第二十四話 先輩と……?
「勝負だって……?」
俺は一瞬、かけられた言葉の意味を理解できなかった。小夜が俺と、成績で勝負するだって? いくらなんでも、それは無謀という物だ。小夜とは長い付き合いだが、テストの点数では一度も負けたことがない。高校入試にしても、こいつはほとんど体育推薦で入ったようなものだ。腕っ節では全く及ばないが、頭脳なら確実に上回っている自信はある。
けれど、今の小夜は知能75だ。数値的には俺を超えている。テストの成績は知能の数値だけで決まるわけではないが、侮れない。俺はそのことを計算に入れつつも、とりあえず自信があるような顔をしておく。ひとまずここで勝って、小夜が何をやっているのか聞きださねばならない。こいつの性格上、自分から言い出したことは必ず守るはずだから。
「いいのか? はっきり言って、勝率はほぼないぞ?」
「ふん、いまの私を舐めるなよ。お前程度、ダブルスコアで勝てるさ」
「……勉強教えてくれって泣きついて来た奴とは思えないな」
俺はそう言うと、少し嫌味っぽく眼を細めてやった。すると小夜は俺から視線を逸らし、気恥かしげに頬を赤くする。
「……過去は過去、今は今だ。私は過去は振り返らない女なんだよ」
「黒歴史は抹消するのか」
「うるさい! とにかく勝負しようじゃないか。タクトが勝ったら、私が何をやったのかを全て話す。私が勝ったら……そうだな、何が良いだろ」
小夜は顎に指を当て、逡巡。瞳を閉じて、んーっと軽く唸る。そしてしばらくして、彼女は何かを思いついたように手を叩いた。
「そうだ、ウィザードランドに連れて行ってくれないか? 最近出来たあの」
「え、あそこにか?」
ウィザードランドと言えば、今年の春ごろに出来たばかりの巨大テーマパークである。「幻想と魔法の楽園」を標語として掲げていて、数百億にもなると言う莫大な工費と日本最大級を誇る敷地面積で今話題となっている場所だ。俺たちの住んでいる町からは電車で三十分もあれば行けるが、入場料がかなり高いので俺も小夜もまだ行ったことはない。こいつ、この機会に俺に入場料を払わせるつもりだな?
「連れて行ってもいいけど、入場料は俺が奢るんだよなそれ?」
「もちろん。当然だろう? ……まあ、どうしても金がないと言うなら考えてやらんこともなくは……」
「いや、借金は良い」
「むぅ…………そういうことじゃないんだが……そうか」
どこか不満げな顔をする小夜。俺に金を貸して利子を儲けるつもりだったんだろうか。全く、抜け目のない奴だ。しかし、もしこの条件で勝負するとなると小夜と俺の二人合わせてだいたい一万円を賭けることになるな。俺の小遣い一か月分ってところか。これは……絶対に負けられない。知能アップの理由を聞かなければならないのはもちろんのことだが、来月はジュライの新作エロゲが発売されるからな。絶対に金を取られるわけにはいかない! 俺は決意を込めて拳を握りしめると、グッと息を飲む。すると、そんな俺の険しい表情を自分に対する恐れだと受け取ったのか、小夜は自信満々に笑う。
「なんだ、怖いのか?」
「そんなことあるかよ。お前に何か、俺は負けねえ!」
「良く言った! じゃあ、また月曜日な!」
「おう!」
威勢良く返事をした俺。小夜はそんな俺に背を向けると、自宅の方へと歩いて行った。だがその途中で振り返ると、急に鋭い目つきをする。
「そう言えばお前……先輩に変なことはしてないよな?」
「……なに言ってんだか。この俺がそんなことするわけないだろ」
「お前だから心配なんだ」
いつになく強い口調。どうやら、俺ははよほど小夜から信用されていないらしい。……部屋にエロゲが山積みになっていれば、それも仕方ないか。実際、そう言うシチュエーションは大好きだし、先輩がヒロインのエロゲも大量に持っているが……相手は魔導師だぞ。いくらなんでもそれはない。というか、実際には先輩と二人っきりではなくて、竹田さんが居るから二人っきりなおいしい状況にもなっていないしな。
「大丈夫だよ。何故か竹田さんもいるし」
「そうか、ならいいんだが。じゃあな、今度こそまた来週!」
「おう」
