に、ガイナス導師は手を振って見せた。


「誤解するな、そんな意味じゃない」


 そして、マルタの師匠は、俺に向かってこう告げたのである。


「お前が今着ているそれはただの服ではあるまい。これからやって貰う勝負に、そいつを着たままだと、ちと具合が悪いのでな」


 どうやら、俺の装備――〈使い魔〉達が潜り込んでいる灰色の野良着について、全てお見通しのようだった。

 さすがはAクラスと言うところか。


「勝負って?」


 俺が尋ねると、ガイナス導師は逞しい肩をそびやかした。


「なに、難しい話じゃない。お前が以前捕まえた連中の一人と、もう一度戦ってもらうだけだ。ただし……」


 導師は意味ありげにニヤリと笑った。

 人食い熊が笑みを浮かべても、ここまでの凄みは無いだろう。


「ただし、今度は〈使い魔〉抜きで、と言う事になるな。それで勝つ事が条件だ。そうすれば、儂もあの薬師に倣い、お前を勇者、あるいは、その可能性のある者と認めよう」


 それを聞いた俺は、いつだったか、オリヴァーさんが口にしていた言葉を思い出した。

 あの時、オリヴァーさんは、俺が〈使い魔〉に頼り過ぎだと指摘したのだ。

 そして、彼女はこうも言った筈だ。


「〈使い魔〉はあくまでも君の付属物であって、勇者となるのは君自身なんだからね」


 あの時は聞き流してしまった形になった。

 その後、色々とあり、レベルアップしたかなんだか分からないが、以前より身体能力が上がっている事もあって、自分自身の鍛錬を怠ったのは事実である。

 あるいは、以前よりも〈使い魔〉達に依存するようになっていたかもしれない。

 今、その報いを受ける時が来たのだろうか。


 この期に及んで、やめると言うわけにもいかない。

 そんな事をすれば、ガイナス導師は言うまでも無く、マルタを始めとする〈暁の翼〉のメンバーからの信用は完全に失われてしまう。

 何よりも、俺はオリヴァーさんの反応が怖かった。

 怒られればまだしも、失望させ、嘆かせるような事になれば、二度と顔向けできないだろう。

 これは逃げ出すわけにはいかない、俺自身に課せられた試練なのだ。


「旦那ぁ、そいつは俺にやらせて下さいよ」


 未だに腰を抱き寄せられたままの、リーダーだった男がそう言ったが、ガイナス導師は首を横に振った。


「お前相手じゃ、この坊主は一合も持たないな」


 確かに、あの時、殺気こそなかったが、この男の見せた動きはただものではなかった。

 ガノンがカバーしなければ、俺の腹には孔があいていた筈だ。


「お前ら、ちょっと、こっちに来い」


 ガイナス導師が奥に向かって怒鳴ると、俺が〈使い魔〉を駆使して叩きのめし、無力化した『盗賊』の連中がぞろぞろと現れた。

 しかし、革製のベストにブーメランパンツな格好のむくつけき男が、ここまで揃うと独特な迫力がある。

 それはともかくとして。

 みんな、俺の顔を覚えていたようで、一様に驚きと、そして怒りの表情を浮かべていた。

 正直な話、全員とも、向上した俺の身体能力の、更にその上を行く手練れ揃いだった筈だ。

 装備に同化した〈使い魔〉と言う、意表を突く不意打ちがなければ、あるいは、あの時にやられていたのは俺の方だったと思う。


「ふむ、お前でいいだろう」


 導師は、その連中の一人――俺とほぼ同じ背丈の男を選ぶと、俺に向かって言った。


「これから、この男と戦ってもらう。いいな」


 俺はうなずかざるをえなかった。

 ガイナス導師も、別に無茶ぶりをしているわけでもないようだ。

 ある程度はバランスを取った人選をしているのだろう。

 とは言え、元の世界でも喧嘩の経験すらろくに無い俺が勝てる相手でもなさそうだった。

 この状況を打開すべく、俺は脳みそをフル回転させた。


 考えろ、考えるんだ、俺。

 慌てるんじゃない、落ち着くんだ。

 よし、まずは順序立てて、最初からだ。

 そうして全部を整理すれば、何とか突破口を見いだせる筈だ。


 ガイナス導師がこの勝負を条件にした目的は何だ?

