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ステ振り!  作者: キミマロ
第二章 テストの神様
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第三十八話 正体

 ……こんなのってありかよ。これが、正直な俺の感想だった。たまたま自転車で事故を起こして吹っ飛んだら、その先に目的の人物が居たなんて。俺はもはや言葉を失い、口をあんぐりと開けてその場で立ち尽くす。頭の中が真っ白になると良く言うが、今の俺は全く逆の心境だった。ごちゃまぜのパレットが如く、脳内を様々な思考が走り抜けていく。


 ……とりあえず、どうしようか。上手く頭が回らない俺は、助けを求めるように周囲を見回した。するとその時、遥か彼方から鈍い金属音が響き、薄暗い工場の中に夕陽が射しこんでくる。その光を追うようにして、先輩と白銀さんの声が耳に飛び込んできた。


「大丈夫か!?」

「竜前寺さーん!


 コンクリートの床をカツカツと早いテンポで響かせながら、二人は俺の方へと駆け寄ってきた。彼女たちは俺が怪我をしていないことを確認すると、ほっと胸をなで下ろす。


「やれやれ、無事だったみたいだな」

「ええ、おかげさまで……」

「それで、塔堂の奴はどうだ? 今のところ、姿は見えないが」


 そう言うと、姿勢を低くしてキョロキョロと周囲を見渡す白泉先輩。彼女は手近にあった金属の棒――何かの資材だろうか――を手にすると、それを静かに水平に構える。あはは……そんな様子を見た俺は、思わず苦笑いをしてしまった。そして倒れている塔堂の肩を掴む。


「実は……こんな具合なんですよね、もう」

「なッ!? どういうことだ」

「ひ、一人で倒したんですか!?」


 目をガッと見開くと、二人は俺の方へと詰め寄ってきた。肩を怒らせ、怪訝な顔でこちらを覗き込むその様子は、圧倒されるような威圧感がある。シュロリ――先輩と白銀さんの視線が、容赦なく俺の身体を貫く。何故だろう、悪いことをしたわけでもないのに冷や汗が額に浮かんだ。俺は背中をのけぞらせながらも、まあまあと二人を落ちつかせる。


「あー、その。落ちついてください! 飛んできた時に、たまたまぶつかっちゃったみたいなんですよ。俺が特別な何かをしたってわけじゃありません」

「……あそこから落ちた時に、ぶつかったってことか?」


 そう言うと、先輩はトタン屋根に空いた丸い穴を指差した。紛れもなく、俺が落ちてきた時にできた穴である。俺はその問いかけに、うんうんと頷く。すると先輩は、あきれたように「ほう……」とため息を漏らす。


「……すんげー偶然だな」

「世の中、偶然なんていっぱいありますからね。エロゲのヒロインの名前が母さんと被っちゃったとか、ネトゲで好きなヒロインの名前をユーザーネームにしたら同じ名前の人が百人ぐらい居たとか」

「なんだそりゃ」

「ちょっとだけ理解出来た自分が悔しいです、凄く」


 微妙な顔をする先輩と、やや悔しそうな顔をする白銀さん。そうか、分かるのか。あの自分でもややこしいと思った説明で……俺は意外とこちら側に近いらしい白銀さんにシンパシーを感じつつも、気絶している塔堂の身体をゆっくりと起こす。そして近くにあったドラム缶に寄り掛からせると、改めて先輩たちの方を見た。


「とにかく、こいつどうします?」

「桜に見せるしかねーだろ。それまでは縛っとくべきだな」

「口も、何かで固定しておいた方が良いですね」

「わかりました、じゃあ俺が」

「いえ、そこは同じ女の私がやっておきましょう」

「こいつ、オカマだけど」


 俺がそう言うと、白銀さんは頬を赤くしてハッとしたような顔をした。彼女は額に皺を寄せつつも、ポケットからハンカチを取り出す。そして膝を軽く曲げ、塔堂の前にしゃがみこんだ。彼女は塔堂の身体に手を掛けると、改めてこちらを向いて笑う。


「……とりあえず、私がやりますよ。見た目ほとんど女ですし。大丈夫、下半身には触りませんから!」

「わざわざ強調しなくていいから!」


 まったく、可愛いのに何を言うんだか。俺は残念な気分になりつつも、周囲を見渡した。そして機械の脇に置かれたロープを発見すると、それを白銀さんの方へと投げてやる。彼女はそれを受け取ると、ハンカチで塔堂の口元を縛ったのち、ロープで身体を縛り始めた。豊満な胸元が白いロープで絞め上げられ、グッと谷間が深まる。ロープの合間から溢れる柔肉。中身がシリコンだとわかっていても……ヤバい。思わず鼻の下を伸ばしそうになった俺は、「こいつは男だ」と心の中で念仏よろしく唱え始める。


