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ステ振り!  作者: キミマロ
第三章 天上天下世界一武道会
72/73

第七十話 大切な物をなくして

メリークリスマス!

ギリギリではありますが、クリスマスに投稿です。

 小夜の言葉に俺がずっこけている間にも、戦況は刻一刻と移り変わって行った。最初は余裕があった竹田さんが、徐々に追い込まれて行く。長い脚から繰り出される強烈な足技の数々。それを両腕でガードするのが精いっぱいのようだ。彼女は靴底をテンポ良く腕で防ぎ、致命傷はどうにか避けているものの、少しずつ舞台の端へと追い詰められていく。


「くッ!」


 左足の靴が半分、舞台の外へとはみ出した。竹田さんは唇を噛みしめると、顔をしかめる。だが彼女はここで身体を大きく後ろへ反らすと、反動をつけて一気に前へと踏み出した。そして背中を丸めると、石で出来た固い舞台の上をごろりと前転する。急に重心が下がった彼女の動きをとらえきれず、綺咲の足は宙を貫いた。その隙に竹田さんは素早く立ちあがると、綺咲に向かって鋭い突きを繰り出す。


「ぬんッ!」

「なッ……! 足で……!」


 竹田さんの速い一撃を、綺咲はなんと足で受け止めた。手刀が靴の表面を滑り、あらぬ方向を貫く。まさか、バレリーナよろしく足を高く上げてガードするとは。予想外の行動に、竹田さんの眼が丸くなる。彼女は素早く飛びのいて距離を取ると、今度は勢いをつけて綺咲の方に突撃した。手が分裂して見えるほどの速さで繰り出される。


「無駄だ! 僕の長ーーい足からは逃れられない!」


 足を高く掲げ、次々と靴底で攻撃を防ぐ綺咲。竹田さんはまたも足の間合いを読みかねているのか、決定打を打てない。全て防がれてしまう。マズイな、このままだと打開策がない……! 見守っていた俺たちは、思わず手に汗を握った。


「おいおいおい……。これ、ほんとにヤバいんじゃないか?」

「そうだな。このまま竹田があいつの足の秘密に気がつかないと……負ける」

「何とかする方法はありませんの? 私、あの男が勝つのは何だか嫌ですわ!」


 綺咲の顔を見て、全身を水にぬれた犬よろしくブルリと震わせる四条院先輩。一応、大会のスポンサーなのに私情丸出しだな、うん。というか、シード選手ってことは先輩が自分で呼んだ選手なんじゃ……。いろいろ思うことはあるものの、この場では先輩の言葉がありがたい。


「小夜、あいつの秘密って何なんだ」

「だから言っただろ、シークレット何だって」

「いや、そのシークレットってのの意味がわからないんだよ」


 俺がそう言って両手を挙げると、小夜は何故か視線を下げた。その先を追いかけてみると、俺の足元を見ているようだ。え、足元に何かあるのか? 驚いた俺は、思わず数歩退く。


「な、なんだよ」

「もしかして、お前もシークレットなんじゃないかと思ってな」

「だからシークレットって…………そういうことかよ!」


 小夜のどことなく蔑んだような視線で、察した。そうか、そういうことだったのかよ。シークレットって、シークレットって……! あまりにも恥ずかしい真実に、俺は腹がよじれそうになった。黒歴史なんてレベルじゃない。このことが公になったら、布団で発狂するレベルじゃないかよ。すぐさま窓へと近づくと、綺咲の靴を注視する。


「ど、どういうことですの?」

「……ブーツなんですよ」

「え?」

「シークレットブーツ」

「ぶッ!?」


 俺の言葉に、先輩は吹き出してしまった。彼女はすぐさま口元をハンカチで押さえると、ほっぺたをひくひくと震わせる。爆笑してしまうのを、どうにか堪えているようだ。彼女は不自然に背中を丸くしながら窓へと近づくと、自分を落ち着かせるかのように大きく息を吐きだす。


「はあ……はあ……ほんとですの? そうだとしたら、いろいろと恥ずかしすぎますわ」

「……有効な方法ではあります。優れた武道家であればあるほど、間合いを測るのに相手の体格や動きを参考にする。けれど、シークレットブーツを使えばそれを誤魔化すことが出来ますから。たかが10センチほどではありますが、この差は限りなく大きい!」


 拳を握りしめ、熱く語る小夜。俺にはさっぱりわからないが、シークレットブーツと言うのは意外と武道においては効果的なグッズらしい。シークレットブーツを使うと、優れた武道家であるほど感覚と実際の間合いがずれてきてしまうようだ。竹田さんも、神凪流の一員。感覚に頼る部分は大きいらしい。


「どうすればいいんだ? このままじゃ、ヤバそうだろ?」

「本人に気付いてもらうしかないだろう。気付けば、勝てるはずだ」

「でも、どうやって気づいてもらいますの? だんだんと、あの子も余裕がなくなってきてるようにも見えますけど」


 いつの間にか手にした扇で、舞台の上を示す四条院先輩。慌てて視線を戻すと、竹田さんの動きが止まりかけていた。口を大きく開け、肩を軽く揺らしているその様子は、どう見ても息切れしている。かれこれ、試合開始から三分ぐらいは経っただろうか。全力で攻め続けたため、体力の限界が近づいてきているらしい。

 厄介なことに、この武道会のルールにハーフタイムはない。相手より先ににバテればそこで敗北だ。見れば、綺咲の方はまだまだ余裕がありそうで、涼しい顔をしている。試合の展開が自身に有利となってきているからであろう。観客に向かってウィンクしている。


