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第9話 召喚の理由

 その朝から、俺の待遇が目に見えて変わった。

 はっきり言うと、格段に落ちたのだ。

 例えば、朝食は、侍女や使用人達専用の場所に案内され、メニューも固いパンと薄いスープだけとなった。

 侍女のセリアは、もともと〈七大の勇者〉、つまり七人分の用意しかないところを、何とかしていたのだそうだが、とうとう、どうにもならなくなった、と説明した。

 どうにも腑に落ちないところがあるので、よくよく聞くと、昨夜の晩餐会を欠席した俺の振る舞いは、予算面を握っている偉い人の、その逆鱗を思い切り足蹴にしたに等しい行為だったようだ。

 つまり、この境遇は、ある意味で自業自得とも言える。

 朝食の後、再び自室に戻ると、セリアが済まなそうに言った。


「申し訳ございません。仕事が済み次第戻りますので」


 俺専属の侍女だった筈だが、どうやら掛け持ちで別の仕事も命じられたそうだ。セリアは何度も頭を下げながら、扉を施錠した。

 異世界から来た俺たちは、現状、一人で勝手気ままに出歩く事は許されていない。他の〈勇者〉達の部屋は知らないが、俺に割り当てられた部屋は外から施錠するようになっているのだ。

 俺はため息をつきながら、ベッドに腰掛けた。

 この部屋はかなり高い所に明かり取り用の窓があるだけなので、これは事実上、監禁されたと言っても良い。まぁ、使えない召喚獣しか呼べない役立たずと言う自覚もあり、他の連中と顔を合わせる気にもなれずに一人で居たかったので、この状況は、むしろありがたいとも思った。

 それに、こう見えて、俺は引きこもり上等な資質に恵まれた男なのだ。

 休日に自室から一歩も出ずに、ぼーっと瞑想して過ごすスキルは達人の域にまで極めている。

 母さんは嘆いていたけど。


「でも、今日は、俺達が召喚された事情の説明があるって言ってなかったか?」


 どうやら、俺にはその説明もしてもらえないようだ。まぁ、後で麗香あたりに教えてもらえば良いか。

 やることもないし、召喚獣相手に暇でもつぶすかと考えて、ふと思いついた。

 魔法陣を取り出して床に置くと、召喚獣を二匹呼び出した。


「ローグ、ザガード。出てこい」


 飛龍もどきと剣牙狼もどきが、魔法陣からひょこひょこと出てくる。

 俺は剣牙狼もどき(ザガード)に意識を向けると、思念を集中してみた。

 途端に、遠くの様々な音が聞こえてくる。

 剣牙狼の眼はさほどでも無いが、聴覚と嗅覚はかなりのものらしいと文献にあったので、飛龍もどき(ローグ)との視覚共有みたいな事ができないかと試してみたが、うまく言ったようだ。

 そして、ローグにザガードを掴ませて、飛ばしてみる。

 飛行型モンスターは、鳥が羽ばたきによって飛ぶのとは異なり、魔法的な原理で空を飛ぶ。

 まぁ、そうでなければ、本物の飛龍があの巨体を浮かせるのは不可能だろう。

 羽ばたきの動力となる筋肉は、それ自体の重量がある。その為、鳥類は身体のサイズに上限があると何かで読んだ記憶があるのだが、とりあえず、それはどうでも良い。

 ローグは自分と同じ大きさのザガードを持ったまま、あっさりと宙に浮いて見せた。

 強靱な爪に捉えられたザガードは、頑丈な毛皮のおかげで痛みを感じている様子はなかったが、宙に浮いている状態には落ちつかない風情だった。

 ザガードには悪いが、このまま明かり取りの窓から、外へ出て貰う事にする。

 鳥類は地上の獲物を上空から見つける為に、極めて優れた視力を持っているが、その点は飛龍も同様のようだ。

 つまり、このローグとザガードの組み合わせは、言うなれば超高性能のカメラとマイクを備えた、生きたドローンと言うところだろう。

 ちっこいサイズだし、それなりに高度を取れば、他の人々には見つからない筈だ。

 欠点としては、マイクの感度が良すぎて、不要な雑音まで拾ってしまうところだろうか。

 ローグの視界をしばらく眺めていると、騎士団長のルトガーが普段着姿の〈勇者〉達を引き連れて、ある部屋に入るところを廊下の窓越しに見つけた。

 その部屋には天窓があったので、ローグ達をそこへ移動させ、中の様子を伺うと、宰相として紹介された老人が、席に座った〈勇者〉達に何事かを語りかけ始めていた。

 ザガードの聴覚越しに、俺もその会話を聞くことになる。


「既に見知っておいでかと思いますが、〈勇者〉の皆様にはあらためてご挨拶申し上げる。このアンベルクで宰相を務めますマインラートですじゃ。そして、こちらはアンベルクにおける知識の府たる学術院の長トビアス殿じゃ」

