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ステ振り!  作者: キミマロ
第三章 天上天下世界一武道会
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第六十一話 老師

 本来なら、白く清潔感に溢れていたであろう食堂。そのリノリウムの床に、割れた皿と料理が飛び散っている。スープが薄く広がり、その上をゆらゆらとレタスが漂っていた。紅いソースが飛び散り、白いパンがまだらに染まっている。混沌。元は美しかったであろう料理が混然一体と混ざり合い、何とも醜い物へと成り果てていた。


「だ、誰がこんな……!」

「ひどい!」

「せっかくの飯を、許さんぞ!」


 食事を台無しにされ、声を荒げる小夜や俺たち。すると、事件の犯人はすぐに見つかった。連中は悪びれる様子もなく、飛び散った料理のそばでへらへらと笑っていたからだ。その揃いの道着を見た途端、こみ上げる怒りに拳が震える。


「また、お前らか……!」

「すみませんねえ。私が取ったスープに虫が入っていたもので、つい」

「虫が入ってた、だと?」


 俺の問いかけに、村里は軽い調子で頷いた。そして、親指と人差し指で小さな隙間を作って見せる。


「これぐらいのね、ハエですよ。私の以外には入ってませんでしたけど、念のため全部『捨てて』おきました」

「そんなことで、これをやらかしたのか?」

「ええ。みなさんがお腹を壊したら、大変じゃあないですか」


 細い目をわずかに開き、ニタァっと粘着な笑みを浮かべる村里。その顔を見た瞬間、俺は身体が芯から凍りつくような感覚に囚われた。こいつは、俺たちとは何かが違う。狂っている――いや、そんな単純なもんじゃない。もっと複雑で恐ろしい何かだ。


「いい加減にしろ……」


 俺のすぐ脇に立っていた小夜が、低い声で呟いた。抑揚のない、機械が出しているような冷淡に過ぎる声だった。そこに含まれたあまりの怒気に、俺はとっさにその肩へと手を伸ばす。だがそれを、竹田さんが制した。


「行かせてあげましょう」

「いや、でも……」


 村里へ向かって歩く小夜。その背中から発せられるオーラは、ただごとではない。空気が痺れているようだ。このまま行かせれば、まず間違いなく喧嘩が始まる。もし試合前に騒動が起きたら、最悪出場停止だ。そのことは竹田さんだって分かっているだろうに、何故か手をどかしてくれない。


「止めたって、塾頭は止まるような人じゃないですよ。それに、一度すっきりした方が収まるってものです」

「けど、ここで問題を起こしたら……」

「本当にヤバくなったら、私が止めますから」


 そう言うと、竹田さんはバシッとサムズアップをする。力強い、いい笑顔だ。だけど何となく頼りにならなさそうなのはどういうことだろう。俺は胸にこみ上げる不安感を覚えつつも、ひとまずは黙って小夜の方を見る。


「お前らが、これをやったんだな?」

「ええ、そうですよ」

「だったら、自分たちで処理をしろ!」


 そう叫ぶと、小夜は近くに落ちていたショートケーキを手にした。そしてそれを、皿ごと勢いよく村里の方へと投げつける。ホイップクリームを飛び散らせながら、一直線に飛ぶケーキ。村里は突然の出来事に、あっけに取られたように目を見開いた。当たる――! 俺は顔面が真っ白になった村里の姿を想像して、争いは避けられないものだと直感した。だがその直後、予想外のことが起きる。


「曲がった!?」


 直立していたはずの村里の身体が、あり得ない方向へと曲がった。腰をずらして見せるマジックがあるが、まさにそんな感じだ。腰を切り離してしまったかのように、上半身が大きく左側へずれる。ケーキは何もない空間を突っ切り、そのまま床に落ちた。蛇か、軟体動物か。人間離れしたその動きに、堪らず息を飲む。


「な、バカな……!」

「これが鬼無流柔術です。なかなかのもんでしょう?」

「クッ、ならこれでどうだ!」


 小夜は落ちていた皿を二つ手にすると、それらを上下に分けて一気に投げた。二つの軌道で迫る皿。足元と肩のあたりを狙ったその一撃は、さすがの村里でも回避はできないように思えた。だが、彼はまたも嫌味な雰囲気の笑みを浮かべると、ひょいっと軽やかに飛び上がった。そして空中で身体をコの字型にまで曲げると、皿を見事に回避しきってしまう。熟練の軽業師か、はたまた超人か。とにかく、並の人間には出来ない芸当だ。その見事さに、俺たちは一瞬、怒りを忘れて見入ってしまう。


