第14話 現実逃避な武装
俺が宮殿の外との出入りに使っている秘密通路だが、じつは宮殿内部の至る所に通じている。
そして、俺が今居る場所は、宮殿の大浴場、それも女性向けの施設……平たく言うと女湯に近い位置にあった。
ザガードの耳を通して、女性達が湯浴みしているさまが聞こえてくる。
もっとも、ここから浴場までは分厚い壁に阻まれていて、簡単に覗けると言うものでは無い。
普通なら。
微かな音が聞こえる事からわかるように、この浴場は壁に若干の隙間がある。
そして、不定形なスライムなら、その隙間を突破して、浴場に入り込む事が可能だったりするわけだ。
「いいか、探すのはこれだぞ」
俺はガノンに隷属の印の形状をイメージで伝え、そして、きっちりと念を押す。
「何度も言うが、決して映像を俺に中継するなよ。例え俺が見たいとか思っても、断じて無視しろ。あの形状のアザを見つけたら、その位置だけをここに示すんだ」
俺は、適当なところからローグに失敬させた羊皮紙を示した。
そこには、俺が描いた正面と後ろ姿の人体図らしいものがある。
ガノンの『眼』が義妹達の身体を観察している間、俺はその下手くそな人体図を眺める事にしたのだ。
もし、彼女達に隷属の印があった場合、ガノンは俺の視覚に映る人体図に、その位置を示すと言う段取りだ。
その気になれば、ガノンを通して禁断な桃源郷を目の当たりにする事が可能なわけだが、俺は理性を振り絞って、それらの映像情報を感覚共有から遮断するように厳命した。
偽善と言わば言え。
少なくとも、俺は義理の妹相手に出歯亀な真似はしない。
まぁ、それ以外の女性が対象であれば、少しは見ても……いやいや、いかんいかん。エレオノーラさんの、あの下着の光景だけでも、思い出すたびに悶々とするのだ。
ネットやら本などで、もっとモロな画像や動画は見たことはあるが、やはり生の迫力は圧倒的……って、忘れろ、俺。
ともあれ、俺は自分なりのルールを言い含めると、秘密通路の隙間にスライムを押し込んだ。
ガノンはにゅるりと隙間に入り込み、しばらくして、到着した旨を知らせてきた。
(くぅ、正直言って羨ましい。あ、いやいや、そんな事を考えちゃいけない)
俺の葛藤をよそに、ガノンは言いつけ通り視覚映像を感覚共有から遮断してしていた。
そうした中、ザガードの聴覚に麗香達の声がキャッチされた。
観察対象が浴室に入って来たのだ。
「しかし、見事よねぇ。美穂ちゃん、それだけ大きいと肩が凝るんじゃない?」
これは由美の声か。
いっしょに入って来たようだ。
召喚する時にいささか揉めたわけだが、今ではすっかりとわだかまりは無くなったみたいだ。
「ええとぉ、由美さんも人の事は言えないと思うのだけど」
「あー、あたしは浩志にさんざん揉まれたからねぇ」
くっ、相沢のやつめ、何と言う不純な。
その後も、由美の感心したような声が聞こえる。
美穂の爆乳ぶりもそうだが、麗香は黄金律な形だとか、鈴音は引き締まっているとか。
つか、妹達の身体について、妙に具体的な描写をするんじゃない。これでは覗きにならないように視覚情報をカットしている意味が無いじゃないか。見えない分、余計に妄想をかき立てると言うべきか。
「ザガード、聴覚を遮断しろ。それと、ガノンの方は由美も観察対象に加えるんだ」
俺は剣牙狼もどきとスライムに新しく指示を出すと、手元の人体図を眺めた。
しかし、これで見つからない場合は、裸でいても見えない場所までを探さなきゃいけないと言う事になるだろうか。つまり、剥いたり広げたりしないといけない場所とか……。
などと悩ましい思惟を重ねていると、手元の人体図を見ている俺の視覚に、ガノンからの反応があった。
