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ステ振り!  作者: キミマロ
第二章 テストの神様
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第三十一話 小夜と変化

 翌日。小夜や竹田さんのことでいろいろと疲れてしまった俺は、ぐっすりと眠ることが出来なかった。かれこれ三日間に渡って、よく眠れていない。昨日の小夜じゃないが、心なしか肌も荒れている。やれやれ、今日も小夜に笑われるのか……。俺は机に向かって前のめりになると、顔を押し付けてふうっと息を漏らす。まだ人の少ない教室に、俺のため息が響いた。


「おいおい、ずいぶんと疲れてるなぁ」

「ん……佐伯か。いやさ、小夜にいろいろとやられて」

「ったく、羨ましいもんだぜ。俺なんて小夜さんといちゃいちゃしたくてしょうがないってのに。……そう言えば、今日は小夜さん遅いな」


 佐伯は黒板の上にある時計を見た。その針はすでに、八時二十五分に達しようとしている。いつもなら、小夜は既に教室に到着している頃だ。この間、少し遅れてきたことがあったが、あのときのようにまた勉強でもしているのだろうか。昨日のこともあって、俺は何だか妙な胸騒ぎを覚えてしまう。小夜にもし、万が一のことがあったら……まあ、あいつのことだから大丈夫か。殺しても死にそうにないし。


「大丈夫だろ。小夜だし」

「いや、小夜さんだから心配なんだよ。あれだけの美少女なんだ、飢えた男に何をされるか……!」

「……相変わらず、心配性だなお前」

「当たり前だ、親衛隊の隊長だからな!」


 ドーンと胸を張る佐伯。そういえば、そんな面倒な団体が出来てたな。最近は隊長のこいつが不調だったからイマイチ存在感がなかったが、結構な規模で存在しているようだ。前に佐伯に聞いた時は、会員数は三十人以上は居るとか言ってた。この学園、モノ好きがいくらなんでも多過ぎるだろ。


「ストーキングはほどほどにしとけよ? あいつ、そういうの嫌いだから」

「ふ、問題ない。俺たちは小夜さんを毎日暖かく見守るだけだからな」

「……その見守るってのがストーキングなんだよ」


 俺は燃えている佐伯にやれやれとため息をつくと、再び机に突っ伏した。するとその時、前方の扉を開けて一人の少女が教室へと駆けこんでくる。その姿を見て、教室に居た生徒たちはみな息を呑んだ。全身に包帯を巻きつけ、目と口だけを露出したその姿はさながらミイラのようだったからだ。女子の制服を着て、髪を長く伸ばしていなければ、性別すら判然としない有様である。一体、何だこいつは! 俺は椅子から腰を浮かせると、後ろに下がった。他の生徒たちも、その姿を見るや否や顔を凍らせる。騒がしかった教室がにわかに静まり返り、空気が張り詰めた。


「だ、誰だ!?」

「私だよ、私」


 包帯の少女は、呆れたような声でそういうと小夜の席に腰を下ろした。ちょ、こいつ小夜だったのか! そう思って見れば、背丈や体つきは確かに小夜と似ている。包帯を巻いている分、胸の膨らみは抑えられているが腰や太もものラインはほぼ完璧に一致した。一体、何があったんだ。そのあまりの惨状に、俺と佐伯は揃って顔を引き攣らせる。


「小夜様、これは!?」

「お前、何やらかしたんだよ!」

「はは、見た目は凄いが……大したことはないさ。三日もすれば治る」

「怪我したのか……?」


 俺がそう尋ねると、小夜は黙って頷いた。全身に包帯を巻くほどの怪我って、本当に大丈夫なのか? とても三日で治るようには思えないのだが……俺は小夜の方をじーっと見据える。何か重要なことを隠そうとしていないか、こいつ。俺はとっさに、小夜のステータスを開いて体力とHPを確認した。すると案の定、全く減少していない。


「なぁ小夜?」

「なんだ?」

「お前、その怪我は何が原因で出来たんだ。というか、どういう怪我なんだ」

「それは……」


 俺が問い詰めると、小夜は困ったように唸った。そして、誤魔化すように早口に告げる。


「親父と喧嘩してしまってな。あちこちに切り傷が出来たんだ」

「お前、親父さんは一昨日の喧嘩でぎっくり腰になって寝てるとか言ってなかったか?」

「……あ、ああ。親父じゃなくて爺様だった、すまん」

「ふーん……」


 怪しい、明らかに怪し過ぎる。俺は小夜の身体を上から下までじっくりと眺めて見た。全身を包帯で巻かねばならないほどの怪我をしている割には、動きが滑らかだ。いつもの癖なのか、つま先でポンポンと床を叩いているが、もし本当に大怪我をしているのであればこんなこと出来ないだろう。何を隠しているんだ。俺はいろいろと考えを巡らせるものの、特に思い当たる節がない。


「……後で先輩に相談だな」

「何か言ったか?」

「何でもない」


 俺はひとまず、小夜の事を棚に置いた。今はそれよりもテストが重要である。頬を軽く叩いて気分を入れ替えると、俺はテストに備えたのであった――。




「三日間良く頑張ったな! では、解散!」


 モッチーがそう告げると、教室がにわかに騒がしくなった。ある者は燃え尽きたようにため息をつき、ある者は周りの生徒たちと打ち上げの予定を話し合い。テストから解放された生徒たちの顔はみな晴々と爽やかで、輝かしい光に満ちていた。季節は六月、そろそろ梅雨にさしかかる時期だが、空はいつになく晴れ渡っている。カーテンの隙間から差し込む光が、目に眩しい。やっと終わった。何だか肩の荷が下りたような気分だ。俺は背中を大きく逸らせると、ぐーっと身体を伸ばす。