「武術の技を、下らんことに使いおって……! 許さんぞ!」

「私たちの技です。どう使おうが、勝手でしょう?」

「もう、我慢できん!」


 さらに足を前に踏み出し、村里の方へと歩み寄ろうとする小夜。その手を竹田さんがガッシリと掴む。


「待ってください! これ以上は行かせません!」

「そこをどいてくれ。私はどうしてもあいつを殴らないと、気が済まん!」

「でも!」

「いいから!」

「わ、わかりました! 好きにしてください!」


 小夜の気迫に、あっけなく押し切られてしまう竹田さん。お、おい!? 私が止めるんじゃなかったのか? 俺がそう思う間もなく、小夜は腰に携えていた木刀を引き抜いた。刹那、疾走する刀。切っ先が直線を描き、村里の頭へと吸い込まれていく。再び曲がる腰。だが、小夜の放った木刀はその有機的な軌道を見事にトレースした。猟犬のように、動きまわる村里の身体に喰らいついて行く。彼の細められた瞳が、おやっと見開かれる。これは、入った――! 俺は小夜に叩きのめされる村里の姿を想像して、グッと拳を握った。だが、その直後――


「これこれ、ほどほどにせんか」


 小夜の木刀が、寸鉄のような物で止められた。受けたのはもちろん、村里ではない。ラーチュンだ。いつの間にか姿を現した彼が、小夜と村里の間に割って入ったのだ。全く予想外の人物の登場に、二人の顔が硬直する。


「な、なぜ!? あなたには関係ないはずだ!」

「関係ないことはないじゃろう。わしはそなたの対戦相手じゃからの。ここでそなたに居なくなられてはつまらん」

「居なくなる……?」

「そうじゃ。このまま争いを続けておったら、出場停止になっていたじゃろうて」


 目をカッと見開き、重々しい口調で告げるラーチュン。彼は小夜の顔から視線を逸らすと、食堂の端の方を見た。するとそこには、いつの間にか黒服の男たちが集結していた。ラルネと四条院先輩の姿も見える。騒ぎを聞きつけて、主催者側の人間も集まってきていたようだ。このままここで争いを始めて居たら、まず処分は免れなかっただろう。間一髪、だ。


「ここはこの年寄りの顔に免じて、引き下がってはくれんかの」

「……わかった」

「そなたも、良いな?」


 ラーチュンは後ろへ振り向くと、村里の顔を見た。彼は参ったなと頭を掻くと、こくんと軽い調子で首を振る。その様子は、さながら親に叱られた意地悪坊主のようであった。亀の甲より年の功、さすがの村里も年長者の意見には簡単に逆らえないらしい。


「よし。では、神凪殿じゃったかの。次の試合、楽しみにしておるぞ」

「は、はい!」


 小夜が返事をすると、そのままラーチュンはどこかへと立ち去ってしまった。それと入れ替わるようにして、黒服たちが部屋へとなだれ込んでくる。その先頭に立った四条院先輩は、会場を広く見渡すとはきはきと指示を出す。


「料理についてはすぐに取り換えさせていただきます! なお、それに伴って休憩時間を三十分延長と致しますわ!」

「おう、そりゃありがてえ!」

「なお、今回の件を起こした鬼無流柔術の方々は厳重注意と致します。代表の方は、後でこちらまでいらしてください」

「はいはい、わかりましたよ」


 数名の黒服によって瞬く間に食堂は綺麗に清掃され、再び料理が並んだ。あらかじめ用意していたのでは? そう思ってしまうほどの、手際のよさだ。さすが四条院家、伊達じゃないな。作業を終えて食堂を出ていく黒服たちを、俺たちは半ば茫然と見送る。


「さてと、料理も戻ったし食うか!」


 暴れるタイミングを逃したせいか、やや消化不良といった様子の白泉先輩。彼女は皿を手にすると、一目散に料理の方へと走って行った。ナイフを肉に突き刺し、物凄い勢いで吸いこんでいく。さながら、どこぞの大食い選手権のような勢いだ。フードファイターとでも言った方が良いかもしれない。


「俺たちも、早く飯にするか」

「すいません、止められなくて」


 申し訳なさそうな顔をする竹田さん。俺は一瞬ムッとしたが、その顔を見て怒るのをやめた。美少女が顔を下に向けて、目を潤ませているのだ、怒るに怒れない。哀しい男の性だ。代わりに、俺はその頭をわしゃわしゃと撫でる。


「反省してるならいいさ。今度からはしっかりしてくれよな」

「もちろんです!」

「さて、そのことは置いておいて……小夜は何を食う?」

「ん?」


 俺の言葉に、小夜は心ここにあらずと言った様子で返事をした。食い意地の張った小夜らしくもない。


「なんだ、まだ収まらないのか?」

「いや、そのことじゃなくてな。あのラーチュンって爺さんのことだ」

「あの人がどうかしたのか? 止めてくれたし、いい人じゃないか」

「そういうことじゃない。その、なんだ。止めに入る時、気配が全くなかったんだ。こんなこと今までなかった」


 緊張した面持ちで呟く小夜。その表情は強張っていて、額からは汗が落ちていた。小夜がこんなにビビっているところを見るのは、生まれて初めてだ。


「あいつ、強いのか」

「恐らくな」

「勝てるか?」

「自信はある。だが正直、断言はできない」


 小夜は珍しく不安をあらわにした。いつになく小さく見えるその手を、俺はがっしりと握りしめたのだった――。


宇宙一偉いモヒカン神+砂漠のロンリーウルフ=竹田さんの性格です。

……この説明で分かる方、どれぐらい居るんでしょう。

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