まず、太股の付け根に当たる場所に、由美を示す赤い矢印が現れた。次いで、紫の矢印がお尻、緑の矢印が右の乳房を指し示した。紫は美穂、緑は鈴音だ。
「っっ! 美穂と鈴音にも隷属の印が……」
一瞬、本当かどうか、自分でも確かめたいと言う気持ちが沸いてくるのを必死で押さえ込んだ。
ガノンの『眼』に見間違いは無い。直接の性能こそローグには劣るが、取り込んだ映像を解析する能力は、俺など及びもつかないレベルにまで達しているのだ。
スライムのくせに。
「まぁ、麗香には見当たらないのが、救いと言えるか」
なかなか白い矢印が現れないのを確認して、俺が息をついた瞬間、まさにその白い矢印が現れたのだった。
股間の真ん中――鼠蹊部と言うか会陰部の辺りを指し示している。ガノンがどうやってその部位を視認したかは、深く考えない事にした。
なにより重要なのは、義妹達全員に、隷属の印が刻まれていると言う事実だ。
田原も含めると、七人の〈勇者〉のうち、五人までがあるのだから、残りの相沢や郷田にもあると見るべきだろう。
◇◆◇
秘密通路から部屋に戻った俺は、かなり長い間呆けていたようだ。気がつくと、召喚したままにしていたヴァルガンが、持ち込んだ蔦で卓を編み上げたところだった。
悩んだ俺は、藁にもすがる思いで、使役獣の中でもっとも人型に近い大鬼もどきを召喚して、隷属の印について相談してみたのだ。
ヴァルガンも頭をひねって「うが」とか「ぐぅう」とか唸っていたが、こいつの知識に隷属の印に該当するものは無いようだった。
まぁ、俺も、どだい無理な要求だと言う自覚はある。
ともあれ、こうなればエレオノーラさんを問い詰めるしか無いか、とも考えたが、一方で無駄と言う気もする。
じつのところ、彼女が隷属の印を刻んだとして、色々と辻褄の合わない事が多すぎるのだ。
「そもそも、〈勇者〉の召喚て何だ、というところからだよな」
召喚師の端くれとして、通常行う、異界からのモンスター召喚とはだいぶ異なるらしいところは何となくわかる。
俺はエレオノーラさんが見せてくれた召喚術……魔力に絡め取られ、隷属の印を刻まれるまで憤怒の声を上げていた飛龍を思い出した。俺達が召喚された時は、あんな感じではなかった筈だ。
あるいは、隷属の印を刻まれた時に記憶を操作された可能性まで考えてみたが、そうすると、隷属の印が無い俺の記憶はどうなんだ、と言う話になる。
「これは何にしても情報がなさ過ぎだな」
不本意ではあるが隷属の印の件は、必要な情報が揃うまで保留にするしかない。現実問題として、今の俺がいくら悩んでも始まらない。
それに、さしあたっては、隷属の印によって麗香達の身に危害が及ぶ可能性は低そうだ。
もし、絶対服従を強制されると言うならば、美穂などはとっくに神官長の毒牙にかかっているところだが、さいわいな事に、そんな様子は見られない。
まぁ、ちょくちょく義妹達の様子を見る必要はあるが、それ以上の事はできそうもない。
「そうなると……あっちの方を先に検討するか」
気分転換をかねて、俺は飛龍もどきをつかった攻撃手段について検討する事にした。
相沢の冷凍系と言うか氷結魔法を見て思いついた、高高度からの爆撃……と言っても、爆弾があるわけではないのだが。
もっとも、爆弾などでなくとも、ある程度の高度を確保できれば、自由落下によって地表に激突する位置エネルギーは、それだけでかなりの破壊力がある。
某アニメに出てくるコロニー落とし――SFなどで言う質量兵器は極端だとしても、高層階のベランダから落ちた植木鉢が、たまたま通行人に命中した悲惨な事故とかは割合に聞く話だ。
そして落ちてきたのが鋭利な刃物だったら、どれだけの打撃力になるか。
「刃物を落とすって言うと、ギロチンみたいだな」
少し横道にそれた話になるが。
