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第2話 伝説の七大勇者が八人いる

「む?」

「八人いるぞ!?」

「一人多いではないか」


 なんだか、めちゃくちゃ長時間なフリーフォールを体験したような気分だった。

 ようやく足が大地を踏みしめている感触を覚えた直後に、そんなざわついた声が聞こえてきた。

 自失した時間は、数秒程度だったと思う。

 先ほどの光の奔流や、いっしょに飲み込まれた妹達の事を思いだし、辺りを見回して叫んだ。


「麗香、美穂、鈴音。無事か」

「あまり、大声を出さないで下さい」

「うう~、頭がクラクラするぅ~」

「…………」


 さほど離れていない場所に三人の無事な姿を見つけて、安堵の息をつく。

 郷田や相沢、由美と田原もいたが、そっちはどうでも良い。

 それにしても、ここはどこだ。

 俺達は真っ昼間のショッピングモールにいた筈だ。

 だが、ここは、どう見ても違う場所だ。

 薄暗くて広い部屋……いや、広間のような場所とでも言おうか。

 目につくのは石造りの壁と、薄暗くてよく見えないが、驚くほどに高い天井だ。

 少なくとも屋外にいると言う感じはしない。

 そして、フードをかぶったローブ姿の一団が、何やら戸惑ったようにこちらを見ている。

 やがて、その一団の中から、一人、フードを下ろしながら、こちらに歩み寄って来た。

 俺達より五歳くらい上に見える若い女のようだった。

 ただ、蝋燭しか照明が無いようで、先ほどまで真っ昼間な場所にいた俺には、よく見えない。

 それは麗香達も同じだったようだ。


「少し暗すぎですね。もっと明るくならないでしょうか」


 彼女がそう呟いた瞬間、周囲が不意に明るくなった。


「おおっ!」

「なんと、これは……」

「まさしく、伝説通りの〈光輝の勇者〉の発現だ」


 俺も周囲を見回して驚いた。

 明らかな光源が見当たらない。

 それにも関わらず、この広間が明るくなっているのだ。

 おかげで、先ほど近づいてきた一人が、明らかに若い女だと分かった。

 長い銀髪を後ろにまとめた、欧米人のようだ。

 ただ、欧米人にしては肌理が細やかに見える。

 何にせよ、綺麗な人だなぁ、と思った瞬間、麗香が咳払いしたのが聞こえた。

 その女性は少し驚いたような表情を浮かべたようだったが、すぐにひざまづいた。

 そして、恭しい口調でこう言ったのだった。


「我らが召喚に応じ、この地に降臨されました〈七大の勇者〉の皆様にお願い申し上げます。なにとぞ、〈禍神の使徒〉を討ち滅ぼし、この国を災いよりお救い下さい」


 応じたつもりは無かった筈だが、どうやら俺達は、勇者として召喚されたようだった。

 色々と疑問やら何やらはあったが、その前に、俺はひとつだけ気にかかって、後ろを振り向くと人数を数えてみた。

 麗香、美穂、鈴音。

 そして、郷田、相沢、由美、田原。

 俺を含めて、合計八人だ。

 だが、このお姉さんは〈七大の勇者〉と言った。

 七と八。

 数が合わない。

 ここで、ようやく、先ほどのざわめきの中で聞こえた言葉を思い出した。

 そう、一人多いのだ。



    ◇◆◇



 異世界に勇者として召喚される。ラノベとかネット小説では馴染みのシチュエーションだった。

 俺にとっては。

 だが、俺以外のメンバーにとってはそうでもなかったようだ。


「そもそも小説なんか読まねぇし」

「ぼくも」

「あたしも」


 と、郷田、相沢、由美。


「小説は読みますが……ラノベって、いかがわしいものでしょう?」

「ん~、BLなら読むかしら」

「…………」


 と、これは義妹達。

 確かに、ラノベの表紙には、女の子が引くようなイラストがあったりもする。

 てか、美穂は腐女子だったのかよ、おい。


 意外だったのは、巨漢の武芸者と言った印象の田原が、この手のものが結構好きだった事だろうか。


「そうか。ついに、俺も異世界に召喚される時が来たか」


 ひょっとして中二病だったのか、こいつ?

