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ステ振り!  作者: キミマロ
第三章 天上天下世界一武道会
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第五十一話 兄とガプタム

 吹き荒れる蒼の閃光。

 それに飲み込まれたお兄さんは、たちまちカツラが取れて髪が爆発した。人間、爆発に巻き込まれるとほんとにアフロになるのか。半ば思考停止状態に陥った俺は、目の前の衝撃的すぎる事態を前に、そんなくだらないことしか考えられない。やがて光が収まると、こんがりと焼けたお兄さんは「うへい……」と間の抜けた声を上げ、その場に崩れ落ちる。金色のカツラが身体の上に落ちて、何とも無残な姿だ。


「お、おお兄様!?」

「大丈夫か!?」


 しばらくして再起動を果たした俺たちは、慌てて倒れたお兄さんの方へと駆け寄った。手を取り、顔を持ち上げて意識を確認する。息はあった。眼もどこを見ているのか視線は定かではないが、ちゃんと開いている。やれやれ、大事には至っていないようだ。俺と先輩はほっと胸をなで下ろすと、竹田さんの方を見る。


「これは……いくらなんでも」

「クズニートでも、ゴキブリのように逞しく生きてたんですのよ!? 何度死ねって言われても、生き延びてきたんですのよ!」

「大丈夫です! あの技は邪悪な存在にしか効きませんから。ほら、あれだけ凄くても周りとか全然平気でしょう?」


 ほらほら、とばかりにお兄さんの奥の壁を指差す竹田さん。確かに、彼女が言う通り壁は無事だ。その前に置かれている戸棚も、その上に並べられているフィギュアの数々も、傷一つ付いていない。あれほどの閃光が通り抜けて行ったにも関わらず、である。邪悪な存在にしか効かないと言うのは、あながち嘘ではないようだ。


「……でも、お兄様死にかけてますわよ?」

「ど、どうやらちょっぴり邪悪だったみたいですね。で、でも大丈夫です! これで死んだ人は居ませんから!」

「居たら犯罪者ですわよ!」


 ガシッと竹田さんにキツーイ肘鉄を喰らわせる先輩。結構痛かったのか、竹田さんは「うへ」っと顔をしかめる。相変わらず、お嬢様なのにアグレッシブな人だ。趣味のためとはいえ得体の知れないバイトを始めるだけのことはある。


「んん……うおおッ!」

「復活した!?」


 ゾンビよろしく、うめき声を挙げながら立ちあがるお兄さん。その身体からは、得体の知れない瘴気のような物が漏れ出ていた。黒い霧のようなものが、現れては消えていく。な、なんだ!? 変なことをしたから覚醒でもしたのか……? 俺たち三人はそのただならぬ気配に、互いに肩を寄せ合いながら避難する。


「な、なんですの!?」

「たぶん、体内に貯め込まれた邪気っぽい何かが浄化されてるんですよ! 大丈夫です、すぐに戻るはずですから」

「良く分かりませんけど、大丈夫ですわね? もし万が一のことがあったら承知しませんわよ!」

「だ、大丈夫ですってば。……きっと」

「うおおおッ!!」

「ひいッ!?」


 お兄さんは天を仰ぐと、頭を押さえながら雄叫びを上げる。瘴気の吹き出し方が、ますます酷くなった。家具がガタガタと揺れ始める。やがてお兄さんの身体から閃光が発せられ、俺たちはとっさに眼を閉じた。やがてそれが収まると、そこ立っていたのは――特に何も変化していないお兄さんだった。


「……収まった」

「どうやら、無事だったようですね」

「全くなんなんですの!? お兄様、大丈夫でしたか?」

「すまぬ……すまぬ……」


 何故か謝罪をしながら、お兄さんはこちらを振り向いた。そして気恥かしげな顔をすると、頭をポリポリと掻く。


「恥ずかしいところを見せてしまった。申し訳ないね。君たち、麗南のお友達かい?」

「……お兄様がまとも!?」

「嘘だろ、さっきまでショショ立ちしてあれをやってた人とは思えねえ……!」


 明らかに格好がおかしいこと以外は、ごくごく普通の人になっている。態度も気配も、人ごみに出たらすぐに消えてしまいそうなほど普通だ。何がどうして、こうなった!? 俺と先輩は、すぐさま事の原因であろう竹田さんの方を向く。


「どうやら、邪気が浄化された時に性格がちょっとだけ変わったようですね」

「明らかにちょっとじゃないだろ!?」

「……まあいいじゃないですか。私たちの目的って、お兄さんを普通にすることですし。結果オーライと言うことで」


 顔の前で手を振り、まあまあといった調子の竹田さん。イマイチ腑に落ちないが、結果としてはまあ良かったか。俺は「どうしましたか?」と言うお兄さんに軽くうなずくと、改めて彼女の方を見る。