「タクト、カラオケ行かねーか?」


 それなりにテストが出来たのか、佐伯がほくほく笑顔で尋ねてきた。それに合わせて、彼の周りに居た何人かの男子も「こっちこいよ」と声をかけてくる。彼らはいずれも見知った顔で、俺の同志オタクだ。さては、平日料金で夜までアニソンを歌いまくる気だなこいつら。俺は以前出かけた何ともむさくるしいカラオケ大会を思い出して、やれやれと息をつく。狭いカラオケボックスで、額に汗してアニソンを熱唱するオタク達というのは絵的にきついことこの上ない。


「今日はやめとくわ。千歳先輩に用があるんだ」

「お前、最近やたらと千歳先輩と仲良くしてるな。まさか……」


 佐伯を筆頭に、急に怖い顔をし始めるオタク達。そう言えばこいつら、非リアの代名詞みたいな奴らだもんな。そんな連中に、女の子に用があるなんて言ったら……。佐伯たちの背後から立ち上るどす黒いオーラに、たちまち冷や汗が流れた。俺は「まあまあ」と手を振ると、助けを求めて視線を彷徨わせる。すると、ちょうど暇そうにしていた小夜と視線が合った。


「小夜、助けて」

「いいじゃないか。男同士の交流もたまには重要だろ」

「そうじゃなくてな、今日はマジで……」


 柳に風、といった具合に気のない返事しかしない小夜。俺を助けるつもりはゼロのようだ。それどころか、眉を歪めてニタっと悪魔的な笑みを浮かべる。くそ、こいつ楽しんでやがるな……! 俺は小夜に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、その間にも佐伯たちはドンドンヒートアップしていく。やがて佐伯は拳を高々と突き上げると、俺の肩を鷲掴みにした。


「さあ行こうぜ、夜まで大熱唱だ! 『発音ミクル』たんを歌うぞー!」

「待った、ほんとに大事な用が……あッ!」


 地獄に仏とはこのことか。佐伯に肩を掴まれた俺がバタバタと騒いでいると、教室のドアが開き、千歳先輩が中に入ってきた。これで助かった。俺は佐伯の手を肩から引き剥がすと、先輩の方へと歩み寄ろうとした。すると、先輩の瞳が鋭い眼差しを投げかけてくる。何だ……これは。瞳に込められていた濃密な殺意。俺は思わず息を飲むと、その場で凍りついた。全身の毛穴が開き、筋肉が強張る。何故、先輩はこんな目をしているのだ? そのただならぬ気配に、俺だけでなく近くに居た佐伯や小夜まで石化する。


「先輩……?」

「竜前寺君、神凪さん。ちょっとこっちへ来て」

「へっ?」

「早く!」


 先輩のあまりの剣幕に、俺と小夜はすぐさま席を立った。そして促されるままに教室を後にする。あれだけしつこく誘っていた佐伯も、さすがに手が出せなかったようで「いってらっしゃい」と小声で呟いただけだった。


「あの、何の用ですか?」

「後で話すわ。とにかくついてきて」


 そういうと、先輩はそれっきり何も答えてはくれなかった。言葉を口にする時間も惜しいと言った様子だ。彼女はチラチラと小夜の方を見つつも、足早に廊下を進む。やはり、先輩のこの態度は小夜が原因なんだろうか。俺は横を歩く小夜の姿を一瞥した。包帯に隠れているので表情はわからないが、その動きはどことなく硬いように思えた。


「入って」


 生徒会室の前まで来ると、先輩はその扉を勢い良く開いた。目の前に広がった異様な光景に、俺たちは眼を見開く。八畳ほどの広さの生徒会室。そのリノリウムの床の上に、複雑なルーン文字のような物がびっしりと描きこまれている。カーテンが閉じられ、薄暗い部屋の中でその文字は淡い輝きを放っていた。さらに床の中央には星を模したような図形が描かれていて、さながらファンタジーに登場する魔法陣のようである。


「これは……」

「神凪さん、部屋の中央に立ってくれる?」

「わ、私がですか!?」


 動揺する小夜。そりゃそうだ、こんな胡散臭い物の中に入れなんて、誰だって遠慮したいに決まっている。だが先輩は有無を言わさず、彼女の肩を押して強引に魔法陣の中へと入れた。


「’%&&)(!!」

「ほわッ!!」

「な!」


 小夜が魔法陣の中に入った途端、部屋の四隅から光の鎖が放たれた。それらはたちまち小夜の四肢を縛り上げると、身体を空中に固定する。宙に磔にされた彼女は、さながら罪人のようであった。突然のことに小夜は体を捩って抵抗しようとするものの、子どもの腕ほどの太さがある鎖は彼女の力をもってしても全く外れない。それどころか、手足に食い込んでより激しく彼女を拘束する。何なんだこれは! 事態が掴めない俺は急いで先輩に喰ってかかった。


「何するんですか! 今すぐ外して下さい!」

「駄目よ!」

「なんでですか!」

「彼女は……始まった! 正体を現すわよ!」


 焦ったように叫ぶ先輩。彼女が指差した先で、にわかに激しい光が放たれた。光の中で、小夜の肉体がのたうち骨格ごと急速に変化していく。そして――


「元に戻った?」


何が戻ったのかはお察しです。

……あらかじめ言っておきますと、ずーっと戻りっぱなしということは無いのでご安心ください。

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