第七話 お見舞い
翌朝学校に行くと、教室は事故に遭った七瀬の噂でもちきりだった。クラスは違えども、七瀬はリア充筆頭とでも言うべき人気者。さすがの話題性だ。特に女子は「七瀬君大丈夫かな?」とかしましく声を上げている。……もし俺が何か事故に遭ったら、これだけ騒いでもらえるんだろうか? 俺の頭をふとそんな考えがよぎったが、想像するだけ虚しくなるのでやめた。イケメンでサッカー部のエース候補である七瀬とインドアオタクの俺じゃ、比べるだけ無駄だ。
「はあ……」
こうして俺が朝から憂鬱な気分で椅子に腰を下ろすと、佐伯が近づいてきた。もしかして、昨日した先輩とのデートもどきのことを、もう察知したのだろうか。そう思って俺はとっさに身構えたが、何かいつもと様子が違う。日焼けした顔から血の気が抜けていた。
「おい、どうした? 顔色悪いぞ」
「……こっち来てもらっていいか?」
「ああ……」
促されるまま教室を出ると、佐伯はそのまま俺を廊下の端まで引っ張って行った。そして周囲の目がこちらを見ていないことを確認すると、俺の方に向かって身を乗り出し、小声で話し始める。
「七瀬のことなんだけど……俺が悪いかもしれないんだ」
「は? あれは事故だろ、何でお前が悪いんだ?」
「実はな……昨日、変な女の子に聞かれたんだよ。この辺で一番嫌われてる奴は誰かって」
「どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ」
「……わかった」
佐伯の話をまとめると、だいたいこのような話だった。
昨日、俺が先輩に捕まったため一人で帰ることとなった佐伯は、何となくいつもと違う道を通ることにした。その途中、人気のない路地を歩いていると、黒いゴスロリ風の衣装を着た少女と出会った。顔は何故か全く覚えていないそうだが、十二三歳ほどの幼い少女だったそうだ。彼女は気が付いたらすぐ後ろに立って居て、いきなり声を掛けてきたらしい。「この辺りで一番嫌われている奴は誰?」と。
「それで、七瀬って答えたのか?」
「気味が悪くてよ、逆らえなかったんだ。まさかこんなことになるなんて、思わなかったんだよ……!」
「それはわかるけど……何で七瀬なんだよ。あいつ、人気者だろ」
「そりゃ……リア充爆発しろって感じで……その……」
心底動揺したような顔をする佐伯。……同志よ、気持ちは分かるぞ。俺だって「爆発させたい奴はいる?」とか聞かれたら、七瀬って答えたかもしれない。イケメンで運動神経抜群の七瀬が、学校中の非モテ男子から妬まれていたことは確かだしな。嫌われている奴と言っても過言では……無いかもしれない。あくまで非モテ視点からすればだが。
「……わかった。俺が病院に行って七瀬の様子を確かめてきてやるよ」
「おお、ありがてえ! じゃあついでに、これも頼むよ」
そう言うと、佐伯はカバンの中から「ニワトリまんじゅう」と書かれた菓子折を取り出した。……わざわざ見舞いの品を用意してたのか。相変わらず、見た目によらず義理堅い奴だな。俺は感心しつつもそれを受け取ると、カバンの中へと押し込んだ。
「おい、さっさと教室に入れ!」
「あ、はいッ!」
担任の声が響いたので、慌てて教室に入る俺と佐伯。こうして俺は、放課後に病院へ行くこととなったのだった――。
「それで、ニワトリまんじゅうなんて持ってるのか」
カバンからはみ出した黄色い包みを見て、小夜は納得したように手をついた。
放課後。俺は小夜と一緒に病院までの道を歩いていた。俺を頼ってくれた佐伯には少々申し訳ないが、事が大きかったので既に小夜にも事情は話してある。小夜は信頼できる奴なので、まあ話しても大丈夫だろう。万が一にも他の奴に漏らすようなことはしないはずだ。
「しかし、そうなるとその女の子の正体が気になるな。もしそいつが犯人だとすると、明らかに普通の人間じゃないぞ」
「ああ、そうだな。もしかしたら……魔法使いとかなのかも」
「千歳先輩は昨日、確かにお前と一緒に居たんだよな?」
「それは間違いない。七時半ごろまでは一緒に居たはずだ。けど魔法使いだからなぁ、影分身の術とか使えるかもしれないぞ」
