第四十四話 ファンタジー部(仮)
――部を立ち上げる。
塔堂の言葉に、俺は開いた口が塞がらなかった。一体何を言い出すのかと思えば、全くもって予想外すぎる。俺たちは揃って顔を見合わせた。この時期に、しかもこのメンバーで部活を立ち上げるなんて何がしたいのかさっぱり分からない。竹田さんと小夜は困惑したような顔をし、白泉先輩は何ともめんどくさそうな顔をした。眉をへの字に曲げ、今にも帰ってしまいそうだ。すると今度は塔堂ではなく、先輩が声を上げる。
「実はね、最近また大きな魔力の動きが感じられたのよ。詳しくは調査中だけど、たぶんまた負の魔導師たちが動くわ。それに備えて、こちらも陣営を確立しておきたいの。みんなの手を借りていろいろとやりたいこともあるし」
「陣営ねえ……。正直、あたしはあんたたちの仲間になった覚えはないんだけど?」
顎をクイっと上にあげながら、白泉先輩は挑発的な視線を千歳先輩に送った。そう言えばこの二人、基本的に仲が悪かったな……。俺はことあるごとにぶつかりあっていた普段の二人を思い出し、やれやれと肩をすくめた。いざというときは協力するが、やはりライバルなのだ。常に群れるわけにもなかなかいかないのだろう。
千歳先輩は、そんな白泉先輩の言葉を軽く受け流した。予想の範囲内、ということだろうか。彼女は微かに口元を歪めると、余裕たっぷりに言う。
「そう言えばそうね。でも、私たちの仲間になればいろいろいいことあるわよ? ね?」
そう言うと、千歳先輩は俺の方を見た。はあ、やっぱり俺の能力を使う気なのか。まあ別に、いいっちゃいいんだけど……。先輩にはいろいろとお世話になってるし。俺の方としても、先輩とは仲良くしていきたいから、能力を使うこと自体に異存はない。けどまあ、言い方がな。
「……先輩、タダ働きは嫌ですよ?」
「大丈夫よ。相応にお礼はするわ」
千歳先輩はブラウスのボタンを開くと、そっと襟元を持ち上げた。黒いレースのブラジャーが、チラリと見える。花柄で、真ん中に小さなリボンが付いたかなり大人っぽいデザインのブラだ。中身の白くふくよかな膨らみ――推定F――と相まって、物凄くエロティックな雰囲気である。ま、まさかお礼ってHなことなのか!? 驚きの展開に、俺は全身を熱くする。喉が自然にゴクっと鳴った。お礼はする。この言葉がこんなに素敵に聞こえる日があったとは……!!
「おお……!!!!」
「……何て顔してるんだお前は」
「竜前寺さん、最低です……!」
またかよとばかりに眉をしかめる小夜。その脇で、真っ赤な顔をした竹田さんはどこかから取り出した扇子をギュッと握りしめていた。額に青筋が浮かび、扇子を握った手がプルプルと震えている。今にも切れそうなその様子に、俺はたらーっと冷や汗を掻いた。けれど言った本人である先輩は全くその事を気にしておらず、平然と話を続ける。
「とにかく、私たちの仲間にならない? 負の魔導師を倒してポイントを手に入れれば、今よりもっと強くなれるわよ」
「んー、そりゃ確かに良いかもな。でもなんつーか、あたしは自分一人でも強くなれるし」
「美人にもなれるわよ。スタイルだってもっと良くなるはず」
「わかった、仕方ないから入ってやる。あくまで仕方なくだからな!」
――ツンデレかよ!
そう突っ込みを入れる間もなく、白泉先輩は千歳先輩の手を握った。番長と言えど女の子、美容にはめっぽう弱いのか。俺は白い歯を出してやけにいい笑顔をする白泉先輩を見て、思わず苦笑してしまった。そう言えば小夜も、オーガ♀だった頃は「女は顔じゃない!」と断言していたくせに、美少女になった途端に「やっぱり女は見た目も大事だよな」などと言い始めてたからな。……人類皆残念である。硬派は絶滅したようだ。
「よーっし、白泉さんは決まりね! 他のみんなはどう?」
塔堂は先輩に代わって場を仕切ると、みんなに尋ねた。が、その眼はもろに「大丈夫だよね?」と強制しているようだった。オカマであることも相まって、何とも逆らい難い独特の勢いのような物が今の彼女にはある。激流。場の雰囲気は、いっきに入部の方向へと傾いていた。
「最悪名前だけなら、いいですよ」
最初に折れたのは、竹田さんだった。続いて小夜も手を挙げる。俺は言わずもがな、ゆっくりと首を縦に振った。これで晴れて、全員入部決定だ。まだどんな部活になるかさえ分からないが、顧問一人と生徒五人の部活設立条件はクリアである。塔堂と千歳先輩は俺たちの顔を見回すと、それぞれ満面の笑みを浮かべる。
「よーっし、じゃあ私は早速部活の設立の手続きをするわね! みんなは明日の放課後、二階の図書準備室に集合で!」
「私も、生徒会で部活の承認手続きをやってくるわ」
やや草臥れた俺たちとは対照的に、意気揚々とその場を後にする二人。残された俺たち四人は、やれやれとばかりに顔を見合わせたのだった。
翌日、何事もなく授業を終えた俺と小夜は一緒に図書準備室へと向かっていた。階段を下りてすぐの所にある図書館へと入り、さらにその奥にある準備室を目指す。狭い棚の間を抜けて、一番奥の壁へと達し、それに沿って右へと歩く。すると壁が大きくへこんで、小さな通路を形成していた。
