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ステ振り!  作者: キミマロ
第三章 天上天下世界一武道会
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第四十九話 お兄様の噂

 ガタプラのパッケージに、頬をすりすりと擦りつける四条院先輩。

 その顔はには満面の笑みが浮かび、口の端からはよだれが出ていた。間違いない、オタだ。それもかなりの末期である。グッズ断ちをされたら、一日で禁断症状が出るレベルだろう。まさか、あのオタク嫌いの先輩がここまで真正のオタであったとは。あまりにも意外過ぎる展開に、俺はただただ茫然と立ち尽くす。それは竹田さんとて同じであったようで、彼女は顔をひきつらせつつも石化していた。


「……オーマイブッダ」

「これは……何も言えねえ」

「失礼ですが、あなた方は?」

「なッ!?」

「えッ!?」


 不意に響いた、何ともダンディーなお声。後ろを振り向けば、そこには燕尾服に身を包んだ壮年の男が立っていた。白髪混じりの頭は綺麗なオールバックにまとめられ、精悍な顔と鋭い眼差しは「出来る男」といった雰囲気をひしひしと感じさせる。服は皺一つなく、黒の革靴も綺麗に磨きあげられている。こいつ、何者だ? ただならぬ気配に、俺たちは身体をこわばらせる。


「……怪しい者ではないです! ほんと!」

「は、はい! ただのアベックでーす!」


 ――昭和か!

 妙に古い言い回しに突っ込む間もなく、竹田さんが身体を寄せてきた。細い指がたちまち俺の手を絡め取り、俗に言う恋人繋ぎの状態となる。やべ、小夜以外の女の子と手を繋いだのなんて何年振りだ……? 脳内が手の柔らかさでいっぱいになるが、何とか平静を保つ。


「本当ですかな? 先ほどから、お嬢様の様子をずいぶん熱心に観察されておりましたが」

「お嬢様?」


 四条院先輩の方へと、視線を走らせる。お嬢様と言えば、先輩のことに他ならないだろう。ということはこの人、先輩の執事か何かか? そう言われてみれば、服装と言い雰囲気と言い、ステレオタイプな執事っぽい。


「もしかして、四条院先輩の?」

「おや、ご学友の方でしたか。これは失礼。私は四条院家の執事、瀬波せばきょうと申しますセバス・キョウとお呼び下さい」

「なんで、セバスなんです?」

「お嬢様が、セバスチャンに憧れていたからでございます」

「…………なるほど」


 四条院先輩の性格なら、ありそうな話だ。「私の執事には優雅な名前がふさわしいですの!」とかいう彼女の姿が、ぼんやりと浮かんで見える。竹田さんと俺は、どこかくたびれたような顔をしたセバスさんに揃ってうんうんと頷いた。


 そうしているうちに、ショーウィンドウの向こうに居る先輩が、店主に別れを告げてこちらの方へと歩み寄ってくる。やべ、逃げなきゃ! そう思って走り出そうとすると、セバスさんの目つきがグッときつくなった。そのあまりの鋭さに、足が強張ってしまう。さながら蛇に睨まれた蛙だ。おいおい、逃げるなってか……? そうしているうちにも先輩はこちらへと近づき、そして――


「あら? あ、あなたたちどうしてここに!?」


 先輩はとっさにプラモを背中側へと隠すと、その大きな瞳を限界まで見開いた。顔を真っ赤にして動揺する彼女に、俺たちはしどろもどろながらも説明する。


「た、たまたま珍しいプラモがあったんで! 覗いてただけです!」

「はい、私も! 百分の一アルティメット・ジーオンなんて初めて見ました!」

「ちょ、何を!?」


 そんなこと言ったらばれるじゃないか!

 俺はすぐさま竹田さんの方へ近づくと、彼女の耳に唇を寄せる。


「何を言うてるんだ!?」

「だ、だって! プラモなんて、ほとんど知らないんですもん!」

「でもジーオンなんて言ったらばれるだろ! そういうときは、ガプタムとでも言っておけばいいんだ」

「わ、私ガプタム知りませんし!」


 あの名作を知らないとな……? 認めたくないものだな、若さゆえの無知という奴は。俺は呆れで口をあんぐりと開いてしまったが、それどころじゃない。先輩が引き攣った顔で俺たちの方を睨みつけている。とっさに視線を逸らそうとしたが、間に合わなかった。視線が交錯し、容赦のない殺気がもろにぶつかってくる。人って、ここまで恐ろしくなれるのか……! 秘密を知られた人間ほど怖い者はない。俺はそう実感せずには居られない。


「見たんですわね?」

「…………!」


 俺と竹田さんは、ハイと満足に返事をすることも出来なかった。先輩から発せられる、只ならぬオーラ。鬼でも背負っているかのようなその気配に、ただただ頷くことしか出来ない。壊れたおもちゃのように、コクコクと首を振る仕草を繰り返す。その様子を見た先輩は目を細めると、ズイっとこちらへ身を乗り出してきた。