「そんなのはニンジャキラーだけだ」
「それ、ニンジャキラーじゃなくてNARUKOだろ」
「……流行には疎いんだ!」
小夜は恥ずかしそうに顔を下に向け、ちょっぴり頬を赤く染めた。……最近の小夜は、小夜のくせにいちいち仕草が可愛くて困る。
そうしているうちに、白い大きな建物が見えてきた。昭和記念病院。この辺りでは一番大きな総合病院だ。小夜の話によると、七瀬はこの建物の最上階にある6702号室に入院している。怪我自体は奇跡的に大事には至っていなかったそうだが、七瀬は家が金持ちなので最上階の個室に入院しているそうだ。
外来の患者で込み合うエントランスを抜け、エレベーターで最上階に昇る。ずいぶんと速度の速いエレベーターで、一分もしないうちに目的階へ到着した。そうして扉が開くと、雰囲気が一変。そこには病院というよりもどこぞの高級ホテルのような空間が広がっていた。木目調の壁と扉が何とも上品で、照明も安っぽい蛍光灯ではなくランプ風の洒落たデザインのものとなっている。
「へえ、すげえな。この病院にこんなとこがあったのか」
「お前、来たことなかったのか」
「どうせ俺の家は貧乏だよ」
小夜とくだらないことを話しているうちに、受付に着いた。そこで面会の手続きを済ませると、小夜に続いて6702号室の方へと歩いていく。扉の前に着いてみると、そこは廊下の一番端にある角部屋だった。俺はコンコンと扉をノックして声をかけると、スライド式のそれを滑らせる。
「よく来たね。神凪さんに……竜前寺君だっけ?」
ベッドから身を起こした七瀬は、至極元気そうだった。顔色もよく、しゃべり方もしっかりとしている。西日を浴びたその秀麗な顔は何とも爽やかで、口元から覗く白い歯が決まっている。ベッドの脇に点滴こそ置かれているが、それ以外は普段と何ら変わりないように見えた。チッ、これは心配して損した……思わず俺は、そんなことまで考えてしまう。
「ずいぶん回復したな! 昨日は意識不明だったのに」
「まあね、日頃鍛えているおかげだよ」
「はい、まんじゅう。食べて良いって言われたら食べるといい」
「ありがとう! これ、結構好きなんだよな。後で絶対に食べさせてもらうよ!」
ニカッと爽やかな笑みを浮かべる七瀬。女子なら一撃でノックアウト出来そうな甘い微笑みだ。とんでもない破壊力である。チクショウ、一体こいつの容姿はどれぐらいあるんだ……? 嫉妬心に駆られた俺は、何気なく七瀬のステータスを覗いてみる。すると――俺の背筋は、たちまち凍りついた。
・名前:七瀬 瞬
・年齢:16
・種族:人間(擬態) 死人
・職業:高校生 使役魔
・HP:0
・MP:30
・腕力:140
・体力:120
・知能:40
・器用:45
・速度:80
・容姿:85(30)
・残りポイント:0
・スキル:ソウルハント
――こいつ、もう死んでいる!
俺はあまりの恐ろしさに腰が抜けそうになってしまった。全身がにわかに震え始める。千歳先輩が魔導師であることを知った時の比ではない。こいつは、確実にヤバい。このままここに居たら、俺たちは殺される――! 心の奥でそう直感した俺は、隣に立っていた小夜の手をギュッと握った。そして表情を押し殺しつつ、ゆっくりと告げる。
「帰るぞ、小夜」
「まだ来たばかりじゃないか」
「いや、今日は宿題とか貯まってるしさ。そろそろ帰らないと。すまないけど、またな!」
そう言うと、俺は返事も聞かないうちにすぐさま病室から出て行こうとした。出来るだけ平静を装ってはいるが、心なしかその足は震えてしまっていた。そうして病室の扉に手を掛けた時、何かが肩をガッと掴んでくる。小夜か? そう思って後ろを振り返ると、そこには――
「どうしたんだよ。変に身体が震えているじゃないか。もしかして俺のことが――怖いのか?」
ベッドの上から俺の肩まで手を伸ばした、七瀬の人ではありえない奇怪な姿があった。
いよいよ最初の山場です。
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