第1話 母の再婚から召喚まで
俺こと那嘗光一が、母さんの再婚と共に久門光一になったのは、今から半月ほど前の事だ。唐突な感はあったが、母さんの再婚自体には、心理的な抵抗はさほどでもなかった。
幼い頃に死んだ実の父親に関しては、記憶とか思い出が皆無に近かったと言う事もある。
新しく父親となる久門氏には、それまでに何回か逢って、悪い人では無いと感じていた点も理由のひとつだ。
久門氏は、スーツ姿がこのうえなく似合うダンディな紳士だった。
ロマンスグレイの頭髪に、かなりの長身とくれば、今でもモテるだろうが、そういった気配は微塵もない清潔感は、俺にとってポイントが高い。
まぁ、いくら人柄と見た目が良くても、無職、無収入であれば話は別だが、規模は小さいながらも、いくつかの特許技術によって業界内では知られた建設会社のオーナー兼経営者と言う事で、その手の問題はクリアといえる。
俺の母さんも事務所を持つ現役バリバリのインテリアデザイナーである。
つまるところ、建築絡みのビジネスで知り合って……というのが馴れ初めだったようだ。
ま、親の恋愛事情には興味が無いので、詳しくは聞かなかったけど。
問題があるとすれば、お互いに連れ子がいたと言う事だろうか。
母さんには言うまでも無く、今年で高校二年になる俺と言う息子がいたし、相手には、やはり高校一年になる娘が……いや、娘達がいた。
いわゆる、三卵性の三つ子と言う事らしい。
つまり俺には、一歳年下の義妹がいっぺんに三人もできてしまったのだ。
そして、再婚に伴い、母さんと俺は今のマンションから久門氏の家に引っ越すと言う話なので、その義妹達と同じ屋根の下で暮らす羽目になったわけだ。
ちなみに、親しいクラスメイトに、うっかりとその話をした時の反応だが。
「なんつー、羨まけしからん」
「まったくだ。血の繋がらない義理の妹なんて、幼なじみ以上にレアじゃねえか」
どいつもこいつも羨望の声を上げていた。
挙げ句の果てには。
「そのうち、風呂場で鉢合わせなんて、偶然……いや、必然的な事故が起こるんじゃねえの」
「そそ。浴室のドアを開けると、そこには風呂上がりな義妹の姿が!」
「ちょうど、義妹は髪を拭いているところで、胸から下は……くっ、これ以上は言えん」
「まぁ、それは極端だとしても、一緒に暮らすとなれば、下着姿なところを目撃したりとかは充分にあり得るな」
「畜生。許せん。許せんぞ」
などと色々な状況を勝手に想像して、憤慨し出すのだから始末に負えない。
おれが通っているのは男子校で、女子の眼を憚る必要の無い気楽さはあるのだが、一方では歯止めがきかないのは困ったもので、おかしな方向に妄想が膨らんでいるようだ。
数少ない、リアルで妹のいる大妙寺と言うクラスメイトだけは異なる意見を持っていた。
「妹なんて、そんなにいいものじゃないよ。むしろ、邪魔っつーか。おかげで、お宝な本やデータの隠し場所に苦労するよ」
こいつもこいつで方向がおかしい気がするが、まあ、こいつのスケベぶりと言うか、リビドーは人並み外れているからな。
見た目が童顔なので、そのギャップには凄まじいものがある。
とは言え、大妙寺の言う事にも一理あると思う。
そんな、俺の心中を知るはずも無い大妙寺は、嘆息するように言った。
「堅物の那嘗なら、そんな苦労は無いだろうけどさ」
「あーあ、どうしてこんな堅物に、義理の妹なんて美味しいシチュエーションが回ってくるかなぁ」
大妙寺に呼応するようにクラスメイトの一人が言うのだが、そんな事を言われても困る。
ちなみに、日頃から大妙寺を始めとする、この連中の交わす猥談から距離を置く俺は『堅物』と評されているようだ。
まぁ、いかがわしい雑誌やら、ネットから入手したモロな画像をスマフォで見せられて、迷惑そうな表情で顔を背ければ、そう思われても仕方が無いかもしれない。
近眼の為にかけている黒縁眼鏡も、そうしたイメージに拍車をかけているのだろうか。
もちろん、事実は異なる。
俺はその手のものに興味が無いわけでも無いし、ホモだと思われるのも心外だ。
ただ、ああいうものをあからさまに楽しむ神経が理解できないだけだ。