 俺の穏やかならぬ内心を知ってか知らずか。白銀さんは塔堂の体を縛り終えると、その身体をぺたぺたとチェックし始める。警察が不審者に行うボディチェックのようだ。そして太ももから肩に至るまでを丹念に調べると、いきなり胸元に手を差し入れる。ふにっと柔らかく歪んだ谷間に、白銀さんの細い手が潜り込んでいく。な、何をやってるんだこの子は!? 突然の行動に戸惑いつつも、俺は胸から目が離せない。そうしていると、白泉先輩が白銀さんの方を掴む。。


「お前、何やってんだ?」

「あはは、凄いおっぱいだなーって。こんなにあると、女でも揉みたくなっちゃいますよね!」

「そうか? こんなシリコンの塊を揉んでもな。つか、お前自体結構でかいだろ」

「――あった」


 白銀さんの声が、唐突に冴えた。張り詰めた鋼のような冷たい響きが、仄暗い工場を抜けていく。先ほどまでの、愛嬌のある可愛らしい声とは全く反対だ。綿毛のように柔らかだった彼女の雰囲気自体も、大きく、そして巖のようにゴツゴツとした荒々しいものへと変化していく。魔力――彼女の背中から、何かただならぬ気配を感じた。次第にそれは膨れ上がり、やがて青い焔として実体化する。あまりの変容に、俺や白泉先輩は言葉を失うと、ゆっくりと後ずさりをした。


「ど、どうしたよ!?」

「同志討ちを狙ってたんだけど……ま、いっか」


 そう言うと、白銀さんはスッと素早い仕草で立ち上がり、こちらを振り向いた。その眼からは色が消えていて、凍てつくような鋭さだけがある。さながら、尖ったガラス細工のようだった。先ほどまでの彼女の瞳とは明らかに違う。どこか攻撃的で、殺意すら感じる眼だ。まさか……俺の頭の中を、最悪の可能性がよぎった。すると彼女は、掌を広げて何か小さな物をその上で転がす。光を乱反射するそれは、石英のような透明な六角柱だった。


「これ、何だかわかる?」

「さあ……」

「知るわけないだろ」

「ふふ、これはね……私が造った魂力の結晶なの。ドリルに仕込んだ魔法陣と対応しててね。最初は魂力をドリルの持ち主に分け与えるんだけど、あとからそれ以上に吸い取るように出来てるの」

「な、貴様!?」

「ま、まさか……!!」

「ええ。私が今回の事件の犯人よ。邪魔者を倒してくれて、ありがと」


 驚愕の事実。俺たちはそれに打ちのめされそうになった。ほぼ完全といっていいほどに、俺たちは白銀さんを信用してしまっていたのだ。その可愛らしい容姿と、愛想の良い立ち振る舞い。ほこほこと暖かな雰囲気。そのすべてが彼女を善良かつ信頼のおける存在として認識させていた。


 加えて彼女は千歳先輩の妹弟子を名乗り、先輩自身からもそのことを認められている。一体、どうやって先輩を誤魔化したのか。俺は心はもはやパンク寸前で、半ばパニック状態になってしまった。混乱する頭を抱え、驚きで渇いた喉をさすりながらも、俺は恐る恐る彼女に尋ねる。


「どうやって、先輩の妹弟子に成り済ましたんだ」

「簡単よ。そこに居る女が、私の名乗った妹弟子ご本人だったってわけ。魔術で情報を絞りだせば、成り済ましも余裕だったわ。途中で反撃されて、面倒なことになったけどね」

「マジか……!」


 俺と白泉先輩は揃って塔堂の方を見た。こいつの方が妹弟子だったのか……。明らかに年上でしかもオカマなので、妹とはイメージしにくいが、あり得ることはあり得る話だ。実際、塔堂は魔導師である。見た目は完璧に女だし、師匠とやらを上手くだましたと考えれば行けるかもしれない。彼女が塾の講師をやっていたのも、白銀さん――いや、白銀の行動を止めるためだったと考えればバッチリだ。先輩が拾ったドリルも、塔堂が魔法陣の存在に気付き自らビルの裏に捨てた物だったんだろう。


 動揺する俺たちの一方で、白銀は余裕綽綽だった。彼女は結晶を胸ポケットへと入れると、ニタっといやらしい笑みを浮かべる。


「さて、もう事情はわかったでしょう? そろそろ始末させてもらうわ」

「な、舐めんじゃねーぞ!」


 そう言うや否や、白銀さん――いや、もはやただの白銀か――の方へと飛び出す白泉先輩。姿勢を低くし、コンクリートの床を勢い良く蹴って飛び出したその様は、獲物を襲う猛獣を彷彿とさせた。はらり。その突撃を、白銀は最低限の動きでかわして見せる。間一髪。そう表現するのがふさわしいほどギリギリで避けたのにもかかわらず、その動きは優雅で余裕があった。顔には不敵な笑みが浮かんでいる。


