第二十九話 真剣塾
ツイッターを始めて見ましたが、なろう界隈のつぶやきは凄いですね。
ちょっとつぶやかないと、一瞬にして「更新しました」の嵐に呑みこまれてしまう……!
こちらも頑張るので、よろしくお願いします。
テスト二日目。近所迷惑な親子喧嘩のせいで、やや寝不足気味だったがどうにか乗り切った。たださすがに頭が冴えていなかったので、点数が心配である。平均七十ぐらいはとれていればいいのだが……厳しいかもしれない。テスト終了後、騒々しい教室の中で俺はまたも頭を抱えた。一方、小夜は一晩中戦っていた割には元気で顔色も良い。歌舞伎役者よろしく、眼の下に紫色の隈が出来ている俺とは大違いだ。……姿が変わっても、地上最強の生物だな。カメムシよりタフに違いない。
「相変わらず元気だな、お前……」
「これでも結構疲れてるんだぞ。肌の調子が悪い」
そう言うと、小夜は筆箱の中から小さな玉のたくさんついた八角形の棒を取り出した。彼女はそれを頬に押し当てると、グッグッと上から下へ頬の肉を持ち上げるようにして撫でる。もしかしてこれ、最近流行しているゲルマニウムローラーとか言う奴だろうか。ま、まさか! 小夜の奴、美容に目覚めたのか!? そんなバカなことが……あっていいのか!?
「それ、最近流行ってる奴か!? なんでまた……!」
「肌に良いらしいからな。そう高い物でもないし、買った」
「お前がトレーニング器具以外を買うなんて……明日はミサイルが降るな」
「私だって女だぞ。美容にぐらい気を使うさ」
「……そうだな、メスだった」
小夜の目つきが、にわかに鋭くなった。やべ、メスは地雷ワードだったか……? 俺は額に汗を浮かべると、仰け反りながら「まあまあ」と説得を試みる。が、小夜は聞く耳を持たずじりじりと俺に詰め寄ってきた。
「私はな、女だ。メスでもなければ、オーガでもないぞ……!」
「わ、わかった! 謝るから落ち着いてくれ? な、な?」
「ふ……」
ニタっと凄惨な笑みを浮かべると、小夜は堅く握った拳を高々と掲げた。まずい……! 超鉄拳が振り落とされる気配を感じると、俺はとっさに眼を閉じて歯を食い縛った。背中から嫌な汗が溢れてくる。だが、しばらくしても何も起きなかった。俺が恐る恐る目を開くと、小夜のすぐ脇に千歳先輩が立っていた。なるほど、先輩が来たからやめたのか。俺はほっと胸をなで下ろす。
「こんにちは」
「こんにちは。何だか疲れてるみたいだけど……準備は良い?」
俺の顔色の悪さを見て、先輩は呆れたような声で言った。俺はその言葉にうんうんと頷く。小夜もまた、俺の後を追うようにして深々と頷いた。先輩は「よし」と言うと、すぐに俺たちを連れて教室を出る。
「ちょっと着替えてくるわ。そこで待ってて」
「あ、はい」
生徒会室の前に立ち寄った先輩は、そこで俺たちを止めると扉を開けて中へ入って行った。着替え……一体、どういう恰好をするつもりなんだろう。不思議に思った俺と小夜は、ふうむと首を傾げる。
「先輩、私服でも着るのか?」
「さあな、準備するって言ってたし、そう言う服を準備したのかもしれないぞ」
「それもそうだな」
そう思って待つこと数分。着替えを終えた先輩が、部屋の扉を開けた。中から、オランダ屋敷に赴いた時と黒いコートを、バッチリと着こなした先輩の姿が現れる。手には指揮棒サイズの杖を握り、胸には輝く金のエンブレム。まさに戦闘態勢といった雰囲気だ。そのいで立ちから漂う凛とした気配に、俺たちは揃って息を飲む。しかし……その格好は学校の風景からは、凄まじいほど浮いていた。ごく普通の街中で、気合の入った格好をしているコスプレイヤーさんを見つけた時のような気分である。
「……先輩、今回もその格好なんですね」
「もちろん。これが私の戦闘服だから」
「……そうなんですか」
先輩から若干の距離を取る俺と小夜。先輩はそんな俺たちの様子などお構いなしに、さっさと歩き始める。俺たちは互いに何とも言えない気分になりつつも、先輩の後をついて歩いた。時々すれ違う生徒たちから向けられる奇異の視線が、身体に突き刺さる。……痛い。心が痛い。
