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ステ振り!  作者: キミマロ
第二章 テストの神様
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第三十話 追跡開始

「おーい、大丈夫か……?」


 おぼろげな頭に声が響く。暗い心の底に沈んでいた意識が、急速に浮上し始めた。あれ、いつの間に俺……自分でも気がつかないうちに、意識を失ってしまっていたようだ。一体何があったのか。俺はそれを思い出そうとして……やめた。はっきりと思い出してはいけない。忘れていた方が良いことも、世の中にはあるのだ。記憶の底にへばりついたそこはかとない不快感が、どうにも堪えがたいのだけれども。


 眼を開くと、たちまち茜色の空が視界を埋めた。ビルの中に居たはずが……いつの間にか、外へと運び出されていたようだ。顔をあげて周囲を見渡すと、白いグラウンドと各種遊具が目に飛び込む。さらにその周りを街路樹が取り囲んでいて、その奥にはビルが聳えていた。詳しい場所はわからないが、俺はどこかの公園に居るらしい。さらに顔をあげて身体を見下ろすと、今まで俺が寝ていたのは青いベンチだった。


「まったく、いきなり気絶するって何があったんだ」

「……男だ」

「は?」

「あの女教師……オ、オカマだったんだよ」

「それは……ご愁傷様だな」


 口ではそう言ったものの、小夜の表情は笑っていた。「ざまあみろ」とでも言いたげな雰囲気だ。黒い瞳の奥は凍てつく光に満たされている。恐ろしいな、おい……。俺は身体をブルリと震わせると、急いでベンチから起き上がる。やれやれ、さすがにあれはデリカシーに欠け過ぎていたか。俺は先ほどの自分の行動を反省する。とはいっても、生理現象だから仕方ないんだがなぁ……。俺はふうっとため息をつくと、再び小夜の方を見る。


「さて、どうする? 再突入するか?」

「うーん、それがちょっと用事が出来てしまってな……」


 胸ポケットからスマホを取り出すと、小夜は申し訳なさそうにそう言った。俺は暗くなってきた空を見上げると、少し視線を下げて公園の端にある時計へと眼をやる。すると時刻はすでに午後七時近くになっていた。先輩もまだ戻って来てはいないようだし、帰りのことを考えるとそろそろきついかもしれない。一応、聞くだけ聞いてみるか。


「……用事って何だ?」

「いや、そのだな……。大した用ではないんだ。だけど外せなくてな」

「お前、そう言えば昨日もどこかに出かけてなかったか?」

「別にどこにも行ってはいないが」


 ぶっきらぼうな口調で断言する小夜。おかしいな。確かに昨日、帰ってすぐにまた家を出ていく小夜の姿を見たんだが……。見間違いだったんだろうか。けれど考えて見れば、小夜の行動は昨日からいろいろと不自然だ。こいつの性格ならそもそも「準備のために明日にしよう」なんて言うこと自体が珍しい。幽霊騒動なんてこともあったしな、これは何かあるのかもしれない。


「小夜、お前何か隠してないか?」

「へッ!? 馬鹿、そんなわけあるか! 私が隠し事を出来るような人間に見えるか?」


 頬が真っ赤に染まり、肩のあたりがフルフルと震えていた。うん、間違いなく怪しい。こいつは昔っから、嘘が苦手なタイプだからな。実に分かりやすい。俺は小夜の言葉に黙ってうなずいた。すると、たちまち俺の頭に鉄拳が降り注ぐ。脳天を貫く鈍痛。身体全体が響くように震えた。こいつ……! また俺を、気絶させる気か!?


「痛ッ……! おま、酷いな!」

「タクトの方こそ、あそこで頷くな!」

「仕方ないだろ、実際にそう思ったんだから!」

「もう少し雰囲気ってものを考えろ!」

「そうだとしても、いきなり叩くんじゃない!」


 激しい言い争いに突入する俺と小夜。その争いはドンドンヒートアップして、その声は公園中に響くまでになって行った。だがその時、誰かの呼び声が微かに聞こえた。俺たちは一旦争いをやめ、揃って声がした方を向く。するとそこには、制服姿の千歳先輩が立っていた。あれからどういう経緯があったのかは知らないが、コートから着替えたようだ。まあ、また警察に捕まったら面倒だからな。彼女は呆れたような顔をしながら、こちらへと歩み寄ってくる。


「あなたたち、ここで何をやっていたの? 塾に入って行ったら、誰もいなくてビックリしたわ」

「いや、その……」

「タクトが女教師に鼻の下を伸ばしたと思ったら、そいつがオカマで気絶したんです」

「…………変態さんね」


 俺の方をじーっと見て、やれやれとばかりに息をつく先輩。チクショウ、確かに事実なんだ。事実なんだけど、その言い方は……! 俺は抗議の意味を込めて小夜の顔を睨みつけた。すると、その視線はすぐさま百倍になって帰ってくる。黒く、殺意すら感じさせる冷徹な瞳。こええ、凄くこええよ小夜! 俺はこの件について、小夜に逆らうことをやめた。触れると確実にやばい、黒歴史だ。


「さて、私はそろそろ行きます」

「ん? 用事でもあるの?」

「まあ……」

「待って。竹田さんのこともあるし、今日ぐらいは――」


 小夜を説得しようとする千歳先輩。その言葉を、俺は慌てて手で遮った。そして先輩の耳にそっと顔を寄せると、動揺した様子の彼女をさりげなく小夜から引き離す。俺の行動が相当に予想外だったのか、小夜はポカンとした顔をした。