こうして俺たちはそれぞれの家へと帰った。テストで勝負か……。面倒なことになったが、ここは勝たないとな。決意を新たにした俺は、その日、珍しく参考書を開いて机に向かったのであった。
翌朝。先輩と約束した時間に満福寺を訪れると、美代さんと先輩が何やら顔を突き合わせて話し込んでいた。二人とも、どこか呆れたような顔をしている。何か大変なことでもあったんだろうか。俺は二人に近寄ると、「おーい」と声をかけた。すると、俺の存在に全く気付いていなかったのか、二人の方がビクッと震える。
「ああ、おはよう」
「どうしたんですか? 朝から変な顔して」
「それがのう、月奈の奴がな」
美代さんは懐から四つ折りにされた半紙を取り出すと、俺に向かって開いて見せた。そこには「急用で出かけます、捜さないでください。月曜日には戻ります。月奈」と習字のお手本よろしく美しい筆致で描かれていた。やれやれ……。どうやら、竹田さんは勉強会から逃げ出してしまったようだ。そういえば昨日の夕方、ギプスのせいで体中が痛いとか言ってたな。女の子に、やっぱあれはきついか……。
「ありゃ……逃げちゃったみたいですね」
「まあ、仕方ないわ。捜してる時間もないし、私たちは私たちで先に始めましょう。部屋は空いてるわよね?」
「うむ、もちろんじゃ」
美代さんに連れられて、俺と千歳先輩は昨日と同じ部屋へと辿り着いた。だが昨日とは違って、部屋にはすでに机や座布団などが準備されている。俺と先輩はすぐさま分厚い紫の座布団に腰を下ろすと、ふうっと息をついた。満福寺に来るまでの間に、足だけでなく身体全体が相当に疲れてしまっていた。おかしなギプスを付けた影響がもろに出ている。
「さてと、わしは行くからの。勉学に励むのじゃぞ」
「はーい!」
俺と千歳先輩は、揃って立ち去る美代さんにゆるい感じで挨拶をした。さて、ここからが本番だ。小夜に負けないためにも、今日こそはしっかりと勉強をしなければならない。昨日は先輩の造ってきた変なギプスのせいで、ほとんど勉強できなかったからなぁ……。無茶をした結果あちこちの関節を痛めた俺は、ベッドの上で半日に渡って美代さんの治療を受けていた。俺は参考書を取り出した先輩に、恐る恐る声をかける。
「あの、先輩」
「何かしら?」
「今日もあのギプス……付けるんですか?」
「いえ、今日は付けないわ。代わりに――」
先輩は言葉を区切ると、お尻をずらして俺の方へとにじり寄ってきた。スカートがはらりと肌蹴けて、白い太腿が露わになる。一瞬、その奥に青と白のストライプカラーが見えた。縞パン……! 俺の眼はたちまち先輩の方に釘付けとなり、頬が熱くなるのを感じる。先輩の眼は、そんな俺の顔をすーっと見据えた。白く細い腕が、ゆっくりと俺の身体の方へと伸びてくる。ま、まさかエッチな展開か!? いや、そんなエロゲみたいなことが……!
期待と興奮、そして混乱が入り混じり何とも形容しがたい感情が心を満たす。いま、この部屋には俺と先輩の二人っきり。近くに人は一切おらず、多少の物音を立てたところで誰も来ないだろう。環境としては、十分いける状態だ。小夜には申し訳ないが、俺、先輩となら今この場で大人になってもいい……! というか、なりてえ!
「先輩、どうぞ!」
先輩の美しい顔がこちらに迫ってきたところで、俺はそう言って目を閉じた。桜色の柔らかな唇が、俺の唇と重なる――と、思い込んだ瞬間。俺の頭皮を、鋭い痛みが襲った。注射針か何かでチクッと刺されたような感じだ。地味だが、相当に痛い。いったい何だ!? 俺が慌てて目を開けると、そこには何本かの髪の毛を握った先輩の姿があった。今の痛みは、先輩が髪の毛を毟った時の痛みなのか?
「イテテ……せ、先輩!? 何をやったんですか!」
「ちょっと髪の毛を頂いたの。今日の勉強に必要な物だから」
そう言うと、先輩はカバンから小さな人形のような物を取り出して人形にくくりつけた。期待が外れてしまった俺は、急速に気持ちが萎えて行くのを感じつつ、その様子を眺める。するとその時、人形がフラッシュよろしく強烈な光を放った。俺はとっさに手で目をふさぐ。そして――
「ヤア」
「おわ、ちっちゃい俺!?」
光が収まった時、そこには二分の一スケールほどの俺が居た――。