むろん、大妙寺のような連中を否定するつもりはないし、俺だってその手の本をベッドの下に隠す程度には普通の男子高校生並みであると思う。
ただ、嗜好が二次元方面に偏っているかなと言う自覚はある。
実際の女の子に興味が無いわけでもないし、通勤途中やら何やらで可愛い子を見かけて、つい、視線が追いかける事もある。
しかし、ふと我に返ると、慌てて視線を逸らしたりするのだ。
この自己抑制が何に起因するかは、俺にもよく分からない。
そう言えば、以前に母さんがぼやくように呟いた事がある。
「幼稚園の頃にやらかしたスカートめくりで、少し叱り過ぎたかしらね」
さすがに、その頃の事は覚えていないが、俺にもそんな時期があったのだろう。
だが、年齢に関係無く、その手の行為は叱って当然であり、俺は叱られただけで済んだことに感謝しなければならない。
いわゆる迷惑行為防止条例違反に該当する行為であって、これは未成年であっても処罰の対象になるのだ。
どういうわけか、そのことだけは俺の心に刻み込まれている。
そんな俺にとって、いきなり、一歳年下の義妹達ができて、これからいっしょに暮らすなどと言う状況には困惑を覚えるばかりである。
後で聞いたところによると、俺のそういった性格を熟知している母さんも、それでも万が一の間違いがあっては、と俺だけアパートか何かで一人暮らしさせようとしたらしい。
だが、久門家が俺の通う高校の通勤圏にある事もあって、久門氏は家族は一緒に暮らすべきだと主張した。
「それに……多分、そんな心配はしなくて大丈夫だよ」
ダンディーな久門の父さんは、なんとなく寂しそうに、そんな言葉を付け加えたのだ。
◇◆◇
再婚に当たっては、式や披露宴などは一切行わないと言う事で、その代わりとして某一流ホテルのレストランでの会食となった。
母さんは既に会っているようだが、俺はその時に初めて、義妹となる三姉妹に引き合わされたのだ。
驚いたのが、三人とも女子高生にしてはかなりの長身である事だった。
最初に紹介された三姉妹の長女、久門麗香を表現するキーワードは、ファッションモデルとクールビューティーと言ったところか。
ひっつめにした髪型とメタルフレームの眼鏡は、その氷を思わせる美貌によく似合っており、均整の取れたプロポーションといい、会食の為に正装した彼女は、とても俺よりも年下には見えなかった。
何よりも印象的なのが、父親に似たのだろうが、男として小柄な方ではない俺よりも明らかに上背がある点だ。
「宜しくお願いします。お義母さん、光一さん」
「あ、ああ。宜しく」
形ばかりの笑みを浮かべてそう言う麗香の口調は、丁寧ではあったが実に冷ややかだった。
思わず気押されてしまったわけだが、俺に対しては「兄さん」では無く名前で呼ぶと言うことが、即ち、彼女にとっての俺の立ち位置と言うことなのだろう。
もっとも、こんなクールビューティーに「お兄ちゃん」などと呼ばれたら、そちらの方が怖いような気もする。
その次に紹介された次女の美穂だが、姉がファッションモデルだとすると、こちらはグラビアモデルだろう。
顔立ちは、清楚で大人しげな美貌と言えたが、それとは真逆なのが、挑発的でダイナマイツな体つきだった。
姉の麗香と同じ上背も印象的だが、特筆すべきはその胸の大きさだろう。
いわゆる爆乳と言うやつだ。
さすがに視線を逸らせるまでに、通常よりも数秒かかってしまった。
「宜しくお願いしますね」
どことなくおっとりとした口調で、姉よりも穏やかな性格に見えた。その一方では、何となくバリアーのような壁を感じさせるところがあった。
挑発的な体つきに反して、身持ちは堅いのかもしれない。
この次女は、あるいは長女よりも取っつきにくい相手のようだ。明確な根拠は無いが、それが、俺の偽らざる第一印象だった。
最後に紹介されたのが、三女の鈴音である。
三姉妹の末妹の印象はボーイッシュと言うべきか、寡黙と言うべきか。
引き締まったアスリート体型の持ち主で、その端正な顔立ちには笑みの欠片すら無いが、これは無愛想と言うよりは表情に乏しいと言うべきだろう。