恥ずかしさに顔を赤くしつつも、俺たちは無事に校門を出た。そしてそのまま、例のチラシに書かれていた「真剣塾」のある駅前の方へと歩いて行く。やがて差しかかった商店街。買い物袋を抱えた主婦たちの視線が、俺たちへと殺到した。おばさんたちのひそひそ話が、耳朶をくすぐる。やめてくれ、俺のライフはもうゼロだ……! ふと横を見れば、小夜の頬はすでに真っ赤になっていた。
「……キツイな、小夜」
「うるさい、私はもう世界を恐れることをやめたんだ……!」
「カッコいいけど酷いなそれ」
「…………是非もなし」
こうして恥ずかしさを堪えて歩くこと数分。俺たちは商店街のアーケードを抜けて、駅前の広場へとついた。正面に聳える三階建てのモダンな造りの駅舎。そこから見て左側に立っている、五階建ての割合大きな雑居ビルに『真剣塾』という看板が掲げられていた。見ればビルの三階から五階にかけてを占有しているようで、なかなか大きな塾である。駅前にはなかなか来ないから知らなかったが、結構流行っているようだ。カバンを持った中高生が盛んに出入りしている。
「さ、中へ入りましょう」
「え……はい?」
その格好のままで、学習塾の中へ入るのか……!? 先輩本人は全く気にする素振りなどなかったが、俺たちは互いに顔を見合わせ、オイオイとばかりに目を見開く。学校や繁華街ならまだしも、塾であの服装は無い。俺は無慈悲な視線でこちらを睨みつけてくる学生たちの姿を想像して、全身から冷や汗をかく。
「先輩、あの――!?」
声をかけようとした瞬間、先輩の行方を遮るように黒いセダンが止まった。扉が勢い良く開き、中からガタイの良い男が二人下りてくる。二人ともかなりの強面で、脛に傷があるような雰囲気の男たちだった。ただものではない。まさか、俺たちの来訪を察知した敵か――!? 俺はカバンに手を突っ込むと、スチール製の水筒をグッと握りしめた。隣に立っている小夜も、「秋雨」の入った竹刀袋を掴む。その時、男たちがポケットに手を滑り込ませた。まさか、拳銃でも出すのか!? 息を飲む俺たち。だがその直後、彼らは予想外の言葉を発した。
「どうも、警察の者です。ちょっとお時間の方よろしいですか?」
そう言って彼らが取りだしたのは、サクラの代紋が入った紛れもない警察手帳だった。……職質かよ。俺たちは呆れ半分、安堵半分でため息をついたのだった――。
先輩曰く「職質は一か月に三回は受ける」とのこと。なのでその応対も手慣れていて、嘘をつく口調にも一切の澱みがなかった。普段は無口な先輩が、警官の質問に対してぺらぺらとまくし立てるようにしゃべるその様は圧巻である。魔女って、こういうこともできなきゃ駄目なのか……! 俺は思わず胸を熱くしてしまう。それは小夜も同じだったようで、先輩を見るその顔はややひきつっていた。
「なに止まってるの? 私はしばらく時間がかかりそうだから、先に行ってきて」
「わ、わかりました。行ってきます!」
先輩に頭を下げると、俺と小夜は足早にその場から歩き去った。怪しげな格好で職質を受けている人と仲間に思われるのは……ごめんだからな。ビルの中へと入り、恥ずかしさから解放された俺たちはやれやれと肩をすくめる。先輩は凄くいい人なんだが、ああいう少し非常識なところが困ってしまう。
「かなり綺麗なところだな」
ビルの中は、白を基調とした落ち着いた内装が為されていた。半円状をしたエントランスの部分がかなり広く造られていて、大企業のオフィスのようである。壁際には洒落た観葉植物が飾られていて、床は美しい大理石。とても清潔感に溢れている。
「そう言えば、何か生徒も金持ちっぽい」
通りがかった生徒の姿を見て、小夜がつぶやく。その生徒は、このあたりでは名の知れた私立中学の制服を着ていた。よくよく見れば、持って居るカバンがクッチだ。他にもプララのカバンやらラレックスの時計など高級ブランドを身に付けた生徒が次々とエレベーターに乗っていく。何だここ、個人塾のくせに超金持ち至上主義なのか……? 貧乏庶民の俺は、おいおいとあちこち目移りしてしまう。クソ、住む世界が違うぜ……!
