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ステ振り!  作者: キミマロ
第二章 テストの神様
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第二十二話 先輩と契約

 不良の代表、白泉先輩の知能が何故100もあるのか。

 世の中にはインテリヤクザなどというどこか矛盾を孕んだような言葉もあるが、こと彼女に関しては賢いとか頭が切れるとか、そういう話を聞いたことはない。むしろ、古典的な勉強のできない不良として有名だったはずだ。「短期間で偏差値が三十アップ!」などという胡散臭い教材を、通販などではよく見かけるが……さすがにこれは無いだろう。違和感を覚えた俺は、彼女の姿をじーっと見据えてしまう。すると――


「あん、何見てんだ?」

「す、すいません!」


 反射的に頭を二回も下げると、小夜の後ろへと隠れる俺。情けない。男としてこの上なく情けないのだが、白泉先輩の迫力は半端ではない。眼力という言葉があるが、彼女はそれが五十三万ぐらいあるに違いない。切れ長の三白眼は、それぐらい破壊力があるように思えた。ブサイクとかそういうわけではなく、顔立ちとしては非常に整っているのだが――その細面は、阿修羅に見える。


「あら、あなたたち何か用?」


 俺たちの存在に気付いた千歳先輩が、実に気安い様子で声をかけてきた。一時的にとはいえ仲間として行動したので、千歳先輩とはそれなりに親しい関係になっているのだ。彼女は荷物をまとめると、白泉先輩に「それじゃあ」と言って、そそくさと教室を出てくる。俺はまだこちらを見ている白泉先輩に一礼すると、千歳先輩を連れて廊下の端へと移動した。


「また何かあったの?」

「いえ、テストも近いですし勉強を教えてもらえないかなーって」

「……このままでは赤点確実なんです。お願いします」


 いつになくしおらしい仕草で、小夜は頭を下げた。その表情からは切羽詰まった小夜の現状がひしひしと伝わってくる。それを見た先輩は任せておけとばかりに胸を張ると、ドンと拳で叩く。小柄な割に大きなふくらみが、たゆんっと波を打った。


「わかったわ。それならば私と一緒に学年一位を目指しましょう。エイエイオー!」

「オー!」

「オ、オー!」


 拳を勢い良く突き上げ、気勢を上げる先輩と小夜。それに対して、周囲の視線が気になった俺はやや控えめに声を上げる。するとたちまち、先輩が俺の方を見て渋い顔をした。


「声が小さいわ。もっと気合を入れて」

「は、はい!」

「いい、テストって言うのは戦争なの。ここを生き残れなければ、いい大学に進学できないの。いい大学に進学できないと言うことは――」


 いきなり熱弁をふるい始める千歳先輩。熱い。いつもクールなはずの先輩が尋常でないほど熱くなっている。一見すると普段の無表情と同じように見えるのだが、その眼の奥はランランと輝き、背後には赤く燃える炎が見えた。考えて見れば、先輩の知能は80ほど。確かに高い数字ではあるが、ぶっちぎりで学年一位を取り続けられる数字なのかというとかなり微妙だ。70を超える生徒もちらほらと居る。そんな中でずーっと学年一位をキープしている先輩は……紛れもなく努力の人なのだ。今まで誰もそのことに気付かなかったのは、単に先輩に親しい友達や彼氏がいなかったからなのだろう。……ちょっと悲しい理由だ。


「……そう言うわけで、魔導師としても勉強は大事なのよ。わかった?」

「わかりました、はい」

「じゃあ、この必勝ハチマキを――」

「その前に、ちょっと良いですか?」


 カバンをがさごそと漁り始めた先輩の手を止めると、俺は白泉先輩の知能についてそっと耳打ちをした。すると隣に居た小夜が、「私にも聞かせてくれ」と言って割り込もうとしてくる。誤魔化すのも面倒なので、俺は小夜にも先輩に言ったのと同じ話をした。するとたちまち、彼女は「おおッ!」と声をあげて気色ばんだ顔をする。