 そんな事を考えながら、俺は良い香りのする紅茶のような飲み物が入ったカップを口にした。


 温かい飲み物を全員分お願いしたら、侍女らしい女性が持ってきてくれたのが、これだ。

 ほのかに感じられる甘さが、何となくほっとする感じだ。

 ここは、毛足の長い絨毯と、柔らかいクッションのみと言う、それ以外には調度品の類いは皆無の部屋である。

 高い位置にある大きな窓からは、今の時間が夜である事が窺えた。

 それでも、銀色にも見える満月の光と、そこそこにある蝋燭の灯りで、部屋の中は薄暗いと言う感じがしない。

 むしろ、視覚的な刺激が少ないのが良かったのかもしれない。

 温かい飲み物のおかげもあって、全員、緊張がほぐれてきたような雰囲気になっている。

 何しろ、召喚に伴う何かの要因で全員のスマホや携帯は壊れてしまったようで、どこにも連絡できないとわかった由美などはヒステリックに喚き散らしていたのだ。


 まずは心を落ち着ける為と言う事で、銀髪のお姉さん……エレオノーラと名乗った女性に交渉して、ひとつの部屋を提供してもらったのだが、結果的には正解だったようだ。

 両手でカップを持った麗香が、少し見直した、と言うような視線を向けてくるのが、妙にくすぐったい。

 その麗香が、ひとつ大きな息をつくと、こう言った。


「まぁ、信じられない話ですが、あの光の奔流や、全員の電子機器が壊れた事、そして、ショッピングモールにいたはずの私達が、突然にこんな場所に移動した事実などを総合すると、光一さんの言う通りかもしれませんね」