「あくどく儲けてるようだな。許してはおけん、早く行くぞ」
「ああ!」
義憤を感じたのか、いきなり燃え始めた小夜。俺も急いでその後を追い、エレベーターへと乗り込んだ。やがてそれがほとんど振動もなく停止すると、素早く外へ出る。塾のある三階の雰囲気は一階のそれとは大きく異なり、高級ホテルのようなゴージャス感で溢れていた。木目調の内装に、毛足の長い紅絨毯。要所要所になされた金の装飾。とても学習塾とは思えないのだが、よっぽど儲かって仕方がないらしい。俺たちはその風景に圧倒されながらも、周囲の様子を伺う。
「さて、どうする?」
「ひとまず、あの女教師を捜した方が良いだろう。えっと、教室は……あっちか」
小夜の指差した先には、「大教室」と金色で刻まれた黒いプレートがあった。耳を済ませれば、中から女性の物と思しき声が聞こえてくる。低音で艶っぽく、そのうえ非常によく通る声だ。さらに、心なしか嗜虐的な響きがあって、俺の心にある苛められたい部分を的確にくすぐってくる。美人な女王様とか、きっとこんな感じの声をしているに違いない。
声に聞き惚れそうになりつつも、俺と小夜は大教室のスライドドアの近くまで移動した。そしてその小さな窓から中の様子を確認する。すると――。
「うわ、デケェ……!」
視界の先に聳える双子山。その間に広がる深々としたグランドキャニオン。肌蹴たブラウスの先にあるそれは、女教師が黒板に文字を書くたびに円を描いて弾んでいた。ふくらみというよりも球と表現したくなるような立体感に溢れた胸だ。豊かに波打つその白い肉の塊は、いかほどの重量と大きさがあるのか。俺は堪らず生唾を飲み込む。J……いや、Kぐらいはあるかもしれない。やばいな、メートル超えクラスなんて実生活では初めて目にする物体だ。感動のあまり顔がドンドン崩壊していく。あれに挟まれたら……想像するだけで、身体が燃えてくる。
「……酷い顔だな。まるっきり猿だぞ、猿」
「す、すまん」
「まったく恥ずかしい奴だ。お、授業が終わったぞ!」
パンっと手を叩く女教師。それと同時に、生徒たちが一斉に荷物をまとめ始めた。小夜は教室から出てきた生徒と入れ替わりで、中へと入っていく。俺もそれに続いて、中に入ろうとした。けれどその時、自分の下半身が大変なことになっていることに気づく。
「あ……! すまん、先に行っててくれ」
「ん、どうした?」
「あーいや、そのだな……。ちょっと、トイレだ」
小夜は訝しげな顔をすると、視線を下げた。大きく張った俺のテントが、すぐさまその冷徹な視線にさらされる。空気が瞬間的に冷えた。やがて、地の底から響くような低音が俺の心を揺らす。
「今この場で、もぎ取ってやろうか?」
「ひ、ひい! ノ、ノーサンキュー!!」
恐怖。俺は自分に出せる限界の速度で廊下を駆け抜けると、すぐさま男子トイレに駆け込んだ。そして手早く事を済ませると、恐る恐るトイレから顔を出す。するとそこには、腕を組んで仁王立ちしている小夜が居た。その背後には赤々とした炎が滾り、瞳が金色に輝いているように見える。
「早かったな。さすがはジャックナイフ」
「……ごめんなさい。誠心誠意、謝罪致します」
「……今後二度と、こんな恥ずかしいことするなよ? よし、さっさと行くぞ。帰られたら困るからな」
許してくれたのか、いつもの調子に戻った小夜。やれやれ、寿命が十年ぐらい縮んだぜ。本気でもぎ取られるかと思った。小夜なら、マジでやりかねんからな……! 俺は小夜の圧倒的恐怖に身をすくめつつも、再び教室の方へと戻る。良かった、まだ例の女教師は部屋の中に居た。書類の整理をしているようで、教卓の中をがさごそと漁っている。
「では、気を取り直して行くか」
「ちょっと待った。その前に――」
念のため、ステータスを見ておこう。そう思った俺は、何の気なしに女教師のステータスを開いてみる。すると――
「男だと……!?」
目に飛び込んできた暴力。俺は堪らず何度も確認したが、そこには間違いなく『男』と記されていた。そんな、そんなあほな……! 世界が足元から崩れるのを感じた。もう何もかも、信じられない。快感が逆流し、途方もない不快感となって俺の脳を襲った。俺は、俺は男で――!!!!
「……最低だ、男って」
混乱する世界の中で、俺はつい先ほど白い何かに濡れた右手を見て――灰になった。
うん、ネタで作者の年齢がわかってしまいますね(笑)
最後の元ネタが分かる人は、居るのでしょうか……?