古流の武術を修行しているとのことで、黙ったまま頭を下げる立ち振る舞いは、まさしく女武者と言う雰囲気だ。
一見すると、取っつきにくそうだが、長女と次女の強烈な個性に比べれば、まだ大人しいと言ってもいい。
まっすぐで裏表がなさそうなので、あるいは、一番早くに親しくなれるかもしれない、などとも思った。
背丈も俺と同じくらいだし……って、これは関係無いか。
会食の後に訪れた久門家は、小規模な建設会社の、とは言え、さすがは社長宅と言うべきか、大邸宅とまではいかないが、二階建ての、充分に屋敷と呼べる大きさだった。
おかげで、俺も個室をもらう事ができたのだが、それだけでは無かった。
「ここが、あなたが使用するトイレ。あちらがあなたの浴室。脱衣所に専用の洗濯機がありますので、自分の洗濯物はそちらのカゴに入れて下さい。ああ、父もそちらを使いますので、あなた専用と言うより男性用と言う事になります」
麗香が、久門家の中を案内してくれたのだが。
なんと、この家はトイレ、浴室、洗濯機がそれぞれ男女別に用意されていたのだった。
「小学校に上がる前にはいっしょにお風呂に入ったもんなんだが」
久門氏……いや、父さんは、そう言って力なく笑って見せた。
小学校の高学年くらいに、三姉妹が団結して男女別のこれらを要求したのだそうだ。
普通の家庭なら、そんな要求は無理だが、あいにくと久門の父さんは経済的にそれが可能だった。
何より、小学校にあがる頃に三人を産んだ母親が亡くなった後、通いの家政婦さんにまかせてばかりで、仕事に忙しくてかまってやれなかったと言う事も負い目だったそうだ。
それはともかく、あっけにとられる俺に、麗香はきっぱりと付け加えた。
「二階には私達の部屋と、女性用のトイレ、浴室があります。従って、お母さんとキヌさん以外は二階に上がらないで下さい」
「お、おう」
有無を言わせぬ迫力の前に、俺はうなずく以外の反応ができなかった。
銀縁眼鏡越しの眼に、じつに凄みがある。
ちなみに、キヌさんと言うのは、通いの家政婦さんの名前だ。
何にしても、これからの生活が、『血の繋がらない義妹と一つ屋根の下で暮らす』という言葉から想像されるものとは、かなりかけ離れた状況である事は俺にも理解できたのだった。
◇◆◇
これが、だいたい半月前の話だ。
親同士の再婚について、彼女たちの思惑がどのようなものだったのかは分からない。
ただ、麗香は自立した女性でもある母さんに対し、それなりに敬意を払っているようだった。
次女と三女も長女に倣う態度で、新しい母と新しい娘達の関係は、まずは良好と言えた。
一方で、久門の父さんと俺も、悪くない関係を築けたと思う。
ただ、それは、揃って久門家の三姉妹にハブられる者同士と言う、同病相憐れむと言った性質のものはあったのだが。
ともかく、色々と問題はあるかもしれないが、これからゆっくりと家族として絆を深めて行けば……と、にわか兄貴になった俺は考えていた。
母さんも久門の父さんも同じ考えだったようだ。
ところが、その直後から国家事業レベルの巨大プロジェクトに夫婦揃って関わる事になったらしい。
どちらとも各々の分野で多忙を極め、帰宅する事もままならない状況になった。
ビジネスとしては結構な話だったかもしれないが、二人とも現在の家庭事情を放置する事になったのはまずいと考えたようだ。
ある日、ようやくに一人だけ帰宅できた母さんが、その夜、俺にそれなりに厚みのある封筒を渡した。
「明日の土曜に、これで麗香ちゃん達をつれて買い物にでも行きなさい」
封筒の中を見ると、高校生に与えるには少し多過ぎるほどのお札が入っていた。
思わず口が緩む俺に、母さんはしっかりと釘を刺した。
「あんたにあげるんじゃないわよ。女の子の買い物は色々と出費がかさむんだからね」
母さんは実の息子よりも、義理の娘達に対して親バカになったようだった。
いや、これは義理の母親としての気遣いだと信じたい。
翌日の土曜日、仕事に出かける母さんを見送った後。
いっしょに出かけないか、と麗香に声をかけてみた。
麗香は少し考えこむ風情だったが、しょうが無いといった表情でこう答えた。
