第二十一話 迫るテスト週間
オランダ屋敷から小夜を救出して三日。美代さんと先輩の術で治療された俺と小夜は、何事もなかったかのように学校に通っていた。先輩たちと出会う以前の、平和な日常が戻ってきたのである。あんなことがあった後なので、小夜との関係が今までと大きく変わってしまうのではないかと心配したのだが……そんなことはなかった。二日後に得体の知れない毛糸の塊――本人曰く「手編みのマフラー」――を貰っただけである。なぜ夏も迫ってきたこの時期にマフラーなのかと思ったが、プレゼントの定番だからだそうだ。まったく、あいつの感性はさっぱりわからん。
こうして平和に暮らしていた俺たちだったが……再び危機が迫ってきていた。学生たちを苦しめ、時には赤い地獄へとたたき落とす魔の一週間。学生の本分と言われるが、好きだと言う人間を未だかつて見たことのない恐怖の行事。そう、テスト週間である。
「みんな知っての通り、来週から中間テストが始まる。今週末が最後のチャンスだ、しっかり勉強しておけよ! 特に――」
帰りのHR。我が一年三組の担任、望月先生ことモッチーは教卓の上に手を置くと、その魚類さながらのギョロ目で教室の後方を一瞥した。その鋭い視線に赤塚山太、神凪小夜、戸田啓司の三人はブルリと肩を震わせる。クラス、いや学年切っての落ちこぼれである彼ら三人は、名字の頭文字を取って「AKT」となどと呼ばれていた。その中でも特に小夜は……テストを受ける前から赤点確実などといわれている。
「誰とは言わんが、普段の成績があまり良くない者がこのクラスに居る。テストぐらい、きちんと勉強しないと容赦なく追試だからな! では、解散!」
教卓をバンっと叩くと、出席簿を持って教室を出て行くモッチー。生徒たちはやれやれと付かれた顔をしつつも、それぞれに帰宅の準備を始めた。俺も教科書をナップザックに詰めると、それを肩に掛けて足早に教室を出ようとする。すると俺の背中を誰かがガシッと掴んだ。嫌な予感がする。俺は恐る恐る振り返ると、そこには必死の形相をした小夜が立っていた。
「タクト! 頼む、私を助けてくれ!」
「いや……俺、あんまり人に勉強を教えるのとか得意じゃないんだよ。俺自身もそこまで勉強出来ねーし」
「待て、私は知っているぞ。お前、この間の一件で手に入れたポイントをほとんど知能に入れたそうじゃないか。だったら、勉強が出来るはずだろう?」
俺の肩に手を押し当て、ズイっと顔を近づけてくる小夜。ポイントのことについては小夜には言っていなかったはずなんだが……竹田さんあたりが漏らしてしまったんだろうか。あの子、小夜に頼まれたら断れなさそうな雰囲気だからな。俺はやれやれと頭を掻く。
あの事件の後、全員の残りポイントを確認したところ俺が5ポイント、他の三人が10ポイントずつ増加していた。俺の場合、敵地に乗り込んではいたが直接戦ったのは小夜一人だったため、ポイントが少なかったらしい。他の三人も、活躍に比べるとずいぶんとポイントが少ないように感じられるが、もしかしたら、一日に得られるポイント量には限度があるのかもしれない。大量のモンスターを倒して一気にポイントアップ!……などというわけにはいかないようだ。これが、ゲームと現実の違いなんだろうな。
ちなみに、小夜は獲得ポイント0だった。ラルネに囚われていたため当然と言えば当然なのだが、小夜本人としてはいまいち納得がいっていないらしい。先輩の一件が片付いたら知能に入れると約束していた5ポイントが、仕方ないことだったとはいえ無くなってしまったのも納得がいかない原因の一つのようだ。
「そうは言われてもな……たった5ポイントだからな。前とほとんど変わってないよ」
「それでも平均よりは上なんだろう? 頼む、教えてくれ。AKTセンターなんて言われるのはもう嫌なんだ!」
まさに必死という顔で頼み込んでくる小夜。その姿には哀愁さえ感じる。けれど、こっちとしても余裕がほとんどないんだよなぁ……。一連の事件のせいで、中間テストの勉強なんてほとんど出来ていないのだから。少しぐらい頭が良くなったところで、状況はかなり苦しい。
