表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ステ振り!  作者: キミマロ
第二章 テストの神様
42/73

第四十一話 再び相まみえる

 トタンの屋根を突き破り、夕刻の空に高々と上がる光の柱。夕陽に負けぬその威容に、俺たちはたまらず息を飲んだ。光にやや遅れて響く、遠来のような爆音。やがてそれが収まると、光の柱が砕け、キラキラとした光の粒が空から降ってくる。白く輝くそれは、俺たちの周囲だけでなく町全体へと満遍なく広がって行った。季節外れの雪のような光景に、俺たちは揃って空を見上げる。胸をそこはかとない安堵感と達成感が、胸を満たした。


「終わった……」

「そうだな」

「ん……? お前、何か光ってないか!?」

「あら、ほんと」


 小夜の身体が、淡い光を放っていた。周囲に散らばる光の粒子を取り込みながら、その光はドンドンと強くなっていく。やがて直視できないほどとなったそれは、カメラのストロボよろしく一気に光量を増すと、瞬く間に消えて行った。俺はいつの間にか閉じてしまって居た瞼を、ゆっくりゆっくりと押し上げる。白い肌、伸びやかな肢体。鋭いが、凛と整った顔立ちが目に飛び込んでくる。奪われていたステータスが、すっかり戻ったようだ。夕陽に濡れる白い肌と風にそよぐ黒髪が、何とも美しい。


「やったな! 呪いが解けた!」

「バカ、呪いじゃないわ!」

「でもやっぱり、ブサイクよりこっちの方が似合ってるわね」

「先輩……!」


 千歳先輩の一言に、小夜の頬が桜色に染まる。けど待て、先輩の今の言葉って暗に今までの小夜はブサイクだって言っているようなもんだぞ。……まあ、自覚はあるようだしいいのか。俺は無邪気に喜ぶ小夜にやれやれと息をつく。するとその時、足元から「うっ!」とうめき声が聞こえた。見れば、白泉先輩が頭を抱えながらもゆっくり起き上がろうとしている。


「先輩ッ!」

「すまねえな。すっかりやられちまった。……で、あいつはどうなったよ?」

「倒したわよ」

「なッ!?」


 白泉先輩の顔がにわかに驚愕に歪んだ。すぐさま彼女は顔を下に向けると、ギシリと歯を軋ませる。握りしめられた拳はブルブルと震え、悔しさが滲んでいた。


「クソッ、まーた先を越されちまったぜ……!」

「まあまあ、勝てたんだからいいじゃないですか。それにあいつは自爆したから、勝ち負けとかありませんよ」

「何、ほんとか!? よーし、今度こそは勝つ!」


 気を取り直したのか、スッと立ち上がる白泉先輩。何というか、信じがたいほどの変わり身の早さとポジティブさだ。何があっても死なないタイプだな、うん。俺は先輩の逞しさに敬服しつつも、どこか呆れたような思いを感じてしまう。そう言えばこの人、ステータスの割には弱かったしなぁ……。


「ん……ああん!」


 妙に色っぽい喘ぎ声が、俺たちの耳朶を揺らした。何だと思って振り向けば、気を失っていたはずの塔堂が身をよじらせている。その頬は桜色に上気し、その手は自身の豊満な胸をこれでもかというほど揉みし抱いていた。一体、何を考えているんだこのオカマ。危ない気配を感じた俺は、とっさに塔堂から距離を取った。逆に千歳先輩はつかつかと彼女に歩み寄り、その頭をボカンと叩く。コーンと小気味良い音が周囲に響いた。


「イタッ……あれ?」

「気がついたようね」

「あなたは……私は一体……」

「事情を説明するわ。良く聞いて」


 先輩はまたどこからかスケッチブックを取り出すと、それを使って事情の説明を始めた。例によって、劇画タッチのやたらと書き込みの細かい画である。何度見ても、逆に分かりにくいような気がしてならないんだが……塔堂はそれが良く分かるようで、うんうんと頷いていた。なんだろう、先輩と波長の似た人にはあれがわかりやすいのかもしれない。きっと、そうに違いない。


