第五十六話 意外な力
「何か良いネタか……うーむ」
小夜に借りた六畳一間の和室。そこに布団を敷いた俺は、横になりながらも昼間のことで唸っていた。嫉妬に代わる、何か夢中になれる感情。考えるだけで強くなれる新庄。この俺にそんな物が果たしてあるんだろうか。間違っても俺は熱血漢じゃないし、かといっていろいろ割り切れるほど頭が良いわけでもない。
いっそ、オタネタ……とも考えて見たが、どちらかと言えば俺は広く浅い感じのオタだ。分かりやすく言えば、三か月ごとに嫁が変わるタイプなのである。二次元全般を愛しているが、これが大好きでしょうがないって感じの作品はあまりない。どちらかと言えばパッシブ型のオタだから、これぞって感じの奴を思いつけないのだ。
「とりあえずステータスは……お、体力上がってる!」
現実逃避がてら、久々に自分のステータスを見ると体力が1だけではあるが上昇していた。さすがは神凪流の修行、短期間なのに恐ろしい効果だ。まあ俺の場合、元々が低すぎるっていうのもあるだろうが……。とにかく上昇は上昇だ。これで体力36、いけるかもしれない。
「一万回終える頃が楽しみだな……って、ちゃんとネタ考えないと! パワーアップの秘訣……」
そう思った時、頭に美代さんの顔が浮かんできた。そうだ、あの人なら何か良い考えがあるかもしれない。俺はすぐさま電話を取り出すと、竹田さんの番号をタップする。
『あ、もしもし。竹田さん?』
『はい、竹田ですけど。どなたですか?』
『俺だよ俺』
『俺じゃわかりません!』
ネタに本気で返してくる竹田さん。お堅そうに見えて、相変わらず良いノリをしている。
『あはは、冗談だよ。竜前寺だよ』
『あー、竜前寺くんですか。えっと、何の用です?』
『ちょっと、美代さんに話があってさ。いる?』
『美代お姉さまですか? それだったら、いまちょうど町内会の旅行に出てて居ませんよ』
『え、居ないの!? だったら、番号を教えてくれない? 俺、美代さんの番号を知らないんだ』
『あはは……。教えてもいいですけど、掛けてもたぶん出ませんよ? 今頃、宴会でお酒を飲んで酔い潰れてるでしょうから。近くの人に飲み比べを吹っ掛けて、それに広田のおじいちゃんが応じるってパターンですね。今の時間だと、二人ともビール五本ぐらい飲んで酔いつぶれて、篠山のおばあちゃんに介抱されてるところだと思います』
妙に生々しい状況説明だな、おい。というか、広田のおじいちゃんとか篠山のおばあちゃんって誰なんだ。町内会の知り合いかなんかだろうか。いきなり知らない人のことを詳細に言われても……。俺にそんなこと分かるわけないし。
しかし困ったな。こんな状況じゃ、美代さんと話せないじゃないか。いっそ、こうなったら竹田さん本人にパワーアップのことについて聞いてみるか。俺はつらつらと語り続ける竹田さんに、思い切って話を切り出してみる。
『あの……竹田さん』
『なんですか?』
『変なことを聞くんだけどさ、強くなるにはどうすればいい? なんかこう、心構えとか……そういうのを教えてほしい』
竹田さんは沈黙した。やべ、変なこと聞いちゃったからかな……。俺が頭の中でいろいろと言い訳を考え始めると、次の瞬間、「いひッ」という妙な声が聞こえてくる。それはとても不気味で、かつ強烈な怨念のような物を感じさせた。
『私にそれを聞くんですか? 最初はそれなりに強いキャラとして登場したのに、あとから次々と強い味方が現れて、若干方向性が迷子になりかけているこの私に? 最初はライバルポジションだったのが、現在ではライバルだったことすら黒歴史化され、爆死画像が大量に出回った砂漠の狼のようなこの私に?』
