第六十九話 シークレット
組合せと対戦順は、第一試合から順に以下のように決まった。
第一試合:竹田月奈VS綺咲麗次郎
第二試合:白泉凛VS神凪小夜
第三試合:村里蓮水VS桂上薫
第四試合:竜前寺タクトVSマリア
俺がラルネと当たってしまったことはもちろん、第二試合で白泉先輩と小夜もバッティングしてしまっている。順調だった予選に比べて、いきなり波乱の展開だ。俺たち四人は、互いに複雑な表情をしながら顔を見合わせる。
「一回戦の相手が、まさか先輩とは……」
「全力で来いよ。あたしから言えるのは、そんだけだ」
「あ、先輩……!」
真剣な顔で話を切り出した小夜に、先輩はそういうとそのまま歩き去って行った。彼女は司会者に「試合までには戻るから」と言うと、そのまま舞台から降りてしまう。相変わらず、自由な人だ。普段はあまり尊敬できないそのフリーダムさが、今に限っては羨ましい。俺もあんな風にお気楽に考えられたら、どれだけ気が楽なことか。それが出来ないから、いつまでたってもモテないんだろうけどさ。男として、もうちょっとワイルドな感じが欲しい。
「先輩は相変わらずですねー。こりゃ、塾頭もあんまり気にしない方が良いですよ」
「そう言われてもな、やはり少しやりにくい」
「塾頭はそういうところで融通が効かないから駄目なんですよ! もっとこう、ふにゃふにゃっとすべきです!」
「……竹田さん、ずいぶん余裕だね」
「ま、一回戦は何とかなりそうですから」
イケメンの姿をチラリと確認すると、微笑む竹田さん。その緩んだ眼元と釣り上がったほっぺたからは、余裕と安堵がにじみ出ている。まったく、羨ましい限りだ。小夜は先輩、俺に至ってはあの最強最悪のラルネが相手だって言うのに。
「一応、油断はしない方が良いんじゃないか? あれでもシード枠の選手なんだから」
「そうだ、調子に乗ってはいかんぞ」
「わかってますよ! 安心してください、しっかり勝ってきますから」
揃って忠告をする俺と小夜に向かって、竹田さんはバシッと親指を挙げた。口の端から白い歯が覗き、キラリと輝く。その自信満々な様子を見て、逆に俺たちは肩をすくめた。何と言えばいいのだろう、実に複雑な気分だ。
「竹田がそう言うと、何故だか不安になってくるな……」
「同感、何と言うか……うーん……」
「二人してなんですか! 私だって、やるときはやるんですからね!」
竹田さんは頬を膨らませると、ドンっと足を踏み鳴らした。彼女はそのままドカドカと司会者の方へ歩み寄ると、その顔をジイッと見据える。その怒りを隠そうともしない鋭い眼差しに、半ば八つ当たりされたような恰好の司会者は驚いたように背筋を逸らせた。
「早く試合を始めましょう!」
「まだ少し、時間が……」
「は・や・く!!」
「わ、わかりました! 少々早いですが、始めさせていただきましょう!」
竹田さんの迫力に気圧された司会者は、額から滴る冷や汗をハンカチで拭きとりながら宣言した。その宣言を聞いて、観客席に向かって愛想を振りまいていた綺咲が竹田さんの方へと振り向く。
「おや、そんなに早く僕と戦いたいのかい?」
「ええ、とっととケリをつけましょう」
「ふふん、いいだろう。僕の素晴らしき技の数々を、君の目に焼き付けてあげよう!」
芝居がかった仕草で手を振り上げると、綺咲は指をパチンッと鳴らした。こいつ、武道家より劇団員にでもなった方が良いんじゃないか? 俺と小夜は揃って肩をすくめるが、一方で観客たち――特に若い女の子たち――は大いに盛り上がる。イケメンだからか。そんなに、イケメンが良いのか……!