この通路の一番奥にあるのが、図書準備室である。鍵はいつも開けっぱなしだが、分かりにく過ぎる場所の上に大したものもないので、一般の生徒はまず立ち入らない。内緒話をしたりするのには最適なので、たまに俺や小夜たちが使っているぐらいだろうか。
「ありゃ?」
部屋の扉の上に掲げられているプレート。昨日まで「図書準備室」と刻まれていたはずのそれに、今日は「ファンタジー部(仮)」などと書かれていた。一体どういうことなのか。俺と小夜は互いに顔を見合わせ、周囲の様子を確認した。だが、場所的に部屋を間違えるはずもない。図書館奥の通路から繋がっている部屋は、図書準備室ただひとつなのだ。
「ファンタジー部……そんな部活あったか?」
「さあ、少なくとも私は知らんぞ。それに(仮)というのは……嫌な雰囲気だ」
「もしかして、先輩たちがこれから立ち上げる部活がこれなのかな」
「ありえなくはないだろうが……どんな部活だそれ」
小夜の問いかけに、さあと首を傾げる俺。ファンタジー研究……トルーキン先生の研究でもやるんだろうか。けれど、高校の部活でやるような内容なんだろうかそれ。まだ光画部とかの方がずっと活動らしい活動をしている気がする。まあ、名前だけの部活だからどうでもいいと言えばどうでも良いんだろうけど……ファンタジー部員とかちょっと恥ずかしい。
「よう、先に来てたのか」
「こんにちはです。図書準備室って、ここで合ってますよね?」
「こんにちは、場所はあってるはずだよ」
俺たちが部屋の扉を開こうとすると、白泉先輩と竹田さんが現れた。二人もまた、俺たちと同じように「ファンタジー部(仮)」と書かれたプレートを見て、渋い顔をする。ファンタジー部とか、やっぱりセンスなさすぎるよなぁ……。存在自体がファンタジーだ。
「……まあいいや、とにかく入るぞ」
「はーい」
呆れつつも扉を開く白泉先輩。それに続いて、俺たちもまた部屋の中へと入った。すると部屋の内装はすっかり様変わりしていて、物置小屋同然だったのがきれいに整理整頓されている。本棚に整然と並べられたファンタジー関連の書籍。棚に置かれたトラクエを始めとするRPGの数々。そして、やたらと存在を主張する魔法少女っぽいフィギュア。なるほど、雰囲気は完璧にファンタジーだ。ただ、限りなくオタテイストが入っているのは何故だろうか。
「やっほー! 良く来てくれたわね。さ、そこに掛けて」
「早速、第一回の部会を始めるわ」
「……その前に、あの部の名前はなんなんですか? ふざけ過ぎじゃないですか?」
俺の問いかけに、小夜たちは揃って頷いた。その様子を見た塔堂と千歳先輩は、分かってないなとばかりにため息をつく。千歳先輩は棚に置いてあったフィギュアを手にすると、その頭をゆっくりと撫でる。
「いい、敵を欺くにはまず味方からよ。少なくとも、敵も私たちについての情報はある程度掴んでいると判断した方が良いわ。だから、いきなりガチの組織を造るのは危険なの。そこで、表向きは限りなくオタ向けで間抜けっぽい部活名にしておいたの」
「そういうことですか」
「ふふ、それだけじゃないわ。例えばこのフィギュアは……」
先輩は手にしていたフィギュアを机の上に置いた。すると驚いたことに、フィギュアがひとりでに歩き始める。そして綺麗なバク転を決めたかと思うと、体操選手よろしく再び先輩の掌へと帰って行った。俺たちは驚いて目を見開くと、その見事さに思わず手を叩く。
「凄い、なんですかそれ!?」
「分身人形の応用版よ。見た目はただのフィギュアだけど、魔力を使って操れるの。練習用だけどね。他にも、その棚に入っている本は全部中身は魔導書だし、壁に貼ってあるなるはのポスターも背景の魔法陣が本物とすり替えてあるわ。あと神凪さんと竹田さん用に、それぞれ剣に偽装した刀とマリア像っぽく見える観音像とかも準備してあるし、凛には特製のメリケンサックを準備したわよ」
「おおっ!!!!」
目を輝かせる女子三人。さすが千歳先輩、三人に合わせてちゃんと必要な物を準備していたようだ。嬉しそうな彼女たちの様子に釣られて、俺もまた質問をしてみる。
「あの先輩、俺には何か?」
「あなたはあれよ」
そういった先輩が指差した先に遭ったのは、大量のゲームソフトだった。なるほど、このゲームが何か修行のための特別なアイテムになっていると言うことか。俺は先輩に頭を下げると、すぐさまパッケージを開いて中身を確認した。だが、中にあったのは至って普通のディスクだ。
「先輩、これどうやって使うんですか?」
「どうやってって、ゲーム機に入れるのよ」
「いやそうじゃなくて……何か特別な機能とかは?」
「ない」
はっきりきっぱり断言した先輩。その予想外すぎる返答に、俺は完全に言葉を失ってしまった。頭の中が真っ白になって、上手い言葉が浮かんでこない。まさに茫然自失、俺は一瞬にして石化してしまった。そうしていると、先輩は俺の額をビシッと指差して言う。
「いい、あなたはステータスを割り振る能力なんて物を持っている割に、それを全然使いこなせてないわ!――」




