ある英雄の話
この国には英雄がいた。戦乱が続く時代、彼は攻めてくる他国の兵を尽く殺し、攻め入った国を尽く赤く染めていった。
彼には一つ誰にも言えない秘密があった。幾度と無く繰り返す争いの中で、いつしか人を斬り殺すことに快感を覚えてしまったのだ。
彼は苦悩した。讃え喜ぶ国民に笑顔を向ける一方、同じ顔で他国の兵を殺し続ける自分に。
そんな時、彼は一人の少女に出会う。美しく優しいその少女に英雄の青年は心惹かれていった。少女もそんな彼に応え、英雄は徐々に荒んだ心から開放されていく。
しかしいくら幸せな生活を送ろうと争いは終わらない。英雄は国に求められ戦争に赴き、人に求められ人を殺した。
ある日のこと。夜中に目を覚ますと隣に寝ていたはずの少女が居ない。そっと起きてあたりを探すと、少女は空を見上げながらひっそりと泣いているではないか。どうしたのか、と少女に尋ねようとした青年だったが、ふと少女が何かを歌っていることに気付いた。
その歌に青年は聞き覚えがあった。
それは青年が滅ぼした国の歌。青年が笑って斬り殺した民の歌だったのだ。
気付かれないようベッドに戻った彼の心に暗い絶望が訪れた。自分が滅ぼした国の少女。その少女が自分に対して抱く感情など、憎しみ以外にあり得ない。彼女は復讐のために自分に近づいたのだ。
そして英雄は決意する。
次の日。日もまだ昇らぬ頃に、彼は物々しい装備で家を出た。そのまま王宮へ向かうと、静止を呼びかける兵士たちを全員斬り殺し王の眠る寝室へと進む。血霧をまき散らし、笑みさえ浮かべる彼に近づける者は最早いなかった。
王を殺し家に戻った彼は困惑する少女に剣を渡した。彼は言う。その剣で自分を殺せ、そうすればお前の復讐は全て終わる、と。
数年後、彼のいた国は地図から消えた。王を失った国は混乱のままその勢いをなくし、他国にあっさりと侵略されたのだ。
彼を英雄と呼ぶ人間はもういない。彼を知るものは皆、憎悪と恐怖を持って悪魔と呼ぶ。
たった一人、今でも泣く少女を除いて。