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第12話 たった一人の魔物退治

 相変わらず放置プレイは続行のようだったので、俺は今日もピクニックを敢行する事にした。

 昨夜遅くに雨が降ったようだが、現在は上天気のようなので無問題だ。

 出かける前に周りの物置部屋をあさり、水筒と荷袋を拝借すると、さっさと秘密通路に潜り込んだ。

 今日はヴァルガンに弓矢を使わせるつもりで、弓も忘れずに携帯した。

 可愛げの無い大鬼もどきと思っていたが、俺の中ではヴァルガンの株は急上昇である。

 もっとも、それは他の使役獣にも言えた。

 例外なのは七番目のあいつだけである。

 グランボルグと名乗ったリビングアーマーらしいモノは、あれから俺が呼びかけてもいっこうに応える気配が無い。

 危急の時云々とか言っていたから、通常は出てこないと言うことだろうか。

 まぁ、あんなやつに傍らで突っ立たれても鬱陶しいだけか。


 例のお堂から外に出た俺は、さっそくに矢を造る。正確に言うと、ヴァルガンに造らせたのだが。

 俺には狩猟具関連の知識は無いが、鬼族のヴァルガンにはそのあたりのノウハウが豊富なようなので、命じれば済むあたりは楽で良い。

 矢自体は木の枝を削れば良いとして、矢羽根はどうしようかと考えていたら、目の前にローグが舞い降りてきた。

 そのかぎ爪からは、上空で仕留めたらしい鳥がぶら下がっている。

 今日の昼飯はこれで決まりだ。

 昨日の鹿肉は、まだ残っていたが、干し肉にすべく、厨房からくすねてきた……いや、ローグに調達させた塩や胡椒を振って部屋の中にぶら下げている。

 とは言え、昨夜と朝で、そこそこの量を食べてしまった。

 使役獣を長時間に召喚したままと言うのは、非常にエネルギーを消費するようだ。

 魔力も消費したようだが、トリュフもどきのおかげでMPは完全な感じだ。

 あれはカロリーはさほどでも無いようだが、消費した魔力の回復には抜群の効き目があるようだ。むしろ魔力が増えているような気もする。

 気のせいか肌つやも良いように思えるし、体力も充実している。

 鹿の毛皮を敷いたおかげで、ベッドの寝心地が改善されたと言うこともあった。

 だが、もう少し柔らかい方が良いので、今日は毛皮の入手が目的でもある。

 例の冒険者ギルド発行の指南書ガイドブックによれば、昨日仕留めた鹿は矢車鹿と言う種類らしい。

 ちなみに、ローグが捉えた雉のような鳥は王鳥という呼称がある。

 偉そうな名前だが、その美味な肉から『食の王』と呼ばれるところに由縁があるそうだ。

 こうした知識がすらすら出るのは、じつはガノンのおかげだ。

 知識欲旺盛となったスライムは、自前の眼でもって、昨晩のうちに結構な厚みのある指南書を始めとする文献を読破したようなのだ。

 俺は、その知識を共有していると言う次第だ。

 ガノンはそれだけでは飽き足らず、俺が召喚された時に手荷物として持っていた数学の参考書をえらく気に言ったらしく、思惟の中でやたらと微分積分などの複雑な計算式を繰り返し紐解いているのが伝わってくる。