『な、何の事だかよくわからないけど……ごめん』
言っている言葉の意味は良くわからなかったが、俺はスマホを手に頭を下げた。電話越しにすら伝わってくる、圧倒的な気迫が恐ろしかったのだ。一体何がそこまで竹田さんを怒らせているのか。それが気になりつつも、俺はそれを口に出すことができず、そのまま電話を切ってしまう。
「……竹田さんは駄目だな。となるとやっぱ、千歳先輩か」
俺は布団の上に放り投げたスマホを改めて手にすると、先輩の番号をタップした。プルルルっと電子音が鳴り、ワンコールで先輩が出る。
『もしもし、竜前寺です』
『こんばんは。こんな夜に何の用かしら?』
『いやちょっと、つかぬことをお伺いしたいのですが……』
『つかぬことは聞かないで』
『そんな、新喜劇みたいな返しをされても。いやそのですね、いい加減そろそろ俺も強くなりたいなと思って……何か、良いパワーアップの方法とかないですか? その、心構えとか』
『うーん、そうねえ……』
言葉を切り、先輩はうんうんと唸り始めた。それに少し遅れて、カチャっと硬質な音がする。微かにだが、何かを啜るような音も聞こえた。先輩、もしかしてコーヒーでも飲んで居るんだろうか。知的な先輩のイメージにはぴったりだ。
『やっぱり、強くなるには負の感情が必要かしらね。黒魔術は人の負の側面が造り上げたものだから、使い手もまた負に染まらねばならないの』
『それって、例えば嫉妬とかですか?』
『それももちろんあるわ。恨み、妬み、欲望……人は狂えば狂うほど強くなる!!』
朗々と、謳い上げるように言う先輩。その声は情感が籠っていて、脳に溶けるように艶やかであった。ヤバい、何かこれ以上先輩の話を聞いて居たら、暗黒面に落ちてしまいそうな気がする……! 危機感を感じた俺は、話し続ける先輩をよそに激しく動揺し始める。
『魔導の深淵に辿り着くには、やはり狂気が必要なのよ。狂える旧き支配者の力を得るには、身に負の力を纏わねば――』
『あ、あの! 話は良く分かりました! ありがとうございます、また今度お話は伺いますんで!』
『ちょっと! 盛り上がるのはまだこれからなのよ!? ルルイエ経典の話とか――』
『すいません、電話の調子悪いんで切ります!』
電話の向こうで先輩が動揺して慌てふためいていたが、構わずに回線を切る。無口な人だと思っていたが、意外と語りたがりのようだ。というか、千歳先輩って生徒会長だけど友達いなさそう……。俺は常にぼっちで行動している先輩の姿を思い浮かべて、ちょっと寂しかったのかななどと思う。俺も、人のことは全然言えないぐらいにはぼっちだけど。
「千歳先輩が駄目となると、あとは白泉先輩と塔堂ぐらいか。あの人はまあ…いや、意外と良いかも」
人生経験豊富な人が多いオネェは、意外と話し上手だったりするらしい。親父の受け売りだが、いろいろな面で懐が深いんだそうな。言われてみれば、何となくそんなような気もしないではない。これはひょっとして……。俺は「あなたの成美ちゃん」と登録された番号を、恐る恐るタップする。
『あ、もしもし。竜前寺です』
『あら竜前寺君!? こんな時間にどうしたの、もしかして先生との禁断の愛に目覚めた?』
『全然そう言うわけじゃありませんよ!?』
いきなり何てことを言うんだよ、この人は! 俺はしょっぱなからハイテンションな先生にビビりつつも、用件を切り出す。
『あの先生、突然ですけど何か強くなるための心構えとかないですかね。また、ラルネが姿を現した事ですし』
『なるほどなるほど。その分だと、みんなにいろいろ聞いたけどあてにならなかったから、私の所に来たって感じね?』
