第六話 デート?
千歳先輩に手を引っ張られ、俺は取る物もとりあえず、学校の外へと連れ出された。一体、これから俺をどこへ連れて行くつもりなんだろう。俺は住宅街の細い道をゆっくりと歩きながら、周囲に視線を走らせる。もしかして、この町のどこかに彼女たち魔導師の集まる集会所でもあるのだろうか。例えば、人気のない廃屋が密かに改造されていて、そこに夜な夜な魔導師たちが集っているとか。
「……先輩、どこへ行くんですか?」
「内緒」
悪戯っぽく笑う千歳先輩。その瞳からは、先ほどあった冷徹さはすっかり抜けていた。一体何を考えてるんだこの人……真意が全く読めない。俺はカバンに手を突っ込むと、その中に入れてあるお守りを握りしめる。万が一の時はこれだけが頼りだった。
千歳先輩の背中を追ってしばらく歩いて行くと、住宅街を抜けた。道幅が広くなり、建ち並んでいる建物も民家からビルへと変わる。やがて通りの先に、一際大きくて角張った形をした建物が見えてきた。青地に白い鶏の看板を掲げたその建物は、この地域の住民なら誰もが知っている「カトーナノカドー」である。インドア派の俺も月に一回はお世話になる場所だ。スーパーはもちろん充実した専門店街にシネコン、さらには屋内プールまである大規模な商業施設だ。俺たち学生にとっては言わば、ショッピング施設兼レジャー施設兼デートスポットというような非常に便利な場所である。
「ナノカドー?」
広々とした駐車場の真ん中で、俺は茫然とそのさながら城塞のように巨大な建物を見上げた。クリーム色の外壁と「春物大処分市!!」と書かれた大きな垂れ幕が目に飛び込んでくる。何でよりにもよって、ナノカドーなのだろうか。まさかこんな人の多い場所に、魔導師たちの集会所があるのか? 俺は賑わうショッピングセンターの端にこそこそ集まる魔導師たちの姿を想像して、思わず肩をすくめる。何と言うか、あってほしくない光景だ。イメージ崩壊にもほどがある。
「先輩、これは一体?」
「ここでデートしましょう。これから夜まで、私はあなたの彼女になる」
「は?」
先輩の言葉は、俺の頭を右から左へスウッと通り抜けて行った。俺は一瞬、その言葉の意味がわからなくて思考停止状態となってしまう。頭の中が真っ白になるとは、まさにこのことだろうか。言葉が思いつかなくて「へ? あ?」と言った間抜けな声が口から出てしまう。
「だから、デートしようと言っているの。私では御不満?」
「そ、そういうわけじゃないですけど……何でデート?」
「たまにはいいじゃない。私とデートできるなんて、貴重な機会なのよ」
「は、はあ……」
「じゃ、行きましょう」
そう言うと、千歳先輩は横断歩道を渡って自動扉をくぐり、そのまま建物の中へと入って行ってしまった。何か深い思惑があるのか。はたまた、本当にただの気まぐれなのか。俺は千歳先輩が何を考えているのかさっぱり分からなかったが、相手は魔導師だ。ここは覚悟を決めてデートをするしかない。
「よし! ……待ってください、先輩!」
こうして俺は、何故か先輩と制服デートをすることとなったのであった――。
デート開始から数時間。今のところ、デートの内容はごくごく普通の物だった。専門店を回って服や小物を見てみたり、アイスを買って一緒に食べたり。さすがにカップル用のストローは使わなかったが、ジュースも飲んだ。そして今は、ゲームセンターでドラムの達人という音ゲーをしている。今の俺たちを傍から見たら、リア充カップルにしか見えないだろう。実際、先輩も何故かそういう態度を取っていた。俺の方はそういう気安い態度にはなれなくて、きっちり「先輩」と呼んで居るけれど。
「竜前寺君やるわね! 私よりずっと高得点じゃない!」
プレイが終わり「1200000」と表示された俺の画面を見て、先輩は興奮したように声を上げた。一方の千歳先輩は「800000」。これが初めてだと言っていたから、相当の記録だと思う。俺の方はここに来るたびに小夜と一緒にプレイしているから、まあ、ある意味結果を出して当然なのだ。小夜なんて、これで「1400000」というふざけた記録を出すし
「俺は慣れてますから。それより先輩の方が凄いですよ」
「そう? じゃあ二回目……って、そろそろいい時間ね」
時計を見ると、時刻は午後七時半となっていた。いつもならばとっくの昔に家に帰って、飯を食っている時刻だ。俺は遅くなる時は必ず事前連絡しているので、万里や母さんが心配しているかもしれない。そう思ってポケットからスマホを取り出すと、案の定、気付かないうちに不在着信が何件もあった。ただ表示されている番号は、自宅のものではなく全く見覚えがないものだ。
おかしいなと思った俺がその番号に掛け直そうとすると、千歳先輩がそっとアイコンタクトをしてきた。その視線はデート中の柔らかな物とは異なり、奥にどこか冷たい光を孕んでいる。俺は慌ててスマホをポケットに戻すと、先輩の方へと視線を戻した。
「ねえ、こうして半日デートしたわけだけど……あなたはまだ私のことが怖い?」