 使役獣の中で、一番原始的に見えるスライムのガノンが、実は一番に知能が高いのかもしれない。

 いささか情けない話だが、俺よりも賢いのは確かだろう。

 俺は未だに微分の問題が苦手だし、そもそも数学とか物理には興味すら持てないのだから。


 ヴァルガンが王鳥の羽根と拾ってきた木の枝で矢造りを始める中、その他の連中も各々行動を始めた。

 ドレイグは日向ぼっこ……いや、光合成か。

 ローグとザガードは森の中に入り、毛皮を取るのに向いた動物を探し始めた。

 水棲系のグロムは短剣以外にも何か見つからないか、泉の底を泳ぎ回っている。

 俺もドレイグに倣って日向ぼっこでもしようかと思ったが、昨夜に降った雨のせいで地面がかなりぬかるんでいる。

 これでは、腰を下ろしたり、寝転がるわけにもいかない。

 しょうがないのでお堂まで戻る事にしたが、石畳の上は固くて冷たいので、長く座っていると痔になりそうだった。

 困ったもんだなー、と考えていると、ヴァルガンが何かを運んできた。

 それは、森の中で伐採したと思われる蔦を編んで造った座椅子だった。


「へぇ。これ、お前が造ったのか?」

「うが」


 俺が問うと、ヴァルガンがうなずく。

 鬼族らしいワイルドな材料だが、しかし、その造りは精密なまでしっかりしているし、編み目はずいぶんと繊細だった。

 いやいや、実に器用なものだ。

 蔦だけではなく、ドレイグの触手も適当に織り込んであり、そこそこに弾力のある椅子に仕上がっている。

 座り心地は申しぶん無い。


「よくやったぞ。ありがとうな」

「うが」


 俺が礼をいうと、ヴァルガンは少し照れたようだった。


 この日、ヴァルガンは大忙しだった。

 ローグが発見し、ザガードが仕留めた何匹かの金尾狐と言う獣の毛皮を加工した。

 金尾狐の肉は筋張っていて人間の食用には向かないので、これは使役獣だけで平らげた。

 俺の分はローグが仕留めた王鳥を、ヴァルガンが昨日のように串に打って、ローグのブレスで焼き鳥にしたわけだが、これが昨日の鹿肉よりも美味だった。


「見つけたら、また捕まえてくれ」


 と、俺はローグに頼む羽目になった。それほどに旨かったのだ。

 肉だけでは栄養が偏るので、例によって冒険者ギルドの指南書を元に、そのまま食べられる野草もいくつか見つけた。

 この辺りは、ガノンとドレイグの共同作業だ。

 ドレイグのような毒草系のモンスターが毒草と食用の野草を仕分けるのは、自分の同類か否かを判定していると言ったところだろうか。

 午後になって、そのドレイグとザガードがトリュフもどきを大量に見つけてきたが、それを盛るための籠をヴァルガンが蔦の残りで編んでくれた。

 そうしながら、大鬼もどきは数十本の矢を完成させたのだから、実に働き者と言えよう。

 ヴァルガンはサイズがサイズなので、矢の長さはさほどでも無いが、その分、太さはそこそこある。

 矢羽根は王鳥のものを使い、鏃としてドレイグの棘を植え込んでいる。

 ヴァルガンが、これを弓につがえて適当な樹木に向けて放ったところ、矢の半分くらいがめり込んでしまった。

 かなりの威力である。

 ちょうどその時、ローグが黒曜貂と言う、これも毛皮を取るのに良い獣を発見したところだった。

 すぐさま仕留めようとするザガードに、俺は待ったをかけた。


「ヴァルガンの弓矢の標的にちょうどいい。こっちへ追い込んでくれ」


 俺の指示に従い、ザガードは黒曜貂を追い立ててきた。

 ミニサイズとは言え、そのうなり声は本物の剣牙狼とほとんど同じだったらしく、黒曜貂は必死で逃げてきた。

 その姿がヴァルガンの視界に入った瞬間、大鬼もどきの弓から放たれた太い矢が黒曜貂の眉間を貫いた。


「見事」


 俺は思わず拍手した。


 ヴァルガンが黒曜貂の毛皮をなめした頃にはいい時間になっていたので、俺達は再び部屋に戻る事にした。

 ちなみに、黒曜貂も食用には向いておらず、ドレイグの毒が回っている可能性があるので、こちらは穴を掘って埋める事にした。。

 直接の肌触りは黒曜貂の方が良いが、金尾狐の方が柔らかく弾力があるので、ベッドに敷くのはこちらにしよう。

 今回も色々と増えたアレコレを荷袋に入れ、蔦で編んだ座椅子を持って返ろうと持ち上げた瞬間、ローグから警報混じりの感覚が伝わって来た。

