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ステ振り!  作者: キミマロ
第三章 天上天下世界一武道会
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第五十九話 予選開始!

「ここが予選会場か……結構広いな」


 籤を手に隣室へ移動すると、そこは端に居る人が手のひらサイズに見えるほど広い場所だった。どうやら、屋内イベント用のスペースらしい。天井も高く、水銀灯がリノリウムの床を照らしていて体育館のような造りだ。その広い床にリングが六つ設置され、その脇にA~Fのアルファベットが書かれた看板が立っている。既に大半の選手たちは、その看板の隣で予選が始まるのを今か今かと待っている状態だった。


「じゃあ、ここで一旦お別れですね」

「ああ、月奈も頑張れ。一応、お前も神凪流の一員なんだからな」

「もちろんです! 塾頭こそ、油断しないで下さいよ」

「大丈夫だ」


 互いに励まし合うと、こつんっと拳をぶつけて別れる二人。何だかんだ言っても、いい雰囲気だ。そう思っていると、俺の肩がわしっと誰かに掴まれる。


「ははは、何か自信ないみてーだけど、お前もこんなとこで負けんじゃねーぞ。弱い奴のダチなんて恥ずかしいからな!」

「ま、まあ頑張ります」

「おうよ、男らしく行って来い!」


 こうしてがははと豪快に笑う先輩に見送られ、俺はFのリングへと向かった。すでに、何人かの選手たちがリングの脇に控えている。遅れて向かう俺に、容赦なく殺到する視線。殺意こそないが、気迫のこもったそれは気の弱い俺を威圧するには十分すぎる物だった。俺は肩をすくめて身体を小さくしながらも、選手たちの後ろへと並ぶ。すると俺がやってくるタイミングを見計らったかのように、レフェリー風のボーダーシャツを着た係員が姿を現す。


「全員揃いましたね。では、ただいまより予選を開始したいと思います。予選の形式は、ここに居る八名での簡単な勝ち抜きバトルです。まずは二人ずつ四回バトルを行い、勝った方のみが生き残ります。次に、残った四人で再び二回バトル。これも勝った方のみが生き残ります。これを繰り返して最後に勝ち残った方が、代表として本選に出場することとなります。なお、対戦相手につきましては時間の都合上、私からランダムに指定させていただきますのでご了承ください」


 なるほど、運命はこの人次第ってわけか……。俺は四十代半ばほどに見える係員の顔を、真剣なまなざしで見据えた。あまり見たくないひげそりの後まで、しっかりと目に飛び込んでくる。他の参加者たちも同様に、彼の顔を見た。一斉に強面の男たちに見つめられたせいか、その目元は若干だが引き攣ってしまう。彼は視線を逸らして気を取り直すように咳払いをすると、名簿を手に早速作業へと取り掛かった。


「えー、ではまず竜前寺選手と剛山たけやま選手、前へ」


 早速かよ。俺が内心肩を落としつつ前へ出ると、それに続いて選手たちの中でもひと際身体の大きな男が後に続いてきた。この男が剛山だろうか。大きい。身長百七十センチの俺を、完全に見下ろしている。二メートル近くあるんじゃないだろうか。肩幅も広く、ガッシリとしたその身体はさながら巨人の様である。褐色の筋肉の山が、俺を威圧する。


「お前が俺の試合相手か。運がなかったなぁ、おい。こう見えても俺、結構有名なんだぜ?」


 そういうと、シャドーボクシングよろしく軽いジャブを繰り出す男。プロボクサーか何かだろうか。素手でこの大会に参加するとは相当の自信があるのだろう。この天上天下世界一武道会では、銃を除くあらゆる武器――もちろん、安全のため模造品だが――の使用が認められている。当然のことながら、武器を持っていた方が圧倒的に有利だ。逆に、素手での参加というのはそれだけでその選手がかなりの実力者であると言うことを現している。俺もまあ、素手なのだけどさ。


「おい、剛山ってもしかして……」

「クラッシャーじゃねえか、おい」


 外野でざわざわと騒ぎ出す選手たち。次々と「十人再起不能にした」だの「あまりにも危険なので格闘技界を追放された」だのと物騒な言葉が飛び交う。おいおい、なんだよそれ……。マジでヤバいのか? こうして俺が訝しげな顔をしていると、剛山は何故か懐から缶コーヒーを取り出した。そしてそれを俺に見せつけながら、厭味ったらしい笑みを浮かべる。


「まずは試合前の水分補給だな。ところで、お前だったらこのコーヒーをどうやって飲む?」

「え? そりゃ、蓋を開けて飲むよ」

「ははは、この試合はお前の負けだな!!」


 そういうと、剛山は大口を開けて天を仰いだ。彼は缶コーヒーを口の上へと持ち上げると、そのまま何やら力み始める。まさか――嫌な予感がして、俺は固唾を飲んだ。こいつ、缶コーヒーを握りつぶすとか言うんじゃあるまいな。いくらなんでもそれはできないだろう。相手は堅いスチール缶、その上中身入りだ。破裂させようと思ったら、それこそ車にでも潰してもらわないと無理なんじゃないだろうか。