「タクト?」

「すまん! 先輩にちょっと話があってな! お前は先に帰っとけ」

「ん、……ああ」


 小夜は戸惑いつつも、「じゃあ」と手を振って帰って行った。立ち去る彼女の背中を見て、先輩はむっとした表情をする。


「神凪さん帰っちゃったわよ? どうするの?」

「それが……」


 俺は先輩の耳に、これまであった小夜の怪しい行動の数々を告げた。先輩は顎に手を当てて「うーん」と唸ると、俺の方をスッと見据える。


「そう言われれば、ちょっと怪しいわ。調べて見る必要があるかも」

「こっそり、後をつけて見ますか?」

「それならいい物がある」


 そう言うと先輩は肩に掛けていたカバンを下ろし、ファスナーを開いた。そして中から赤ん坊ほどのサイズの人形を取り出す。この間、俺が貰った物とほぼ同じような人形だ。サイズは一回り小さいが、基本的な造りなどが共通している。彼女はそれを近くにあったベンチに座らせると、くぐもった声で呪文を唱え始めた。人形を中心として光の五亡星が現れ、さらにその周りを円とルーン文字が取り囲んでいく。やがてその光が絶頂に達した時、先輩は自身の髪の毛を引き抜いて、人形の頭に刺した。


「$&%&$)(”!!」

「わッ!?」


 世界が光に呑まれた。熱が俺を通り抜けていく。やがてそれが収まると、ベンチの上には先輩そっくりに変化した人形が腰かけていた。それはぴょこっと立ち上がると、肩をゆらゆらと揺らしながらゆっくりとこちらに接近してくる。


「よし、出来たわ。この子に後を追わせましょう」

「……大丈夫ですかこれ?」


 人形らしい、とてとてとした拙い動作は見ていてとても愛らしい物だった。先輩をそっくりデフォルメしたような容姿が、その愛らしさにさらに拍車をかけている。何かのマスコットキャラクターにでもしたら、さぞかし人気が出るだろう。けれど、その姿はお世辞にも尾行に向いているとは言い難い。人に比べれば遥かに小さいものの、独特の存在感が溢れてしまっている。加えて、動きもかなり遅そうだ。


 そんな俺の不安を察知したのか、先輩はチッチと指を振った。そして大丈夫とばかりにドンっと大きな胸を張る。


「問題ないわ、能力は私と同じだから。追跡ぐらいは余裕できるはず。見た目はそうねえ……」


 先輩は周囲を一瞥すると、ゴミ箱のあるあたりで視線を止めた。「可燃ごみ」と書かれた青いプラスチックのゴミ箱には、どこの誰が捨てたのかはわからないが、大量の段ボールが捨てられていた。積み重なった段ボールがゴミ箱からせり出し、今にも崩れそうになっている。まさか……俺の頭の中で何だか嫌な予感がした。するとその予感通り、先輩はゴミ箱の方へ行くとせり出した段ボールを物色し始める。


「……これが良いわね」

「先輩、それ間違いなく目立ちますって!」


 先輩が選んだ段ボールは……こともあろうに、全体に大きく美少女キャラが描かれた段ボールだった。ド派手な蛍光色で『魔王少女マジカル☆なるは 1/2スケール』などと表記されている。どうやら、特大フィギュアのパッケージのようだ。その桃色の外観からは独特のオーラが出ていて、若い男が堂々と持っていたらそれだけで「事案」になりそうな物体である。正直、目立つどころの騒ぎじゃない。何故、何故これを選んでしまう……!? 先輩の常軌を逸したセンスに絶望した俺は、彼女を思わず睨みつけてしまった。すると先輩はやれやれ、とばかりに手を上げる。


「ふ、分かってないわね。世の中は裏の裏まで読まなきゃだめよ」

「裏の裏……ですか?」

「そうよ。考えても見て、フィギュアのパッケージを使って偵察する人なんている? 普通は居ないでしょう、そこが盲点なのよ」

「まあ、確かに……」


 言われてみれば、そんなような気がしないでも……。俺の心が、僅かに揺らいだ。するとそれを逃さぬように、先輩は続けて畳みかけてくる。


「それだけじゃないわ。もし万が一怪しまれて中を調べられても、普通にフィギュアが入っているだけと思われるはずよ」

「…………うーん」


 先輩は確かに物凄い美少女なんだが、さすがに二次元の美少女キャラと比較するのは……。そう思った俺は、たまらず喉の奥で唸ってしまった。するとたちまち、先輩の眼が凍る。こ、これはヤバいか……! 俺は先輩の背後に、得体の知れないエネルギーの集合を感じた。まさか、魔力を集めているのか!?


「ああ、そっくりです! 先輩、魔王少女そっくりですよ!」

「そう、ならいいの。ありがと」


 俺の返事に満足が行ったのか、先輩はそう言って笑った。彼女はフィギュアの箱を人形の上に被せると、その位置をしっかりと調整する。やれやれ、命拾いしたな。俺は先輩の作業を見守りながら、ほっと胸をなで下ろした。


「では、行ってきてね」

「行ってきますの!」


 人形は先輩に元気良く返事をすると、勢いよく走りだした。フィギュアの箱が、夕暮れの街を全速力で疾走していく。…………本当に大丈夫かな。俺は一抹の不安を覚えつつも、ひとまずは家に帰ったのであった――。


※魔王少女は誤字ではないです。

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