第三話 魔導師と寺生まれ
辰見高校生徒会長、千歳桜。
文武両道にして容姿端麗、性格も下級生思いで優しいというまさに三拍子揃った完璧少女である。そのため校内においては絶大な人気を誇り、名実ともに我が辰見高校の顔だ。公式ファンクラブ――実際に本人が承諾してるのかは定かではない――なる団体まで存在していて、このあたりではちょっとしたアイドル扱いをされている。実際、神秘的で儚げな容姿は人気アイドルと比べてもいささかも見劣りしないどころか、それを凌駕するほどなので無理もないのだけど。
そんな人気を誇る彼女であるが、その私生活についてはほとんど知られていない。彼氏はいるのか、いないのか。家はどこにあるのか。どういう家族構成をしているのか……。本人が話さないことはもちろん、知りたがりの一部男子たちが熱心に調べ上げようとしたが、ほとんど何も分からず未だに謎に包まれている。ストーカー紛いの尾行をして家の場所を探ろうとした猛者まで居たのに、だ。その秘密の多さとミステリアスな雰囲気から、一部では「千歳会長は魔女で、その身分を隠している説」などあったりしたのだが――
「うっ……」
まさか、そんな珍説が真実だったとは。
俺は扉から現れた千歳先輩の姿を見て、とっさに壁際まで後ずさってしまった。いつもは神秘的に見えるその深い紫の瞳が、今は何か得体の知れない光を帯びているように見える。ラノベとか漫画だと、魔法使いと言うのは正体を知られるのを異常に恐れるはずだ。先輩も、おそらくその部類だろう。俺はブルリと背筋を震わせた。
「あなた、どうかしたの?」
「いえ、べ、別に何も……ただちょっと頭が痛くて」
「おいおい、さっき良くなったって言ってなかったか?」
空気を読まずに突っ込んでくる小夜。やれやれ、見た目は変わってもこういうところは変わってないのか。俺は先輩の顔色を伺いつつ、どうにか誤魔化してみる。
「再発したんだよ。ちょっと当たり所が悪かったのかも」
「ほんとか? 仕方ない、送っていくから一緒に家に帰るか」
「ああ、頼む。それじゃ先輩、失礼します」
「ええ、お大事にね。……あ、ちょっと待って!」
小夜を引っ張ってその場を立ち去ろうとすると、先輩に呼び止められてしまった。まさか、俺が正体を知ったことに気付いたのか? 全身の毛穴が開き、嫌な汗がだらだらと流れるのを感じた。ナイフを持ったヤンキーに呼び止められたような気分だ。生きた心地がしない……!
「な、何ですか?」
「あなた、最近変な物とか見なかった?」
……見まくりである。ステータスとかステータスとかステータスとか。変どころか、明らかに現実世界に存在してはいけないものを見ている。
「……何も。なあ、小夜?」
「ん? ああ、そうだな」
俺がジロッと睨みつけると、さすがの小夜も空気を読んだのか話を合わせてくれた。先輩は「そう」と小声でつぶやくと、残念そうに肩をすくめる。
「確かに気配を感じたのだけど……。まあいいわ、身体をお大事にね」
「はい、ありがとうございます」
俺たちが頭を下げると、先輩はそのまま廊下を歩き去って行った。やがて角を曲がり、その背中が見えなくなると、俺はふうっと息を漏らす。マラソンを走り切ったかのように、全身がどっと重くなった。
「やっと行った……」
「大丈夫か? 顔色がおかしいぞ」
「実はな……」
俺は小夜に自分が見た先輩のステータスを大まかに説明した。すると小夜はたちまち眉間に皺を寄せ、険しい顔つきになる。
「魔導師か……。もしかして千歳先輩は、生徒会を通じて密かに学園の征服でもしようとしてるんじゃないか?」
「それはさすがに無いだろ。考えすぎだ」
「いや、十分ありうるぞ。顔が良い女って言うのはな、ろくでもないことを考える物なんだ」
そう言うと、自分で言った言葉に対してうんうんと満足げにうなずく小夜。そう言えばこいつ、この学園の生徒にしては珍しく千歳先輩のことが嫌いだったな。理由は「美人でいけすかない!」というものすごーく嫉妬にまみれた物だったが。
「美人に敵意ありすぎだろ。つか、今のお前が言うと完全にブーメランだぞ」
「……あ、そうか。あはは、すまんな」
小夜は頬を赤く染めながら、幸せそうに蕩けた顔をする。こいつ、俺の容姿全振りに対して怒ってた割には、ずいぶんと美少女を堪能しているようだ。というか、以前は「人は見た目じゃない! 心だ!」とか言いまくってたのはどうした。やっぱ、強がりだったのか。……小夜の心のダークサイドを、ちょっと覗いてしまったような気がする。女の子って怖い。
「とにかく、先輩の秘密を知っちまったからにはかなりヤバいぞ。お前、こういうことを相談できる何か良い知り合いとか居ないのか? お前の家の道場、その筋の人とかも居ただろ」
小夜の実家である神凪家は、神凪流という古流剣術の道場を経営している。数百年もの歴史を誇る相当に大きな道場だ。全国的にも有名で、知る人ぞ知る武術の名門である。小夜は若干十五歳で、そこの塾頭を務めていた。なのでこうみえて結構顔が広く、「怖い人たち」にも何人か知り合いが居たはずだ。
「うーん、ただのヤー公とかなら何とかなるんだが……魔導師となるとなぁ。待てよ、一人だけ頼りになりそうな奴が居たぞ!」
「マジか!?」
「ああ、最近道場に来た女子なんだがな、寺生まれで恐ろしく霊感が強いんだ。名前は確か、竹田月奈とか言ったかな」
「……霊感って、そんなの頼りになるのか? 相手は魔導師だぞ」
俺が不満げな顔をすると、小夜は大丈夫だとばかりに胸を張った。よっぽど自信があるらしい。
「あいつは頼りになるぞ。この間も、良くわからんが悪霊を『破ァ!!!!』って払ってたからな。魔導師でもたぶん行けるだろ」
「悪霊と魔導師は明らかに違うと言うか……」
「そんなに不満なら、ステータスを見れば良いんじゃないのか? それで頼りになりそうだったら頼れば良いじゃないか」
……そう言われてみれば、そうかも知れん。能力を確かめるためのステータス表だしな。駄目だったら他を当たってみれば良いし。そう考えた俺は、小夜の提案に渋々ながらも頷く。
「よし、じゃあもう帰っただろうから明日会いに行こう」
「わかった。それなら俺は、明日までにステータスについてもうちょっと調べてみる」
こうして俺は小夜と一旦分かれ、帰宅した。物陰から千歳先輩が現れないかと警戒して過ぎた俺は、帰りが遅くなって久々に母さんに怒られたのだった――。
……ハチャメチャが押し寄せてくる!?
最近のポイントの伸びにビックラこいた作者です。
お飾りの方も良く伸びたのですが、ジャンル的にステ振りがここまで伸びるのは予想外でした。
恋愛の無い現代ファンタジーでも伸びるものなんだとちょっと感心しております。
これもひとえに読者の皆様のおかげです、ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします。