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ステ振り!  作者: キミマロ
第三章 天上天下世界一武道会
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第五十五話 予想外の苦戦

 嫉妬の壁殴り一万回。

 あまりの字面に、俺はその場で吹き出してしまった。どこぞの匿名掲示板じゃあるまいし、修行の内容がこれってどういうことなんだ。まるっきりネタにしか思えない。俺は口を押さえると、笑いを堪え切れずに何度も「プッププ」と声を漏らしてしまう。一方、小夜の方は大真面目だったらしく、むっと頬を膨らませる。


「お前、この修行を舐めてるな?」

「だって、どう考えてもネタにしか思えねーよ」

「バカめ。この修行のキツさが分からんのか。どれ、一度やって見ろ。そうすれば分かるだろ」

「わかったよ。さーて……」


 壁に近づき、手で触れて見る。すると、そのひび割れたその表面は意外にもつるつるとした感触で、かなり硬質だった。見た目はただの土壁にしか見えないが、中に金属でも入っているかのようだ。予想していたよりはるかに堅くて丈夫。その事実にビビった俺は、腰を引きながらもどうにか拳を繰り出す。ひょろひょろと気の抜けたようなパンチが、壁を穿った。直後、激痛が俺の手を襲う。


「あたッ!? ちょー堅ェ!!」


 赤くなった手をふうふうと冷やしながら、俺は小夜を涙目で睨みつけた。すると小夜はニッと目を細め、してやったりというような顔をする。


「わかっただろ、この修行のきつさが」

「まあな。一万回も殴る頃には、拳どころか腕がなくなるぞこれ……」

「そこを失くさんようにするのがこの修行だ。いいか、何故この修行が『嫉妬』の壁殴りなのか分かるか?」

「さあ?」


 俺がそう問い返すと、分かってないなあという顔をする小夜。彼女は腕まくりをして、拳をグッと握りしめながら言う。


「良いか、人は冷静であればあるほど実は隙や無駄が多いんだ。何かと考えてしまうからな。だから戦いにおいては心を燃やし、考える前に行動しなければならん。そのための嫉妬だ。嫉妬は人から無駄をなくす!」

「それ、別に嫉妬じゃなくても良くないか? 怒りとかもうちょっとこう……」

「……もともと初代の失恋がきっかけで始まった修行だからな。そこはしょうがない」

「そんなもんを代々受け継ぐな!」

「う、うるさい! 効果は確実なんだ、やれ!」


 そう言うと、小夜はカバンから木刀を取り出した。地面を切っ先がかすり、砂利が飛ぶ。顔を真っ赤にしたその姿を見て、俺は大慌てで壁の前へと戻って行った。そして、構えをとり再びその表面を殴る。ジーンと響くような痛みが拳から上半身へと駆け抜けた。


「痛ゥ……」

「じゃあ、私は別の場所で修行をするから。サボるんじゃないぞ」

「え、お前もやるんじゃないのか?」

「私は私でやることがあるのだ」


 そう言うと、小夜はすたすたとその場から歩き去って行ってしまった。一人取り残された格好となった俺は、威風堂々と聳え立つ壁をじーっと睨みつける。ヒビ割れていてもなお頑強なそれは、先ほどまでとは比べ物にならないほどの圧迫感を俺に与えてきた。


「一万回……やるしかないか!」


 拳を堅く握りしめ、意識を集中させる。そうだ、嫉妬だ。何かに嫉妬して、そのパワーを一点に込めるんだ。そうすればこんな壁ぐらい、突破できるに違いない。小夜だってそう、言ってたじゃないか。俺は脳内に爽やかなイケメンの姿を思い浮かべると、心の底から咆哮する。


「爆発しろオォ!!!! ……アタァ!?」


 風を切る拳。やがてそれは勢いよく壁のど真ん中に衝突し、圧倒的な衝撃をもたらす。その強烈な炸裂音に遅れて、先ほどまでの倍はあろうかという強烈な痛みが俺の拳を貫いたのであった――。




「く、クソ……。難しいなんてレベルじゃないぞこれ」


 数時間後。沈みゆく夕日を背中に背負いながら、俺は息も絶え絶えにつぶやいた。壁を殴ること数百回。手の皮膚が一部はがれて、血が滲んでしまっている。まだかすり傷といった範囲だが、このまま続けていれば酷くなっていくことは確実だ。とても一万回なんて出来やしない。どうするんだこれ……!