「いえ……何というか、良くわからない感じです。先輩が本当はどういう人物なのか」
これは半日デートしたうえでの、俺の率直な感想だった。デート中の先輩は本当にそこら辺に居るごく普通の女の子にしか見えなかったのだ。可愛い服に眼を輝かせたり、アイスをたくさん食べ過ぎて頭痛に悩まされたり。非常に人間くさい、一人の少女そのものだった。けれど今の先輩は、瞳の奥に何か底知れない物を宿したまさに冷徹な魔導師そのもの。そのどちらが本当の姿なのか、俺はさっぱり図りかねていた。
「私は普通の人間よ。だからそれを知ってほしくて、今日一日あなたと過ごしたわ。あなたに見せた姿は、偽りじゃない」
「そ、そうなんですか……?」
「だから今度は、あなたが見せてほしいの。本当の姿を」
「え、いや俺は……ただの高校生ですよ。先輩と違って見た目も悪いし、成績も良くないし、運動だって……」
「嘘。あなたは何か特別な力を持っているはず。例えばそうね、魔力を感じ取るような。じゃなければ、私をそんなに恐れたりはしないわ」
先輩は一歩前に出ると、鋭い眼差しで俺の顔を見上げた。クソ、なんて言えばいいんだ……!? 俺はとっさに上手い言い訳が思いつかなくて、全身からだらだらと嫌な汗を流す。額からぼたりと制服に滴が落ちた。
「おととい、この町で微弱だけど魔力の反応があったわ。昨日調べてみたんだけど、その場所はちょうど竜前寺君の家の付近だったのよ。あなた、昨日から様子がおかしいし、何か関係があるんでしょう?」
――もしかして、ステータスが原因か?
俺はとっさにそう思ったが、慌てて口をグッと閉じた。ここでステータスの存在を明かしてしまえば、一体何をされるかわからない。どうにか、のらりくらりと乗り切らなければ――思考ともどかしさだけが加速していく。その時だった。千歳先輩の胸元がブルブルと震え、鈍い振動音が響く。
「いいとこなのに!」
千歳先輩は忌々しげにそう言うと、胸ポケットからスマホを取り出した。彼女はそれを耳に押し当てると、荒っぽい口調で話し始める。だがすぐに、彼女は顔色を変えた。
「わかったわ、今すぐ行く! 急用が出来たわ、また今度ね!」
「あ、ちょっと!」
呼びとめる間もなく、千歳先輩は走り去って行った。スカートが翻るのも構わずに走るその様子は、明らかにただ事ではない。何かヤバいことがこの町で起こったのかも……俺はすぐにそう思ったが、とりあえずは助かった。全身の力が抜けて、思わずふうっとため息が漏れる。すると今度は、俺のスマホがブルブルと震え始めた。画面をタップしてみると、先ほどかかってきたのと同じ番号からだ。
『もしもし』
『やっと出たか! おいタクト、今どこに居るんだ! お前が晩飯になっても帰らないって家から何回も電話があったぞ!』
受話器の向こうからマシンガンよろしく響いてくる声に、俺は聞き覚えがあった。このややハスキーな声色は間違いなく小夜だ。聞き間違えるはずがない。
『ん、小夜か? いまナノカドーだ。千歳先輩に捕まってさ』
『な!? だ、大丈夫か!?』
『何とかなったよ。……それよりお前、一体どこからかけてるんだ? 番号がおかしいんだけど』
『ん、それなら病院の公衆電話から掛けてるからだな』
『病院? お前、また誰かを怪我させたのか』
強すぎる小夜は、よく道場の門下生を怪我させては病院まで付き添いに行っていた。今回もまたそんなところだろうか。俺がそう推測すると、受話器の向こうから違う違うと声が響いてくる。
『事故があったんだよ。家の周りをランニングしてたら、目の前で四組の七瀬がトラックに跳ねられてな。急いで通報して、そのまま付き添いで病院へってわけだ』
『あの七瀬が?』
四組の七瀬と言えば、我が辰見高校サッカー部の次期エースと言われている男だ。俺も何度か彼の試合を見たことがあるが、敵の防御をスルリスルリとさながら蛇のように潜り抜ける素晴らしい活躍をしていた。そんな軽快な動きのできる人間がトラックに跳ねられるなんて、イマイチ想像が付かない。
『何かな、横断歩道を渡っている途中でいきなり棒立ちになったんだ。そこへ突っ込んできたトラックに跳ねられて、ドンッだな。原因はよくわからんらしいが、とにかくショック性の何からしい』
『ショック性ねえ……。まあいいや、気を付けて家まで帰れよ』
『ああ、お前もな。途中で事故に遭ったりするなよ。タクトはトロいから、心配だ』
『何を! 小夜だって筋肉馬鹿だから心配だ!』
こうしてひとしきり冗談を言い合い、あははと笑い合った俺たち。それが終わると俺は通話を切り、急いで家へと走った。そうして我が家にたどり着くとそこには――仁王と化した母さんと万里が居た。……俺のせいじゃないのに、世の中って理不尽すぎる。辛い憂き世の定めを噛みしめながら、俺は夜更けまで説教されたのだった――。
とりあえず、過去最長の話となりました。
字数はこれぐらいでいいんだろうか……?
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