「うーん……なんか納得できないけど、まあいいか。つか、お兄さんのオタ化って邪気が原因なのか?」

「そこまでは分かりませんが、不摂生をしていたら貯まっちゃったんでしょうねー。それにお日様にも当たっていないようですし」

「え、不摂生とかで邪気って貯まるの?」

「実体化するほど行くのは本当に稀ですけどね。普通はある程度で止まります」

「へえ……」

「良く分かりませんけど、邪気ってそんなに軽いノリで……驚愕の事実ですわ」


 邪気を巡って、ああだこうだと騒ぐ俺たち。そうしている間に、お兄さんはPCの電源を入れて椅子に座ってしまった。そして恐ろしく自然な流れでブラウザを立ち上げ、匿名掲示板へとアクセスする。マズイな、性格はだいぶまともになったけどまだまだオタじゃないか。『ルースたんハァハァ』というスレッドタイトルを見て、俺や先輩はやれやれとため息をつく。


「駄目ですわね、このままじゃまた邪気が貯まりますわ」

「仕方ないですね、ちょっと足らない気がするんですけど……」


 果たして、十五ポイントで足りるんだろうか。不安に思いつつも、俺は思い切ってお兄さんの残りポイントをすべて知能へと投入した。55と表示されていた数字が、たちまち70へと変化する。すると、お兄さんの動きが止まり、石化したようになった。彼の身体を中心として、再び光が爆発する。


「うおッ!?」

「また何かしましたの!?」

「べ、別に大したことは……!」


 たった15ポイントで、そこまで劇的な変化が起こるとは思えないんだが……。そう思った俺の目の前に現れたのは、くたびれた白衣を着たお兄さんであった。明らかに服装が変化している。まさか、あのときと同じパターンか? 俺は竹田さんの弟のミチルくんのことを思い出す。彼もまた、ステータスを上げた時に髪型とか服装が変化したのだ。俺の力というのは自分で言うのも何だが結構凄い物で、過去に遡って効果を発揮することもあるらしいのである。今回もまた、過去の行動に何らかの変化があったらしい。


「はーはっは! 麗南よ、実験の時間だ!」

「はいッ!? どうしましたの!」

「そこの赤いボタンを押せ!」

「話を聞いて下さいまし!」


 うんざりしたような顔をすると、四条院先輩はゆっくりとこちらへ振り向いた。美しい顔が引き攣り、額で血管がひくひくと脈を打っている。めっちゃくちゃ怒ってるぞ……! ドーンと迫ってくる怒りのオーラのような物を感じた俺は、思わずのけぞってしまう。


「……いったい、何をしましたの?」

「ステを振っただけというか、ちょっと……頭が良くなるようにしました。ははっ!」

「笑って誤魔化すんじゃありませんわよ!」

「別に誤魔化してはいませんって! それより先輩の方こそ、何かお兄さんの行動に心当たりありませんか? 何かこう、頭が良かったら~したかったとか言ってませんでした?」

「そういえば……もうちょっと頭が良かったら、ロボット工学を学んでガプタムを造りたとか言ってましたわね」

「それだ!!」


 俺と竹田さんの声が重なった。ちょうどそのタイミングで、お兄さんがこちらへと迫ってくる。彼はふっとキザったらしい動作で肩をすくめると、先輩が押さなかった赤いボタンを押した。壁に埋め込まれたそれが凹むと同時に、部屋全体に激しいサイレンが響く。天井に赤いパトランプのような物が出現して、光が閃く。


「出でよ! ガプタムMKⅡ四条院家モデル!!」

「ま、まさか!?」


 そのまさかであった。正面の壁がいきなり二つに割れてスライドし、開いたスペースから屋敷の庭が全面に見えるようになった。どこまでも広がる美しい芝生と壮麗な造りの噴水。やがてそれが二つに割れ、その下に広がる巨大な空間が露わになる。金属で構成されたその空間に聳え立つのは――白銀の城。連合軍の白い奴と言われたあのガプタムが、ほぼ実寸大で立っていた。やがてそれは下の地面ごと上方へとスライドし、俺たちの目の前にその威風堂々とした姿を現す。


 じりじりと震える部屋の中で、息を飲み、わたわたと慌てる竹田さん。その一方、俺と先輩は戸惑いと同時に興奮を感じていた。何せガプタムだ、オタの夢である。その今にも動き出そうとする勇姿を見た俺たちは声を揃え、全く同じ言葉を叫ぶ。


「こいつ……動く――」

「いや、動かん。さすがにあれだけの巨体を動かすのは俺の技術じゃちょっと無理でな。大地に立ってるだけだ」

「え」


 それはないだろ、お兄さん!