「さすがね。だけど私には通じないわ。ふふ、力がドンドン溢れてくる……!」


 輝く胸ポケット。そこから淡い光のオーラが放たれ、手を伝って白銀の体へと達する。心臓の鼓動のように波打つその流れは、巨大な力の波動を感じさせた。次第に増して行く白銀の存在感に、俺は急いで彼女のステータスを開く。すると――


「ステータスが上昇している! 70……80……まだ上がる!」


 彼女の全てのステータスが、ゆっくりとではあるが上昇していた。入替って行く数字。高まる力。まさに化け物だ。このままじゃ手の付けようがなくなるぞ……! 俺は堪らず息を呑むと、白銀の傍で立ち尽くしている先輩に言う。


「先輩、ひとまず撤退しましょう! こいつ、ヤバいです!」

「そんなこと言っても、こいつを放置するわけにはいかないだろ! お前は今すぐ桜たちに連絡しろ! あいつらが来るまではあたしが持たせる!」

「止められるかな?」

「らっせェ!!」


 飛び込む先輩。その隙に俺はドラム缶の陰に隠れると、携帯を取り出した。えっと、千歳先輩の番号は…………慌てるあまり、タッチパネルの上を指が不器用に滑る。そうして押し間違いをすること二回、俺はどうにか先輩の番号を打ち終えると、携帯を耳に押し当てた。だがその時、背後に置かれていたドラム缶が激しい音を立てて吹っ飛ぶ。そして先輩の身体が俺の方へと飛び込んできた。やっぱり、無茶があったんだ!


「クハッ!!」

「おわッ!」


 とっさに先輩を抱きかかえ受け止める。スマホが手を離れ、落ちてしまった。カツーンと高音が響き、コンクリートの床を黒いプラスチックが滑って行く。拾わなければ――すぐさま俺は、背中を曲げてスマホの方へと手を伸ばした。しかしその瞬間、頭の上を光が駆け抜けていく。光は数メートル先の床に着弾し、小さな爆発が起こった。破片が飛び散り、顔に当たる。


「動くな! 動くと撃つわよ!」

「チッ……」


 俺は改めて先輩の身体を抱え直すと、白銀の方へと向き直った。打ち所が悪かったのか、すでに先輩は半分気絶したような状態となってしまっている。……とりあえず、電話をかけることは出来た。あとは不審に思った千歳先輩と小夜がこちらに駆けつけて来るまで、どうにか俺一人で持たせなくてはならない。何か、何か上手く時間を稼ぐ方法は無いか……。俺は先輩の身体を右手で支えつつ、左手で自分の身体を探った。すると、ズボンのポケットに小さな瓶のような物が入っていた。これは……! 俺はすぐさまそれを手に取ると、グッと前に突き出す。


「く、来るな! 俺は、すっごい聖水を持っているんだぞ!」

「聖水が何よ。そんなもの、私には効かないわ」


 聖水を目にしても、完全に余裕の白銀。くそったれ、脅しにすら役に立たないじゃないか! 追い詰められた俺は唇をグッと噛みしめた。チクショウしかたない、ここは大恥を覚悟で……やるしかねーか! 俺は自らの心の中にある恥という恥をすべて捨てさる覚悟を決める。


「えっと……そ、そのだな……聖水は聖水でも、これはアダルトな意味での聖水なんだ! しかもオッサンのだぞ! メタボだ、メタボオッサンの聖水だ! きっと、かなり糖分も入ってるぞ!!」

「なッ…………なんですって!? 何であんたそんなの持ってるのよ!」

「変態紳士のたしなみさ……」

「ド、ド変態が居る!!!!」


 先ほどまでとは打って変わって、白銀は恐怖のあまり引き攣った顔をした。彼女はよたよたと何歩か後退する。効いてる、効いてるぞ! その隙に俺は先輩の身体をガッシリと抱えると、ステータスを腕力と速度に割り振った。そして――


「とりゃッ!」

「イヤアアアァ!!!! オッサン、オッサン聖水はイヤァ!!」


 瓶は見事に白銀の頭に直撃し、栓がすっぽ抜けた。中から聖水――実際にはただのミネラルウォーターが流れ出し、彼女の頭を濡らす。白銀はその場で大絶叫すると、駄々っ子の赤ん坊よろしく髪を振り乱して大暴れを始めた。しまいにはコンクリートの上で転がり始めてしまう。その姿をしっかりと確認した俺は、先輩を抱えて全速力で逃げ始めた。


「よし、行ける!」


 工場の扉まで、あと五メートル。俺は逃げ切れると確信した。けれどその瞬間、俺の耳に地獄の底から響くような声が飛び込んでくる。


「待たんかいコラァ!!!! てめえだけは、命に代えてもぶっ殺す――!!」


実際、こんなことを言う人が居たら悪魔や魔女でもビビると思うんだ。

変態さんは無敵です。

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