「あまり気が進みませんが、お義母さんの気遣いを無駄にはできませんね」
しっかりとお見通しだったようだ。
◇◆◇
俺たち兄妹(?)が、初めてお揃いで外出する場所は、結局、それほど遠くない場所にあるショッピングモールになった。
シネコンも併設された施設なので、映画も誘ってみたのだが、これは速攻で断られてしまった。
「さっさと買い物を済ませたいので」
と言うのが麗香の言い分だった。
美穂もあまり興味なさそうな様子だ。
末娘の鈴音はいくつかのタイトルに未練そうな視線を送ったようだが、結局、黙ったままだった。
買い物というから、アクセサリーとか衣類かと思えば、麗香が直行したのは書籍売り場の、しかも参考書などを置いてある場所だった。
数学とか物理関係の分厚い本をいくつか手に取ると、俺に渡してくる。
母さんからお金を預かっている俺は、精算を済ませ、「俺が持つから」と、そのまま荷物持ちになる事を宣言した。
凶器にも使えそうな数冊の書籍は、女の子に持たせるのが躊躇われるほどに半端な重さでは無い。
それにしても、微分だの積分だのと、麗香達の学校って一年生からこういうのをやるのかな。
そんな気持ちで義妹達を見ると、美穂と鈴音は視線をそらした。
どうやら、勉学の方面に関しては、長女はともかく、次女と三女は俺の同類らしい。
ちなみに、書籍売り場では、三女の鈴音は所在なげに佇んでいるふうだったが、巨乳な次女は熱い視線を注いでいるブースがあった。
「えーと、欲しい本があるんだったら、遠慮無く言っていいぞ」
と話しかけて見ると、美穂は慌てたように首を横に振った。つられて、胸もぷるんぷるんと震え、周囲の男達の視線を集めていた。
かくいう俺も視線が釘付けになりそうだったが、相手が義妹であることを思い出して咄嗟に目をそらした。
そうすると、今度は鈴音と視線が合ったが、末妹の無表情な顔に苦笑めいた波動が見えたように思えたのは、気のせいだったかもしれない。
初っ端から重い荷物を抱える事になったので、少し早いが休憩がてらランチにする事を提案してみる。
さすがに麗香も、今度はうなずいた。
そのままフードコートやレストランのある区画へと向かう。
しかし、俺たち……正確には、俺の妹達は目立っていた。
何しろ、思わず振り返ってしまうほどの、三者三様の美少女達なのだ。
義妹達の通っているところは俺の高校でも時々話題になるお嬢様学校だったが、麗香はそこの校則に従って、制服姿での外出だった。
この制服のデザインは、下手なブランドものよりも見栄えが良く、麗香のクールビューティーな容貌をいっそうに引き立てていた。
もっとも、麗香は自分の信条を他の妹達に押しつけるつもりはさらさら無いようで、美穂は紫系のチェックシャツドレス、鈴音は緑のシャツにインディゴブルーのジーンズと言った格好だった。
そんな彼女達といっしょにいる、凡庸を絵に描いたような俺に向けられるのは、やっかみとか嫉妬では無く、明らかなミスマッチに対する奇異の視線だった。
今までの賞賛とか憧憬のそれとは異なる視線の巻き添えになった麗香達は、少し落ち着かない様子である。
(ん~、こんな兄より、母さんといっしょだった方がよかっただろうな)
などと、自虐的に思わないでも無い。
母さんはインテリア方面が本職とは言え、デザイナーをやっているだけあって、優れたファッションセンスと未だに衰えないプロポーションの持ち主だ。
息子の俺が言うのもなんだが、それなりに美人でもある。
多分、妹達といっしょにいても違和感は無かっただろう。
どうも、俺は実の父親に似たらしい。
記憶は無いのだが、大学で伝説だか民俗学だかのぱっとしない分野の講師をやっていたとかで、大半は処分してしまったが、古い書物が何冊かは残っている。
久門の父さんもダンディーな紳士だし、写真で見せてもらった、亡くなった麗香達の実の母親もじつに綺麗な人だった。
要するに、今の『家族』の中では俺だけが浮いていると言う事になる。
「ねぇねぇ。そんな冴えない男といっしょにいるより、俺たちと遊ばない? ……て、お前、那嘗じゃねぇか」
何というか、パターン通りに声をかけて来たのは、これまたパターン通りとでも言おうか、ヒップホップな格好をした若い男達だった。
