第四十五話 ロココ先輩
「使いこなせていないですか……?」
千歳先輩の言葉に、俺は眉をひそめた。そもそも先輩は、ステータスの存在を知ったこと自体がつい最近なのだ。具体的にどのような物かは何回か説明したが、俺の方が断然詳しいに決まっている。加えて、俺もいっぱしのゲーマーだ。ステータスの活用についてはちょっとばかり自信がある。俺は少しばかりむっとすると、先輩に対して何時になく口を尖らせた。
「お言葉ですけどかなり使いこなしてますよ」
「じゃあ、ステータスのポイントがどうやったら上がるのかとか調べた? 負の魔導師を倒したら上がることはわかってるけど、それ以外にも条件はあるわよね。あと、割り振ったポイントと能力の関係についてはどうなの。1ポイントでどれぐらい変わるかとか調べた?」
「や、それは……」
嫌に的確な指摘だった。いずれも俺が調べよう調べようと思いつつも、手間がかかるからと面倒くさがって断念していた部分だ。付き合い始めてまだ日は浅いが、先輩は俺の性格や行動を見透かしているらしい。さすが魔女、人間観察には長けているようだ。しかも、ゲームとかにもかなり詳しそうな雰囲気である。
「結構手間とか掛かりますし、なかなか」
「敵は確実に進化しているのよ。ラルネが使っていた使役魔は、一度割り振ったポイントは奪えなかったそうだけど、白銀はそれも奪ったわ。敵の技術が向上している証」
「そう言われると……」
ラルネの使役魔である七瀬は、ソウルハントのスキルを持っていた。それで魂力、俺のステータスで言うところのポイントを奪うことが出来たらしいのだが、それは未割り振りのポイントに限定されていたようだ。現にあのとき、小夜のポイントは既に容姿に極振りされていたため奪われていない。しかし、先回の白銀はすでに割り振ってしまったポイントまで奪えるようになっている。これはこちらにとってかなりマズイことなのは言うまでもない。俺はゴクッと唾を飲む。
「とにかく、このままでは力不足だわ。ステータスの新たな活用法を見出さないと。そのための資料として、そこのゲームを使って頂戴」
「はいッ!」
「みんなも、ステータスについて何かわかったことがあったら教えてあげて。それから言っておくけど、そのゲームはあくまで参考用よ。くれぐれもやり込んで時間を浪費しないように」
そういった先輩は、何故か気恥ずかしそうな様子だった。もしかして……俺は積まれたソフトを一本手に取ると、裏面を確かめて見る。するとそこには、やたらと達筆な筆致で「千歳 桜」と書かれていた。慌ててもう一本手に取ると、それにもやっぱり先輩の名前がある。……これ、全部先輩の私物だったのか。俺は先輩の意外な一面に、ほうほうとため息をつく。ゲーマーの魔導師か、先輩の残念度が日に日に増して行くな。俺は胸が熱くなった。
「あなた、変なこと考えてるでしょ」
「べ、別に……」
「まあいいわ。ひとまず、今日のところは解散よ。あとは各自で。私と塔堂先生はまだ説得しなきゃいけない奴が居るから」
「え、もう部の立ち上げは正式決定したんじゃないんですか?」
先輩の言葉に疑問を呈した小夜。それに続いて、俺や竹田さんも首を縦に振る。看板を掲げている以上、それはもう決定しているのではなかろうか。というか、生徒会長の先輩と教師の塔堂が手を組んだのだ。条件的には全く問題ないはずである。校長も、その辺のところはおおらかで部活の内容などにはいちいちケチをつけない主義だ。やりたいことは人に迷惑を書けない範囲で大いにやれ。それが彼のモットーである。
驚く俺たちの一方、白泉先輩はははーんと言う顔をしていた。何か心当たりがあるようだ。彼女は顎に手を当てると、ちらっと塔堂と千歳先輩の顔を見やる。
「会計の四条院か?」
「ええ、例の通りまた騒いでてね」