断頭台と言うイメージから、ギロチンによる処刑は残虐なイメージがある。
しかし、じつのところは、受刑者に必要以上の苦痛を与えないと言う側面を持つ、人道的見地から発明された処刑道具なのだそうだ。
それまでの斬首は処刑人の腕前に依存するところが大きく、下手な処刑人に当たると、首がちょん切れるまでに手間がかかって結構悲惨な状況だったとか。
当時のフランスあたりでは、技量の高い死刑執行人を雇うことができる裕福な受刑者はともかく、そうでない場合は首を何度も斬りつけられる、残酷かつ多大な苦痛を伴う光景が展開されたとか。同じ斬首刑に処せられるのでも、資産による格差があるのはお国柄と言ってしまえばそれまでか。
ともあれ、ギロチンに使われていたような巨大な刃物は調達もできないし、俺の魔力を上乗せしても、飛龍もどきのペイロードを軽く凌駕するのは間違い無い。
それが可能であれば破壊力は絶大だとは思うが、直近の討伐対象である小鬼には明らかなオーバーキルだろう。
「そうだな。短い槍みたいなのがあればいいかな」
本物のギロチンみたいな重量物は論外としても、自由落下によって位置エネルギーを運動エネルギーに変えるのだから、ある程度の自重はあった方がいい。
冒険者ギルドの指南書によると、小鬼は群れる習性があるそうだから、対処する方もそれなりの数を用意する必要がある。
他にどんな用語が妥当かがわからないので、敢えて「爆撃」と表現するが、一回の爆撃での効率を上げるとすれば、束にした槍を落とす手もある。その束を落下中に解ける程度に結わえれば、「槍が降ってくる」と言う状況が、たとえ話ではなく実現する事になる。
すなわち、数で押してくる小鬼に対して有効な、面での制圧が可能になる筈だ。
前提として、それだけの槍を何とか都合する必要があるが、これは見通しがついている。物置部屋のひとつに修理待ちだったと思える折れた槍などが大量に置いてあったのだ。
穂先なんかも欠けたり、錆び付いたりしていたようだが、これは研げば何とかなるだろう。最悪、そのままでも、自由落下による勢いがあれば、十分な殺傷力は期待できる。
「殺傷力……か。我ながらずいぶんと物騒な考え方になってきたな」
ふと、そんな考えが浮かんだ。
この世界における魔物と化したとは言え、仮にも相手は人型をした生き物である。
鹿や狐、鳥などは狩ると言う感覚だったし、斑土蜘蛛は退治すると言う方が近かったので、あまり忌避感は無かった。
だが、ある程度知性のある小鬼に対してはどうだろう。
躊躇いなく、使役獣達に殺せと指示できるだろうか。
いや、そもそもだが。
俺の目の前で、再びレース編みを始めた大鬼もどきは、小鬼を相手にする事をどう考えているのだろうか。同じ鬼族のようなんだが。
そんな疑問に即座に答えるように、冒険者ギルドの指南書に書かれた解説が思惟に割り込んでくる。物理の参考書を読んでいるガノンの、絶妙のフォローだ。
その解説によれば、鬼族、龍族と言うくくりは人間側にとっての区分であって、例えば、小鬼と大鬼では全く異なる種族なのだそうだ。
たとえば、ライオンと虎は共にネコ科だが、お互いに仲間意識などは皆無だろう。それと同じ事なのだ。
だから、その時になってみないと分からない話だが、ヴァルガンが小鬼に対峙した時、おそらくは躊躇するような感情は沸かないだろう。
あるいは、同族嫌悪に近い感情を抱くかもしれない。
俺は、首をひとつ振ると、とりとめの無い方向に伸びた思索を打ち切って、再び飛龍もどきによる攻撃手段の検討を再開したのだった。
ところで、手が空いたら編み物とかを始めるというのは、大鬼として、どうなのだろうか。
暇になると数学の参考書を読むスライムと言い、俺が召喚する連中は、どうも斜め上な傾向があるかもしれない。