「はあ……」


 肩を落として、ひとまず殴るのをやめる。そして大きなため息をつくと、そのままとぼとぼと歩き始めた。ちょうどそのタイミングで、小夜が屋敷の方から歩いてくる。剣道着姿となっていた彼女の白い肌は、ところどころ擦り切れて赤くなっていた。顔こそ無事だが、それ以外は全身ほぼすべてが傷だらけだ。一体、何をやってたんだこいつ……? その壮絶な姿に、俺は堪らず息を飲む。


「何だその怪我!? 大丈夫か?」

「もちろん。少し、きつい修行をしただけだ」

「そんなレベルじゃないだろそれ……」

「私の心配はするな。お前とは元々の鍛え方が違うんだからな、平気だ。それより、少しは進んだか?」

「まあ、何とか……」


 俺はとっさに、血が滲んだ拳を背中へと隠した。少し恥ずかしかったのだ。すると小夜は訝しげに眼を細め、俺に近づいてくる。彼女はさっと俺の腕をつかむと、傷だらけになった拳をハッとしたような眼で見つめた。


「お前、初日でまさか一万回……」

「違う、まだまだ数百発だよ。全然できてない」

「……おいおい。それでこうなったのか?」


 小夜はやれやれと両手を挙げると、大きく息をついた。そして、からかうように言う。


「タクト、お前って世間への嫉妬にまみれてるんじゃないのか? リア充爆発しろとか言いまくってたじゃないか。なのに何で出来ないんだ?」

「あのな、それとこれとは違うんだよ。俺みたいなオタはな、ネットでは文句を言いまくりでもリアルだとイエスマンなのだ! 破壊活動なんて向いてない!」

「堂々と言うなバカ! 口先だけってことじゃないか!」

「……まあ否定はできないな」

「否定しろ! ……全くしょうがない。私がお手本を見せてやるから、そこに立っていろ」


 そう言うと、小夜は腰に下げていた木刀を俺に預け、壁の方へと歩み寄った。そして腰を低くすると、拳を腰に構え、息を深く吸う。瞳を閉じ、精神を集中させたその背中からは形容しがたいオーラのような物が溢れだした。これが、何も考えない無我の境地か――! 夕陽に照らされた美しいその姿に、俺は思わず目を見開いた。その直後、小夜の双眸がカッと裂ける。


「美少女がなんぼのもんじゃアァァ!!!!!!」


 爆発する気迫。拳が大気を貫き、壁に激突した。地響き。堅牢な壁が鈍い音を立てて震え、その白い表面に一本のヒビが入る。壁の上部の屋根にあたる部分から、ぱらぱらと土片が落ちた。俺が数百発殴ってもびくともしなかった壁が、一撃でこのありさまである。何と言う破壊力。俺は小夜の言葉に突っ込むことすらできず、ただただ感心する。


「す、すげえ!」

「どうだ、これが感情を爆発させた人の力だ! 無考の極致だぞ!」

「圧倒的だな! だけどお前……」


 小夜の拳は、俺ほどではないが真っ赤になっていた。血は出ていないが、どう見ても痛そうだ。今は赤いが、明日になったら青くなっていることだろう。その惨状に、俺はたまらず眼を細めた。すると小夜は恥ずかしそうに拳を背中へと回す。