 そもそも、このマルタの師匠はどういう人物だ。いや、男色家なのはわかっている。

 問題は、それ以外の性格だ。


「他の者は、テーブルを片付けろ」


 俺の対戦相手以外の連中に、場所を空ける為の指示を出しているガイナス導師を見る。

 この人は、マルタになんと言ったか。

 将来性を買ったと、そう言った筈だ。

 そして、俺も試されている。これは、俺が勇者として認められるかどうか、その分水嶺ってやつなんだ。

 だが、具体的に何を試している?

 俺がどこまで戦えるか、ガッツを見ようって事も考えられる。

 つまり、俺の勇者としての資質や将来性を見るのが目的で合っているのか。


「壊れ物は仕舞っておくんだぞ」


 いや、導師は明確に「勝つ事」と口にしていた。

 プロセスじゃなくて結果が求められているんだ。

 だから、俺は勝たなくちゃいけないんだ。

 負けちゃ駄目だ。勝たなきゃ。でも、どうやって……。

 そこから頭がオーバーヒートするくらいに、あれこれと考えた結果、俺はひとつの結論らしいものに辿り着いた。

 つまり、〈使い魔〉と言う要素ファクターが無ければ、俺にはこれといった切り札とか決め手が皆無なのだ。

 ガイナス導師が『その小僧には、何も感じないな』って言っていたのは、こういうことなのだろう。


(それは後で反省すればいい。とにかく、今だ。今を勝つには……いや、まてよ)


 そこで、俺はようやく大事なことを見落としていた自分に気がついた。


(この場合の、勝利条件てなんだ?)


 あらゆる勝負事には、勝敗を決める為のルールがある筈だ。

 プロレスならスリーカウントまでフォールすればいいし、相撲なら土俵の外に押し出すか、足の裏以外の部分を土に触れさせれば勝ちだ。

 そうしたルール次第では、あるいはその裏をかけば、俺にも勝ち目が見えてこないだろうか。

 俺がそう考えたとき、他の男達に場所の準備を支持していたガイナス導師が、再び視線を向けてきた。


「そろそろお前も準備をしろ。着替えは……ふむ、ここの制服ではサイズが合わぬか」


 そのガイナス導師に、俺は質問をぶつけてみた。


「あの、勝利条件……何をどこまでやれば勝ったことになるのか、それを教えてもらえますか」


 それを聞いたガイナス導師が、初めて面白そうな表情で俺を見る。


「ほほう。確かに道理じゃな。まさか、殺し合いと言うわけにもいかんしな」


 Aクラスの冒険者は、うんうんとうなずいた。


「いや、儂も言葉が足りなかったわい」


 そう言いながら、導師は革製ベストの内ポケットから小さな物入れを取りだした。

 それは以前にも見たことのある、プロムベと呼ばれる魔道具だった。


「こいつには、高度な治癒魔法が入っている。あの〈聖祈の勇者〉自らが封入したと言うシロモノで、それなりに値が張ったわい」


 神殿の連中、美穗にそんな事までやらせているのか。


「即死でなければ、いや、例え死んでも、一定時間内に使えば完全な状態で蘇生できると言う話だ。こいつが、もうひとつある」


 ガイナス導師はそう言うと、先ほどと同じ、獰猛な笑みを見せた。


「だから、双方とも安心せい。存分に、最後の最後までやるがいい」


 それって、事実上の殺し合いになっても構わないって事じゃないですか。

 文字通りルール無用のデスマッチってことかよ。

 こうなると、はっきり言って俺に打つ手は無い。


(いや。まだ俺には――土下座と言う最後の選択肢が……)


 だんだん思考が情けない方向に向いてきた俺は、ふと、視界の隅に『それ』があることに気がついた。


(あれは!?)


