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ステ振り!  作者: キミマロ
第三章 天上天下世界一武道会
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第六十四話 二人

「すみません、すみません!! もうこんなことしませんから!」

「私の忠告を無視して出場するなんて、ひどいじゃない」

「や、やめて! 足の小指を叩かないで!」


 試合会場の脇にある小さな用具倉庫。狭く薄暗いそこで、事情を説明した俺は先輩からキツイお仕置きを喰らっていた。靴のつま先で、足の小指を軽く叩かれるのである。怪我をしないように最大限加減はされているが、絶妙に痛い。たんすの角に小指をぶつけるあの感覚を、完全再現している。

 うずたかく積まれたマットの上に腰掛けた先輩は、手にした棒で小指をかるーく叩きながら、悶絶する俺をどこか嗜虐的な目で見ていた。これ、お仕置きというより先輩の趣味なんじゃないか? 俺は疑問に思うが、先輩の無表情を見ては何も言えなかった。怒っている。物凄く、怒っている。それが実体を持って、はっきりと伝わってくる。


『試合終了です! ただいまより明日の本選出場者を発表しますので、みなさまお集まりください!』


 響き渡る館内放送。先輩は棒をゆっくりと持ち上げると、元あった場所へと戻した。そして先ほどまでとは一転して、いつもの無表情へと戻る。


「もういいわ。今度の件はこれで許してあげる」

「あ、ありがとうございます」

「早く確認してきたら? たぶん、あなたも本選に出場するんでしょう?」

「は、はいッ!」


 俺は先輩に軽く頭を下げると、すぐさま倉庫を飛び出した。見れば、部屋の前方に大きなホワイトボードが置かれ、そこに本選出場者の名前が書きだされているようだ。だが、ここからでは文字が小さすぎてよくわからない。俺は人込みをかき分けると、どうにか前へ出ようとする。


「お、タクト! どこへ行ってたんだ」

「捜しましたよ!」


 人混みの最前列には、小夜と竹田さんの姿があった。彼女たちは俺のことを発見すると、すかさず駆け寄ってくる。呆れ顔をする彼女らに、俺はポリポリと頭を掻いた。


「それが、千歳先輩に眼をつけられちゃって」

「先輩が来てるのか?」

「ああ、ラルネの様子を見に来たらしい」

「それヤバくないですか? 先輩って、大会に参加するなって言ってましたけど……」


 竹田さんの問いかけに、俺は黙って靴を脱いだ。ついでに靴下も脱ぎ、赤くなった小指を見せる。


「うわ、どうしたんですかこれ……」

「先輩にお仕置きされた結果だよ。棒で小指をこつんって、繰り返しやられた」

「そりゃ……」


 口元を押さえ、揃って青い顔をする小夜と竹田さん。二人は妙に内股になると、靴のつま先を隠そうと変な動きをする。額に、汗の球が光っているのが見えた。法師や武道家と言えど、小指を叩かれる痛みはやっぱ共通なのか。俺は変なところで得心すると、ふうっと息を吐く。


「大丈夫だよ、さすがの先輩も女の子にそんなことはしないだろ」

「そ、そうですよねえ」

「いや、先輩は魔女だぞ。意外とあるかも……」


 小夜は両手を幽霊のように前へと突き出すと、怖い顔をした。竹田さんは身体をブルブルっと震わせると、冷や汗を流しながら苦笑いをする。


「いやだなあ、やめてくださいよ! それより、本選出場者の確認をしましょう!」

「……それもそうか。まあ、既に決定しているんだがな」

「そういえば、白泉先輩ってどこにいったんだ? 姿が見えないけど」

「ああ、先輩なら『あたしはどうせ決まってるし、見なくていいだろ』って言って先に帰っちゃったぞ」

「相変わらず、自由だなあ」


 俺はやれやれと両手を上げると、ホワイトボードの確認をした。上から順に、A、B、C……と各ブロックの代表者の名前が書かれている。そこには当然、俺たち四人の名前がバッチリあった。勝ち上がってきたのだから、当然だ。他には村里の名前ともうひとり、知らない選手の名前がある。


桂上かつらうえ かおり……。名前の読み方からすると、女の子かな」

「女の子なんて居ましたっけ? 目立ちそうですけど、女の選手なんて私たち以外には見かけなかったような」

「あれじゃないか、パッと見では女だと分からないぐらいの巨漢で、他の選手に溶け込んでるとか」


 そういうと、キョロキョロと周囲を見渡してそれらしき人物を捜す小夜。おいおい、そんなのは以前のお前だけだろう。そんなにガタイが良い女の子が早々居てたまるかよ。俺は小夜の肩をつかむと、ふうっと息をつく。