「……痛いのか?」

「痛いわけないだろう! 私のパンチは完璧だ、己の拳は全く痛まん!」

「でもな、明らかにあれは打撲してるだろ。あれだ、美少女になって嫉妬パワーが落ちたんじゃないか? むしろ最近は、嫉妬される側だもんな」

「……それは一つ、理由としてあるかも知れん。今の私は――」


 頬を赤くして、ぼそぼそとつぶやき始める小夜。声の大きさの割に、大きな胸をドーンと張ったその様子は妙に誇らしげだった。あれだな、恥ずかしいと思いつつもアピールしたい。そんな複雑な乙女心なんだな。


「うわ、思いっきり日和ったな。調子こいてるな」

「バ、バカ! 誰がそんなことを」

「ぐわ!!」


 不意に頭上から降ってきた鉄拳に、俺は堪らずうめいた。これはないだろ、小夜さん。俺はじーっと恨みがましい目つきで睨みつける。


「何をするんだってばよ!? 怪我人を殴るとか殺す気か」

「そんなに元気なら問題ないだろ。お前こそ、人に変なこと言うな!」

「そっちだって大概だろうに。これだから何時まで経っても――」

「何か言ったか、万年童貞」


 何だこの寒さは。血が凍るようだ。シベリアのブリザード、極地の冬にも匹敵する圧倒的な寒波。それが小夜から放たれ、瞬く間に俺の身体を貫いて行く。笑顔なのに、そう、大輪の花が満開になったような満面の笑みなのに……! 人はここまで冷たくなれるのか!? 俺は反射的に膝を折ると、そのまま土下座の姿勢を取った。小夜はやれやれと肩をすくめると、一転して笑みを浮かべる。


「分かればよろしい。まあ、明日からがんばろう! 打つべし打つべし打つべしの精神だ!」

「そうだな。時間もないし……」

「この際だ、もはや嫉妬に限らず何か熱くなれるネタを用意した方が良いだろう。それで少しは良くなるはずだ」

「わかった、明日までに何とか捜してみる。じゃ、今日はこれで部屋に戻るわ」


 用意された自室へ戻るべく、小夜に背を向ける俺。そうしてそのまますたすたと歩き去ろうとすると、後ろから「お、おい!」と声が掛けられた。振り返ってみると、小夜が妙に赤い顔をして俺の方を見ている。気恥かしげに視線をわざと外したりしているその様子は、ビックリするほど乙女。およそ小夜には似つかわしくない雰囲気だ。


「どうしたよ」

「いや、夕飯のことをまだ聞いてなかったと思ってな。何が食べたい?」

「え、お前が飯を作るのか?」

「当たり前だ。バカ親父やじい様に料理は出来ん」

「あー……」


 俺は厳造さんと源流さんの顔を思い浮かべて、ポンと手をついた。確かに、あの二人に料理なんて出来るわけがない。多少疲れてても小夜が造るのは当然だな。意外と、こう見えて小夜は料理が得意だったりするし。


「そうだな、どうせなら精が付くものが食べたいな」

「精が付くもの?」

「まあな。どうせお前のことだ、夜中にいきなり『やるぞ!』とか言ってたたき起こしてきそうだし」

「…………タクト、お前さっきの言葉で傷ついたのか? そんなに早く卒業させてほしいのか?」

「ん? まあ早く卒業できるに越したことはないけど……」


 俺がそう言うと、小夜の顔の赤みが一気に増した。桜からバラへ。それぐらいの変化である。おいおい、何か変なこと言ったか? 俺はただ早く修行から卒業したいって言っただけなんだが……。


「い、今はまだ早いと思うぞ! まだしばらくだな……」

「そうだよな。ちゃんと打てるようにならないと」

「ッ!? わ、私は食事の準備をしてくる! くれぐれも、変な気を起こすなよ! お前にはまだ早いんだからな!!」


 そう言うと、小夜は猛ダッシュでその場から居なくなってしまった。一体何があったのか。その場に取り残された俺は、ポカンと首をかしげる。そうしてその日の夜、出された夕食は何故かすっぽん鍋とレバニラ炒めであった――。


※小夜は修行直後で若干頭がぼけています。

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