初夏の夢
「随分眠そうだね?どうしたのメリッサ」
初夏になろうかという穏やかな日差しの中、ふたりで午後のお茶を嗜んでいた。メリッサにはミルクがたっぷりの紅茶を、レイナードは香りの強いハーブティーをそれぞれ楽しんでいたのだが、いつもはしっかりしているメリッサの瞳がトロンとしている。
珍しい事もあるものだと思いレイナードは声を掛けた。
「いえ…夢見が良くなかったものですから…」
「夢?」
「えぇ。変な…不思議な夢でしたの。ここではない世界の話しで…」
***
変わったカラクリのある世界にいる夢であった。その中でメリッサは『ユウナ』という名前であった。
農民の出で、平民なのだろう。それを誇りに生きている女性であった。
美しい彼女に言い寄る男性はたくさんいたが、興味が持てず独りのまま年頃になっていた。
将来は独りで田畑を耕して暮らそうと思っていたのだ。
しかし、ユウナは運命的な出逢いをする-
ユウナは穏やかな笑顔の素敵な男性に惹かれた。
彼女の芯の強い部分…行き過ぎて気の強いと言われる性格を彼は認めてくれた。
穏やかな彼といる時間は自分らしく居られ、知的な彼の話しはいつもユウナを楽しませてくれた。
きっと、それはユウナの恋であった。
けれど、叶わない恋でもあった。
彼は有名な財閥の御曹司であり、将来は跡目を継がなければならいと決まっていた。
だからユウナは-
***
「少し壮大な夢ですわよね」
レイナードは少し困ったように微笑んだ。
「夢は夢だよ」
「えぇ…そうですわね」
現実感がいくらあろうと夢は夢だ。
「レイナード様、その夢の中で結局ユウナさんは彼を振ってしまわれるの。身分違いだからと…」
レイナードはいつものように首を傾けて続きを待った。笑顔に促されてメリッサは夢の続きを思い出しながら語る。
「…けれど、私はそれは正しいと思えないんですの。だって…理由を色々つけてはいるけれど自分の気持ちは伝えないままでしたのよ…」
「メリッサはそれが気になっていたの?」
「えっと…実は…その『彼』がレイナード様によく似ていて…私ユウナさんでは無いのに悪い事をしてしまった気分になってしまって…」
レイナードは何故か安堵したような…緊張感の解れたような表情を見せた。
「そっかぁ。メリッサはそれが気になって僕に話そうと思ったんだね」
「えぇ。」
「…ねぇ、メリッサ、君がその状況になったとしたらどうしていたと思う?」
「相手がレイナード様だとして…私なら気持ちを話してみますわ。独りではどうにもならない事でもふたりなら解決策が見付かるかもしれないし。何より…私にとっての支えはレイナード様ですもの。一度は暴走してしまいましたけれど…やはり離れるなんて出来ませんわ」
途中から話しているのが恥ずかしくなり、顔が熱くなるのが分かった。慌てて少し冷めた紅茶を喉に流し込む。
「そっかぁ…うん…そうだよね」
嬉しそうに笑うレイナードは初夏の陽気と同じように晴々としていた。
「ちょっと変わった夢でしたでしょう?かなり細やかな夢でしたので…現実の話しでなくて良かったと起きた時に安心しましたわ。レイナード様と別れるなんてあり得ませんもの…」
「うん、それは想像しなくて良いかな…悪い夢は忘れるに限るよ。ただの夢なんだから…ね?」
「えぇ。そうですわね。レイナード様に話してスッキリしましたし…忘れる事にしますわ」
木陰の所為か涼しげな風が吹いた。不思議な事にその風に吹かれていると落ち着いた気持ちになり、メリッサは本当に夢の記憶が消えていくのが分かった。
きっともう思い出す事は無いのだろう。
もうすぐ夏が来る。それが過ぎると秋にはレイナードとの結婚式がある。自分が支えるだけではなく、自分を支えてくれると約束してくれた大切な人とこれからも一緒に成長していけたら良いとメリッサは思った。