 飛龍もどきが、上空から魔物を見つけたのだ。



    ◇◆◇



 部屋に戻った俺は、ローグが発見した魔物をどうするかを考えた。

 それは斑土蜘蛛マーブル・スパイダと呼ばれる魔物だった。

 冒険者ギルドの指南書には、全長四メートル、長い八本の足を広げると十メートルにも及ぶ巨大な蜘蛛との記載があった。

 その巨体もさることながら、厄介なのは粘着性のある糸を放つところだろう。まぁ、蜘蛛だから当然だが。

 八つの眼はローグほどでは無いが、感度が良く、二百メートル以内に動くモノがあれば、見境無く襲いかかる性質を持っている。

 通常は人間の入れないような険しい樹海の奥深くを住処としており、過去、この魔物の犠牲になった一般人は皆無に近い。

 例外として、そうした樹海を探索する一部の冒険者が挙げられる程度である。

 つまり、こちらから手間暇をかけて手出しをしない限りは無害と言っても良い魔物なのだ。

 王宮との間は険しい地形に遮られる為、本来であれば、放置していても問題はなかっただろう。

 俺としても、そいつが、大人しく動かなければ問題は無かった。蜘蛛と言えば、巣に獲物が来るのを待ち構える性質なので、あまりうろちょろするようなものでは無い筈なのだ。

 しかし、こいつは巣を作るのに最適な場所を探しているようで、徐々に移動しているのだ。よりによって、あのお堂のある場所に向かって。

 移動速度を考えると、数日後には到達するものと思われた。

 あそこは泉もあるし、何よりも、お堂がこいつの巣にぴったりな大きさなのだ。

 このままだと、あそこからの出入りは出来なくなってしまう。

 いまや、俺にとっての憩いの場であり、絶好の狩り場でもある場所を斑土蜘蛛マーブル・スパイダに譲る気にはなれなかった。


「これはもう退治するしかないな」


 俺はそう決めたが、〈勇者〉や騎士達は小鬼討伐へ向けての編成やら訓練の真っ最中だ。

 そもそも、こんな事を相談すれば、俺がこっそりと宮殿の外へ出入りした事がバレてしまうわけで、それはまずいようにも思えた。つか、監禁放置されている身の上では、相談するどころではない。

 となると、俺達の手で斑土蜘蛛マーブル・スパイダを退治するしか無いのだが、それが可能だろうか。

 俺は手持ちの戦力を考えてみた。

 まず、ザガードでは無理だろう。

 剣牙狼もどきがいくら俊敏だとは言え、大量の糸による面の攻撃をされれば、一発で終わりだ。

 何より、あの短剣では、斑土蜘蛛マーブル・スパイダに傷をつけられても仕留めるのは無理だ。いささか刃渡りが不足してるのだ。

 ローグも同様である。

 飛龍もどきのブレスもどきでは、射程距離に問題があるし、当たっても多少焦げるかもしれないと言うところだ。

 斑土蜘蛛マーブル・スパイダも全身に毒を持っているので、ドレイグの毒が通用するかも疑わしい。

 スライムのガノン、水棲系で角鮫もどきのグロムに至っては論外だ。

 そうなると、やはり、大鬼もどきのヴァルガンが頼りと言うことになる。

 要するに弓矢による、斑土蜘蛛マーブル・スパイダの探知圏外からの狙撃と言うことになるのだが、二百メートルと言う距離が問題になる。

 ヴァルガンの豪腕をもってすれば威力に問題は無い筈だが、こいつの眼では狙いが難しい距離でもある。

 それだけの距離があれば風向きの影響もあるだろうし、あと湿度も影響するのかな。

 もし、急所を外した場合、こいつは矢が飛んできた方向に敵がいると見なして、即座に移動してくるだろう。

 森林の中と言うステージなので、全長四メートルの巨体には障害物が多い筈だが、それでも八本の長い足は、ザガードほどでは無いにしろ、そこそこに素早い動きをするらしい。

 ヴァルガンの方は、お世辞にも俊足とは言い難く、コンパスの違いもあるので、あっさりと補足されてしまうだろう。

 そうして、こいつの糸の射程に入ってしまえば、大鬼もどきに勝ち目は無い。

 果たして二の矢をつがえる時間があるかどうかも微妙なところだ。

 こいつの糸がまた厄介で、刃を通さないし、対魔法アンチマジックな性質も帯びているようなのだ。


「要するに、ヴァルガンの弓矢の腕にローグ並みの視力があって、ザガード並みの嗅覚や聴覚も持っていて、湿度や風の動きを捉えて、適宜に修正を行える弾道計算能力がないと無理……」