「ふぐ……ぬぬぬッ……おりゃああ!!」


 俺の心配をよそに、ここぞとばかりに力む男。筋肉が盛り上がり、血管が浮かびあがる。ミチミチと、何やら聞きなれない音が響き始めた。そして――。


「おわッ!?」


 弾けるコーヒー。プルトップが吹っ飛び、床に落ちてカランと音を立てる。飛びちる褐色の液体。その大部分は、下で待ち構えていた剛山の口へと吸い込まれた。彼の手に残されたのは、芯だけ残した林檎のようにひしゃげた缶だけ。その歪に尖った形が、その信じがたい握力を雄弁に物語っている。こいつ、どんだけ筋力あるんだ? 驚いた俺は、すぐさま剛山のステータスを開く。


・名前:剛山 豪健ごうけん

・年齢:28

・種族:人間

・職業:ボクサー

・HP:180

・MP:0

・腕力:115

・体力:80

・知能:40

・器用:45

・速度:40

・容姿:40

・残りポイント:35


・スキル:我流ボクシング殺法


 殺法ってなんだ、殺法って!? まさか、殺すのか!? 腕力のステータスの高さもさることながら、俺はそのスキル名に驚いた。どう見てもまっとうな奴じゃないだろこいつ。しょっぱなからこんな奴と戦うことになるなんて……なんてこったよ。まあ、勝つ当てがないわけじゃないけどさ……。俺は額を抑えると、やれやれとばかりにため息をつく。


 こうして俺が心の中で唸っていると、係員がリングに上がった。彼は俺と剛山がそれぞれ準備完了したことを確認すると、マイクを手に声を張り上げる。


「では、早速第一試合を始めたいと思います! 剛山選手、竜前寺選手。リングへ上がってください!」


 係員の呼びかけに従い、リングへと上がる。リングの中で向かい合って見ると、剛山の巨体は一層大きく見えた。山だ。いや、山脈だ。筋肉の山脈がこちらに向かって押し寄せてくる。やべえな。額から汗がこぼれおちてくる。さーて、こいつをどう調理したものか。俺は必死で頭を回し始める。


「ここで改めて、今大会予選のルールを説明させていただきます。予選は制限時間無制限の一本勝負。自ら降参したり、ダウンして10カウント取られたり、KOされてしまうと負けです。また、試合続行不可能とこちらが判断した場合も負けとなります。また、武器は大会側が用意した安全な物ならばなんでも使ってもOK、もちろん素手でも構いません。質問はありますか?」

「へーい!」

「剛山選手、何ですか?」

「相手を痛めつけるのはありなのか?」


 俺を見下ろし、舌なめずりをしながら言う剛山。その様子に、係員の男は顔をひきつらせつつも頷いた。ルール上、相手を戦闘不能に追い込むことはありのようだ。リングの周りを取り囲む他の選手たちもまた、ごくりと唾を飲む。代表を目指すなら、この男との戦いは避けては通れないのだから。


「えー、では試合開始です! 始めッ!」


 ホイッスルの音とともに、睨みあう俺たち。するとここで、剛山がその厚い胸板をぽんぽんと叩く。


「普通にやったらつまらねえ。ハンデだ、一発打たせてやるよ」

「いいのか?」

「おうよ。お前のひょろひょろパンチなんぞ、軽く受け止めてやらァ」


 ありがたい。なら、この一発にすべてを賭けるぜ……! 俺は器用と速度を30ずつ、知能を20、容姿を5も削って腕力にぶち込んだ。これで腕力の値は85アップで剛山を超える130だ。この一発でと行きたいが、まだ足りないかもしれない。俺はHPをさらに20ほど削ると、全て腕力に入れて150まで数値を上昇させる。これで、あの使役魔クラスの数字だ。これならば何とかKOできるはず……! 


 俺は拳を腰に構えると、正拳突きの体勢を取った。そして右腕に限界まで込められるだけの力を込める。先ほどまでひょろりとしたもやしそのものだった俺の腕が、バンっと張り詰めた。太く逞しくなったその筋肉の上を、太い血管が脈打つ。呼吸をゆっくりにして、間合いを測る。最高のタイミング、最高の瞬間で。やがて俺は一気に息を吐きだすと、拳を繰り出す――!


「あびばッ!?」


 重い一撃。俺の放った強烈なアッパーが、剛山の腹にめり込んだ。一撃KO! 剛山は口から唾を吐き、白眼を向いた。だが、パンチの勢いはそれだけにとどまらない。あろうことか、軽く百キロはあるであろうその巨体が、軽々と浮き上がり吹き飛ばされる。放物線を描いたその身体は天井ギリギリを通ると、五メートルほど離れた床の上へと着地した。……あれ、やりすぎたか? し、死んでないよな!? あまりの出来事に、やった本人である俺すら思考停止してしまう。ギャラリーも唖然として、係員の男など目玉が飛び出し過ぎて落っこちそうになっていた。混乱、そして沈黙。何とも言えない空気が漂う。


「しょ、勝者……竜前寺選手!」


 しばらくして、ようやく意識を取り戻した係員が茫然とした声で呟いた。その声とともに、リングの周りを取り囲んでいた選手たちが一斉に手を挙げて言う。


「お、俺、棄権します!」


 こうして俺は、自分でも意外なほどあっさり本選への出場を決めてしまったのであった――。

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