「やべえ、負ける!」

「何か、気付かせるいい方法はないのか?」

「叫んでみるとかはいかがですの? 館内放送でしたら、使えますわ」

「よし! それだ!」


 先輩の提案に乗り、走りだそうとした俺。だがその肩を、何かが鷲掴みにして押しとどめる。振り向けば、そこにはいつにもまして怖い表情をした小夜が居た。


「待て、それはまずい。試合に手を出したことが丸わかりじゃないか。竹田だって喜ばん」

「そ、そう言われれば確かに……」

「マズイですわね」


 小夜の指摘を受けて、冷静さを取り戻す俺たち。そうだ、いくらなんでも行動が軽はずみに過ぎる。少しばかり熱くなり過ぎていたようだ。俺は大きく息を吸い込むと、どうにか興奮を抑えようとする。


「で、どうする? 何か案は? シークレットブーツで勝つなんて、そんなせこ過ぎる真似は許したくねえ……」

「私も同じだ。半分、騙し打ちのようなものだからな。だが……」


 顎に手を当て、悩む小夜。するとそれを見た四条院先輩が、何かを思いついたようにいう。


「そうですわ、試合中にステータスを振り直してはどうですの? あの子の知能を上げれば、洞察力も上がって気付きませんこと?」

「でも……うーん……」

「いきなりステータスを上げてしまうのはな。竹田に悪いんじゃないか?」

「そうなんだよなぁ」


 俺のステ振り能力では、一度割り振ってしまったステータスを元に戻すことはできない。いくら試合に勝つためとはいえ、一時のこと。一生に関わるステータスの割り振りを、本人に了解なくやってしまうのは気が引ける。今まで考えなしにやってきて、いろいろと怒られたりしたからな。下手すりゃ、竹田さんにも「破アアァ!!」と払われてしまう。さて、どうしたものか……。俺は腕組みをすると、思考の底に沈んでいく。


「チッ、あいつ決めに掛かってきた!」


 小夜の言葉に、慌てて窓から舞台を覗きこむ。綺咲と竹田さんが距離を取って向かい合い、綺咲の方が何事か高らかに宣言している様子が見て取れた。


「では行くぞ! 乱風脚!!」


 片足を軸にして、独楽のように回転を始める綺咲。フィギュアスケートもビックリの高速回転だ。その速度は次第に上昇していき、やがてほこりや砂が舞い始める。竹田さんは目を細めると、口元を歪めて渋い顔をした。攻撃する隙がない。鉄壁だ。回転する身体は盾となり、そこから伸びる脚は鋭い剣として彼女に襲いかかる。


「……こうなったら!」


 仕方ないとばかりに、竹田さんは逃げの姿勢を決め込んだ。彼女は舞台の上を右へ左へと飛びまわり、追いかけてくる綺咲を振り切ろうとした。しかし、敵もさる者。高速回転しつつも、恐るべきスピードで追い変えて行く。そしてとうとう――


「もらったアァ!!」

「竹田ッ!!」

「竹田さんッ!!!!」


 綺咲の一撃が、竹田さんの胸を弾き飛ばした。痛烈な一撃。右から左へと払われるような形となった竹田さんの胸元は激しく揺れ、制服の隙間から肌色の何かが飛び出してくる。おや、あれは……? 衝撃的な瞬間にもかかわらず、俺は竹田さんではなく飛び出したものの方に視線を奪われた。それは綺咲も同様だったようで、彼は動きを止めると飛んで行く何かを茫然と眼で追う。


「パッド……」

「パッドですわね、あれ」

「いつもより若干大きいと思ったら、入れてたのか……」


 明らかになった乙女の秘密に、何ともいい難い空気が漂う。防御用だよな。決して、底上げ目的ではない……よな。誰もが心の中で、そう自分に言い聞かせようとした。見てはいけないものを見てしまった己を、正当化するように。けれどたった一人だけ、そうじゃない男が居た。綺咲だ。


「パッドだと……貴様、神聖な胸を偽装するなんて万死に値する!」

「別にそういう目的ではないですからね! ただの防御用ですからね! 何故か小さいって認識されてますけど、それなりにありますから!」

「いいや、絶対に底上げ用だ! 胸っていうのはあればあるほどいいからな。身長のように! ……あッ!」


 綺咲はしまった、というように口を押さえた。だがもう遅い。竹田さんはゆっくりと立ち上がると、地獄の鬼すら震えるような形相で、綺咲を睨みつける。


「なるほど……間合いが読めないと思ったら、あなたシークレットだったんですね」

「や、やめたまえ! 話し合おうじゃないか! 僕はさっき飛んで行った分厚い底上げパッドのことを忘れよう。そして君も、僕のシークレットブーツのことを忘れる。そ、そういうことにしようじゃないか!」

「だから……」


 竹田さんは低い声で唸ると、腰だめに拳を構えた。そして――


「底上げじゃないっていってるでしょうがアァァ!!!!」


 竹田さんの絶叫と共に綺咲は宙を待った。

 これで、竹田さんは見事勝利した。だが、同時に大切な何かを失った――。

いよいよ、明日26日は書籍版ステ振りの発売日です。

なろうのトップページを見れば、バナー等も出ていていよいよだなと言った感じです。

大幅改稿の結果、書籍版の第一巻はWEB版読者さんでも新しい気持ちで楽しめるような仕上がりになりました。

どうかそちらの方も、何卒よろしくお願いします

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