宰相様の憂鬱・その2
精霊のように可愛い。いつもは暗めの色調を好む娘だが、本日は仮縫いが終わった白いドレスを着た姿だ。やはり婿殿の本性を全部暴いて結婚式は止めさせようか…。そうだ。止めさせよう。
「メリッサ…実は…」
「貴方?…分かってらっしゃるわよねぇ?」
後ろから艶やかな声が鋭く私の言葉を制止する。振り返ると妻が妖しげな微笑みを浮かべ近付いてくる。
「実は…何ですのお父様?」
目の前の娘は可愛らしく目を瞬かせた。
「何でもなくてよ、メリッサ。お父様は気にしなくて大丈夫です」
「そうですの?」
「えぇ…それにしてもよく似合っているわね。どこか苦しい所はなくて?」
全く自分を気にせずに母娘ふたりの会話が繰り広げられる。ひとり置いてきぼりな感じとなり寂しい。
娘を改めて見ると幸せそうに笑っている。ドレスは残念な事に王太子が用意した。幾重にもなるレースは小花の模様になっており少女らしく見える。ウエディングドレスなので純白だと思っていたが、ほんのり桃色の生地が透けてみえる。その様は中心が紅色に染まった白薔薇によく似ていた。悔しいがメリッサによく似合う。普段気が強くみえる娘が年相応の愛らしい女性に見える。きっと王太子は娘の性格も見え方も分かっているのだろう…本当に悔しいが。
いつかは奪われると分かっている。幼い頃『お父様とけっこんする』と舌っ足らずで言っていたのが遠く感じる。小さい頃から融通の聞かない娘だった。多分気性は私に似たのだろう。芯の強さは妻によく似ていた。
出来る事なら娘を王妃にはしたくない。国を背負わせたいと思う親などいないだろう。しかも相手は食えない性格をした王太子だ。確かに国を掌握する能力は認める。けれどどこか信用ならない。
「お父様」
「…なんだい?」
「これ…レイナード様からお父様にって。えっと…どうしてこれなのかしら…?」
手元にはメリッサの異名でもある黒薔薇の花が握られていた。
一般的に黒薔薇はあまり好まれない花である。それは花が持つ色合いもあるが、それに合わせた意味合いも大きな原因のひとつだろう。
『貴方はあくまで私のもの』
『憎しみ、恨み』
どちらも娘を貰う者が送る言葉では無いだろう。あまりにも物騒な上、下手すれば私の逆鱗に触れる発言となる。となると…
(なるほどな…)
あまりにも怨念の籠った花言葉が並ぶ為忘れられがちであるが、黒薔薇にはもうひとつ花言葉が存在する。普通であれば赤い薔薇を送れば済むことであるが、赤薔薇では表しきれない想いだと私に伝えたいのだろう。
『決して滅びることの無い愛。永遠の愛』
黒薔薇のもうひとつの花言葉だ。重すぎる想いでも大切にすると誓おうとする王太子の言葉なのだろう。面白くはない。けれど…いつかはお嫁に行くものだ。仕方ないのかもしれない。
「メリッサ…幸せになるのだよ…」
突然の言葉に驚きをみせたものの、恥ずかしそうにう頷く。隣にいる妻を見下ろすと美しく微笑まれた。きっと、彼女の父親も同じような思いをしたのだろうなと今になって思い知る気がした。
…いつか、王太子も思い知るがいい。と心の中で呟いた。