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孤高の黒薔薇姫  作者: 咲良 ゆと
番外編
12/17

幼子の想い

 木々の葉が色付き始め、ハラリと舞い落ち黄金色の絨毯をつくる。秋の過ごしやすい風に似た優しい色合いは心を落ち着かせてくれる。一人息子の髪と瞳の色そのものだと今更ながら気付き嬉しくなった。


 視線を室内に戻すとレクリオが難しい顔をしながら何かを書いていた。


「レクリオ、またお勉強?」

 頭を撫でると黄金色の毛束がふわふわと舞い、幼子特有の柔らかな香りがする。


「お勉強じゃなくて…」

「そうなの?」

「母様に…お手紙書いているの。早く良くなりますようにって」

「良くなるって?」


 少し俯きながら瞳を潤ませる。突然の事に慌て、腰を落として目線を合わせた。


「どうしたの、レクリオ。何が悲しいか言って?」

「母様、病気なの?ずっと会えないから良くならないのかなって…」

「病気じゃないよ。そんな事誰に聞いたの?」


 公式的にメリッサの妊娠についてはまだ発表していない。その為、療養による里下がりだとなっていた。幼い息子には事情を話しても理解出来ないだろうと曖昧にしていたのだが…。


「分からないの…」


 多分、城内での噂話などを聞いてしまったのだろう。レクリオの時は里下がりをせずに出産したからだろう、妊娠とは思わず病に臥せっていると周囲の者達は考えているようだ。


 体調は悪くはない。里下がりさせた理由はメリッサ自身にあった。城にいると彼女は常に仕事を見つけてしまうのだ。王太子の時でさえそうだったのだ。僕が王位を継いだばかりの今で考えると怖くなり半ば強制的に実家に押し付けたのだ。


「レクリオ、お話しなくてごめんね…母様は病気じゃないんだよ…今日、父様と一緒に母様の所に行ってお話しようか」

「うん…」


 子供だからと説明しなかったのが良くなかった。レクリオを悲しませてしまって反省しなければとそっと溜め息をついた。



***



 王城と距離がそう遠くない位置に宰相は邸宅を構えている。広々とした庭を通り抜けると風景に溶け込むようなクリーム色を基調とした落ち着いた瀟洒な建物がメリッサの実家、宰相の住まいとなっていた。


「王が自ら家臣の家にいらっしゃるとは…感心しませんな」

「お忍びだから。今回だけは許して…ほら、レクリオもお祖父様にお願いして」


 僕の後ろで隠れていたレクリオを宰相の前に行かせると拙い言葉で話しかける。普段は厳格な宰相が破顔する姿は見ていて面白い。

 そのまま宰相にメリッサの部屋に案内をしてもらう。


 扉を開けると落ち着いた色彩の部屋が広がっていた。黒を基調に調えられた部屋はメリッサが昔から使っていたのであろう。『黒薔薇姫』を具現化したような造りになっていた。温度を感じないと表現すればよいのだろうか冷たく美しさがある。


 自分が王城に調えさせたメリッサの部屋と対照的なこの部屋はメリッサ自身の表面的な姿を映しているようで面白い。


「メリッサ?」


 重みのあるベッドの天蓋をのけるとゆったりと枕に寄り掛かるメリッサを見つめた。


「レイナード様…!!いらして下さったて嬉しいです」


 緩やかに微笑む姿はレクリオが産まれる前よりも穏やかな顔つきになっていた。張り詰めた空気が無くなったからだろうか、どこか重厚な雰囲気のこの部屋とアンバランスに映る。


「レクリオがね、メリッサを心配していてね…」

「お母様…」

「レクリオ、そうでしたの?」


 余程寂しい思いをさせていたのだろう。メリッサが声をかけると同時にレクリオは駆け寄り彼女に抱き付いた。


「可哀想な事をしましたね…」


 小さな身体を大切そうにしっかりと抱きしめ、メリッサは普段よりも暖かな優しい声でレクリオに話し掛ける。

 その姿を見ながら改めて悲しませてしまったと反省した。


「お母様はご病気ではないの?」

 まだ心配そうに瞳を瞬かせながらレクリオが尋ねた。


「えぇ、病気ではなくてよ。お母様がここで休んでいるのはレクリオの弟か妹がお腹にいるからなのよ」


 内容が理解出来ないかと思って見ていたが、嬉しそうにお腹を擦るレクリオを見るとメリッサの言葉が理解出来たらしい。


「僕はあにうえになるの?」

「えぇ。楽しみですわね」


 話を聞きながら自分がふたりの父になるというのを実感する。

 レクリオひとりでも可愛いのに、ふたりになったら倍増して可愛いだろうと考え楽しい気持ちになった。

 …それと同時に父を想う。


 父は自分が生まれた時に何を思っていたのだろう。

 壊れてしまった父は。


「ねぇ、レクリオ」


 そろそろ帰ろうかと声を掛けたがとても悲しそうな顔をされてしまった。

 今日はお泊りをしなよ、と話し自分独りで城に戻る。


 何故か無性に独りが辛くなったのは…レクリオもメリッサもいないせいだろうか。

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