【閑話】男爵様の婚活事情
箸休めみたいな話しになります。
マリルに対してはだいぶアッサリな感じになるので、マリル目線で読んで下さっていた方は回避お願いします。
「あーあ。可哀想にねー。私は全部ご主人様が悪いと思いますよ、本当」
栗色の髪をした小柄な女性は大袈裟な身振りで主人である男爵に話し掛けた。
「エリー…五月蝿い」
不機嫌に形の良い眉を顰めて話すのは彼女の主人であるカーボット男爵だ。先日、養女に迎えていた娘を施設に帰し独り者に戻っていた。
自分が教育を間違えたのは確かで反省はしているものの、マリルの処分は仕方がないものであった。男爵家は先代に爵位を賜った…というよりお金の力でもぎ取った家系である。少しでも隙を見せれば平民上がりがと罵られ爵位を剥奪されるだろう。
自分の代でその様な事は出来なかった。
「マリルちゃん可愛かったのに!!」
「はいはい、暫くはお人形で着せ替え遊びは我慢しような?」
「違うのー」
メイドであるエリーは男爵の乳兄弟である。正確には彼女の兄が同じ時期に産まれ乳兄弟として育った。エリーはその妹で、同時に男爵にとっても妹のような存在だった。
「それでどうするの、ご主人様?」
「何が?主語を言えと前から教えているだろう」
「あー、もーめんどくさ…ゴメンナサイ。えっと…跡継ぎですよ、勿論」
マリルを養女にしたのは爵位を継がせようとしていたからだ。結婚する気がなかった男爵は早めに彼女を引き取り教育をしていた。
「あの…この際だから言いますが…」
「なんだ?」
「跡継ぎは別にして…ご主人様が誰を想っているか…分かってます。どうして告白をされないのかも…身分や色々な所で苦労するかと思って止めていらっしゃるのですよね…でも…良いと思うんです。心のままにでも。私…覚悟は出来てます」
小動物のような瞳でエリーは涙を浮かべながら訴えた。
(君は覚悟が出来ているのか…)
男爵は長い間エリーを想っていた。けれど十歳以上の歳の差に加え、身分差が彼の想いを阻んでいた。産まれた時から知っている娘は溌剌としていて裏表のない性格に物怖じしない気性の持ち主だった。元々は平民の出である男爵には飾り立てた貴族の令嬢よりも、動きやすい服装に身を包むエリーの方がよっぽど魅力的に見えたのだ。
男爵家自体は爵位にそこまで拘りはなく、商売に有利だからという理由で男爵位を手に入れたので平民の娘でも問題はなかったが、彼自身がエリーの自由を奪うのが嫌だった。
けれど…覚悟を持ってくれていると言うならば妻に求めても良いのだろうか。
報われないと諦めていた想いを口にしても良いのだろうか。
「エリー…良いのか?」
今まで彼女に見せた事の無いような真剣な眼差しで男爵は問うた。
「えぇ…」
頬を紅く染め瞳を潤ませるエリーの姿に長年の想いが溢れる。気が付いた時には彼女の頬に唇を寄せていた。そのまま白く陶器のような首筋に唇を滑らせるー
「うわぁーーーー」
パシッッ!!
悲鳴と同時に力一杯の張り手を受ける。
「はぁ!?ご主人様何やってるんですかー!!」
「君が良いと言ったんだろう!!」
「えぇっ!?」
エリーは自分でも叩いた事に驚いているのか手を見つめ茫然としていた。
「告白の覚悟が出来たのではなかったのか?」
「出来てますよ?」
「では…何故殴られるんだ?」
「えっ!?」
エリーは考え込むように下を向くとブツブツと一人言を始めた。顔を見つめていると…最初は青くなり、その後何かに気付いたような表情に変わったと思うと頬を赤らめた。
「あ、あの…もしかして…ご主人様の想い人って…私ですか?」
「はぁ?最初からそういう話だっただろう?」
「えぇー!?そうなんですか?ウソォ…」
そのまま脱力したようで床に座り込む。
「君は誰に告白すると思っていたんだ?」
「いや…あの…噂がありまして…」
「噂?」
「ご主人様の想い人は道理から外れた方だと…男性を好まれていて…私の兄を想っていると…ほ、ほら兄も独身ですし。妹の私が言うのもなんですが中性的な美丈夫だと思うのですよー。それでふたりが目眩く男色の世界を繰り広げていくのではと巷では噂になっていまして…はは…ははは…」
ニッコリと笑みを浮かべ男爵はエリーに詰め寄る。その笑みはどこか妖しく見えるのは気のせいだろうか。
「…エリー?ゆっくりと話しをしようか」
「い、いやー!!」
絶対に逃げられない。エリーは直感で悟った。