「校長は説得出来たけどー、彼女だけは無理だったのよねえ。女の子だから、色仕掛けってわけにもいかないし」
ワイシャツのボタンを一つ開け、胸をたぷんッと揺らしながら悩ましげな顔をする塔堂。その姿は、オカマだと分かっていても下半身が熱くなるほど色っぽい。こいつが本物なら、まさに男の夢なんだけどな。まあ、上半身は本物だからおっぱいに関しては偽物ではないんだけど……。俺は身体は欲望に呑まれそうにもかかわらず、心は賢者という不思議な状態になりつつ思う。
会計の四条院というのは、生徒会会計を務める二年生の四条院麗南先輩のことである。生徒会の財政全般を担っていて、各部活動の予算を握る超重要人物だ。その重要性から会長とはまた独立した権限を持っていて、さらに自称「超絶お嬢様」であることから学内にかなり大きな派閥を持っている。
そんな四条院先輩は、サブカル嫌いなことで有名だ。なんでも、「神聖な学び舎に幼稚な物はそぐいませんわ!」とのことだそうな。そのせいで漫画研究会やコンピュータ部は予算をガンガン削られており、最近設立された軽音楽部に至っては「クラシック音楽部に変えなさい!」とまで言っている。さすがにそれは千歳先輩が辞めさせたが、とにもかくにもめんどくさい人物だ。ファンタジー部についても、きっといつものように騒いでいるんだろう。
「ロココ先輩なら、無視してしまってもいいんじゃないですか? 予算が通らなくても、大丈夫ですし」
「そうですよ、あの人の要望を聞くことはありません」
うんうんと頷く小夜と竹田さん。二人とも、四条院先輩にはあまり良い感情を抱いていないらしい。その顔は何ともやる気がなく、いかにもめんどくさそうである。そう言えばあの人、オーガ♀だった頃の小夜に対して通りすがりにかなり辛辣なことを言ってたな。だからだろうか。ちなみに、ロココ先輩というのは四条院先輩のあだ名である。金髪の巻き毛でいかにもお嬢様といった雰囲気が、どことなくロココを思わせるからだそうだ。
「けどねえ、何だかんだ言ってあれでも生徒会の役員だからねえ。納得はさせておいた方が良いわ」
「めんどくせえ、締めればいんじゃないか? あの女、貧弱そうだし一発だろ」
「いや、それはさすがにやめた方が良いわ。それをやると隠ぺいがいろいろと面倒」
「そこはほら、てめえと塔堂先生の魔法でどうにかすればいいだろ」
「そんなことしたら、敵に私たちの存在がばれやすくなるわ。部活を造った意味がない」
「うーん……参っちまうな」
物騒な会話の末に、沈黙する先輩たち。小夜や塔堂たちも特に何も思いつかないらしく、同じく微妙な表情をしながら黙ってしまう。形容しがたい重苦しい空気が部屋に貯まり始めた。薄い布団を一枚ずつ重ねていくように、だんだんと沈黙が重く圧し掛かってくる。空気に耐えかねた俺は、チラチラと周囲を見渡した。すると、偶然にも千歳先輩と視線が合ってしまう。「何か言え」。先輩の鋭い眼差しは、俺にそう語りかけていた。
断りづらい。俺はさらに周囲を見渡してみる。すると、いつの間にかみんなの視線がこちらに集中していた。しょうがない、ここは男らしくいっちょ決めてやるか……。俺は口元を押さえると、盛大に咳払いをした。
「そうですね、いっそ四条院先輩もこの部活に入れちゃったらどうですか?」
「いや、それは無理だろ。あいつのオタク嫌いは半端じゃねーぞ」
「そうだタクト、そもそもロココ先輩と一緒に部活動というのはなァ……」
「私も反対です」
「さすがに、ちょっと難しいんじゃないかしらァ?」
次々と否定的な意見を投げかけてくる一同。だがその中で、千歳先輩だけは笑っていた。普段は真一文字に結ばれている唇が、僅かにだが吊り上っている。眼元も判別できるギリギリ程度だが緩み、瞳は怪しく輝いていた。俺の提案を受けて、何か思いついたようだ。