「トビアスです。〈勇者〉の皆様、今後ともよろしく」


 宰相から紹介された、もう一人の老人が軽く頭をさげる。

 昨日、麗香が色々と質問したので、二人がかりで対応しようと言うことだろう。


「なお、コウイチ殿は気分が優れぬと言う事で、自室でお休み頂いております」


 ルトガーがぬけぬけと言う。

 確かに、彼の言う事は正しい。

 たった今、非常に気分が、っつーか、機嫌が優れなくなりましたですよ。


「まずは、このアンベルク王国の説明を致しますじゃ」


 宰相がすました表情で説明を始めた。

 だが、領土の広さが云々、この宮殿のある王都がどうこうと、口頭で一方的に喋るだけなので、聞いているほうはさっぽり判らない。

 それは〈勇者〉達も同じようで、相沢や由美、郷田は退屈な授業を聞いている学生のように眠りこけている。

 教師の中にもいるんだが、解らせよう、聞かせようとする工夫が皆無である。

 国土とか地理を説明するなら地図くらい見せれば良いのに。


「お待ち下さい」


 さすがに、麗香が口を挟んで来た。そして、義妹達の長女は、眼を閉じて何かを念じたようだった。

 不意に、部屋一方の壁に白く輝くウィンドウが現れ、その中に航空写真のようなものが映った。

 これには眠りこけていた相沢達も、さすがに目を覚ましたようだ。


「上空からの光景を、こちらに転送しています」


 麗香は〈光輝の勇者〉だ。

 その能力は光を従え、光を操ると言われている。

 要するに、この航空写真みたいなものは、上空へ放射されている可視光線を操って、こちらに映しているライブ映像なのだろう。

 ローグとザガードのコンビが偵察用ドローンだとすると、麗香の能力は軍事偵察衛星と言うところか。

 音声を拾える点だけはこちらの強みだろうが、スケールとか情報の共有と言う面では、とてもではないが〈光輝の勇者〉に及ぶものではない。さらに映像の拡大、縮小が自在なところは、グーグルアース並みである。

 このような光景は始めて見るのだろう。

 宰相や学術院長、そして近衛騎士団長はあんぐりと口を開けて、眼を丸くしている。


「なるほど、ここが宮殿か。そうすると、こちらがクリスト伯爵の……やや、これは鉱山ではないか。そんな報告は受けておらぬぞ。ぬぬ、こちらのダンクマール子爵領の耕作地は、提出された資料の、少なくとも二倍はある」


 その『航空映像』に最初は感嘆していた宰相閣下だが、貴族達が税金逃れの為に隠したり、数字を誤魔化している証拠を次々と目の当たりにして興奮状態である。

 てか、国土や地理を教える筈の宰相が、正確な地理を教えられてどうするんだ。


「ううむ、貴族どもめ。これほどの資産を隠し、誤魔化しているとは。どうしてくれようか」

「宰相閣下。不正は正さねばなりませんが、やり方は考えませんと。これほど数が多くては摘発するのも一苦労です。それに、あまり強引にしますと、貴族達を敵に回し、下手をすれば内乱が起こりますぞ」


 怒りに震える宰相へ、学術院長が宥めるように言う。


「む……確かに。それに、下手にこれらを公にすれば、〈光輝の勇者〉にも危害が及ぶのう」


 隠し事を明らかにされる能力と言うのは、貴族達には厄介でしか無いだろう。

 あるいは、暗殺者を送り込まれる可能性もある。

 宰相が自戒するようにそう言うと、郷田がニヤリと笑った。


「へへ。暗殺者がいくら来ようと、この〈冥闇の勇者〉を出し抜けるものかよ。だから安心していいよ、麗香ちゃん」


 馴れ馴れしい郷田の言葉に、麗香は無表情のまま一瞥しただけだった。

 確かに、暗殺と言う手段については、〈冥闇の勇者〉の方に分があるだろう。

 だが、〈光輝の勇者〉がその気になれば、暗殺者に対抗するのは難しく無いように思える。

 光を操ると言う事は、視覚を操ると言う事でもある。

 たぶん、麗香は光学迷彩のような能力も持っているのではないだろうか。


「まぁ、貴族達への対処は陛下とも話し合われた方が良いと思います。ともあれ、こちらが知っていると言う事実は、それだけで充分な武器になるかと」

「うむ、学術院長の言われる通りじゃな。それにしても〈光輝の勇者〉のお力は素晴らしい」


 政治に限らず、正確な情報の収集、及び伝達は、組織にとって何よりも重要なものである。

 〈光輝の勇者〉の能力は、組織運営において絶大な価値を有すると判断されたようだ。


「ああ、うむ。アンベルク王国の国土に関しては、儂から教える事はあまりなさそうじゃな」


 宰相は咳払いして、気まずさを誤魔化すように言うと、王国の制度に関して簡単に説明した。

 国王が統治するアンベルク王国は、宰相が兼任する内政を司る国務卿、財政を司る財務卿、外交を司る外務卿、軍事関係を司る軍務卿の、四大臣を柱とする政治体制で運営されているのだそうだ。


「財務卿オットーは、昨夜の晩餐会で会われましたな。軍務卿を兼任するジークベル将軍には、この後引き合わせましょう。外務卿エグモントは……」


 宰相はそこで言葉を切り、学術院長の方を見やった。


「これから学術長の説明する、かの〈禍神の使徒〉への対応を協議する為、陛下の名代として隣国であるプレニツァ王国へ出向いております」


 そして、学術院長トビアスが、宰相の後を引き取るように発言した。


「では、私の方から〈禍神の使徒〉について、語らせて頂きましょう」


 俺達が召喚される羽目になった、その原因が明らかにされようとしていた。

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