しかも、一人は俺と同じ高校に通う札付きのヤンキーだ。
名前を郷田武史と言い、腕力はさほどでも無いが、平気で凶器を出してくると言う噂の危ないやつだ。
一年の頃に同じクラスだったので面識はあるが、逆に言えばそれだけの間柄である。
もう一人の茶髪なイケメンは知らない顔だが、多分、郷田の遊び仲間とか、そんなところだろう。
「お前、いつのまにこんな可愛い子達と知り合いになったんだよ」
「うるせぇな。義妹だよ、義妹」
「え? お前、一人っ子じゃなかったのかよ」
「色々とあってな。じゃ、先を急ぐんで、またな」
詳しい説明をする気もなかったので、無視して行こうとする俺の腕を、郷田が掴んできた。
「おいおい、つれないじゃないか。せっかくだから、妹さん達を紹介しろよ」
「うるさいって言ってるだろ。それに、お前、確か彼女が居たよな。いいのかよ」
「ん? ああ、由美の事か。ありゃあ、俺じゃなくて、こっちの浩志の彼女だ」
「ははは。相沢浩志と言います。よろしく」
郷田の連れのイケメンが、そう名乗って挨拶する。
俺に、じゃなくて、麗香達に向かってだ。
一方の麗香達は迷惑そうな表情だった。
イケメンとは言え、タイプでは無いのだろう。
まぁ、既に彼女がいるのに、他にも女に声をかけるような男では相手にしたくも無いのは確かだ。
俺は内心舌打ちした。
昨夜も母さんからきっちり言われている。
「あんた、お兄ちゃんになったんだから、いざとなったらあの子達を守るのよ」
もっとも、母さんから言われるまでも無い。
頼り無くとも、ハブられていても、そして、半月しか経っていなくても、俺は兄で麗香達は妹だ。
争いごとは苦手だが、大事なものを守る為には、時として戦わなくてはならない、と思う。
今のところ、面と向かって喧嘩をふっかけられているわけではないが、これ以上強引に出てくるならと覚悟を決めた時、けたたましい声が耳を打った。
「あ、浩志に武史じゃん」
そちらを見ると、マイクロミニのスカートとタンクトップと言った格好の、派手な印象の少女がいた。
「あらら。見つかっちゃったか」
さすがに相沢が気まずそうな表情を浮かべる。
多分、この少女が、先ほど郷田が口にした由美なのだろう。
だが、すかずかと近づいてきた由美と言う少女は、相沢では無く麗香に向かって、きつい視線を向けた。
「ふん。お嬢様学校の生徒が、人の彼氏にちょっかいかけるわけ?」
「声をかけられたのはこちらの方です」
麗香は毅然とした態度で、きっぱりと言った。
その銀縁眼鏡越しの視線に、由美は一瞬怯んだようだった。
だが、元来勝ち気な性格だったようで、派手なリップグロスを塗った唇から舌打ちの音を響かせると、右手を振り上げた。
その瞬間、鈴音が滑るような動きで前に出て、由美の振り上げた手を押さえた。
「なっ? この……」
由美の眼が怒りにつり上がる。
(まずい)
このままでは、本当に喧嘩騒ぎになってしまう。
仲裁すべく、俺が動こうとした時、別の野太い声がその場に割り込んだ。
「久門。道場の外では御法度と言った筈じゃがのう」
百九十センチはあるだろうか。
その場に現れたのは、身長もそうだが、横幅も相当な巨漢だった。
状況からすると、鈴音の知り合いのようだったので、近くにいた美穂に尋ねた。
「誰?」
「ん~、鈴音が通っている古流剣術の……師範代?」
いや、疑問系で答えられても困る。
「がははは。師範代まではいかんさ。せいぜいが、その見習いと言うところかな。田原という者だ。こう見えても、お主らと同年の若輩者じゃ」
坊主刈りに髭面のごつい顔つきと言い、どことなく古臭い言葉遣いと言い、とても俺達と同年代には見えなかった。
「まぁ、とりあえず、その手を離せ」
田原と言う巨漢はそう言いながら、鈴音と由美に近寄った。
その時だった。
突然、俺達の足下が輝きだした。
「え?」
「な、何だ、これ?」
「きゃああ」
俺たちの足下に出現した光の紋様。
それは、マンガとかアニメで見たことのある魔法陣のようだった。
そして、俺達は、その紋様の輝きに飲み込まれていった。