「わかりましたわ。それで、どの辺りから見てましたの?」

「こ、工場でパートをしてるのを偶然見ちゃって」

「き、気になって付いて来たんです!」


 見事にハモる俺と竹田さん。先輩はスッと視線を走らせると、やれやれとばかりに肩を落とした。


「そんなとこから……。じゃあ、ほとんど見られてしまいましたわね」

「あの……なんで、パートなんかしてたんです?」

「お金を稼ぐために決まっているじゃありませんの。オタクにはお金が掛かるんですわ」

「や、先輩はそんなことしなくても大富豪じゃないですか」


 竹田さんの指摘に、先輩はふうっと息をついた。彼女はうんざりしたような表情をすると、八つ当たりするような口調で言う。


「お父様がうるさいんですわ! くだらんことに金を使ってはいけないって、うだうだうだうだと……。使わない宝石を買うよりよっぽど有意義ですのに、ぜーんぜん認めてくれないんですのよ! それもこれもお兄様が引き籠っているのが――」


 洪水のような勢いでしゃべり続ける先輩。その話の内容を要約すると、こうだ。

 先輩にはお兄さんがいて、その人が相当重度のオタクなのだそうだ。先輩は、彼の影響を受けてオタクになったようである。しかし、お兄さんはオタク趣味にのめり込み過ぎたことが原因で落ちこぼれ、現在では立派な引きこもり。そのことから先輩の両親はオタク趣味を毛嫌いするようになり、その手のグッズを買うときには一切お金を出さないようになったとか。それでもオタクがやめられない先輩は、仕方なくアルバイトをして資金を捻出していると言うわけである。


「……なるほど。バイトをしてる理由はだいたいわかりました。けど、それじゃあなんで先輩はオタク系の部活とか規制してるんですか? オタなんでしょ?」

「それは、私が出来ないことを堂々とやっているのが気に食わないからに決まってますわ!! この私が、お父様の手前必死に我慢していると言うのに……ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと……! にわかのくせに生意気なんですのよ!」

「それ、ただの八つあたりなんじゃ……」

「文句ありますの!?」

「ひ、ひィ!? ありません!」


 ギロリ。先輩の眼が猛禽が如く輝く。そのあまりの剣幕に、ごめんなさいと頭を下げまくる竹田さん。やっぱり怖いよ、この人……! 俺はすぐさま、この場から逃げ出したくなった。そうして背後を振り向くと、いつかの先輩そっくりな人形が商店の看板に隠れつつも経っているのが見える。その人形は、「おら、さっさとやれや!」とばかりに手をブンブンと振り回していた。


 やべえ、このまま引き下がるとあとで千歳先輩にどやされるぞ。ニタァと笑う魔女の姿がたちまち浮かびあがり、背中を嫌な汗が流れる。俺は竹田さんの背中をコンコンと叩くと、人形の姿を見せてすぐさま額を寄せた。


「どうしよ、このまま戻っても千歳先輩に叱られるぞ。何か良いアイデアないか?」

「そうは言われても、四条院先輩を説得するんですか? どうやって」

「それは……うーん」

「あ、そうだ!」


 ポンっと手を叩く竹田さん。彼女は俺の耳に唇を寄せると、早速アイデアを話し始める。ふむふむ、なるほど……。そういえば、その手があったか! 解決の糸口を手に入れた俺は、すぐさま先輩の方を見やる。


「あの先輩。そもそもの問題って、先輩のお兄さんが引きこもりだからいけないんですよね?」

「ええ、そうですわ。お兄様が真面目に働くようになれば、お父様やお母様も私の趣味を認めてくれるかもしれませんわね」

「じゃあ、お兄さんを更生させましょう! 俺に任せてください!」


 ドンっと胸を張る。俺には確かな自身があった。ステータス改変能力を使えば、可能なはずなのである。竹田さんちのミチル君が、真人間になったように。そんな俺に対して、先輩は驚愕の眼差しを向ける。


「は、はい!? 言っておきますけど、お兄様は半端じゃありませんわよ!! 大学中退、職歴一切なし、彼女いない歴=年齢、童貞、重度のオタク! 社長の息子なのに面接で落ちるコミュ力のなさ! この世でただ一人、『あの世のミザワ』を完全再現しているかもしれない男なんですのよ!!」

「……大丈夫です!」

「な、なんとかなりますよ!」


 おいおい、どんだけヤバい人なんだ……?

 そう思いつつも、満面の営業スマイルで頷く俺と竹田さん。その様子に、先輩は疑わしげなまなざしを向けつつも、「わかりましたわ」と言う。


「試すだけ、試してみますわ。今から迎えを呼びますから、それに乗って一緒に行きましょう。セバス、手配を」

「はい、お嬢様」


 ポケットから黒の無線機を取り出すと、素早くどこかへ連絡を取るセバスさん。やがて彼が無線機を再びポケットにしまいこむと、どこからか風を切るような独特の音が聞こえてくる。これはもしや、ローター音と言う奴だろうか。俺はその聞きなれない音に、とっさに周囲を見渡す。すると、アーケードの向こうから強い風が吹いてきた。


「少々お時間が遅くなりましたので、ヘリを手配しました。さ、こちらへ」


 手を振るセバスさん。その後方、アーケードの向こうに漆黒の機体が着陸する。テレビ局などが使う物とは明らかに違うそれは、軍用ヘリであろうか。突如として街中に現れたその威容に、俺と竹田さんはただただ息を呑む。


「何をボーっとしているんですの? 行きますわよ」

「は、はい!」


 こうして俺たちはアーケードの先に着陸したヘリへと乗り込み、一路、四条院家の屋敷へと向かったのであった――。


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