第三十三話 少女と自転車暴走族
圧倒的なオーラを放つバンドマン。これが、スターのオーラという奴なのか……? 良くわからないが、これなら人を引き寄せるのに苦労はしないだろう。事実、まだ演奏も何もしていない状態にもかかわらず、通行人たちが足を止め、チラチラとこちらの様子を見始めている。「あれ誰?」などと囁き合う女子高生に、通話をやめて携帯をポケットにしまうサラリーマン。この分なら、生徒たちの引き寄せ効果にも期待できそうだ。ビルの入り口を見れば、既に何人かが足を止めている。
「何だかわからねえが……行ける気がするぜえェ!!」
燃えるバンドマン。彼はギターに手を伸ばすと、その弦を一気に弾いた。爆発する音、津波のような旋律。たちまちのうちに駅前の広場全体にそれは伝わり、にわかに場の雰囲気が高揚する。す、すげえ……! ステータスを向上させた俺自身ですら、その音に呑みこまれてしまうかのようだった。人って、ここまで変わるものなのか。俺はバンドマンの方へと集まりだした人波をかき分け、ビルの入口へと向かう。すると案の定、入口付近に居た生徒たちのほとんどがバンドマンの方へと吸い寄せられていた。さらに中からも、早めに自習を切り上げたと思しき生徒たちが足早に外へ出てくる。
「よし、上手く行った!」
生徒たちと入れ替わりにビルの中へ入った俺は、ほっと息をついた。そしてそのままエレベーターへ向かうと、塾のある三階へと移動する。微かな浮遊感ののち、扉が音もなく開いた。やがて飛び込んでくる、学習塾とは思えないほど豪奢な内装。俺はいつ見ても凄いそれに圧倒されつつ、絨毯の上へと足を踏み下ろす。
「ん……?」
足を踏み入れた途端、妙な違和感を覚えた。本来あるべき人の気配が全くといっていいほどないのだ。それだけではない。空気が硬いとでもいうのだろうか、水の中に居るような奇妙な感触が肌を包み込む。これは……七瀬の見舞いに行った時、昭和記念病院で感じた気配と同じだ。結界が貼られた場所特有の、時が止まった場所の気配である。
「まさか……!」
急ぎ、廊下を駆け抜ける。もし使役魔なんて居たら、恐ろしいことになるぞ! 俺の心は、たちまちあの時の情景を思い出す。あんな騒ぎになったら大変だ、あのときは竹田さんが居たから何とかなったが今回は俺一人である。ヤバい状態になる前に、何とかしなければ……! 俺は慌てて教室の扉に駆け寄ると、乱暴にそれを押し開けた。バンッと乾いた音が激しく響く。
「な!」
目の前に飛び込んできた光景に、俺は思わず息を飲んだ。例の女教師――名前は『塔堂成美』というらしい――が、ブレザーを着た中学生ほどの少女の胸ぐらを掴み上げている。少女の表情は苦しげで、吐く息も荒くなっていた。白い肌が紅潮し、茶色のツインテールが力なく揺れる。ブラウンの瞳が、悲痛な光を湛えながらこちらを見据えた。
「助けて……!」
「この野郎ォ!!」
怒りが腹の底から湧き起こった。俺は肩を突きだすと、ラグビー選手よろしく強烈なタックルを繰り出すべく走り出す。頭脳と容姿を10ずつ削り、筋力を強化……! 瞬く間に身体が加速していき、塔堂の身体に衝突する。とっさのことで、さすがに対応できなかったのか彼女は少女を突き放す。解放された少女はその場に崩れ落ちると、胸に手を当てて大きく息をついた。俺は彼女の前に立つと、塔堂から守るべく大きく手を広げる。
「あんた、何すんのよ!」
「そっちこそ、女の子を相手に何やってんだ!」
「誰だか知らないけど、そいつはそう見えてとんでもない奴なのよ! 渡しなさい!」
俺の方を見て金切り声をあげる塔堂。その表情は鬼気迫るもので、余裕など全くなかった。額には深い皺が刻まれ、眼が血走っている。一体何なんだこいつは。どうしてこの子にそこまで執着するのだろう。俺はとっさに少女のステータスを開いてみた。すると、予想外の数値と職業が飛び出してくる。
・名前:白銀 リコ
・年齢:14
・種族:人間
・職業:中学生 魔導師
・HP:30
・MP:20
・腕力:45
・体力:55
・知能:70
・器用:80
・速度:60
・容姿:75
・残りポイント:80
・スキル:黒魔術
「魔導師……!?」
この見た目と幼さで、魔導師なのか。俺は驚きのあまり、少女の身体を上から下まで念入りに観察した。溌剌とした印象の整った顔立ち。やや茶色を帯びた透明感のある瞳に、桜色の唇。栗色のツインテールは長く艶やかで、輝くようだった。肉付きはやや薄いが胸はしっかりと盛り上がっており、活動的で明るいごく普通の少女にしか見えない。先輩のような怪しげな雰囲気があるわけでもなく、ましてラルネのような邪悪さなどかけらもない。街を歩けばすぐに景色に溶け込めるような、そんな少女だ。
俺が動揺した様子を示すと、白銀さんは驚いたように目を見開いた。そして俺の方にすり寄ってくると、手をぎゅっと握りしめてくる。その動きは弱弱しく、彼女の体力が失われていることを感じさせた。
「あなた、私が何者かわかるの!」
「あ、ああ!」
「ならお願い、助けて……!」
上目遣いで、俺にすがりついてくる白銀さん。俺は改めて彼女をかばうように陣取ると、力強く頷いた。そして塔堂の方をグッと力を込めて睨みつける。このオカマ、事情は知らないがこんないたいけな少女をなんて酷い目にあわすんだ……! 匿名紳士代表としてこの俺が黙っちゃいねえぞ……!