「大体の事情はわかったかしら」

「まーね。だいたいは」

「しかし、あなたが妹弟子って……予想外」

「ま、私の方が年は上だからねー。そういうわけで、みんなよろしくッ!」


 よッとばかりに手刀を軽く額に当てて、敬礼の姿勢を取る塔堂。どうにも、軽くてノリの良い人物のようだ。その屈託のない笑顔に釣られて、俺たちも頬笑みながらお辞儀をする。すると俺と白泉先輩の顔を見た塔堂は、驚いたように目を丸くした。やべ、そう言えば俺たちこの人を襲ってたな……。


「あんたたち、塾に押し掛けてきた子じゃない! びっくりしたー、桜ちゃんの仲間だったのねえ」

「あのときはどうも、勘違いしてた様で。すみません」

「いやァ、悪いことしちまった。ごめんごめん」

「別に良いわよー。悪いのはあいつだし。済んだことは忘れて、仲良くしましょ」


 ふう、良かった。あんまり気にしてないようだ。俺と先輩は揃って息を吐くと、ほっと胸をなで下ろす。根に持たないタイプの人で本当に良かった。俺は彼女が差し出した手をギュッと握ると、親愛の意味を込めて出来るだけ愛想の良い顔をする。すると何故か、塔堂の眉が額の中央へと寄せられた。え、何かまずいことしたか……? 俺がそう冷や汗をかいた途端、塔堂の表情がニイッと崩れる。


「君、こうやってみると結構可愛いじゃない。私の好みよ」

「えッ!?」


 全身の毛がゾワリと逆立ったような気がした。何を言うとるんじゃこいつは! 俺は組合員じゃねーぞ! 俺は恐怖に顔を引き攣らせながら、ジワリジワリと後退をする。するとそれが気に入らなかったのだろう、塔堂の眉がへの字に歪む。


「何よ、そんなに引かなくてもいいじゃなーい! 別に取って喰いはしないわよ!」

「別の意味で喰われそうです」

「大丈夫、私とやった男は後でみんな意外と良かったって言うわ。それに私、上半身は黒魔術で本物の女なの。このおっぱい、シリコンじゃなくてちゃんと純正品よ?」

「それはいい……って、一番大事な部分が男じゃないかい!」


 敬語も忘れて全力で突っ込む俺。そんな俺に、なおも塔堂は流し目を送ってくる。こいつ、本当に俺を喰うつもりか!? 警戒心が、即座にマックスになった。レッドアラートだ。心のサイレンが全力で鳴り響いている。するとその時、俺と塔堂の間に小夜が割って入った。ナイス、最高のタイミングだ!


「からかうのもそのぐらいにしてください。あいにく、タクトはそういう趣味じゃないです」

「あら……彼女さんがいたのね。失礼、お姉さんは一時撤退するわ」

「一時って、また来るのかよ」


 敬語を使うのも忘れて、俺と小夜は茫然とつぶやいた。塔堂はそんな俺たちにクスッと笑みを浮かべると、連絡先を書いた紙を渡して「じゃーねー、また今度!」といって立ち去ろうとする。だが俺たちに背を向けて一歩足を踏み出した瞬間、彼女の身体が固まった。


「そういえば……クリスタルは回収した?」

「クリスタルって、白銀が持ってたあれか? なら、一緒に爆発しちまっただろ」


 屋根に大穴の空いた工場を見ながら、あっけらかんと言う白泉先輩。俺も小夜も、その意見に同調してうんうんと頷いた。しかし、塔堂は何とも渋い顔をすると、工場の方をちらりと睨む。


「あれがそう簡単に壊れるとは思えないわ。もしまた他の魔導師の手に渡ると危険だし、きちんと回収しておかないと」

「それもそうかしらね。私も手伝うわ」


 工場の方へ向かって歩き出す塔堂。千歳先輩もその後に続いた。こうなったら俺たちも付いていかないわけにもいかず、二人の後に続いて全員で歩いて行く。そうして半壊した工場のシャッターを抜けると、薄汚れたコンクリートの先に誰かが立っているのが見えた。黒いゴシック風のドレスを身に纏い、豊かな金髪を肩に流した少女だ。顔は見えないが、見覚えがある。まさかな――そう思った瞬間、千歳先輩の鋭い声が飛ぶ。