「あたしは、まだ、信じられないわよ。こんな与太話」


 麗香に反論したのは、由美だった。

 だが、麗香は気を悪くした様子も無く、それどころか、由美の言葉にうなずいて見せた。


「確かに。大がかりなイタズラと言う可能性も無くは無いのですが。多分、それですと、説明のつかない事があるのです」

「え?」

「エレオノーラさん達との会話、覚えています?」

「勇者だの、禍神だのって、あれ? ほんとに、くだらないったら……」

「いえ、会話の内容ではありません。あの人達の喋っている言葉、日本語じゃありませんでしたよ?」


 由美はその事実に、ようやく気づいたようだった。

 いや、由美だけでは無く、郷田や相沢、美穂や鈴音も同様だったようだ。

 もっとも、鈴音の場合、表情からはよく分からなかったのだが。

 とりあえず、一同が状況を把握したところで、これからの事を話し合った。


「まずは、どうしたら、元の世界に戻れるか、と言うところなんですが……」


 麗香がそう言って、俺に視線を向けてくる。


「ん? んん??」


 俺は、ここで首をかしげてしまった。

 異世界召喚もので、元の世界に帰ったケースって、あまり無かった気がする。

 いや、そうでもないか。

 アレとかアレとか……。


「えーと、召喚した側の願いを叶えた後に帰還するってパターンが多いかな。小説だと」

「ちょっとぉ。そもそも小説なんかが参考になるの?」


 由美が不満そうに口を挟む。


「それこそ、小説みたいな状況なのですから、そちらを参考にする以外に無いと思います」


 麗香が落ち着いて答える。


「あるいは、召喚した人たちに聞くと言う手もありますが、目的があって私達を召喚した以上、それが叶わないうちは、すんなりとは教えてくれないでしょうね」


 その言葉に、由美も反論できない様子だった。


「だけど、あの人達のお願いって、無理筋じゃないかな。ええと、禍神の使徒を討ち滅ぼし、この国を災いより救う、だっけ。僕たち、ただの高校生だよ?」


 今度は相沢が異を唱えてきた。


「勇者として召喚された以上、何かしらの超常チート能力が付与されたり、伝説の武器なんかが与えられたりってのがセオリーなんだが」


 俺が答えるより早く、田原がこの手の話の約束事を口にする。


「超常能力?」

「魔法とか、スキルとか、だな」

「魔法? なんて非科学的な。ですが、この状況そのものが非科学的どころか非常識ですから……あ、ひょっとして」


 ぼやくような口調で呟いていた麗香が、何かを思いついたように眼を見開いた。


「あの感覚。あるいは……」


 そして、おもむろに中空を見つめ、何かに集中し始めたのだ。

 次の瞬間、麗香の視線の先に、ひとつの光球が出現した。

 俺を含めたみんなが息をのむ中で、麗香は何かに納得したようにうなずいた。


「なるほど。これが魔法と言うわけですね」

「そこまで!」


 ノックも無しに、いきなり扉が開くと、黒いマント姿の人物が姿を現した。

 そして、その場に膝をつくと、こう言った。


「無礼をお許し頂きたい。このアンベルクで、宮廷魔道士を束ねる魔術師長のドロテアと申します」


 いきなり乱入してきたのは、青みがかった黒髪の、妖艶と形容したくなるような美女だった。

 そのドロテアと名乗る美女が麗香に懇願するような口調で言った。


「御身が〈光輝の勇者〉たるは明白。しかしながら、他の勇者様のお力は危険なものもありますゆえ、まずは、〈見者の水晶〉にて、各々のお力を見極めさせて頂きたい」


 そして、ドロテアと名乗った美女は、俺達を見回した。


「勇者の皆様。まずは、私と共においで頂きたいのだが」


 どうやら、勇者の超常能力を判断する魔道具のようなものがあるらしい。

 もちろん、俺達には、それを拒む理由など無かった。



    ◇◆◇



 魔術師長が俺達を案内したのは、直径が三メートルもあるような巨大な水晶玉が置かれた部屋だった。

 そこには、さっきのエレオノーラさんもいた。


「この〈見者の水晶〉に、このように、お手を触れて下され」


 ドロテアはそう言うと、その水晶玉に手を触れて見せた。

 巨大な水晶の中に、赤と青の輝きが生じた。

 水晶玉の半分ほどが、その二色に染まる。


「私は火と氷……水系の魔法を使いますゆえ、このように〈見者の水晶〉が反応致します」

「では、私も触れて見せましょう」


 エレオノーラさんが触れると、水晶玉が、今度は銀色の輝きに満たされる。

 ドロテアの時よりも大きな輝きで、全体の七割といったところか。

 魔術師長が、銀色は召喚師の資質を示すと言うような事を説明する。

 どうやら、手を触れた人間の持つ魔法とか能力について、種別を色で、力の大きさは水晶玉に占める割合で示す、といった仕掛けのようだ。


「ご覧の通り、エレオノーラ殿は歴代でも最高の召喚師。それゆえ、勇者様達を召喚申し上げる事が可能だったわけです」

「あなたが……」


 その説明を聞いた麗香は、銀髪の召喚師を睨むように見つめると、詰め寄るように言った。


「あなたが召喚したと言うのなら、いつ、私達を還していただけるのか、教えて下さい」

「申しわけありません。〈勇者〉の召喚は、古文書に記された秘法を使い、特別な魔道具や星辰の位置と言った、諸々の要素を重ねて初めてできる特別な術。私とても、その原理を全て知るものではなく、また、おいそれと出来るものではありません」


 エレオノーラさんは、美しい顔にすまなそうな表情を浮かべて頭を下げた。


「皆様をお還しするには、少なくとも次の星辰がしかるべく揃うまでお待ち頂く必要があります」


 その誠意ある態度に感じたのか、あるいは、エレオノーラさんを責めても始まらないと考えたのか。

 先ほどの、俺達の間でなされた会話も影響したのだろうが、麗香はそこで矛先を納めたようだ。

 事情もあるようだし、エレオノーラさんを問い詰めて解決するものでもなさそうだ。

 他の面々も同様の気分のようだった。

 その場を取り繕うように、黒髪の魔術師長が〈見者の水晶〉を試すように促してきた。


「では」


 と、最初に麗香が水晶玉に触れた。

 その瞬間。


「うむ、まさしく」

「光を従え、光を操る〈光輝の勇者〉の印。しかし、何という魔力量でしょうか」


 ドロテアが大きくうなずき、エレオノーラさんが感嘆の声を上げる。

 麗香が触れた水晶玉は、溢れんばかりの白い輝きを放っていた。


「じゃ、次は私」


 美穂が触れると、今度は、その輝きが紫色に変化した。


「おお。これは」

「邪気を払い、癒やしを司る〈聖祈の勇者〉の証です」


 こうして、異世界に召喚された高校生達は、次々に水晶玉に触れて、各自の能力を明らかにしていった。

 鈴音が示したのは緑色の輝きで、これは風魔法を操る〈疾風の勇者〉たるを示すそうだ。

 由美は赤い輝きで、炎系魔法の使い手である〈火炎の勇者〉の資質を証明した。

 青い輝きと共に、水系魔法の〈氷雪の勇者〉と告げられたのは相沢。

 土系魔法の〈大地の勇者〉の資格を、田原が黄色の輝きで顕した。

 どの輝きも、麗香や美穂に劣らぬレベルだった。

 そうして、残るのは、郷田と俺の二人だけになった。


「んじゃ、お先にっと」


 俺を押しのけるようにして、郷田が水晶玉に触れた。


「おろ? なんじゃ、こりゃ」


 郷田が驚いたような声を上げる。

 いや、郷田だけでは無く、その場にいた全員が眼を見張った。

 それも当然だろう。

 実際の話、『闇色の輝き』などと言うシロモノは、こうして見ていても信じられない。


「あなた様は、闇と影の支配者たる〈冥闇の勇者〉と言う事になりますのう」


 ドロテアの言葉に、郷田がニヤリと笑う。


「闇と影の支配者ってのが、よく分からねぇが。まぁ、〈冥闇の勇者〉って響きは気に入ったぜ」


 エレオノーラさんが厳かな口調で告げた。


「光、聖、風、火、水、地、闇。世界のことわりを構成する七大の化身である〈七大の勇者〉の皆様。このエレオノーラ、魔術師長と共に、その証を見届けた事を……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 取り残されそうになった俺は、慌てて口を挟んだ。


「あの、俺がまだなんだけど」

「あ……」


 エレオノーラさんとドロテアが、何となく決まり悪そうに視線を交わす。


「え、ええ。そうですね」

「うむ。〈七大の勇者〉と共に降臨されたのだ。確かに、その力は見極めねばならないだろう」


 ぎこちなくエレオノーラさんがうなずくと、ドロテアが取って付けたような答えを返した。

 何となく納得しがたいものを感じながら、俺は水晶玉に手を触れた。

 そして。


「なんじゃ、こりゃ」


 さきほどの郷田と同じ叫びを俺も上げた。

 その場にいた全員も、驚くと言うより首を傾げている。

 俺が触れた水晶玉は、どんよりとした灰色に染まっていたのだった。

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