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孤高の黒薔薇姫  作者: 咲良 ゆと
番外編
6/17

陽だまり

転生ヒロイン視点のその後です。

好みの分かれる話かもしれません…本編のマリルの話で充分という方は回避お願いします。

何年経っても変わらない。古いものの小綺麗に掃除されている。多分、院長先生が厳しく躾けているのだろう。しっかりと教育をされる方だから…。


(懐かしいな…)


思えば十年も経ってないのだと気付いたのはその時であった。出ていく時は有頂天で二度と戻るものかと思ったのに…。 


古びた扉を開くと少し皺の増えた院長がいた。


「お帰りなさい。外は寒いから早く入って温まりなさい」

淡々と話す姿は変わらない。


…帰ってきたんだ。帰ってきてしまったんだ。



***



知性の欠片も見当たらないと王太子に切り捨てられ、そのまま男爵家にある別宅のひとつに送られた。

幽閉に近い扱いを受けている内に自分が夢見た世界…乙女ゲームの世界に転生したのではないと実感が湧く。


転生はしたのだろう。

でも、ここは誰かに作られた世界ではなく私が生きていかなければならない世界だったのだ。

男爵様に引き取られた幸運を受け留めて貴族社会を学び、家督を継げるようにしなくてはいけなかった。


私は何をやっているのだろう?



最低限しか物が無い寒々しい部屋で独り。

独り…考え続けた。



養子は解消され、噂話も消えたからと元の孤児院に返されたのはそれから更に一年後の事だった…。


夢のような数年間を思い出し、溜め息をついた。



「お前っ!!帰ってきたんだって!?」

激しい勢いで部屋に入ってきたのは幼馴染みであり、近所で商店を営むリィヤだった。


「声大きい!!煩いんだけど」


「全然変わらないなぁ。お貴族サマの所で少しは淑女になったかと思ったのに」

昔からの付き合いの所為か人の心を抉るような事を言ってくる。


「あんたには関係無いでしょ!?人の所まで来てなんなのよ」


「はいはい、悪かったですねー。あっ、そうだ!!院長がチビ達の面倒見ろってさ。俺も手伝ってやるからさ、中庭で遊ばせれば良いだろ」



施設には小さな中庭がある。芝生に覆われ、院長の趣味で四季の花が育てられている。

小さい頃はよくここで遊んだ。リィヤは孤児院に預けられた子ではなかったが親の商店の手伝いで訪れる事が多く、施設に近い歳の子がいなかった私の恰好の遊び相手だった。


木に登ったり、虫を捕まえたり。面白い遊びはリィヤがいつも教えてくれていた。私はかわりに勉強の苦手な彼の家庭教師代わりをしていた。


穏やかな日常だった。

男爵様に引き取られて、乙女ゲームだと思ってからはこの場所で過ごした日々なんて思い出さなかったけれど。


初めて見た貴族社会は華やかな場所だった。

美しいドレスを纏い、本物の花よりも華やかに咲き誇る令嬢達に、艶やかに佇む貴婦人達。

攻略対象だと思っていた貴公子達も勿論、一様に作り物めいた美しさを持っていた。


その中で上手く立ち回っているつもりだった。

実際は空回りしているだけだったというのに。道化のように踊らされて…馬鹿みたい。



身一つで孤児院に戻ってきて初めて懐かしさを覚えた。

全てを失った、寒々しい気持ちは変わらないままだが。抜け殻のような状態から立ち直れず日々を過ごすだけで。




「はぁー、遊び疲れた!!」

そう言うとリィヤは隣にドサリと座り込み、人懐こい笑みを浮かべる。


「お前さー、いつまでそんな顔してんの?」

「はぁ?」

「暗い顔してさ、チビ達にも気を使わせるってダメだろ」


きっと、彼には分からないのだろう。

全てを失った気持ちなど。自分の所為で拾ってくれた人を絶望させて、迷惑を散々かけて…。




「…リィヤには分からないでしょ」


「あのさぁ、良いじゃん、もう忘れろよ」


何でも無い事のようにリィヤは続けた。

「…分かるよ。辛かっただろ」

「えっ?」

「お貴族サマの間でお前浮いてただろ?見てなくても分かるよ。ここでのびのび育ったお前が貴族になろうなんて無理だろ。」


「…何それ?」

「お上品にツンとしてるんじゃなく、野原を一緒に駆け回ってる方がお前らしいよ。一緒にゲラゲラ笑ってさ。貴族社会なんかで失敗したからっていつまでもクヨクヨするなよ。後悔して、反省したんだろ?」


そうリィヤは言うと私の頭をグリグリとぶっきらぼうに撫でた。顔を覗くと、珍しく穏やかな顔をしていてそれに勇気付けられて口を開いた。


「でも…すごい迷惑かけて…しかも戻ってきちゃって…」


「気にするなよ…。お前さ、帰って来た時みんな優しかったと思わなかったか?」


違和感は感じていた。突然帰ってきた上に、犯してしまった罪は知っている筈なのに温かく迎えてくれたのを。


「覚えているんだよ、みんな。お前が一生懸命自分達の勉強を見てくれたり、遊んでくれたりした事を」


白い歯を覗かせてリィヤは笑った。

「俺も…頑張ってるマリルが好きだよ。だから笑えよ。背伸びしないで、格好つけないで、自然体でやっていけば良いじゃん」


そうか。無理をずっとしていたんだ。私は。

慣れない場所で頑張る方向を違えて。乙女ゲームなんて惑わされて。


今からでも、やり直せるだろうか。優しく笑うリィヤを見ていると冷えて固まっていた私の心がゆっくりと解けていくような感覚がした。




この世界は私の為の世界ではなかったけれど。

この世界は私と共にある世界なのかもしれない。


「…ありがとう、リィヤ」


彼は陽だまりのような笑顔のまま腕を伸ばしてくる。

その腕の中に包まれて、やっと居場所を見付けた気がした。

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