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ステ振り!  作者: キミマロ
第二章 テストの神様
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第二十六話 リスニングと髪型

 早起きして勉強する予定が――遅い。圧倒的に遅い。時刻はすでに午前八時二十分、HRまであと十分だ! 俺はパジャマを大慌てで脱ぎ散らかすと、掛けてあったシャツを羽織って、ズボンをスルっと履いた。その間、わずかに約二十秒。長年の生活習慣により磨かれた、電光石火の早業だ。そのまま部屋を飛び出し階段をダダダッと駆け下りると、食卓の上にあるパンをガッと掴む。


「いってきます!」

「はいはい、気をつけてね」


 家から全速力で走り出し、住宅街の道を疾走。徒歩十分ほどの道のりを、どうにか五分で走り切ろうとする。道行く通行人は皆、カバンを振りまわして猛ダッシュする俺に唖然とした視線を送ってきた。中には苦笑している人もいる。しかしそんなことには構っていられない。間にあえ――!!!! 筋肉が崩壊しそうな勢いで、俺は脚を動かす。


 流れる景色の向こうに、学校の門が見えてきた。門柱の脇には校長が立っていて、ギリギリで滑り込む生徒たちに「さっさと入れ!」と声をかけている。いつの間にか生徒たちの最後尾を走っていた俺は、校長にどやされながらも何とか校内へと滑りこんだ。すぐに後ろから、門扉の閉まる鈍い金属音が聞こえてくる。


「校長ーー!」

「アウト! 校長室まで来い!」


 金属音に混じって響く雄叫び。これは、赤塚の声か? ずいぶんと遅れてやってきたようだが……さすが、辰見の遅刻王にしてAKTの一角。テスト当日に遅刻とは、やりおる。俺も、あと一分遅れたらアウトだったな……! 背中からジワリと嫌な汗が出た。ここで遅刻したら、小夜と先輩になんて言われるかわからないぞ!


「うおおおォ!!」


 喉の奥から声を出して、全身の力を振り絞る。グランドの砂を蹴飛ばして、俺は一目散に昇降口へと飛び込んだ。手早く靴を脱いでスリッパに履き替えると、階段を四階まで走り抜ける。だが途中、階段の長さに息切れがしてきた。もともと俺はインドア派、運動なんて全くしないからな……! 段差が、キツイ。足を踏み出すたびにふくらはぎが張る……!


「しゃッらあァ!」


 他の能力をすべて5ずつ引き下げ、腕力の数値を増やす。速度こそ上がらないが、足の痛みが劇的に改善された。俺は改めて気合を入れ直すと、一足飛びで階段を上り切った。そうして角を曲がると、廊下の先に丸いバーコード頭が飛び込んでくる。このまんまる頭、モッチーだ――! 俺はピッチを上げると、そのやや前に曲がった背中を追い越して、教室の中へと滑りこんだ。


「セーーーーッフ!!」


 教室に入った瞬間、両手を広げて叫ぶ。生徒たちの視線が、瞬く間に俺へと集中した。にわかに広がる沈黙。やがてそれが収まると、男子を中心に拍手が巻き起こる。やったね!――言ってる当人も意味が良くわからないであろう賛辞が、教室中を飛び交う。やりきった。ちょっとした英雄にでもなった気分だ。誇らしい気分が胸を満たす。


「こら、席に着け!」


 遅れてやってきたモッチーの一喝。教室内の浮ついた雰囲気はたちまち水を打ったように落ち着く。現実へと連れ戻された俺は、先生にへこへこと頭を下げつつ、自身の席まで移動した。するとたちまち、斜め後方に座っている小夜がこちらへと振り向き、楽しげに目元を歪める。


「遅れてやってくるとはな。タクト、敗れたり!」


 俺を指差し、ビシッと決める小夜。だけど、このセリフは明らかに……。


「お前、それ敗北フラグだぞ?」

「なんだと!?」

「そのセリフは小次郎だからな、負けちまう」

「む……! も、問題ない。私の実力はお前を圧倒しているはずだからな!」


 そう言うと、小夜はカバンから参考書を取り出して読み始めた。こいつ、参考書なんて持ってたのか……。新しく買うなんて、相当に気合が入っているな。どうやら、テストにかける意気込みは本物のようだ。これは負けてはいられないな。俺もまた、カバンから参考書を読むと小夜に負けじとラストスパートを賭けたのだった――。




「では、始め!」


 HRが終わり、最初のテストが始まった。科目は英語、俺が一番苦手としている教科だ。俺は裏返しにしていた問題用紙をひっくり返すと、早速、それに目を通す。


「よし、当たった……!」


 勉強した教科書の構文が、そのまま例文として抜き出されていた。完全に山があたっている。やれやれ、運が良かった。これで、筆記の方はひとまず問題なさそうだな。あとは試験開始五分後から始まる、リスニングだけか。


 そう思ってつらつらと問題を解いていると、教室前方の扉が開いた。扉の隙間から、一人の生徒がおっかなびっくり顔をのぞかせる。赤塚だった。校長室から解放されて、教室に戻ることが許されたらしい。彼は扉の隙間から顎を突き出すようにして、顔を半分ほど出すと、恥ずかしげな表情であたりを見渡した。


「お、赤塚か。校長から事情は聞いてるぞ、早く席に戻ってテストを始めなさい」

「は、はい……」

「どうした、早く入らないか」


 何故か、教室に入るのを躊躇う赤塚。それを不審に思った英語の安部先生は、自ら扉の前まで行くとそれを一気に開け放った。すると――


「おまえ、その髪型はどうした!?」

「反省するまでこの髪型で居ろって、校長が……」

「お、おおう……!」


 リーゼントだった。完膚なきまでにリーゼントだった。ロールケーキのような円筒形をした突起物が、赤塚の前頭部からドーンと突き出している。ワックスがたっぷりと塗られているのか、光を反射してテラテラと輝くそれは、恐ろしいほどの存在感だ。似合っていない。余りにも似合っていない。赤塚は態度こそ不良だがかなりの女顔で、一部からは「男の娘」などと言われている。それが、リーゼント。腹筋がねじれて、たちまち笑いがこみあげてくる。い、いかん……!


『ピンポンパンポン♪ ただいまから、リスニングの試験を開始します。問題用紙の問題1を見てください――』


 容赦なく流れ始めた放送。しかし、今は笑いをこらえるのに手いっぱいで問題を解いている余裕がない。両手で口を押さえていないと、すぐに大爆笑してしまいそうだ。くそ、何とかせねば。俺はとっさに周囲を見渡してみた。すると、安部先生以下ほぼすべての人間が笑いを堪えるのに必死になっている中で、小夜だけが平然とした様子で解答を続けていた。さすが、現代に生き残ったリアルサムライ。精神力では一日の長があるらしい。


「しょうがない、許せ赤塚……!」


 俺は急いでステータスを開くと、赤塚の持っているポイントを確認した。よし、25ポイントもある。これなら少しぐらい使ってしまっても、問題はないだろう。どうせ、俺以外には使えないはずだし……。俺は理論武装を完了すると、赤塚の持っているポイントのうち、5ポイントを容姿へと注ぎこんだ。ミチル君の時は、知能を上げただけで行動や服装まで変化したのだ。ならば、容姿にポイントを注げば髪型ぐらいは変化して当然のはず……!


 赤塚の身体が、一瞬だけフラッシュよろしく強い光を放った。その直後、俺の視界に現れたのは――


「き、金髪……!?」


 金色に輝くリーゼント。その今世紀最大級の圧倒的破壊力の前に、俺はたちまち腹筋を崩壊させたのであった。

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