第四十三話 創設?
どよめく教室。中でも一部の男子たちは塔堂の登場に半端なく盛り上がった。自称「巨乳星人」の佐伯など、座っていた状態から半立ちとなり、顔面が崩壊するレベルで鼻の下を伸ばしている。頬を赤くして「うほっ!」と声にならない叫びをあげている様子は、言っちゃあ何だが……猿だな。雌を前にして必死に自分をアピールしようとしている猿だ。
「やべえやべえ! すっげーよ!」
「そ、そうだな……」
「あれ、マジでスイカだぜ! あの柔らかそうな揺れ方、超深い谷間! 挟まれてー!」
興奮したスポーツ実況よろしく、塔堂のおっぱいの凄さを身振り手振りで伝えてくる佐伯。……そう、あれは確かに本物なんだよな。シリコンなし、パットなし、強引な寄せもなしの完全な純正おっぱいだ。脱がせたら最後、パッドと補正下着の凄まじい威力を思い知るなんてことはない。ただ、もっと大事な部分が偽物なんだよあいつは……!! 俺は真実を知らない哀れな佐伯に心の中で合掌しつつも、塔堂の顔をチラリと一瞥する。すると彼女はニッと悪戯っぽい流し眼を送ってきた。
「はいはーい、男子の諸君は静かに! 先生の話が聞こえないでしょう?」
「イエッサー!」
ビシッと敬礼する男子一同。まったく、欲望に素直な奴らだ。女子、その中でも特に胸の貧しい連中と俺は、ギラギラと目を輝かせる男たちに冷ややかな視線を送る。
「えー、みなさんもすでにご存じかも知れませんが望月先生は腰を痛めて入院なされました。残念なことに、退院までにはかなりの時間がかかるそうです。なのでその間、私がこの一年三組の担任として活動します。みんな、いきなりだけどよろしくね?」
「はーいッ!!」
「ではまず、私の自己紹介をします。私の名前は塔堂成美。担当教科は望月先生と同じ古文です。趣味は……音楽鑑賞かな。何か他に、先生に聞きたいことはある?」
色めき立つ男子たち。すぐさま数十もの質問が乱れ飛ぶ。普段は手なんてあげないくせに、今日だけは凄まじい勢いだ。
「スリーサイズは?」
「今独身ですか!?」
「好みのタイプは?」
「はいはいはいッ!」
殺到する質問に、塔堂は一瞬だが面喰ったような顔をした。だが彼女はすぐに落ち着きを取り戻すと、大人の余裕たっぷりといった様子で質問に答える。
「はい、質問はそこまで。えっとまずは、スリーサイズだけど――」
こうして男子大興奮の質問タイムが終わると、あとは簡単な連絡事項を告げて塔堂は教室を去って行った。あとにはぽーっと気の抜けたような顔をした男子たちと、苛立った表情の女子だけが残される。俺は佐伯がこちらを見ていないことを確認すると、素早くスマホを取り出してメールを打った。宛先はもちろん塔堂だ。
『件名:なんで?
おい、何であんたが担任なんだ? すぐに事情を説明してくれ><』
メールを送ると、すぐさま返信があった。ページをフリックしてメールボックスを開いた俺は、その内容に「おうッ……」と声を漏らすと顔をしかめる。
『件名:あ・と・で(はぁと)
どうしてこうなったのかは後で説明するわよん。放課後、校舎裏で待ってるわ♪』
いい年した大人、それもオカマが(はぁと)とか使うんじゃない! 気持ち悪いだろ! 俺は額に手を押し当てると、机に突っ伏した。ドントイマジン。想像してはいけない。ほほ笑むオカマの姿なんて、想像してはいけない……!
「どうした、腹でも痛いのか?」
「いやさ、塔堂にメールを送ったらこんなのがな」
心配そうに話しかけてきた小夜。俺はすぐさま、塔堂が送ってきたメールを見せてやった。すると小夜は顔を引き攣らせながら苦笑すると、「そ、そうだな!」と誰に言っているのか良くわからない言葉を発する。……さすがの小夜もこの手の精神攻撃には弱いようだな。瓦を粉砕する竹刀の一撃より、オカマの言葉の方が重い。
「とりあえず、月奈と先輩たちにも連絡を送っておこう。何か知っているかもしれないし」
「わかった、頼む」
小夜は手早くスマホを取り出すと、タタッと画面をフリックした。やれやれ、これで一安心か。俺は背中を大きく反らせると、両手を上げて大きく伸びをした。背中のちょうど真ん中が椅子の背もたれに当たり、何とも心地が良い。予想外のことが起きたせいか、いつの間にか体の筋肉が強張っていたようだ。俺は「あふ……」と何とも形容しがたい声を出しながら、ゴロゴロと身体を捩る。小夜が変な顔をしていたが、気にしてはいけない。
「さーて、いろいろ不安だけど後は放課後だな――」
放課後。無事に一日の授業を終えた俺と小夜は、塔堂に指示された通りに校舎裏へと来ていた。以前、小夜がラルネに捕まってしまったあたりだ。校長はまたどこかから野良猫を拾ってきてしまったようで、生い茂った植木の脇には犬小屋ならぬ猫小屋が置かれている。しかし、肝心の猫はどこかへ出かけてしまっているようで、周囲からは完全に人や動物の気配が消えていた。まさに「秘密の場所」という雰囲気である。
「改めてくると、結構雰囲気あるよなここ」
「どんな雰囲気だ?」
「何と言うか、ゲームに良くある告白スポットとかそんな感じ。これで、待ち合わせ相手が俺好みの美少女だったら文句なしなんだけどな」
