宰相様の憂鬱
「男爵家は喜んで今回の公共事業に参加してくれるそうだよ」
普段の柔らかな彼とは違い、冷徹な雰囲気を纏ったまま古くからの重臣である宰相に話し掛けた。
「殿下…水面下で動くのは止めて頂きたいですな」
気苦労のせいかカルティエ公爵は深く溜め息をついた。
「面白い見せ物だったでしょう?」
目を細め、首を傾げる。その姿は幼い頃から変わらないが、歳を重ねると共に油断なら無い男に成長したなと宰相は考えた。
此度の男爵令嬢の醜聞は全てレイナードが仕組んだ事であった。事の発端は、男爵家当主の『お願い』だ。
男爵家は、先代までは平民であったが商人として莫大な財を築き爵位を買った…平民上がりの貴族である。そうは言うものの、忠誠心は強く国を想う心のある信頼の置ける人物でもあるのだ。
そんな男爵だが、一つだけ悩みがあった。それは後継者についてだ。
男爵は独り身であり、後継者がいない。噂には心に決めた者がいて、その者に心は捧げているので結婚しないと言ったとか…。悩んだ末に面倒をみている孤児院から養子を迎える事にした。
何故養女かといえば…この国では、男女関係なく爵位を継げるのでどちらでも良かった。決め手になったのは頭脳である。
孤児院にいた頃のマリルは頭の回転の早い娘であった。しかも、下の子ども達のお世話もしっかりとしていて性格も問題がなかったのだ。
だからこそマリルを男爵家の養女として迎え入れたのに…。
養女となった途端、彼女は自由気ままに振舞い始めた。男爵が社交界について教えても浮わついたまま覚えない。更に、それまで見せていた知性など嘘のように消え去り、男性を誑かすしか脳がない…猿のようになってしまった。
男爵としては頭が痛くなり、失礼だとは思いながら王太子であるレイナードに相談したのだ。
何故レイナードに直接お願いをしたかというと、彼が身分に拘らず、国の為に動く男爵を買ってくれているのが大きな理由である。
レイナードは二つ返事で綺麗に処理すると答えた。
実際、男爵家から養子縁組を外した上での制裁の為、男爵家に被害が及ぶ事はなかった。マリルの噂は僅かの間囁かれたものの、飽きられるのは早いものですでに殆ど忘れ去られていた。
その『お願い』の見返りである取引が今回の公共事業なのだろう。
「わざわざ関係の無い周りを巻き込まなくても良かったではありませんか?」
「一斉に膿を出したかったんだよ」
「もしや…」
「やっと気付いた?騎士団長を元とする彼らはね、他に大変な問題があったんだよ。借金を山のように作ったり、違法な取引をしていたり、賄賂を受け取っていたり…情報は掴んでいたんだけど。公で裁けないような事まで手を出していてね…困っていたんだ」
レイナードは整った顔を厭そうに歪め話を続けた。
「だからね、彼らに少しづつお金に困って貰う事にしたんだよ。借金を膨らませたり…お金の掛かる女性を仕込んだり、事業を失敗させたり…ね?それと同時に男爵令嬢が有り余る程の財を手に入れたと噂を流しておいたんだ。思った以上に上手くいって謎の集団が出来上がり、下手に彼らの身分が高かった所為で男爵令嬢が勘違いをして、更に彼らも僕を甘くみて調子に乗り、醜聞騒動が起きたってわけ」
宰相は頭痛がする思いがして頭を抱えた。
「殿下…そこまでしていたのですか」
「スッキリしたでしょう?」
施政者としては確かに素晴らしい素質を持っていると宰相であるカルティエ公爵も分かっている。
…けれどその前に、公爵はメリッサの父なのだ。こんな狡猾で道化のような男に自慢の愛娘を差し出すのかと思うと溜め息しか出ない。
「はぁぁ…」
「ヤダなぁ。彼らの処分だって甘いものだったでしょう?爵位はそのままでなんて温情も良いところだよね。土地はしっかり没収させて貰ったけど。」
「彼らを送る先はどこなのです?」
「きちんと働ける場所が良いと思ってね、国境で争っている最前線に向かって貰う事にしたんだ。死臭漂う砦の中で、温室育ちの彼らは何日持つだろうね?」
物騒な事を言いながら、春の君と呼ばれる爽やかな笑顔を浮かべるレイナードを見つつ、宰相は何度目か分からない溜め息を吐く。
愛娘が彼を好きなら仕方ないと思いつつも、何故こんな男に…と考えると頭痛が収まらない。
大体、カルティエ公爵にはメリッサが『黒薔薇姫』などと呼ばれている事からして気に食わないのだ。素直で純粋な娘のどこが黒薔薇だと叫んでやりたい。目の前にいる男の方が余程似合うと、独り憤慨していた。
(悩んでもどうにもならんがな…)
娘を想う宰相の悩みは今日も尽きる事がない。
読みたいと言って頂いたその後を書かせて頂きました(*´ω`*)
楽しんで頂けたら嬉しいです。