 そこまで口に出して、俺はハタと気がついた。

 できるじゃん、それ。



    ◇◆◇



 翌日、ローグを先行させて斑土蜘蛛マーブル・スパイダの所在を確認すると、お堂から五百メートルの位置にまで移動していた。

 そこで獣か何かの獲物を捕らえたようだった。

 斑土蜘蛛マーブル・スパイダは食事に時間をかけるので、時間的な猶予は充分にある。

 俺はお堂の場所に出ると、ヴァルガンに二百メートル先の目標に向かって何回か試し撃ちをさせてみた。

 その試射の一部始終を感覚の共有によってガノンに中継する。


「覚えたか?」


 と俺が尋ねると、スライムはうなずくように、ぷるりと軽く身震いした。

 斑土蜘蛛マーブル・スパイダが食事を終えるまでの、身動きしない今が絶好のチャンスだ。


「いくぞ」


 俺はヴァルガン達を引き連れて、斑土蜘蛛マーブル・スパイダの探知圏外ギリギリまで移動した。

 うっそうとした森の中は、木々の枝や葉が生い茂り、視界が極端に悪い。

 ヴァルガンの肩に止まったローグの視力は、そんな茂みの隙間を縫うようにして、二百メートル先にいる斑土蜘蛛マーブル・スパイダの姿を捉えていた。

 ザガードの嗅覚は湿度を測り、その耳は空気の動きを的確に捉えている。

 それらの感覚を数値化して計算しているのはガノンだった。

 微分積分、幾何学や図形問題を幾度も繰り返し計算したスライムは、コンピュータ並みの計算速度を備えるに至っていた。

 矢をつがえたヴァルガンに眼を閉じさせると、ローグの視界を中継してやる。

 そして、数値計算した風向きや湿度などの諸々のパラメータをヴァルガンの感覚へとフィードバックする。

 それらは、斑土蜘蛛マーブル・スパイダを映すローグの視界に、サークルや三角形の照準として認識された。

 俺と言う存在を媒介として、飛龍もどき、剣牙狼もどき、大鬼もどき、スライムの四体の使役獣が、あたかも一個の狙撃兵スナイパーと化した。

 サークルと三角形の二つの照準が目標に重なった瞬間、俺は心象にある引き金を絞り、ヴァルガンの弓から矢が放たれた。

 そして、その矢は、狙い違わず斑土蜘蛛マーブル・スパイダの上顎――鋏角の間にある急所を貫いたのだ。


「ミッションコンプリート。やったぜ!」


 俺は思わず拳を振り上げて叫んでいた。


 斑土蜘蛛マーブル・スパイダの体からはいくつかの素材が取れる。

 その中で、もっとも有益なものは、糸の原液が詰まった器官だろう。

 ヴァルガンは針葉樹の葉を、その器官に突き刺し、一筋の原液を引き出すと、木ぎれを組み合わせて造った糸巻きのようなものの隙間に入れ込んだ。

 そして糸巻きを廻すと、それにつれて引き出される細い原液が、空気に触れて糸になり次々と巻き取られていく。

 原液の具合を見ながら均質な糸となるように糸巻きを廻す速度を調整する手さばきは、かなりの熟練工と言った様子だった。

 鬼族のノウハウなのだろうが、それにしても多種多様な技能の持ち主だ。

 外れなんて言ってすいませんでした。

 思わず俺は謝ってしまった。


「うが?」


 ヴァルガンは糸を巻く手を休める事なく、そんな俺を不思議そうに見て、小首を傾げていた。


 結局、斑土蜘蛛マーブル・スパイダからの糸取りを終える頃には、だいぶ日が暮れてしまっていた。

 ロール紙のように巻き取られた光沢のある糸が、数百個分にもなった。

 元の世界では、ジョロウグモが糸を連続して最高およそ700メートル分出した記録があるそうだが、その十倍はあるようだ。

 あの巨体を考慮しても、常識外れな量である。

 さすが、異世界の魔物と言うところか。

 部屋に持って返るにも多すぎるので、大半は秘密通路の出口付近に積んでおくしかない。

 さて、斑土蜘蛛マーブル・スパイダの糸を手に入れたのは良いとして、これを何に使えば良いのだろう。

 などと考えていたら、ヴァルガンが木の枝を適当に削って編み棒のようなものを造ると、巻き取った大量の糸でレース編みまで始めてくれやがりましたですよ。

 いや、確かにそんな事は考えていたけど、本当にできるとは思わなかった。

 どれだけ家事上手なんだ、こいつ。

 俺は感心を通り越して、呆れてしまったのだった。


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