『あ、はい。大体そんな感じです』
『そうねえ、やっぱり強さの秘訣と言ったら……それは愛よ!』
そう来たか。俺はスマホを手にしたまま、ぽかーんと口を開いた。呆れて上手く言葉が出ない。だが回線の向こうの塔堂は、さながら舞台女優のように滔々と大げさな口調で語る。
『愛さえあれば、人はいくらでも強くなれるのよ。魔法だってそう。あなたが今弱いのだとしたら、真に愛している人が居ないからだわ。そうね、良い機会だし……私と付き合わない? 歓迎するわよー!』
『何でそうなるんですか!?』
『言ったでしょ? 愛する人が居れば強くなれるって。だから、私を愛すればいいのよ』
『どんだけ短絡的な思考なんですか! つか、塔堂先生だけは嫌!!』
誰がオカマと付き合うかよ!? 俺がスマホを放り投げそうな勢いで叫ぶと、それに負けじと塔堂の方も俺を誘ってくる。
『あらそうかしら? 竜前寺君って、実はすっごいおっぱい星人なんでしょ? 私と付き合えばさ、あなたの妄想をぜーんぶ現実に出来ちゃうわよ? 最高じゃない?』
『あなた、それ以前に男でしょうが! 偽乳に興味ないです!』
『失礼ね! 偽じゃないわよ! 天然もののKカップ、外人にも滅多にいない超極上品よ! 男の夢なんだから!』
『そこはいいけど、もっと大事な部分が男だろ!!』
そう叫んだ瞬間、俺は思わず床を叩いてしまった。ドンっと鈍い音が家中に響く。すると驚いたことに、硬い板敷の床に小さくだが亀裂が入ってしまった。俺、どんだけ力を入れたんだ……!? 自分が発揮した意外過ぎるパワーに、頭の中が真っ白になった。ヤバい。本当にヤバいぞ。少しだけど小夜の家を壊しちまった……!
俺は一も二もなく電話を切ると、近くにあった布団を移動させて床の亀裂を隠ぺいしようとした。早くしなければ。そう思って布団を引きずると、あろうことか近くにあった机に引っかかってしまう。皺になったら疑われる。すぐさま布団の端を持って広げようとすると、その瞬間、部屋のふすまが勢い良く開いた。
「おい、今のは何だ!?」
「べ、別に何にも!? 何もないから!」
「ん、そこの床……」
小夜の目が細まる。白い額に黒々とした深い皺が寄った。気付かれた、万事休す……! 俺は降り注ぐ鉄拳を覚悟して、たまらず頭上に手をやる。緊迫。時の流れがにわかに遅くなる。そしていくばくかの時が経過したのち、俺に掛けられた言葉は実に意外だった。
「お前、これ一撃でやったのか?」
「ま、まあ……。殴ったのは一発だけだ。一発だけだぞ!」
「そうか、凄いじゃないか! うちの床は私がよく壊すから、特注で頑丈な奴にしてあるのに」
「そうなのか?」
「ああ、これはどう見ても修業の成果だな。やはり嫉妬の力は偉大だ」
ぽんぽんと俺の肩を叩く小夜。いや、それはその……。俺は言葉を濁したくなるのを堪えつつ、言う。
「これは嫉妬してたんじゃなくてだな、その……突っ込みで殴ったと言うか何と言うか」
「……それは、どういうことだ?」
「いやさ、修行のコツを聞こうと思って塔堂に電話したらめちゃくちゃ言われてな。それでつい、突っ込みたくなって床を叩いたら……」
俺が困った様子でそう言うと、小夜は急に真顔になった。そして俺の両肩をガッシリと掴み、こちらを覗き込んでくる。
「よし、ならお前は突っ込みで無考の境地を目指すんだ! 残り九千回ぐらい、突っ込め!!」
「つ、突っ込みだと!!??」
俺の悲痛な叫びが、夜の神凪邸に木霊したのであった――。
あと数回でいよいよ大会に突入予定です。
ご期待下さい!
※さすがに多過ぎないかということで、数値を修正しました。