俺がそう言うと、小夜の頬がほんの少しだが赤みを帯びた。彼女は急に俺の方から視線を逸らすと、舌足らずな小声でつぶやく。
「そ、そう言えばあまり聞いたことがなかったが……お前の好みの女って、どんなのだ?」
「そうだな……。改めて考えると、いろいろとあるな」
「一つに絞り込めないのか?」
「うーん……」
好みと言われても、はっきりと絞り込むのはなかなか難しい。金髪が良いと思えることもあれば、黒髪が良いと思えることもあるように、理想の女性像なんて物は複数あるのだ。俺は顎に手を押し当てると、頭の中にあるイメージをドンドン合成して出来るだけ一つへ絞り込んでいく。そして――
「強いて言うなら……背が高めで、黒髪で、キリッとした顔立ちの子が良いな。あと、巨乳でスタイル抜群なら言うことないや」
「なるほどな…………」
ふーんと言うと、俺の方を見て何やら眉を寄せる小夜。やべッ、欲望丸出し過ぎて引かれたか……? 俺は小夜の背後に、得体の知れないオーラのような物を感じた。一体何なんだ、この溢れる緊張感は……! 背中が強張って、嫌な汗が流れる。
「さ、小夜?」
「お前……その特徴って、特定の個人の事を指してないか?」
「そういえば…………」
改めて考えて見ると居るな、俺の挙げた特徴にピッタリ合致する人物が。それも俺のすぐ身近な所に。俺は彼女の顔を思い浮かべると、ポンっと手を叩いた。するとすぐさま小夜が俺の方を覗き込んでくる。先ほどよりもさらにオーラが増したその様子は、ただ事ではない。ノーマル野菜人からスーパー野菜人にランクアップしたようだ。俺はゴクッと唾を飲み込むと、ゆっくりとその名を告げる。
「白泉先輩は、全ての特徴に当てはまってるな。黒髪で背が高くてキリッとした雰囲気で、おっぱいもドーン! でもあの人は性格が何と言うか……」
「…………お前、バカだろ?」
「な、いきなり何を!?」
「妙に察しが良い時もある癖に、やたらとぼけたりする。だから馬鹿なんだ」
「だから何がとぼけてるんだ?」
俺が問いただしても、小夜は「分からんならしょうがない」と気のない返事をするだけだった。こいつ、何が原因かはわからないが完全に拗ねてしまっているな。こうなってしまった小夜はそっとやそっとのことでは機嫌を戻してくれないので、俺は一旦距離を取ることにする。触らぬ神にたたりなし、機嫌の悪い奴は放っておくに限るのだ。そうしていると、校舎の向こうから少し息を切らした塔堂がやってきた。それに続いて、先輩たちや竹田さんまでもが姿を現す。
「ごめんねー! 職員会議があってさ、ちょっと遅れちゃった」
「大して待ってないから大丈夫ですよ。それより、みんなも一緒に来たんですね」
「まーねー。今日は私からみんなに話したい事があったから、急だけど集まってもらったわ」
そう言うと、塔堂は周囲を見渡していつものメンバーが揃っているかを確認した。俺、小夜、竹田さん、千歳先輩、白泉先輩……美代さん以外は全員揃っているようだ。彼女はくいくいっと手招きをすると、全員の身体を自分の方へと寄せる。塔堂を中心として、ちょうど、スポーツの試合前に行う円陣のような体制が出来あがった。
「さーて、早速本題に入るわ。まずどうして私が学校に来たのかというと、ズバリ、ここの方が仕事がしやすいからよ。みんなと連絡を取る上でも都合が良かったし、教員免許はすでに持ってたから」
「モッチーのことは偶然なのか?」
「あれは本当にたまたまよ。私が何かしたってことはないから安心して」
「ならよかった」
ほっとした顔をする小夜。俺もやれやれと一息つく。とりあえず、塔堂が変なことをしていなかったようで何よりだ。まあ、もともと魔術師で生徒会長の千歳先輩がこちら側に居るからな。黒魔術と生徒会長の立場があれば大体のことはできるんだろう。そう思って先輩の方を見ると、その涼やかな目元が微かに緩んだ。やっぱり、一枚噛んで居るみたいだ。
「それで、みんなに集まってもらったのは一つ協力してほしいことがあるからよ」
「なんですか、それ?」
「めんどくせーことならあたしはパスだぜ?」
塔堂の言葉にやや渋い顔をする竹田さんと白泉先輩。二人とも、家や自分の都合で結構忙しい人物である。先輩はこの辺りの不良を取り仕切っている関係上、そういう連中との付き合いがあるそうだし、竹田さんは竹田さんで寺関連で忙しい。彼女は小夜の家の道場にも通っているから、それもある。俺のように暇を持て余しているタイプの人間ではないのだ。すると二人の顔を見た塔堂は、まあ大丈夫大丈夫と宥めるように言う。
「そんなに時間を喰うことじゃないわ。熱心にやればかなり時間は取られるだろうけど……最悪、名前だけ書いておいてくれればいいし」
「だから、何をやるんだ?」
俺が改めて尋ねると、塔堂はもったいぶるように間を置いた。そして、大きな胸を張ると高らかに宣言する。
「実はね、今度桜ちゃんを代表にして部を立ち上げることにしたのよ! だから、みんなに部員として登録してほしいかなーって――」