 俺は叫び出しそうになるのを、グッと堪えた。それよりも、マズイ。結果的に引きオタだった頃よりも変にアクティブになってしまった分、被害額が大幅に増額している気がする。実物大ガプタムとこれだけ大規模な設備、億じゃ済まないかもしれない。良かれと思って知能に振ったのに、状況が半端なく悪化しているぞ……! とっさに周りを見れば、竹田さんが泡を吹いていた。真っ白になって燃え尽きそうになっている。


「す、すみません先輩! 別に俺も、悪気があったわけじゃなくて……」

「素晴らしいですわ、お兄様をこんなに素敵に変えてくださるなんて!」

「ふえ?」

「へあ?」


 自分で言うのも何だが、いろいろと酷いぞ? 明らかに無駄遣いの規模が膨れ上がってるし、ろくに完成すらしていない。これを悪化と言わずして、何を言うのか。その百ワットの笑顔に、竹田さんがたまらず突っ込む。


「あの……本当にいいんです?」

「もちろん! 何をしたのか知りませんけど、まさかあのお兄様がこんなことを成し遂げるようになるなんて! 感動しましたわ」

「いや、成し遂げたって別に完成してませんよ? それに被害額とか、前に比べて増えてるような……」

「ガプタムが大地に立っただけで十分ですわよ! 人類にとっては小さな一歩でも、私たちガノタにとっては大きな一歩!」

「だから歩いてませんってば!」


 話が通じない先輩に、もう付き合っていられませんと言う顔をする竹田さん。彼女に代わって、俺が先輩の前に出る。


「喜んでもらえたようで、何よりです。はい」

「おほほ! 後で何かお礼の品でも送っておきますわ」

「お礼の品とかは別にいいんですけど、その……」

「なんですの?」

「俺たちファンタジー部って言う部活に入ってまして。そこに、先輩の権限で予算を付けてもらえたらな―っと」


 俺の言葉に合わせ、うんうんと頷く竹田さん。先輩は「ああそんなことですの」というと、制服の胸元から一枚の書類を取り出した。彼女はそれにポンと判子を押すと、再びしまいこむ。


「これでオッケーですわ。他には何かなくて?」

「あ、そうですねえ……」


 竹田さんの方に顔を向けると、彼女はそんなのとんでもないとばかりに顔を横に振った。でも、せっかくの機会だしなぁ……。これだけのお金持ちにお礼をしてもらえる機会なんて、もしかしたら一生に一度もないかもしれない。ここはやはり、何かお願いして置かないともったいないような気がする。俺は何が良いかなと思いながら、ひとまず部屋の中を見渡してみた。すると俺の目に、とあるフィギュアが飛び込んでくる。


「もしかしてこれ、幻って噂のガルタンRですか!?」


 ガルタン、それはガプタムのパチモンである。本家にはない独特の「ゆるい雰囲気」がヒットして、ゆるガプタムというジャンルを築いたマニアの間では伝説の商品だ。しかし、あまりにも売れ過ぎたため本家の方に眼を付けられ、メーカーが訴えられるという事件が発生。その事件が起きるまさに直前に製作されたのが、今ここにあるガルタンRである。事件によってガルタンシリーズの回収・廃棄が決定したため当然のように一般市場には出回っておらず、たまたま出荷の早かったごくごく一部の品が、超高値で取引されていると言うまさに幻の品だ。日本国内に十もないといわれている。


「お兄さん、これ……」

「ガルタンRですわね。あなた、これに興味ありますの?」

「まあ、はい」

「お兄様、どうします?」

「ん、俺は構わないよ」

「わかりましたわ。じゃ、持っていっても良くってよ」


 さすがお金持ち! めちゃくちゃ心が広い!

 感動した俺は床に頭を擦り付けんばかりの勢いで頭を下げると、ガルタンを丁重に受け取った。まさか、これほどの物を手にすることが出来るとは。感動で眼が、眼がァ……!


「う、マジで感動しました! 必ず、必ずお返ししますからね! きっちり包装紙に包んでお返しします!」

「そ、そこまでしなくてもいいですわよ。あ、そろそろご飯の時間ですわね」


 バタバタと部屋を後にする先輩に続いて、部屋を出ていく俺と竹田さん。俺は箱に入れてもらったガルタンRを手に、最高の気分で屋敷を後にした。のちのち、このガルタンRが大変な災難を運んでくるとは思いもせずに――。


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