「ほ、本当か!? 白泉先輩がそんな天才だったなんて!」

「おかしいわね。彼女、この間のテストは三教科赤点で留年寸前だったのに。何でそれが……」

「きっと、何か物凄い学習法を編み出したに違いない!! 私、白泉先輩の方に行ってくる!」

「ちょっと待て、明らかに怪しいぞ! ってこら!」


 俺が止める間もなく、小夜は白泉先輩の方へと全力でダッシュして行った。あとがないのは分かるが、人の話を少しは聞けよ! 俺はふうっとため息をつくと、額を指で押さえて肩を落とす。小夜が脳みそ筋肉なのは今に始まったことではないが……本当に仕方のない奴だ。


「はあ、大丈夫ですかね。またややこしいことにならないと良いんですけど……」

「白泉さんは普通の人。神凪さんの戦闘力ならまず大丈夫だわ」

「それも、そうかもしれませんけど……うーん」


 白泉先輩は不良の親玉として恐れられているが、小夜はその上を行く化け物だ。先輩はあくまでも人間の不良としては最強クラスなのであって、それを他の生物と比較してはいけないのである。ヒグマを木刀一本で倒せる存在は、明らかに人間らしい形をした他の何かだ。例えばゴリラとか、キングコングとか、野菜人とか。そう考えれば大丈夫なような気もするが、やっぱりどこか心配だ。


「……そんなことより、白泉さんの知能がそれだけあるとなると私の学年一位が危ういわね。ここは一つ、本気を出さなくちゃ」


 そう言うと先輩は、先ほど取り出そうとしたハチマキではなく、A4サイズの紙をカバンの中から取り出した。その上部には太字で「契約書」と記されている。やや茶色味を帯びた紙で、その表面は蝋を塗ったようにツルツルとしている。一般に見慣れた上質紙や再生紙とは明らかに違う紙質だ。もしかして、羊皮紙か何かだろうか。先輩は懐から羽ペンを取り出すと、それにサラサラと文字を書き記して行く。


「あの先輩……これは?」

「一緒に勉強をするって内容の契約書よ。私と一緒に勉強をするなら、これにサインをして。魔導師は契約を重んじるから、ちょっとした約束でも必ずこうやって契約書を作らないと気が済まないのよ。一種の職業病みたいなものね」

「その割には、『一切の責任は負いません』とか物騒な文言があるんですが」

「気にしちゃ駄目。私と契約して、一緒に天才になりましょう!」


 優しげに語りかけてくる千歳先輩。だがその眼は……全く笑っていなかった。闘志が燃えているとでも言えば良いのだろうか。瞳の奥でエネルギーが渦巻いている。この人、白泉先輩と真っ向から戦うつもりだ。そして、知力100もある白泉先輩を実力で倒すつもりだ……! 俺はその迸る闘気に圧倒されて、契約書にサインをしてしまう。ヤバいものだとは分かっていたが、手が本能に逆らえなかったのだ。さすが魔導師、おそるべし。


「よし、一緒に頑張りましょう。明日、勉強会をするから学校の前に集合ね」

「え、学校ですか?」

「そうよ。荷物をまとめて、朝の八時よ。それじゃ」


 そう言うと、先輩はスタスタと歩き去って行ってしまった。その場には、茫然と立ち尽くす俺だけが残されたのであった。




 翌日。学校の前で先輩と合流した俺は、そのまま先輩に連れられて町を東へ東へと歩いていた。リュックに詰め込んだ五教科の教科書が重く、ベルトが肩にギシギシと食い込む。一体、先輩はどこへ向かっているんだろうか。もしかして、未だかつて誰も見たことのない先輩の家が、この先にあるとでもいうのだろうか。俺は期待半分、あきらめ半分でただひたすらに道を歩く。全く鍛えていない身体には、平坦なはずのアスファルトが傾いて見えた。


「ふう、ふう……」

「ずいぶん疲れてるわね。能力を使ったら?」

「駄目ですよ。あれで楽をしても、三分しか持たないんですから。あとがきついです」

「そう、でももうそろそろ着くわよ。ほら」


 そう言って先輩が指差したのは、通りを挟んで向かい側に聳える古い寺だった。鬱蒼とした木々に覆われたその大屋根を、俺は何度も見た覚えがある。ここは――


「満福寺?」


 先輩と勉強会をするはずだった俺は、何故か竹田さんの実家である寺へと連れてこられたのであった。

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