「何があったかしらねえが、てめえ許しちゃ置かねえぞ!」
「ふん、こうなったら実力行使しかないようね!」
「舐めんなよオカマ!」
「な、何で私が男の娘だってことを知ってるの!?」
動揺する塔堂。その額から大粒の汗が滴り落ちた。だが違う、こいつは……。
「お前は男の娘じゃねえ! オカマだ!」
「どこが違うのよ!」
「違う、絶対的に違う!」
こいつ、男の娘とオカマの違いも知らずに女装していたのか。ますますとんでもない奴だ。匿名紳士として放置しておけないぞ! 大方、姿を変えて活動するため女装したということだろうが……まったくもって酷い。俺は拳をぎゅっと握りしめると、それを高々と掲げた。こうなったら、漢同士の話し合いと行こうじゃないか! 俺は器用さを10ほど削り、さらに腕力を増加させる。
「おりゃあ!」
「罪科の蛇。汝が進むは修羅の道。幾千万の血を捧げ、己が十字を濯ぐべし。ブラッド・ツイスト!」
「クッ!」
俺の拳が塔堂の胸に届く寸前に、奴の右手から紅い光が伸びた。それぞれの指から一本ずつ、計五本の光の鞭は俺の身体を狙って四方八方から殺到する。挟まれる――そう直感した俺は、瞬時に床を蹴って後ろに飛びのいた。俺の居た場所を鞭が切り裂き、空気が焦げたような独特の臭いが鼻を突く。「性別:男」のインパクトが強過ぎて碌に確認できていなかったが、やはりこいつも魔導師か!
「そらそら!」
風切り音が響き、光の鞭がしなる。こいつ、相当にこの魔法を扱いなれているな! 五本の鞭は絡まることなく、それぞれが生きているように俺を狙って飛来する。鞭の先端が置かれていた机に当たると、その部分に穴が開いた。二メートルほどの長さがあるそれは、細くて軽そうに見えるがやはり魔法。相当の破壊力があるらしい。クソ、こんなエセ女王様みたいなやつに負けてられるか……! 俺は今まで筋力に振っていた数値を速度へと振り直すと、一旦、奴から距離を取った。そして手近にあった机を抱え上げる。
「死ぬんじゃねーぞ……そらァ!」
「ぬッ……!」
塔堂めがけて放物線を描く机。それを光の鞭が迎え撃った。五本の鞭が入り乱れ、木の天板と鉄の骨組みで出来た机はたちまちのうちに細切れにされていく。けれど勢いまでは殺し切れなかったらしく、いくつかの破片が塔堂の身体に当たった。彼女は思わず身をよじらせると、こちらをキッと睨みつけてくる。その剣幕たるや、まさに鬼女だ。
「これなら、どうよ! ――罪科の蛇。汝が進むは修羅の道。幾千万の血を捧げ、己が十字を濯ぐべし。ブラッド・ツイスト!!」
左手からも伸びる紅い光。五本でも結構ギリギリだったのに、一気に倍かよ……! 俺はたまらず舌打ちをした。時間もそろそろマズイ。ステータス再割り振りの効果時間は、あと一分ほどだ。それまでにどうにか、塔堂を倒すか行動不能にしなければ……! 俺は額に浮いてきた冷や汗を、ゆっくりと手で拭った。するとその時、廊下の方から妙な音がしてきた。キイキイと、歯車が軋むような耳障りな音だ。俺も塔堂も、にわかに動きを止めて耳をすませる。そして――
「とおりゃあアアァ!!」
教室の扉が勢い良く開き、何故か自転車に乗った白泉先輩が姿を現したのだった。
ステータスを表示するのは、結構久しぶりですね。
書いていてちょっとびっくりしました。
もっと表示した方が読者の方には読みやすいでしょうか?
ご意見など言っていただけるとありがたいです。