「さあ、盛り上がってまいりましたところで第一試合を開始したいと思います! 竹田選手と綺咲選手は前へ! それ以外の選手の方々は、試合が始まるまで退出してください!」
司会者の指示に従って、次々と舞台を離れる選手たち。俺も小夜の手を引くと、舞台を降りる。
「どうする?」
「観客席で観戦しよう」
「でも、場所空いてるか?」
視線を挙げると、目に飛び込んでくるのは超満員のスタンド。奥には立ち見も出ている。満員電車もびっくりの人口密度だ。とても空席があるようには見えない。あんなところでおしくらまんじゅうしていたら、たちまち体力を奪われてしまいそうだ。
「うーん、どうしたものかな……」
「その心配には及ばなくってよ」
「あ、先輩!」
いつの間にか、通路の入り口に四条院先輩が立っていた。入口の柱にもたれかかっていた彼女は豊かな金髪を掻き上げると、俺たちの方へと顔を向ける。軽く反らされていた胸元が、その圧倒的な量感を誇るかのようにたわんだ。俺は一瞬、目を奪われそうになるがどうにか堪える。
「何ですか、いきなり?」
「あなたたちの様子でも見ようかと思いまして。それより、観戦しようにも席がなくて困っているんでしょう? だったら、VIP席がございますわ」
「いいんですか!?」
先輩の提案に、思わず身を乗り出して尋ねる俺。すると先輩は、口元に手を当てると高らかに笑う。
「おほほ! この私を誰だと思っておりますの? 問題はありませんわ!」
こっちへこい、と手を振る先輩。俺と小夜は黙ってそれについて行く。通路を抜けて階段を上がり、大きな扉を開くとそこは広々とした部屋だった。五十畳ほどもありそうな広々とした空間は、四方の壁が全面ガラス張り。床には毛足の長い絨毯が敷き詰められ、テーブルには精緻な花の文様が刻まれた純白のクロス。豪奢なシャンデリアに照らされたそこは、まさに貴賓席といった趣だ。窓際に置かれたソファに近づいて見れば、舞台を間近に見下ろすことが出来る。
「うわあ……すげえ」
「先輩、ほんとにいいんですか?」
「ええ。もちろんですわ。あなた方……特に、竜前寺君にはお世話になりましたから」
四条院先輩は俺の方を見ると、軽くウィンクをした。それを見た小夜は、不機嫌そうに顔を硬直させると俺の瞳を覗きこむ。やばい、疑われてるな。長年の付き合いから小夜の心情をとっさに理解した俺は、思わず後ずさる。
「お前、先輩のところで何をやったんだ?」
「いや、その……」
言葉に詰まる俺。素直に「ひきこもりのお兄さんを更生させました」なんて言ってしまったら、四条院家の名誉に関わる。先輩が目の前にいるこの状況で言うのは、少しばかりマズイ。黒服につまみ出されてしまいそうだ。俺は横目で先輩の様子をうかがいながら、どうしたもんかと頭を捻る。すると、ちょうどいいタイミングで舞台から司会者の声が響いてきた。
「それでは、試合開始です!!!!」
「始まりましたわよ!」
「おっと!」
慌てて俺から離れると、窓に貼りつく小夜。ふう、どうにか一難去ったって感じだな。俺はやれやれと肩をほぐすと、窓際へと歩み寄る。既に舞台上では、竹田さんと綺咲がにらみ合いを始めていた。観客たちの歓声もにわかに収まり、静かな緊張感が場を包む。
「ふふふ、ではまず僕の足技からお目にかけよう。ほあたァ!!」
先に仕掛けたのは、綺咲だった。空高く舞い上がると、竹田さんに向かって連続蹴りを繰り出そうとする。足が分裂して見えるほどの速い一撃。それを竹田さんはとっさに見切ると、右腕でガードしつつ避けようとした。竹田さんの身体が、風に吹かれた絹布のようにしなやかに版回転する。しかし――
「あたッ!?」
「当たった!」
綺咲が繰り出した蹴りのうち、一発が竹田さんの左肩を掠めた。その衝撃でよろめいた竹田さんは、膝をつきながら着地する綺咲を睨みつける。
「リーチが読めない……! 足が妙に長い上に、一撃が重い!!」
「そうさ、僕の足はとても長いのだよ。イケメンたるものの証さ」
「くッ……! 思ったより厄介ですね!」
肩を押さえながら、顔をしかめる竹田さん。それを見た小夜は、あちゃーっとばかりに額に手を当てる。その顔には驚きと呆れが見て取れた。
「あ、あいつ……! あんなに自信満々だったのに、足の秘密に気付いてなかったのか……!」
「な、何だよ。秘密って!」
小夜に俺がそう尋ねると、小夜は妙に怖い顔をした。そして大きく息を吸い込むと、もったいぶるように言う。
「あいつの足の秘密はな、シークレットなんだ」
……小夜よ、いつの間にお前はルー○柴の真似をするようになったんだ。あまりのボケっぷりに、俺は突っ込みを入れることすらできずにずっこけたのだった――。
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