「んなわけないだろ」

「いや、きっといるはずだと思うんだがな……」

「そんなの前のお前限定だろ。それより、用も済んだしさっさと帰ろうぜ。先輩に見つからないうちに」

「あら、誰に見つからないうちにですって?」


 氷水を思わせる、冷やかな声が響く。俺たち三人は、揃って体を震わせた。肩がヒクリと跳ね上がる。そして全員、油が切れたロボットのように、鈍い動きで後ろへ振り向いた。するとそこには、満面の笑顔を浮かべた千歳先輩が立っている。だがその眼には恐ろしい光が宿っていて、全身から恐ろし威圧感が放たれていた。そのあまりの迫力に周囲の男たちも場所を開けて、さながらクレーターのような空白地帯が出来ている。


「せ、先輩!?」

「お、俺はもう怒られましたから! もういいですよね!?」

「ええ、竜前寺君はもうお仕置きしたからね。あとは……」

「わ、私はタクトに連れてこられただけだ!」

「なッ!?」


 いきなり責任を押し付けてきた小夜。何を言っているんだこいつは。俺は動揺して額を押さえつつも、口を尖らせて猛然と反論する。


「いやいやいや! お前、もともと出場するつもりだっただろ!」

「確かにそうだった。だが、それだけなら先輩に出場をやめろと言われた時点でやめていた!」

「んなアホな!!」

「ほんとだ、お前があれを壊さなければだな……」

「いや、小夜の責任でもあるだろあれは」

「あれ? あれって何かしら?」


 疑惑。先輩の目が、猫のように細まる。その眼差しの鋭さに、俺と小夜はすぐさま身を引いた。そして先輩の方を見ると、互いの顔をチラチラと見ながらぎこちない笑みを浮かべる。


「べ、別に大したものじゃありませんよ。なぁ小夜?」

「ああ、そうだ。大したものじゃない!」

「何か怪しいわね。まあいいわ、どちらにしろ出場したのは事実だし……」


 先輩は小夜の前に立つと、その顔をじーっと見上げた。そして手をまっすぐに突き出すと、ゴツンっとその額を叩く。鈍く、結構大きな音がした。小夜は思わず顔をしかめると、額をしっかりと手で押さえる。その白い額は、赤くなって心なしか腫れているように見えた。


「これで許してあげるわ」

「えッ!? 甘くないですか!?」

「や、これ地味に痛いぞ……」

「いやいや、俺に比べると格段に甘いから! プリンに砂糖掛けたぐらいだから!」

「良くわからないけど、何か事情がありそうだしね。まあ、あなたの時はちょっとやり過ぎたかも」

「そんなぁ……」


 がっかりと肩を落とし、ため息をつく俺。そんな俺の横で、竹田さんはふうっと胸をなで下ろす。だがそんな彼女を、先輩は容赦のない視線で睨みつけた。その迫力に、たちまち竹田さんは気をつけの姿勢を取る。


「あなたは、どんな理由でこの大会に参加したの?」

「えっと、優勝賞金が一千万円ももらえると聞いたので……」

「……ようはお金のためなのね」

「ま、まあそういうことですね。最近はお寺の経営もいろいろと……」

「なるほど」


 先輩は冷めた口調で一言そういうと、竹田さんの肩をガシッと鷲掴みにした。竹田さんはあわっと目を丸くすると、とっさにその場から逃げようとした。けれど、彼女の肩を掴んだ先輩の手は微動だにしない。白く細いはずの手が、さながら地獄先生の左手のように大きく禍々しく見える。俺は、恐る恐る先輩の顔を覗き込んだ。するとそこには――般若が居た。表情こそにこやかだが、眼が、眼が!


「竹田さん、ちょっとこっちに来てくれるかしら?」

「ひィ!? ご、御遠慮したいです!」

「遠慮はいらないわ、早く」


 先輩は竹田さんの腕を鷲掴みにすると、そのまま涙目になっている彼女を強制的に引きずり始めた。その行動に、手足をバタバタと振るい、駄々っ子のように騒いで抵抗する竹田さん。彼女はやがて俺たちの方を見ると、うるうると助けを求めるような顔をする。その眼差しに、俺と小夜は互いに顔を見合わせた。けれど、打つ手があろうはずもない。俺たちは揃って頭を下げると、合掌する。


「頑張れ」

「……私も、遠くから見守っている」

「そんなぁ! 助けて下さいよーー!!」


 竹田さんの悲痛な叫びが、会場全体に響き渡った。その時、人混みの向こうから涼やかで落ち着いた声が響いてくる。声のした方を見ると、そこには――


「やめてあげたらどうだい? 力づくは感心しないよ?」

「ラルネ……!」


 ラルネと千歳先輩。危険な二人が、いまここで接触してしまった――。


大学の新学期が始まり、バタバタとしておりました。

更新の感覚がやや長くなってしまいましたが、これからは少しずつ頻度を戻していきたいと思いますのでよろしくお願いします。


※小夜へのお仕置きを少し修正しました

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