「あなた、何者!」

「ん……?」


 振り向いたその顔に、俺たちはたちまち石化した。白磁の肌。ビスクドールのように整った顔立ち。そして何より、心を見透かすような冷徹過ぎる蒼い瞳。あの日、自ら身を投げて死んだラルネと全く同じ顔をしていたのだ。死んだはずの少女が何故ここに。双子か……? 恐怖に駆られた俺は、すぐさまその正体を見極めるべくステータスを開く。だが、そこに表示されたのは「ラルネ・フォンシール」という名前だった。たちまち全身から血の気が引き、重力に負けた膝が床に崩れ落ちる。


「あ、ああ……!」

「どうした、まさかあいつあのラルネなのか?」

「そうだ。名前も、ステータスの数値も全く同じ……」

「どういうことだ!? 先輩、あのあと確かに死んだことを確認しましたよね?」

「間違いない! 死体はきちんと葬って、墓まで造った!」


 混乱したのか、いつもと比べて口調が乱れている千歳先輩。そのあまりの動揺ぶりに、事情を知らないはずの塔堂や白泉先輩までもが焦ったような顔をする。そんな俺たちの動揺ぶりをあざ笑うかのようにゆうゆうとこちらへ近づいてくる。その手には、白いクリスタルのような物が握られていた。輝き方が全く異なるが、形からすると白銀が所持していたものだろうか。


「あなたたち、もしかしてお姉さまと戦った魔導師かしら?」

「お姉さま? 誰よそれは!」

「ああ、知らないんだ。ふふ、それならいいわ。……とりあえず、これは頂いて行くね。ではまた、近いうちに」

「待ちなさいッ!」


 こちらに背を向け、歩き去ろうとするラルネ。その背中めがけて千歳先輩は持っていた杖を投げつけた。杖はさながら矢のような勢いでまっすぐに飛ぶと、誤ることなく人影の中心を穿った。だがその時、得体の知れない黒い靄が現れて、ラルネの姿はかき消えてしまう。やがてその靄が晴れると、彼女の姿は忽然と消えていた。まるで始めから、この場に居なかったかのように。俺たちは彼女が立って居た場所へと走り寄ると、茫然と周囲を見渡す。


「消えた……!?」

「幻影魔術ね。かなりの使い手だわ」


 先ほどまでとは打って変わって、真面目な口調でつぶやく塔堂。彼女は懐からスマートフォンを取り出すと、どこかへと電話をかける。


「もしもしー、あ、師匠? ごめんね、ちょっと帰るの遅れそうだわ。え、もう帰ってこなくていい? 私の部屋も解約した!? ええわかったわ、もうそっちへは帰らないからッ!」


 塔堂は何やら憤慨した様子で電話を切ると、そのままポケットにスマホを突っ込んだ。きっと、オカマだってことが師匠にばれたんだな。俺はざまあとばかりにニヤニヤした顔で彼女の背中を見守る。すると不意に塔堂が振り返り、ニッと満面の笑みを俺に見せた。


「ふふ、お姉さんちょっと帰れなくなっちゃった。だから、さっきの一時撤退はなしね。これからはずっと一緒よー!!」

「な、なんでそうなる!?」

「だから、タクトはだなぁ!」


 喧嘩を始める塔堂と小夜。その様子に白泉先輩は楽しげな顔をし、深刻な表情をしていた千歳先輩までもがやれやれとため息をついた。事件は一旦解決し、小夜も元の姿に戻れたが……俺たちの日常から波乱が尽きることはなさそうだ。クソ! なんで、なんで――


「元オーガ♀とオカマなんだよーー!! 取り合うならせめて美少女と美少女にしてくれーーーー!!!!」


 俺の魂からの叫びが、茜色の空に響き渡ったのであった。

第二章の本編はこれにて終了です。

あとは番外編を一話挟んで、第三章へと突入します。

この区切りに感想、評価などありましたらぜひお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