「教えてやりたいのはやまやまなんだけどな……正直、俺も余裕がない」
「そうか……ならば、こういうのはどうだ?」
小夜は意を決したような顔をすると、胸をグッと寄せた。制服の胸元に深々とした白い谷間が出来る。先端の突起こそ見えないが、それを覆うブラジャーの黒い布地が見えた。黒レース――こいつ、俺の趣味をずいぶんと理解してやがる。俺は思わず「おおッ!」と声をあげそうになったが、ギリギリのところで堪えた。
「手伝うなら、一日一回揉ませてやろうじゃないか。お前、大きいの大好きだろう?」
「ば、バカ! 何言ってんだよ! お前の何か誰が揉むか!」
「ふふ、顔を赤くしながら言っても説得力無いぞ?」
「うるせえ! そんなこと言うなら教えてやらんぞ!」
「初めから教えるつもりなんてないくせに」
小夜はじーっと上目づかいでこちらを見て来た。こいつ、美少女歴一週間で完璧に「美少女力」を使いこなしてるぜ……! たまらず助けを求めて周囲を見れば、クラスの男子たちが「なに小夜さんを困らせてるんだ」みたいな顔をして逆にこちらを見ていた。佐伯など、額に皺を寄せてこちらを睨みつけている。チクショウ、これじゃどうしようもないじゃないか。さすがに断りづらくなった俺は何か良い方法は無いかと考え始める。すると、頭に千歳先輩の顔が浮かんだ。そう言えば、先輩は運動や魔術だけでなく成績の方もかなり優秀だったはずだ。
「そうだ、先輩のところで一緒に勉強しないか?」
「三人でか? 別にまあ、いいが……」
何故か妙に渋い顔をする小夜。もしかしてこいつ、まだ先輩のことを怖いとか苦手だとか思っているんだろうか。確かに何となく怪しい雰囲気はあるが、話してみたら結構いい人だと思ったんだけどなぁ……。ま、人の好みは個人によって違うから俺としては何とも言えないか。
「そうと決まれば、早く行こう。今日は生徒会もないから、先輩もとっとと帰っちゃうぞ」
「ああ、わかった」
こうして俺たちが先輩の居る二年二組を訪れると、ずいぶんと騒がしい様子だった。男女入り乱れての嬌声が、廊下にまで響いている。俺たちは二年生たちの邪魔にならないように、そっと扉の陰から教室の中を覗き込む。すると、教室の中央でカバンに荷物をまとめている千歳先輩に白泉先輩が何やら話しかけている。千歳先輩のうんざりしたような顔を見る限り、白泉先輩の方が一方的に絡んでいるようだ。
「おい、サクラ!」
「何?」
「今度のテストであたしと勝負しようじゃないか! 負けた方は、一週間相手の言うことを聞くこと!」
「あなた正気?」
千歳先輩は、半ば呆れたような顔をして白泉先輩の方を見た。それも当然だ。白泉先輩は「辰見のドン」などと称される不良のリーダーである。腕っ節ならば強いだろうが、学業についてはさっぱりのはずだ。たとえ今から猛勉強をしたところで、毎回のように学年一位を取る千歳先輩に叶うわけがない。
「ふん、今までのあたしとは違うんだよ! 今までのあたしとは!」
「そう……じゃあその勝負、受けて立つわ。ただし、不正行為なんてしたら生徒会長として許さないから」
「そんなことしないさね! 実力だけで十分!」
ハイハイどうぞどうぞ、とでも言わんばかりに気だるげな様子の千歳先輩。それに対して、白泉先輩はどこまでも自信満々だった。爆乳というのがふさわしい大きな胸をドーンと張り、長いスカートを揺らすその様はさながら女王様のようですらある。一体どこからそれだけの自信が湧いてくるんだ? 疑問に思った俺は、白泉先輩のステータスを開いてみた。すると――
・名前:白泉 凛
・年齢:17
・種族:人間
・職業:高校生 番長
・HP:150
・MP:0
・腕力:75
・体力:80
・知能:100
・器用:55
・速度:60
・容姿:80
・残りポイント:35
・スキル:喧嘩拳法
あまりのステータスに、俺は茫然としてしまった。所持しているスキルや職業と、一つ真っ向から対決している能力値がある。何が原因でこんなことになったのか。俺はつぶやかずには居られない。
「なんで、知能が100もあるんだ……?」
いよいよ新章開幕です!
これからもステ振りにご期待下さい!