 その瞬間、何かが俺の中で形になったように思えた。

 ともかく『それ』は、この状況下における、唯一にして最大の勝機チャンスに違いない。

 俺は気づかれないように、『それ』から視線を外しつつ、続けて導師に質問した。


「やりあうのは素手じゃないといけませんか」


 ここで、ガイナス導師の表情に、それまでとは違うものが見えた気がした。


「ふむ。お前の唯一の特技であろう〈使い魔〉を無しとしているからな。よかろう。〈使い魔〉以外のものなら、何を使っても構わん」


 そこで、Aクラスの冒険者は、俺の相手となった男の方を振り向いた。


「それで良いな。何だったら、お前も何か得物を取るがいい」

「あたしゃあ、この拳が一番の武器でさ」


 その男は節くれ立った手を見せつけるようにして、ふてぶてしい笑みを浮かべた。

 確かに、凄まじい拳ダコのあるそれは、打撃系格闘家に相応しい武器には違い無かった。


「つまり、俺は〈使い魔〉以外なら『何』を武器にして使っても良いってことですね」


 俺が念を押すと、ガイナス導師は、初めて満足げに笑った。


「ふむ、なかなかどうして」


 そう低く呟くと、はっきりと明言した。


「そうだ、それで構わん」

「念の為に聞きます。正々堂々とした勝負でなくても良いんですね」


 俺の言葉に、ガイナス導師は大きくうなずいた。


「騎士連中の、ご高潔な決闘作法なんぞくそ食らえだ。卑怯、卑劣、大いに結構。噛み付き、引っ掻き、何でも有りだ。冒険者たるもの、最後に生き残ったやつが勝ちだ」

「わかりました」


 俺も大きくうなずき返す。これで、俺の勝機が見えた。

 こちらの質問が終わったと見て取ったガイナス導師が、今度は逆に尋ねてきた。


「それで、着替えはどうする。なんなら、古代格闘にならって、互いに寸鉄帯びぬ丸裸とするか。うむ、アツい漢同士の肌と肌のぶつかり合いか。悪くないな」

「冗談じゃありません」


 ガイナス導師の半ば本気らしい提案を、俺は即時に却下した。

 男色家の前でなくとも、フルチンで戦うような趣味は俺にはなかった。

 つか、俺はノーマルだ。是非とも、アツい漢とやらとは距離を置かせてほしい。

 そんな思いはおくびにも出さず、俺は平静を装って抗議した。


「何でも有りって話だった筈です。それでは、話が違います」


 衣服がなければ成り立たない戦法――例えば、隠し武器とかもあるわけで、俺がそう指摘すると、ガイナス導師は軽く舌打ちして「しまったな」と呟いたが、さすがに前言を撤回する事はしなかった。


「それに、ここには女性もいるんですから、そんな真似はできません」


 だめ押しのつもりで、その場にいる唯一の女性を示してみせたが、これは生憎と不発だった。


「なに、マルタは見ようが見られようが気にせんよ。そのように仕込んだからな」


 ガイナス導師がそう言いながら視線を向けると、当のマルタは興味なさそうに応じた。


「おかげで、女を棄てて、なんとか、生き延びてますけどね」


 マルタが無頓着なのは、ガイナス導師の教育成果らしい。

 ともかく、これは失敗だったか。

 導師に先ほどの提案を押し出されては、少しまずい事になる。

 いや、少しどころか、かすかな勝機も消え失せてしまう。

 ガイナス導師が何事かを言い出す前に、俺はいつも持っている背嚢を下ろすと、中から服を取りだした。


「この通り、着替えは持ってますよ。ちょっと待って下さい」


 それは、俺がこの世界に召喚された時に身につけていたものだった。

 重い本や下着類はともかくとして、こっちの方を宮殿を出た時から入れたままにしておいたのは、ズボラ以外の何ものでもないが、今回はそれがさいわいしたわけだ。


 俺は呼び出していた〈使い魔〉達を全て還した。

 ローグやザガード、ガノンあたりは伏兵に残したかったが、ガイナス導師にはお見通のようなので、そうせざるをえない。

 そして、灰色の装備を脱ぎ、本当に久方ぶりに、現代日本の衣服である長袖のニットシャツとGパンを手早く身につけた。

 もっとも、着替えの途中、男色家に下着姿を披露せざるを得なかったわけだが、ボトムの方はトランクスにタイツを重ね着しており、上の方も長袖だったので、あまり気にならなかった。

 ガイナス導師は不満げに鼻を鳴らしたようだが、知らん。

 次に、柄の両側に刃のある例の短剣とパーカーを手に取ると、ちょっとだけ悩んだ後、軽く指を切って、その血でもって、パーカーの背中にいくつかの文字を書いた。


「ふむ? 血文字による守護の呪文か。それにしても、見たことの無い字だな」


 ガイナス導師の顔に興味深そうな表情が浮かぶ。

 マルタや他の男達も同様だった。


「その短剣も初めて見る形状だ。それが、お前の武器か」

「これだけじゃありませんけどね」


 そう言いながら、俺はパーカーを羽織り、両方の手にバンテ代わりの布を適当に巻くと、右手で短剣の柄を握りしめた。


「準備はできたようだな」


 俺の体勢が整い、相手の男がうなずくのを確認して、ガイナス導師は手を振り上げた。

 そして、その手が勢いよく振り下ろされる。


「では、始め!」


 初めて〈使い魔〉達を封じての、俺自身の戦いは、こうして開始されたのだった。

次回更新は3/20 8時。

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