「意外とできるんじゃない? 彼女、ああ見えて竜前寺君みたいなのがタイプだから」
「せ、先輩!? まさかタクトを出しにするつもりですか!」
「ええ、使えるものは何でも使うわ。大丈夫、部活に入れるだけで本気で付き合ってもらうことまでは期待しないわ」
そう言うと、千歳先輩はチラリと俺の方を一瞥した。俺は予想外の話の流れに戸惑ってしまう。
「え、えっと……。要は、俺が四条院先輩を惚れさせて部活に引き入れろってことですよね? でも、そんなことできるんですか? 自分で言うのもなんですけど、俺って全くもてないですし」
「モテないからいいのよ。四条院さんは駄目男に入れ込むタイプだから。それに私たちが付いてるし、問題ない」
「は、はあ……?」
「問題大有りです! このようなことしなくても、部の立ち上げ自体には問題ないのですから――」
壁をバンっと叩き、全力で声を荒げる小夜。しかし、それに対して先輩はぴしゃりと言ってのける。
「彼女が入ったら、予算もいっぱいつけられるし便利なのよ。それに、お嬢様としての社会的地位とかも最大限活用してもらえれば凄く頼もしいわ。作戦を実行した方が間違いなく私たちにとってプラスになる」
「そんな……」
「とにかくやってみましょう。もし彼女がどうしてもうちの部活に合わないようだったら、入った後でもどうにかなるわ。竜前寺君は、それでいいわね?」
「俺の方は、まあ……」
評判と性格は悪いが、四条院先輩は結構な美人だ。金髪、ロココ、塔堂級の爆乳、そしてわがままお嬢様全開の気質。どちらかと言えば受け身でいじめられたいタイプの俺からしてみれば、かなりイケてる感じだ。それと嘘とはいえ付き合えると言うのは、悪い話ではなかった。むしろお願いしたいくらいだな、うん。
俺の鼻の下が、若干ではあるが伸びた。小夜の方から「ギシッ」っと何かを砕く様な鈍い音が響く。しかし先輩はそんなことなどまるで意に介さず、ポンと手を叩く。
「本人が良いなら、決定ね。じゃあ、明日から作戦開始ということで。今日のところは、ゲームソフトを持って帰って、ステータスの研究に努めて」
「はいッ!――」
その日の帰り道。小夜はいつになく機嫌が悪かった。いつもは盛んに話しかけてくるのに、一言も言葉を発しようとしない。その背中からは、何か怪しげなオーラのような物が出ているように見えた。足取りもずいぶんと大股で、肩が風を切っている。チンピラが敵を威圧するような歩き方だ。その気配にビビった俺は、いつもは並んで歩くところを、後ろに下がってゆっくりと歩いている。
「なあ」
「は、はい!?」
「お前、明日からうちの道場に来ないか?」
「えッ!?」
あまりにも突然の提案に、俺は言葉を失った。小夜は俺の性格や体力の無さを熟知しているので、道場に入れなどということは今まで一度もなかったのだ。たまーに修行に付き合わされたりしたが、せいぜいその程度である。
「おいおい、どうしたんだよ。俺がおまえんちの道場に向いてないことは良く知ってるだろ」
「もちろん。だがな、これが一番手っ取り早いんじゃないかと私は思うのだ。運動部の方がステータスのポイントが多かったのは覚えてるだろう? たぶん、体を鍛えればポイントは増えるんだ」
「そりゃそうかも知れないけど、いきなりじゃたいした効果は出ないだろ」
「いや、どれだけ修行したらポイントが増えるのかとか調べるだけでも違うな。とにかく、今後部活の無い日はうちでみっちりと修行してステータスを研究すること! それから、二週間後の武道会には必ず顔を出せ! オタフェス何ぞや休むんだ!」
凄まじい気迫で熱弁を振るう小夜。言っていることはめちゃくちゃだが、そのあまりの剣幕に押された俺は、うんうんと頷かずには居られなかったのであった――。




