第六十八話 一回戦の相手
口が裂け、金色の眼が輝く鬼の面。二本の角は宙を刺して周囲を威圧し、赤黒い肌は血に塗れたようだ。少女のその異様な姿に、会場の空気が硬直する。司会者の息を飲む音が、マイクを通じて静かにいた。さきほどまでざわめいていた観客たちも、声を止め、少女の姿に注視した。
「……誰かと思ったら、あの子でしたか」
静寂のせいだろう。離れた場所に立っているはずの村里のつぶやきが、はっきり聞こえた。この男、あの少女と知り合いなのか? 声を聞いた俺たちは、揃って彼の方へと視線を投げる。そうしたところで、停止していた司会者が再起動を果たした。
「おおっと! これは予想外! 桂上選手、鬼の面をつけての登場だ! これは、試合では心を鬼にするという決意の表れかー!!」
声を張り上げる司会者。少女はその横に立つと、優雅な仕草で頭を下げた。肩まで伸びた黒髪が、はらっと揺れる。それを見た小夜の眼が、にわかに鋭くなった。
「隙がない。あいつは、強いな」
「分かるのか?」
「修練して居ればな」
「またライバルが増えるのか……」
「良かったじゃないか」
嫌そうな顔をした俺に、小夜は何故かニタァっとからかうような笑みを見せた。彼女は俺のほっぺたを人差し指で軽くつつく。
「あれならお前だって、戦いやすいんじゃないのか?」
「そりゃそうかもしんないけどさ。強いんだろ?」
「安心しろ、今のお前だってそれなりに強いさ」
「そうなのか?」
「自信を持て、私が保証してやる」
小夜はそう言うと、俺の背中をバンバンと叩いた。小夜がそういうのなら、そうなんだろうか。予選のこともあって、少しばかり自信が湧いてくる。俺にはステータス再割り振りと言う、チート級の能力がある。それを活かせば、自分で考えている以上には強いのかもしれない。膝を軽く叩くと、武者震いをして自身を鼓舞してやる。
そうしていると、鬼の面をつけた桂上選手に続いて、シード枠の選手の名前が呼びあげられる。
「次は、綺咲麗次郎選手!」
通路の陰から、長髪の男が姿を現す。細く締まった体を、真っ白な礼服に包んだその姿は、どこぞの王子様を思わせる。某歌劇団の男役とでも言えば、その雰囲気は伝わるだろうか。涼しげな笑みを浮かべた顔は、目鼻立ちの整った細面の美形で、長いまつ毛と血色の鮮やかな唇が、何とも言えない怪しげな色気を振りまいている。その視線に当てられた観客席の女性たちから、たちまち黄色い歓声が上がった。
ケッ、イケメン様かよ。俺は露骨に眉をしかめると、その無駄に爽やかな顔を軽く睨んでやった。すると彼はやれやれとばかりに目を細め、見せつけるかのように大きく手を振った。観客席から響く女の子たちの歓声が、よりいっそう激しくなる。その様子は、ファンサービスをするどこぞのアイドルのようだ。俺の心の中を、黒い敗北感が埋める。
「この綺咲選手は幼いころより数々の大会で優秀な成績を収め、最近ではアメリカ進出も果たした世界的な武道家です! 得意とするのは――」
司会者は彼が今までに積み上げてきた輝かしい戦績の数々を、次々と列挙していく。その口調には熱がこもっていて、唾を飛ばさんばかりだ。
そうして一分ほどが過ぎた頃だろうか。いい加減に長いなと思っていると、不意に綺咲が司会者からマイクを奪い取る。
「説明はもう十分だ。俺はこの大会の優勝者、それでいいだろう?」
いきなり飛び出したビッグマウス。観客たちは一瞬の沈黙ののち、その大胆不敵な勝利宣言に歓喜した。立ち上がって声を張り上げる者の姿も、ちらほらと見える。さしもの司会者も、その雰囲気に飲まれたのかマイクを奪われたことも忘れて立ちつくした。けれど、さすがはプロと言うべきか。十秒ほどもすると再起動を果たし、マイクを取り返して叫ぶ。
「何と言う大胆な宣言でしょう! 果たして、彼を止められるものは現れるのかーー!?」
会場中に響く叫び。だがその一方で、小夜や村里と言った実力者たちは、妙に涼しい顔をしている。むしろ、少しばかり呆れているようだ。どういうことなのだろう。理由が分からない俺は小夜の肩をトントンと叩く。
「なあ、ずいぶん余裕だな」
「まあな。ありゃ、見かけ倒しだ」
「そうか? 何だか凄い経歴の持ち主みたいだけど……」
俺がそうして言葉を濁すと、小夜は綺咲の靴の辺りをそっと視線で示す。
「靴がどうかしたのか?」
「見て分からんのか? ま、そのうちわかるだろう」
「おいおい、それはどう――」
「続いて、マリア選手の登場です!!」
俺の問いかけをかき消すように、司会者の叫びが響いた。それにしたがって、マリアことラルネが姿を現す。最後に真打ち登場、とでもいった雰囲気だ。いつもの黒いドレスを揺らしながら、しとやかな仕草で通路からこちらへと歩いてくる。豊かな金髪が、陽光を反射して神々しいまでに輝いた。
見た目は可憐で美しい彼女の登場に、会場――特に若い野郎――が総立ちとなる。熱気は最高潮。拍手は天が割れそうなほどだ。
司会の男はどことなく緩んだ顔でラルネを見ると、彼女の略歴を非常に簡単に紹介した。今まで紹介されたどの選手よりも、さっぱりとした説明である。偽りの経歴は、そこまで細かくは考えられていなかったということだろうか。けれど、そんな物に違和感を覚えるほど冷静な人物は、既にこの会場には居ない。熱気と興奮に包まれて、みなどこか浮足立っていた。
「以上、八名の選手によって試合は争われます! 本選の形式は参加者八名によるトーナメント戦です! なお、対戦カードや対戦順はくじ引きで決定されます!」
ザッと舞台の右脇を示す司会者。そこには大きなホワイトボードと、ミカン箱ほどのサイズの箱が置かれていた。ホワイトボードにはトーナメント表が書かれていて、その一番下には右から順に赤・青・黄・緑と色が書かれている。
「ボックスからヒモが伸びているのが見えますでしょうか? ヒモの先端はそれぞれ赤・青・黄・緑の四色で着色されており、同じ色を引いた選手同士が戦います! 対戦順は、右からトーナメント表に書いてある通りです。では出場選手のみなさんは、ボックスの周りに立ってヒモを握ってください!」
司会者の指示に従い、俺たちは箱の周囲へと移動すると、そこから伸びているヒモを握った。さて……いきなり身内とは当たりたくないな。出来れば、さっきのイケメン野郎あたりと戦いたいところだ。シード枠だけど、小夜によるとあんまり強くないみたいだし。逆に、小夜や村里と当たったらほぼ絶望的だな。勝てる気がしない。頼む神様、それだけはやめてくれ……! お賽銭、あとで五十円払うから!
小夜たちも俺とほぼ同じ考えに至ったのだろう。彼女たちは周囲の選手を一瞥すると、どこか期待するような眼差しを綺咲へと向ける。すると、何を勘違いしたのだろう。彼は長髪をさらりとかき上げると、軽くウィンクして見せる。そして――
「ハニーたち、食事は試合の後でね?」
「みなさん握りましたね? どうぞッ、引いちゃってください!!」
綺咲のつぶやきを無視するかのように、七人の選手は司会者の号令に従って一斉にヒモを引いた。あっけにとられた綺咲はその綺麗な顔を間抜けに硬直させながらも、やや遅れてヒモを引っ張る。
「みなさま、色をご確認ください!」
緊張でもたつきながらも、ゆっくりとヒモを手繰り寄せる。先端を見れば、そこは鮮やかな緑に染め上げられていた。とっさに周囲を見渡す。緑のヒモを手にしているのは――
「や、君かい」
「ラルネ……!」
ニタッと笑うラルネ。初戦から、激しい戦いが始まりそうであった――。
次回からいよいよ戦闘開始です!
今後の展開にご期待下さい。
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